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小説を綴る光

作者: タニシ

 それは、天から降ってきた厄災だ。神と呼ばれる声の啓示。主要都市を狙ったかのように落ちてきた光。それらによって、人類は滅びた。否、滅びるはずだった。

 一人の天才が言った。彼らはシステムに過ぎないと。その言葉は正しかった。しかし、同時に間違っていた。人類に啓示を与えた神は、決まった通りに動く機械。システムで違いない。それは、もはや神ではない。

 だが、光には抑えられた意思があった。人類は神から干渉されなくなったと同時に、光の意思を解き放ったのだ。

 光に奪われた者がいた。光を憎む者もいた。光と恋をする者もいた。光は次第に人類に馴染んでいった。だが、人類はこれまで通りの生活を送れるわけではなかった。

 光には特別な力があった。その末裔には力が受け継がれ、次第に人類へ広がったからだ。

 同時に、神のシステムを掻い潜る必要があった。進歩してきた歴史は、一度巻き戻され、新しい歴史としてつむぎなおされていく……。


「って設定でどう?」

「長い」

 こいつ、考えに考え抜いた渾身の設定を一言でばっさりと……。

「……で、ここからどうなるのさ」

 ふん。やはり興味があったか。おい、仕方なさそうにため息など吐くな。

「見れば大体想像つくだろう? 現代魔法ハーレムファンタジーだ!」

「これの何処がそうなんだ?」

 これだから、こいつは。しっかり部内のライトノベルを読んでおけば分かっただろうに。

「人類が能力を得て、変わりにある程度科学を捨てなくちゃいけなくなったんだ。魔法と呼ばれているって後々書くけど、分かるだろ」

「いや分からなくないけどさ。ハーレム要素はどこよ」

 そこが分からないようでは書き手として失格だろう。こいつに部員としての自覚はあるのだろうか。

「光=女の子の設定も分からないとは、貴様それでも我がラノベ部の部員か」

「私は人数のかさ増しだ」

「くっ」

 毎日こいつにラノベのよさを伝えているのに、一向に熱が伝わる気配がない。我が部活動はラノベの執筆にあるが、こいつはまだ一度も製作していないのだ。

「いいか、ライトノベル、略称ラノベってのはなぁ……!」

 負けるわけにはいかないと熱弁を振るう。だが、こいつは何処吹く風で聞き流しているだけだ。

 毎日こうして流されているだけだが、俺の心は折れない。こいつはラノベが好きだ。そういう確信がある。ほぼ毎日こうして部室に来ているのがその証拠だ。

「もう帰ろうや」

「……一人で帰れよ」

 確かに、もう部室には俺たちだけだ。だが、話を聞いてもらえない不服から無駄と知りつつ抵抗してみる。

「ほう、暗くなった夜道を女の子一人で歩かせると」

「女の子って柄でもないだろう」

「うるせぃやい」

 だが、実際にこいつは女で、俺が放っておけないのも事実だ。鞄を持って立ち上がれば、ニヤニヤと笑っていやがる。これだから嫌なんだ。

 戸締りをして、帰路へ着く。自転車通学の範囲外ぎりぎりで、バスなどを使う距離でもなく、十分ほど歩けば俺の家が見えた。その間、ラノベに対して説いたり、話を聞いてやったりするのが、変わりない日常だ。

「じゃ、また明日」

 そう言って、手を振って走り出すと、一つ奥の『あずま』と表札の家に入っていく。幼馴染みで長い付き合いだが、こんなやり取りがいつまで出来るのだろうと、ふと考えた。


「天野! 天野 明久! 起きろ」

「おわ!?」

 先生の怒鳴り声で跳ね起きた。昼休みに寝てそのままだったらしい。現代文の先生の強烈なやくざ顔が目の前にあって、さらに驚き椅子から転げ落ちる。

 クラスが笑いに包まれるが、おかげで先生からの威圧が弱まった気がした。

「追加課題な」

 そんなことはなかった。先生はそう言って俺の机に一枚のプリントを置いて、授業を再開する。

「んふふ」

 前の席の女が笑いをかみ殺している。まだ、座席は名前順。つまり、東だ。なんだかムカつくが、これ以上何かしでかすわけにもいかない。しぶしぶ席に座りなおす。

「ちくしょう……」

「ぶはっ」

「東 光!」

 俺の呟きが聞こえ、それがツボにはまったらしく、噴出しやがった。それを先生が注意するが、なかなか笑いが止まらず、腹と口を押さえて誤魔化していた。

 まぁ、端とはいえ、一番前の席だし、誤魔化しきれるわけもなく、光も追加課題を渡されていた。ざまぁ。

「あんたのせいだかんね」

 恨みがましく睨んでくるが、自業自得というものだ。

「手伝いなさいよ」

 どの道同じものをやるのだから構わない。だが、癪に障るので了承はしない。こういう場合、最終的に光が泣きついてきて、俺が折れるのだ。光は学年最下位の成績だからな。

 最終的に教えてしまうのなら、始めから教えてやったほうが早い。だからといって、始めから手伝ってやると調子付くので、やっぱりすぐに手伝ってはやらないが。

 早速、今日の放課後に聞きに来るだろう。毎度似たようなやり取りをしているのに懲りない奴だ。課題は多くはないが難しい。普段のものと合わせてやるとかなり辛い。

「ふふん」

 だというのに、光はどこか嬉しそうにしていた。意味分からん。

 しかし、光は放課後に聞きに来る事はなかった。他の誰かから聞いたのかもしれないが、こういく事はいつも俺頼りだったのでなんか寂しい。もしかすると、明日提出と言うことを知らないのかもしれないが、まさかそこまで馬鹿ではないだろう。

「明久ぁ、助けてぇ……」

 馬鹿だった。夜、玄関を開けると満身創痍の光が泣きついてきた。光は身内のフィルターを除いても美人だ。そんな女の子に泣きつかれて、心揺さぶられない男はほとんど居ないだろう。

「駄目だ」

 俺を除けば。

 断られるとは思っていなかったのかその両目は見開かれる。別にこれは意地悪で言っているわけではない。勉強は自分の力でやるものだ。決して昼のことを根に持っているわけではない。

「謝るからぁ~。助けてぇ」

 その後しつこく追い縋られて、最終的には解き方をだけ僅かに手伝うことになった。結局いつも通りだ。もっと厳しくせねば。

 泣きながら問題を解く光を横目に見ながら、進んでなければ手を出して、最終的に帰っていった。時間を見れば最初から答えだけ教えていればもっと早かっただろうということに今更気が付いた。


 部活動はほぼ自由だ。何しろ、文章を書くだけならどこでも出来るからだ。もちろん、大学祭などのイベントが近づくと集まって色々話し合ったり、互いの文章の誤字脱字を探したりする。

 それ以外は全くと言っていいほど人が来ない。そもそも部員人数が足りず、かさ増しの人員が居る時点でお察しだろう。

「で、用もないのに何でここに居座るんだ?」

 そう言う光も用事が無い限り毎日部室に来ている。

「私は……ほら、あれだ」

 分かっている。一人では帰れないんだろう? 方向音痴が酷いもんなぁ。そうからかってやれば、むきになって反論するが、落ち着くとため息をついた。

「馬鹿だなぁ」

 光にだけは言われたくない。

 部室ではほとんどが静かな時間だ。スマホをいじったり、本を読んだりしつつ、互いにあいた時にぽつぽつと話をする。時々熱くなるが、光は興味なし。

 日が暮れてきたら、一緒に帰る。ただ、それの繰り返しだった。


 文化祭。その一ヶ月半ほど前から、活発に活動し始める。といっても、やはり光はなにもしないで見ているだけなのだが。

「これ、誤字じゃね?」

「うお。本当だ」

 その光も誤字脱字ぐらいは見てくれる。それだけでもありがたかった。

 慌ただしいのは、一人一人の書く量が多いからだ。さすがに、短編を一人一つではとても薄い。これだけ増やしてもまだ薄く感じるが、学生としてはそこそこの出来栄えになっていると思う。

「ホッチキスが壊れました!!」

「なにぃ!?」

 紙だけを大量印刷し、本にする作業は自分たちでしていた。その際に使っていた大きな業務用のホッチキスが壊れたのだ。これでは本にならない。

「大矢部。ダッシュで買って来い」

「了解」

 部員の一人に指示を飛ばす。僅かな部費からすれば手痛い出費だが、必要経費である。

「あ、直りました」

「大矢部ぇ!? ストップ!!」

 騒がしさは、他の部活にも負けてないだろう。

 慌ただしい日々が過ぎて当日。朝こそ終わっていない製本作業に追われていたが、紙も無くなり、作業は終了。出来上がったものはエントランスホールに置きっぱなしで、見張りも特になし。完全に自由となった。

「で、なんだその量は」

「えへへ」

 なんとなく回っていると、光を見つけた。両手に大量の屋台料理をぶら下げて。光は、大食いではない。一般的な女子と同じくらい……のはずだ。多分。正確な事は一般の女子を知らないので分からないが。両手の料理は明らかに一人で食いきれる量ではなかった。おそらく、食べたいと思ったものを買っていったのだろう。限界を超過した量であることに気が付かないとは、とため息が出る。

「グラウンド行くか」

 テントが張られ、椅子とテーブルが並べられていたはずだ。捨てるのももったいないし、食べきるのを手伝ってやる。

「ありがと」

 ふにゃりと笑顔を見せる。それがなんだか気恥ずかしくて、光から半分食べ物をひったくって先に歩き出した。

「ちょっ、待ちなよ」

 慌てて光が追いかけてくる。少し不満げだ。だが、俺の横に並べば頬が緩んでいく。そんなに楽しみなもんかねぇ。

 二人して腹ごしらえを終えると、この後どうするかという話に当然なる。クラスでの出し物は人数もいらないということで、部活に所属している奴らは免除された。だが、俺たちは当日にやることなど、なくなれば在庫を補充するくらい。それも一人で出来る作業なので、まるまる一日時間がある。

「吹奏楽か軽音か演劇でも見に行く?」

 講堂や視聴覚室での出し物の時間がもうすぐで、光が聞いてくる。彼女的には俺と一緒に行動するのが前提らしい。

「他に誰かと回らないのか?」

「ん~。会ったら少し話す程度かな?」

 流石にこいつも学校で迷子ということにはならないだろうが、誰か付いていた方が安心だ。

 誰かと回る予定がないというなら、仕方なく付いていってやることにする。どうせ大体の目的は、光のお陰で達成してしまった訳だし。

「じゃ、気になるところを適当に回るか」

「お~」

 楽しそうに腕を突き上げるが、ここはグラウンドで出店もあり人も多い。凄い変に目立っていたが、お祭りテンションで馬鹿やる奴はいるので、まだ可愛い方だ。

 それでも小さくため息を吐かずにはいられなかった。

 我が学校はマンモス高と呼ばれる部類に属する。在籍人数は千人を軽く超える。そのため、校内は広く、出し物の種類もまたかなり多い。

 その中でも飲食店は屋外に集中しているため、屋内はほとんど回っていないことになる。

「あ、お化け屋敷」

 興味を持つと駆け足で向かってしまう。いかにも定番は出し物だ。

 どうやら二クラス合同のようで、教室の片方の出口同士が壁で覆われて通路になっている。

「入るのか?」

「いいや?」

 本当に興味だけで近づいたらしい。宣伝に立っている衣装をまとった男子に声をかけられたが、スパッと断っていた。何がしたいんだろうか。

「軽音とかはいいのか?」

 既に始まってしまっているだろうが、今からなら間に合うだろう。

「ん~。別にいいかな」

 だが、彼女にその気はないようだ。いままでも、部活の紹介や、小物などの販売を軽く見ただけ。特に長く留まることも、買うこともしていない。

 それぞれのクオリティは流石に学生の範囲から出ないものの、よさげな物もあった。そこでもあまり時間をかけないあたり、回ること自体が目的なのだろうと予想できる。出来るし、分かるが、これでは本当に俺が付いていく意味が全くないような気もする。

「目的はないのか?」

 分かっていても聞いてみる。光は少し考えるそぶりをするが、恐らく何も考えてない。

「特にない」

 ほらやっぱり。

「一つはあったけど、もう達成したし」

 買い食いのことか。全屋台制覇とは行かないものの、大体の屋台は食べた。一体いくら使ったか考えると怖くなるが、年に一度の祭りだ。大目に見ておこう。

「あとは、全部の出し物を見て回るくらいかなぁ」

 予想通りの回答をする光。

「その後は、部室でごろごろ」

 門を閉める前に集会と点呼がある。それをさぼるわけにはいかないが、他にやることもないのでそうなるだろう。

「じゃ、行くか」

 俺も出し物に興味がないわけではないし、最後まで付き合うことにする。光は何を今更と言いたげに呆れたそぶりをしていて、むかついたので頭に拳骨を落としてやった。


 三日あった日程で、例年通りの部数が減った。可もなく不可もなくと言ったところだろう。ただ、本当に読んでもらえているかは定かではないし、読んでもらった感想などを受けられることはまずない。

 そういった点で、我が部は自己満足に終わっている。毎年、何か出来ないか考えているが、ネットにあげたりするのが精一杯。

 レーベルに応募する企画もあったが、レベルが違いすぎると断念。個人で出すのは自由という程度で落ち着いた。

 結局毎年同じような活動内容から想像できるように、熱意はあまりない。学校の部活なのであまり珍しくないが、今の状態が落ち着くという声もあるので無理をすることもない。

 毎日楽しければそれで構わない。本当にそう思っていたのだ。


「で、誰もいなくなったねぇ」

「文化祭が終われば、やることは年末までないしなぁ」

 また、部室はがらんとした風景に戻った。こちらの方が本来の姿ではあるが、あれだけ騒がしかった為、どこか違和感を感じる。

「ふにゅう」

 光が、意味のない声をだしてだらける。ソファーもどきはあるが、その上で伸びてだらけるのは感心しない。というか、もう少し気にするべきだと思うのだが。

 言ったところで無意味なことは知っているので無視して手元に目を落とす。読みかけでしおりを挟んだラノベと、ネットにつながったパソコン。中で、開いている小説のサイトと書きかけの小説のメモが開いている。だが、どれもやる気が起こらなくて伸びをしてみる。

 イベントに全力投球した後は、燃え尽きたように何もやる気が起こらないものだ。燃え尽き症候群とか呼んでいるが、正確な名称は知らない。とにかく、何もしないで日々過ぎていく。何かもったいないと思っても、特に何もせずにいる。

「作業進めなくていいの?」

 年末に向けての作業のことをいっているのだろう。家の学校はお祭り好きで、クリスマスイブの前日から学校を開放していて、イブとクリスマスにはお祭り騒ぎである。自由参加ではあるが、毎年そこでも部紙を出しているので、今年も出す予定だ。

「まだまだ余裕があるし」

 部紙以外にも出し物をするため、文化祭以上に忙しくなる。早めに進めても問題ないのだが、時間には余裕があるし大丈夫だと高を括っていた。

「人はそれをフラグという」

「はっはっはっ。そんなまさか」


 そんなまさかだった。

 かたかたと、キーボードの音が鳴り響く。日程的にはクリスマスイブの一週間前。だが、印刷、製本を考えると今日が限度である。

「終わったか?」

「あと一ページです」

 俺の分は先に終わり、他の人を待つだけになっている。と言っても、終わったのは先日ではあるが。焦って書けば、その分ミスも増える。俺は他の部員の小説を覗き見て出来る限り修正を入れる。

 光は、退屈そうに足を投げ出している。本当の部員でもないのに時々手伝ってくれているので、誰も何も言うことはしない。

 昨日、終わったと言う報告を先に光にしていたからか、今日はすぐに帰れると思っていたのかもしれない。少し不機嫌そうだ。先に帰ればいいのだが、ご丁寧に俺が終わるまで待つそうだ。待っているなら手伝ってほしいのだが……。ともあれ、時間もないことだし、部員を急かす。無理矢理でも間に合わせるしかないが、大丈夫だろうか。


 暗くなるころには死体が出来上がっていた。完成品は既に発注したので、後は後日だ。しばらく動けそうにないそいつらに合掌して、ご機嫌斜めの光を連れて退散する。

 部員達に悪いかもしれないがむしろ、光を連れ出すことの方が彼らの精神的によかったことだろう。女の子慣れしていない男子が、不機嫌な女の子のそばにいれば大抵は萎縮し精神的にすり減らすものだから。

 帰り道、光はまだ不機嫌だ。どうしたものかと頭を抱えていると光の方から口を開いた。

「クリスマス。参加するの?」

 お祭りのことだろう。部活で部紙をだすが、当日赴くかどうかは別なのだが。

「まぁ、クリボッチよりはましだろうからな」

 そう説明してやると、少し機嫌がましになる。こいつ、俺のボッチを喜んでやがるな。

「じゃ、私とどこかでかける? 見た目だけでもリア充だぞ?」

 からかうようにそう言う。少しイラッとしたが、それもいいかと思った。

「それもいいかもな」

 俺の反応に光は驚いていた。断ると思っていたのだろう。俺も始めはそうしようかと思ったし、大体こういうときは行くとしても一度断るからだ。

「じゃ、また明日な」

 ちょうど家に着いた俺はそう言って家の中へ入っていく。らしくないことをしたからか、顔が熱かった。


 もう休み期間に入っているため、印刷が出来上がるまで学校には行かない。そのため、朝はだらけて起きた。

 親は二人とも出ているようで、冷めてしまった朝食だけが残されていた。もそもそと食べると携帯が鳴っていることに気がつく。慌てて取ろうとしたが、間に合わず、切れてしまった。見れば着信が十件を超えており、その全てが光からの電話である。何事かと、電話をかけ直してやると、ワンコールで出てきた。

「い、イブに一時学校前で!」

 何かテンパっていて、それだけ言うと電話を切られた。

 ふむ、その前の日には学校へ行くのだが、何だったのだろうか。


 ひぃひぃ言いながら、前日の製本を終わらせて、本当に作業が終われば死体しか残らなかった。明日への気力が残ってない。

 休み期間故、制服を着てくる必要はない。だが、学校に来るためには制服で来る人が多い。俺は面倒で、普通に私服で来たが、校門前に立っている光は制服をまとっていた。

「早いな」

 いつもなら一緒に登校するのだが、今日は何故か待ち合わせにこだわっていたため、今日会うのはここで初めてだ。

 俺の姿を見て、光は唖然としていた。学校前に指定したことで、制服を着てきてしまったことに今気がついたらしい。そういえば、どこかに出かけたようだし、目的地は学校ではなかったのか。

 悲しそうな光をなだめて、今日は学校の祭りを楽しむことする。明日もクリスマスだ。問題なかろう。

 そう言えば、嬉しそうにしていた。そんなにお出かけがしたかったのだろうか? 別に制服でもいいと思うのだが。そういったこだわりは、やはり光も女の子だと言うことだろう。

 文化祭と同じように、祭りを回っていく。文化祭の時と違うのは、監督の先生がいないため、はっちゃけた出し物が存在することと、夜にあるキャンプファイヤーのような焚き火の存在だろう。

 結局、お開きのサインである、焚き火が燃え尽きるまで二人で学校を見て回った。光は女の子の集団に突撃し、会話を楽しんでいる。先に帰るなと言われたが、今日はもう十分だろう。

 メールに先に帰る旨を綴って、校門から帰路につく。薄暗い闇夜に、凍えるような風が肌を刺す。焚き火の近くは暖かかっただけに余計にそう感じるのだろう。

 そして、それは唐突に、何の前ふりもなく、何の脈絡もなく、何のドラマもなく起こった。

 目の前の景色が揺らぎ、回転し、意思とは関係なく空を見上げていた。

 体は動かず、急激に寒さが増す。

 目だけを動かして、周りを見れば、止まっている乗用車に慌てている人がいた。その人は、車に乗って逃げるように走って行った。

 それで、なんとなく分かった。俺は轢かれたのだ。轢き逃げである。

 せめて救急車くらい呼んでいけよと、心の中で毒づくが、口にする気力はない。どうしてこうなったとか、今の人を恨む気持ちとかないわけではないが、一番気になったのは光のことだ。

 楽しみにしていたお出かけの約束が守れそうにない。彼女自身はあれでも強いから、きっと心配いらない。それだけが心残りだった。

 しとしとと。

 晴れた空から、雨が降ってくる。それが、さらに体温を奪ってくるようだが、もう寒さ自体を感じなくなってきていた。

 襲ってきた眠気に逆らわず、ゆっくり目を閉じる。不思議と不安はあんまりなかった。だが、眠りにつくことはなかった。不思議に思っていると、頬に誰かが触れる。ふたたび目を開ければ、光が俺の隣にしゃがみ込んでいた。

「また、なのね」

 その顔は、今まで見たことのないくらい慈愛に満ちていて、悲しそうだった。

「大丈夫、じゃないよね」

 俺の意識があることに気がついてそう投げかけてくる。悲しそうな顔をさせていたくなくて、大丈夫だと答えたかったが、声どころか口も動かなかった。

「私が、助けるから」

 彼女がかすかに光を帯びる。気がつけば、空中で雨の滴が止まっていた。これはいったい……。

「光は、力を持っていた。けれど、それは何の代償もなく使える力でははいんだよ」

 光の纏っている光が、徐々に俺に移っていく。代わりに、俺から何か出て行くような感覚がする。

「治癒の代償は記憶と気持ち。大切なものから失われていく。ごめんね。でも、私は死なせたくないから」

 ごめん。ごめんと謝りながら、光を流していく。俺は、何か言ってやりたかったが、何も出来なかった。とても無力だ。彼女が俺の額に手を乗せれば、意識は薄れていく。願わくば、彼女との日常が続くように祈って、意識を手放した。



「どう?」

 新年の一回目。珍しく光が小説を書いてきた。

「……これ、どこまでが本当だ?」

 俺たちを参考にしたものであることは間違いない。フィクションと知っていても聞かずにはいられなかった。

 クリスマスに事故に遭ったことは事実だし、そのあたりの数日の記憶がなくなっていたことも事実である。誰にも言ってないので、光がこのことを知っているわけはない。

「なんのこと?」

 偶然だ。偶然だと分かっている。しかし、変な汗が止まらない。

「んふふ。内緒」

 そんな俺の様子をみて、光がからかうようにそう言った。


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