最強の矛 VS 最強の盾
俺の呼び出したモンスターは通常よりも遥かに大きい巨大クラゲだ。
そいつは水中に居るかのようにフワフワと宙に浮かんでいる。
観客達も召喚したモンスターを見てザワめき始める。
「なにあれ……」
「変なモンスター……」
「あれはクラゲだな。海にいる生物だよ」
「すごい弱そうなんだけど。ボクでも勝てそう」
「あんなので対抗する気なのか?」
「おいおい。せっかくガルフ様の試合が見れそうだってのに、これじゃあ一瞬で決着ついちまうぞ」
「これはガルフさんの勝ちだな……」
観客は好き放題言ってやがるな。別にいいけどさ。
「……ふむ。初めて見るモンスターで少し驚いたが、それだけじゃな。何の問題もないわい。しかし実に不思議なモンスターじゃな。何という名前なんじゃ?」
「コラーゲンって名付けてる。悪くないっしょ」
「こらーげん……? 聞いたことの無い名じゃな……」
「いや俺が名付けたんだよ。だって肌に優しそうな成分が多そうじゃんか」
「……?」
「まぁ名前なんてどうでもいい。とにかく始めるぞ」
巨大クラゲことコラーゲンは、非常にゆっくりとしたスピードでリングの中央へと向かっていく。
「せっかくだからお互いに召喚したモンスターで決着つけないか?」
「ほう。まさかそのモンスターでレッドドラゴンに立ち向かう気か? さすがに無謀としか思えんが?」
「勝負ってのはやってみないと分からねーぜ?」
「……よかろう。そっちがその気なら受けてたとうではないか。無謀に挑むのもまた若さじゃ」
ガルフは杖で地面を叩いてから叫ぶ。
「ならせめて一撃で終わらせてやろう! その目に焼き付けるがいい! 行けレッドドラゴン! ブレスで焼き払うのじゃ!!」
「グオォォォォォォォン!」
ドラゴンの口に火が集まり、コラーゲンにその口を向ける。
そして――
「これで終わりじゃ!!」
凄まじい灼熱のブレスがコラーゲンを包み込み、炎で姿が見えなくなってしまった。
しばらく周囲が燃え盛り、終わったのは何秒か経ってからだった。
周囲には煙が立ち込めていて姿が良く見えない状況だ。
「ふぉっふぉっふぉ。あっけないものじゃ。これで分かっただろう? ワシのレッドドラゴンこそが最強のモンスターだと」
「…………」
「これでワシの勝ちじゃ。ドラゴンを目の前にしても立ち向かう勇気は認めよう。じゃが相手が悪かったのぅ。これが闘技場じゃなかったらお主は死んでおったところじゃぞ? 時には引くことも肝心じゃ。無暗に突っ込むのは愚策じゃよ」
「…………」
「さてと。終わったことだし一休みして――」
「何を言っているんだ。まだ勝負は終わってないぞ」
「なぬ?」
辺りを包み込んでいた煙が消えていく。
徐々に視界がクリアになり姿が見えるようになっていく。
そしてそこには――
「……!! ば、馬鹿な!?」
フヨフヨと浮かんでいるコラーゲンの姿があった。
何事も無かったかのようにピンピンしている。
「あ、ありえん! 直撃したはずだぞ! なぜ生きている!?」
「あの程度ではコラーゲンは倒せないぞ? 理由を知りたいか?」
「な、なぜ何じゃ!?」
「実はな。コラーゲンには『遠距離攻撃耐性』を持っているんだよ」
「耐性じゃと……」
そう。こいつにも3つの能力が備わっている。
「1つ目の能力。それは遠距離攻撃によるダメージを99%カットする『超耐性』だ」
「な、なんじゃと……」
「そして2つの目の能力は、ダメージを受けたそばから回復する『超再生』だ。ブレス程度の攻撃なら1日中受けても耐えられると思うぞ?」
「そ、そんな馬鹿な……」
しかもただの再生ではない。回復スピードも速い超再生持ちだ。
この2つの能力が備わったことにより、ハッキリ言って遠距離攻撃で倒すのは不可能に近い。
「さぁどうする? まだブレスで攻撃してみるか? 無駄だと思うけど」
「む、むぅぅぅ……」
さすがに予想外だったのか、難しい表情をして悩むガルフ。
だがすぐに次の行動に出てきた。
「ブレスが駄目なら近距離で倒すだけじゃ! ブレスだけが武器ではないわ! 行けレッドドラゴン! 奴を切り裂いてしまえ!」
「グォォォォォォ!」
ドスドスと歩くたびに地面が揺れそうな迫力でコラーゲンに近づいていく。
そして目の前で止まり、腕を振り上げる。
「やれ!!」
ドラゴンの大きな爪がコラーゲンに襲い掛かる。
爪は見事に命中し、触手をまとめてブチブチと引き千切られた。その勢いで軽く吹っ飛ぶコラーゲン。
「……ほっほっほ。なんじゃ効くではないか。驚かせおって!」
「…………」
「残念じゃったな。レッドドラゴンはむしろ近接のほうが威力が出るんじゃよ!」
「…………」
「タネさえ分かればこちらのもの。少しヒヤリとしたが、やはり差は歴然としておる。この程度で勝ったつもりでいたのか? だとしたら甘いのぅ」
「…………」
「まぁよい。さっさと終わらせてくれよう」
ドラゴンは再びコラーゲンに近づこうとする。
だが――
「今度こそ終わりじゃ! レッドドラゴンよ! トドメを――」
「……!? ギャォォォォォォォォォォォン!!」
「!? ど、どうしたんじゃ!?」
ドラゴンはいきなり苦しそうに手を押さえてもがき出したのだ。
その場で暴れているせいでリングが徐々に壊れていく。
「ああそうだ。言い忘れてたけど触手には注意したほうがいいぞ」
「しょ、触手じゃと!?」
「ほれみろ。ドラゴンの手に付いているだろ」
「……!?」
ドラゴンの手には触手が無数に絡みついている。あれは攻撃した時についたものだ。
さっきはまとめて引き千切っていったからな。その分だけ触手が絡みついているのだ。
「コラーゲンの触手はな。竜の鱗ですら浸透する『超猛毒』だから触らないほうがいいぞ」
「ば、馬鹿な……。毒じゃと……」
これが3つ目の能力。
コラーゲンから生えている触手にはえげつない毒が仕込まれているのだ。
触れたら最後。回復不可の猛毒が襲い掛かる。
「さぁどうする? まだやるか? ドラゴンはまだ戦えるみたいだけど?」
「ぐ、ぐぬぅぅぅ……」
ブレスなどの遠距離攻撃には超耐性がついているのでダメージを与えるのは困難。しかも超再生付き。
かといって近づけば、今度は超猛毒の触手が待っている。ちなみに触手は既に再生済みだ。
これがコラーゲンの能力。
これが鉄壁のモンスター。
これが『最強の盾』と呼ばれる所以なのだ。
「ま、まだじゃ! まだレッドドラゴンは倒れておらん!」
ドラゴンは既に落ち着きを取り戻している。
さすがにタフなだけある。あれぐらいでは倒れないか。
「いくら再生持ちといえど、限界があるはずじゃ!」
「無いんだなーこれが」
「行け! レッドドラゴン! ブレスで触手ごと焼き払ってしまえ!」
「だから無駄だっての」
再び灼熱のブレスでコラーゲンを包み込む。
だがブレスが終わってから様子を見ると、コラーゲンは何ともなかったかのように平然としていた。
「ぐぬぅ……まだまだ! 手を休めるな! ひたすらブレスで燃やし尽くしてしまえ!!」
再び始まるブレス攻撃。
それからも何度もブレスでの攻撃が続いた。
だが何度も焼こうが、コラーゲンが倒れる気配が一向に無い。
それでもブレスを止めることは無かった。
そして何度目かのブレスが終わった後のことだ。
ドラゴンは何もすることなくガルフに振り向いたのだ。
「グルゥ……」
「ど、どうしたんじゃ!? 早くブレスを撃たんか!」
「たぶんガス欠じゃねーの?」
「な……なんじゃと……」
「いくらレッドドラゴンとはいえ、無限にブレスが撃てるわけではあるまい」
「そ、そんな……」
プレイヤーにMPが存在するのと同じで、モンスターにもMPが設定されているのだ。
MPが切れると当然スキルが撃てなくなる。
「ば、馬鹿な……これではもう……打つ手が……」
「どうする? ブレスは使えないみたいだし、まだ続けるか? さっきみたいに近接でワンチャン狙ってみるか?」
「…………」
ガルフは呆然と立ちつくしている。
ドラゴンを見たり、平然としているコラーゲンを見たりして考えているようだ。
「ぐぬぅ……そ、そうじゃ! 踏みつけて捻り潰してやるわ!」
「それ一番やったら駄目なやつだからな。全ての触手が絡みついて一気に致死量の毒におかされるぞ」
「…………」
「言っとくけど触手もすぐに再生するからな。さっき見たから分かると思うけど」
「…………」
「あと触手が増えた分だけ、毒の量も倍増するぞ。次に触れたら卒倒するかもな」
「…………」
「どうする? 試してみるか? ドラゴンなら耐えられるかもしれんぞ」
「…………」
ガルフは何も言わず突っ立っていたが、しばらく待っていると杖を落としてしまった。
「ば、馬鹿な……そんな馬鹿な……。ワシが……負ける……じゃと……」
ゆっくりと膝から崩れ、そのまま地面にひれ伏してしまう。
『!? おおっと!? これはどうしたことか!? ガルフ選手が動かない!? 地面に倒れたまま動く気配が無いぞ!?』
「…………」
試合開始前と比べて嘘のように静まり返る会場。
誰もがガルフに注目していることだろう。
だがどれだけ待っても立ち上がる気配が無かった。
『……えっと。これは……ガ、ガルフ選手の戦意喪失とみなし……勝者……ゼスト選手……』
そして静かに勝利が決まった瞬間であった。