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狐娘は記憶に残らない  作者: 宮野灯
プロローグ
1/49

四月二十日、夕方

 今でもよく覚えている。

 その日、心地よい春の日差しはどす黒い雲に覆い隠されていた。


 俺は机に伏せ、強風にはためくカーテンの隙間からその様子を見ていた。

 誰もいない教室は不気味なほどに静まり返っていて、布の擦れる音だけが聞こえた。今にも雨が降り出しそうなべたついた空気が肌を撫ぜた。


 雲の動きが妙に速い。嵐になりそうだ。降り込むのが嫌だったので、俺は窓を閉めに向かった。強風にはためくカーテンに抱きつかれながらサッシに手をかけ、窓を横に滑らせる。


 ――そのとき。

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 突然の出来事に、頭が付いていかなかった。

 窓枠から身を乗り出して下を覗く。理解のできない何らかの力に、身体を突き動かされているようだった。だが、すぐにこの行動が取れたということは、頭のどこかでは理解していたのだろう。


 気が付くと俺はカーテンを振りほどき、教室を飛び出していた。

 廊下を走り、階段を駆け下り、上履きのまま外へ出て、校舎の角を曲がったところで……それを目にした。


 コンクリの地面に、初めて筆を握った幼児が描いたような落書き。


 絵の具の正体に考えを巡らせるまでもなかった。鉄棒を触った手を、ぐらぐらと煮詰めたような臭いが辺りに漂っている。俺は少しよろめいて、足元をしっかりと見てしまった。


 血しぶき、血しぶき、血しぶき血しぶき血しぶき。

 ボタリと広がったそれは、まだぬるりと湿っていて、淡くギラギラと輝いていた。


 天を仰ぐと、普段と変わりのない校舎が目に入る。二階の窓は俺が開けたまま。三階の窓は閉まっていた。……となると、屋上しかない。足から落ちれば骨折で済むのだろうか。俺にそんな知識は無い。

 だが、頭から落ちれば、きっと――。


 俺はまた、地面を見る。校舎と植え込みの間のスペースにあったのは、真紅に染まった床だけ。

 血の主の姿は無かった。

 頬にぽつりと雨粒を感じた。まだ聞き慣れないチャイムが鳴る。まもなく全校集会から皆が帰ってくるだろう。俺は一歩、二歩と後ずさり、たまらなくなって逃げ出した。


 頭を振って、徐々に蘇る記憶を拭い去ろうとする。しかし、そんな努力とは裏腹に、瞼の裏の残像がじわじわと浮かび上がってくる。


 先ほど窓の外に見たのは、やはり人間の目だったのだ。屋上から飛び降りて、真っ逆さまに落ちていく人間の瞳。


 そして、その顔は――、


 裂けるように、笑っていた。

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