成敗
ガルフに勝利し、試合が終わってからすぐにリングから降りた。
そのまま廊下に行こうとした時、フィーネとバッタリ出会った。どうやらずっと試合を見ていたようだ。
「ゼストさん! 本当にすごいです! あんな大きいドラゴン相手に勝ってしまうなんて――」
「話は後だ。急ぐぞ」
「ど、どうしたんです? 急ぐってどこに……?」
「イアゴの野郎が居る所にだよ。また約束を破るかもしれんからな。これ以上好き勝手されてたまるか」
「そ、そうですね! お姉ちゃんを助けないと」
「今度こそ解放してもらうからな。待ってろよラピス」
フィーネを連れてイアゴの元へと急ぐ。
途中で遭遇した職員からイアゴの場所を聞き出し、すぐにその場所へと向かった。
しばらく探し続けていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「馬鹿な……ありえん……ありえない! ありえんありえん! あの英雄ガルフが負けるなんて……。紛れも無くSランクの実力を持つあのガルフが……なぜ敗れたんだ……」
この声は……イアゴに違いない。
声がする方向に向かうと、複数の兵士が取り囲むように立っていた。
その中心に居るのが……間違いない。
「イアゴ! 探したぞ!」
「なっ……」
兵士に隠れるように立っている小太りの男――
イアゴ本人だった。
「な、なぜキサマがここに……」
「決まってんだろ。ラピスを連れ戻す為だよ。約束だ。今度こそ解放してもらうからな」
「お姉ちゃんを返してください! 私にとっては大事な家族なんです! 全部私の責任なんです! お姉ちゃんは悪くありません! だから……お願いですから……お姉ちゃんに会わせてください……!」
「ぐぬぬ……」
イアゴはずっと俺らを睨み、周りの兵士も護るように動いた。
しばらく睨み合いが続く。
そして……
「……ふんっ! あんな小汚いガキなんてくれてやるわ! おい! あのガキを連れてこい!」
「え、よろしいので?」
「構わん! あんなガキぐらいで粘着されたらこっちの身が持たんわ!」
「は、はい」
兵士の1人がすぐにその場から離れて飛び出していった。
少し待っていると、兵士は女の子を連れて戻ってきた。
それを見た瞬間、フィーネが叫ぶ。
「お姉ちゃん!!」
「……! フィーネ!」
お互いに飛び出し、近づいてからすぐに抱き合った。
「お姉ちゃーん! 心配したんだよ! お願いだから無茶しないでよ……」
「うん。ごめん。あたしは平気よ。ずっと閉じ込められてただけだから……」
「お姉ちゃーーーん!」
泣きつくフィーネを優しく撫でるラピスであった。
「くだらん! たかが冒険者同士が再会しただけで喜びおって!」
「……行くぞ2人とも。もうここには用は無い」
「そうね。行きましょフィーネ」
「うん」
俺達はその場から離れ、すぐに立ち去ることにした。
ある程度歩いてからあることを思い出し、俺は立ち止まった。
「ああそうだ。2人とも先に行っててくれないか」
「どうしたのよ?」
「ちょっと忘れ物があってな。取りに行ってくる」
「わ、忘れ物? 何を忘れの?」
「大した事じゃないさ。すぐに戻るから先に行っててくれ。フィーネは控え室までラピスを案内してくれないか。後で行くからさ」
「わ、分かりました。お姉ちゃんこっち」
「う、うん……」
2人は不安そうにしていたが、そのまま歩いて行った。
「さて。さっさと終わらせよう」
俺は来た道を引き返しある場所へと急いだ。
向かった先は当然イアゴの居る場所だ。
到着するとイアゴはまだその場に居た。
よかった。まだどこにも行ってなかったな。
すぐにイアゴの元へと近づいていく。
「おい。ちょっといいか」
「!? な、なんだ!? またキサマか! 今度は何の用だ!?」
「なーに。ちょっと忘れ物をしただけだ。協力してくれるよな?」
「な、何のことだ!? もうあのガキは解放しただろ!」
イアゴに向かって歩き出す。
「そっちはもういいんだ。けどな。お前は一度約束破ったよな? エキシビジョンマッチって何だよ。ふざけしたことしやがって」
「た、ただの余興だ! 会場を盛り上げる為の演出だろうが! それがどうしたんだ!?」
「だからさ。その『お礼』をしたいと思ったんだよ」
「なっ……」
さすがに俺が何がしたいのか察したようだ。
イアゴは周辺の兵士達を集めて叫び出した。
「くそっ! これだから冒険者は野蛮で嫌いなんだ! おいキサマら! わしを守れ!」
「「「「「は、はい」」」」」
何人もの兵士達が集まりイアゴを守るように取り囲んだ。
イアゴはその後ろで不気味に笑いながらこっちを見ていた。
「グヒョヒョヒョ。リングの上では一対一でしか戦えないがここでは関係ない! これだけの人数が相手なら例えキサマでも厳しいだろう! 今度はキサマを捕らえてやるわ! 後で後悔するがいい!」
「…………」
「さぁあの生意気な冒険者を捕らえろ! 腕の1本や2本千切れても構わん! やれ!!」
「…………」
兵士達は武器を持って構えているが、一向に近づいて来る気配が無い。
俺が1歩近づく。
すると兵士達は1歩後ろに退いた。
更に1歩近づく。
兵士達もそれに合わせて更に後ろに退く。
「おい! 何をしている!? さっさと捕らえろ! 全員でかかれ!」
だが誰一人動こうとしない。誰一人として近づいてくる気配が無かった。
しばらくそんな状態が続いた。
そしてそんな中、1人の兵士がぽつりと声を出す。
「あの英雄ガルフに勝つような奴だろ……? おれが勝てるような相手じゃねーよ……」
すると他の兵士達も次々と声を出し始めた。
「前回の優勝者ですら勝てなかったんだろ……? どんなバケモノだよ……」
「試合見てたけど……どれも一方的だったぞ……」
「そもそもここまで勝ち抜いてるのに無傷ってのがありえねぇ……。疲れ知らずじゃねーか……」
「冗談じゃねぇ……おれはやらんぞ! 命がいくつあっても足りねぇよ!」
1人が武器を投げ捨ててその場から逃げ出してしまった。
「お、おれもゴメンだ! やってられるか!」
また1人、武器を放り投げてどこかに立ち去った。
「おれだってここで死にたくねぇ! 家族が待っているんだ!」
「お、おい……置いていくなよ!」
「もう知らん! おれは逃げるからな! やるなら勝手にやってろ!」
「戦う気は無いから見逃してくれよな! じゃあな!」
「ま、待ってくれよ!」
次々と連鎖的に武器を放り投げて逃げ出していく兵士。
「待て! キサマらどこに行くんだ!? わしを守らんか!」
だが誰一人として聞く耳をもつ人は居らず、兵士は蜘蛛の子を散らすように全員どこかに立ち去ってしまった。
残されたのはイアゴのみ。
「あの無能どもめ……! わしを置いて逃げるとは何事だ! 後で覚えていろよ!」
「主を見捨てて全員逃走か。立派な忠誠心じゃないか」
「ぐぬぬ……」
さてと。これで邪魔者は居なくなった。
「姉妹をこれ以上待たせるわけにはいかん。さっさと終わらせるぞ」
「ま、待て! 何をする気だ!」
イアゴの元へと近寄る。
「なーにすぐ終わるさ。そこを動くな」
「お、おい! それ以上近寄るんじゃない! わしを誰だと思っているんだ!」
「知ったこっちゃねーな」
「待て! もういいだろう? あのガキは解放したんだ! これで終わりなはずだ!」
「覚悟しろ」
「金か!? 金が欲しいのか!? 金ならいくらもやる! だから――」
グッっと拳に力を入れる。
「た、頼む……見逃してくれ……だ、誰か……誰か助けてくれ!」
そして――
「歯を食いしばれ――《断空烈拳》!!」
「ぐほぉぉぉ……!」
衝撃でイアゴは吹き飛ばれて地面を転がり、壁に激突した。
「お前はフィーネを蹴飛ばしたらしいな? そのお返しだよ」
「おごごご……」
「無事にラピスを解放したみたいだし、これくらいで勘弁してやる。もし約束を無かったことにしてたらこれの100倍は殴ってたところだ」
「あ、アゴが……おごご……」
アゴが砕けたか。いい手ごたえだったもんな。
「けどな。また同じことをしてみろ。今度は容赦しねーからな。覚えとけ」
「おごご……」
言い終わるとイアゴは気絶したようだ。
その場からすぐに立ち去り、姉妹の待っている控え室に向かうことにした。