思い出
カーラは双眼鏡を覗いてみた。
遠くの海がはっきり見えた。波の揺れもはっきりわかるほどに。
だが、肝心のイルカは……?
イルカのいる辺りを肉眼で確認して、また双眼鏡を覗いてみた。
「はっきり見えるー」
双眼鏡で見た景色は、すぐ手の届きそうなくらいだった。
波の動きもその間を泳ぐイルカもしっかり見える。
「こうやって見るのもいいわね」
カーラは、かつての砂漠の地でのことを思い出していた。
「昔はね、よく水中散歩したものよ。水をきれいにする仕事してたんだから」
ついそんな思い出を口にしていた。
その時だった。
「あ! 潮吹いた!」
カーラは興奮していた。
思わず、少年の肩をつかんで揺さぶっていた。
「すごいわ! イルカも潮吹きするのね」
その言葉に、少年は噴き出した。
「……違うって。クジラだよ」
「そうなの?」
カーラにとっては、イルカでもクジラでもどっちでもよかった。
人生初めての海の生物にしばらく感動が収まらなかった。
*
ふとカーラは自分が双眼鏡を独占してしまっている事に気づいた。
この少年もさっき嬉しそうにクジラを見ていたのに。
申し訳ない気持ちで少年に目をやると、少年はにこにこカーラを見ていた。
「あなたも見る?」
「僕はいいよ。いつでも見れるし」
それを聞いて、カーラは感心した。――なんて心の広い少年!
「優しいのね」
でもカーラには一点だけ気になることがあった。
「あなた、その僕っていう一人称、辞めたほうがいいわよ」
「どうして?」
「ドSのロクでもない大人になっちゃうから」
「……へえ?」
少年はきょとん顔だった。
この優しい少年にはまっとうな大人に育ってほしい、なんてカーラは願っていた。
「名前、聞いてもいい? 私はカーラ」
ひょっとしたら、この少年の名前があの嫌いなドSと同じ名前だったりしたら…… なんて不安がカーラの脳裏をよぎった。
「僕……、お、オレ、レイ」
「え!?」
カーラは驚く。
かつての恋人と同じ名前かと焦ったのだ。
「レン?」
「いや……」