潜入
偶然にも似た名前だった。
そして、懐かしいにおいがした……
――ソフィア。
その名前が大事な誰かだったのは確かなのだが、それが誰なのかよく覚えていない。
たぶん、生まれる前の話。
思い出そうとしてもよく思い出せない。
もう遠い過去のこと。
レンよりもソフィアよりも、カーラには大事な人がいる。
「ゼネバは夕飯食べたかな?」
* * *
バスが止まった気配でゼネバは目が醒めた。
しばらく息を潜め寝てるフリを続ける。
バスのエンジンが止まり、運転手が動く。
そこでゼネバはわざとらしく欠伸をした。
「……すっかり寝てしまった」
運転手は一番後ろの座席にゼネバに気づき、ぎょっとした。
「いたのか!?」
「あぁ、すまない」
ゼネバは眠たそうな気まずそうな声で言った。
我ながら下手な芝居だと思った。
「すぐ降りる」
荷物を持ってそそくさとバスを降りる。
「お金は?」
ゼネバは慌てた様子で荷物を漁って見せた。
「いいよ。もう料金箱はしまっちまった」
運転手はやれやれとゼネバを見ていた。
バスが止まっていたのはどこかの倉庫、あるいは車庫のようだ。
暗い屋根つきの建物の中、バスが数台並んでいた。
車庫から出ると、林が見えた。
その手前に道路があって、そこを辿って行けば町だろう。
「町はあっち?」
ゼネバは運転手に尋ねる。
「あぁ。歩くのか?」
運転手は驚いてるようだ。
「いっぱい寝たし、いい運動になる。道の途中で始発のバスに乗るかも」
というゼネバの提案を、運転手はへえと聞いていた。
変り者の観光客とでも思ってるようだ。
「それとも、狼かなんかやばい動物でもいる?」
ゼネバが尋ねる。
「たまに出没するが、山の方へ入って行かなければ大丈夫だろう」
運転手は山の方を指さす。
夜の山は黒く、黒い夜空と境目が曖昧だった。
山の方にちらちら明かりが見える。
「あの明かりは?」
それを聞いて、運転手はムッとしたようだ。