クリスマスには花束と(8):漂着船調査 前半
車で二十分、漂着船調査隊は布良港に到着した。
房総半島の南端に位置する港で、世帯数は二百程度の小さな漁村だ。海に面して横に広がるように集落があり、無人の野原や丘のような場所も多い。既に一度、館山キャンプの調達隊が訪れており、建物の入り口には中にゾンビがいる事を示す赤いバツ印や、安全地帯を示すマル印が描かれている。赤い丸のほとんどは上から青いスプレーで丸が書かれていた。ゾンビは掃討済で、物資も回収済みだ。
漂着船調査隊はまず港を見下ろせる小高い丘で一度停車した。自衛隊が小さなドローンを飛ばし、周囲を確認する。港に小さなゾンビ集団がうろついているものの大規模な群れはいない。ドローンが船を一周したが、空から観察できる限り船外や船内に動くモノはなかった。偵察が終わると、AからC班の自衛隊三車両が港に向かった。D班からF班、中里の救急隊、本張隊、望と小針は、中里が乗った乗用車を囲むように展開し周囲を警戒する。本張は中里の車の横で、車載式の無線機を通じて真庭達から報告を受けていた。望も耳につけたイヤホンで通信内容を聞いた。
『こちらA班。前方にゾンビを確認。数は十五』
『C班です。こちらも確認しました。機関銃で狙えます』
『いや我々で対処する。C班とB班はその場で待機』
三台の車が港の入り口で停車し、高機動車とバンからそれぞれ緑と青の迷彩服の隊員が下りた。青い迷彩服の四人は車の周りに待機し、緑の迷彩服四人は一塊となり港に侵入する。
『こちらA班。これよりゾンビと交戦する』
港の方から八九式小銃の発砲音が聞こえた。港湾の中央にフェリーがいるからか、妙に反響して聞こえる。射撃は二発一セットで十五回、それで戦闘は終わった。確認された以上のゾンビはいないらしい。
オープンになっているチャンネルから真庭達の会話が聞こえてきた。
『このゾンビ、死後相当な時間が経過している。船内から出てきたモノではないな』
『身分証を確認しました。この方は布良港の漁業関係者です』
『以前撃ち漏らしていたゾンビが船の入港を聞きつけて集まったのか』
四人の陸自隊員は銃を構えながら港の中を進んだ。停泊している漁船や建物の中を確認しながら、それでも三分もしない内にフェリーのランプが下りている防波堤の入り口に到着した。
『こちらA班、周囲に敵影なし。B、C班は防波堤入り口まで前進』
『B、C班了解』
『ウチの車を海に落とさないでよね』
最後の音声は関根だった。B班の海自隊員の一人が『気をつけます』と緊張した声で応え、陸自の高機動車に乗った。そして港の入り口で待機していた三台の車がゆっくりと港内に進み、真庭達が待つ防波堤の入り口まで移動する。
取りあえずは予定通りだ。特に大きな障害もなく順調に進んでいる。ところがトラブルは望達がいる場所で起きた。
「本張隊長! 草むらにゾンビです」
周囲を警戒した本張隊の一人が叫んだ。港の銃声を聞きつけたからか、枯れたススキが目立つ空き地で一体のゾンビが起き上がっているところだった。半袖のポロシャツを着た老人のゾンビで肌はカサカサに乾いている。両脚で立ったものの、動きは鈍く草むらに足を取られて前に進むのもおぼつかない。本張は一瞬望を見て、それから尾見というボウガンを装備した戦闘員に目を向けた。
「尾見君、よろしく」
「了解。一発で仕留めます」
少し癖の強い長髪に髭を生やした尾見という男性はボウガンを構え、少し上を狙って発射した。鋭い弦音がし、五〇メートルほど先にいたゾンビの頭部に矢が命中した。ゾンビはそのまま草むらに倒れる。ゾンビの体は先ほどと同じように枯れたススキに埋もれてしまったがが頭部に刺さった赤いシャフトの矢でどこにいるのかはわかった。矢は空を向いたまま動かない。一発で脳を破壊できたようだ。本張が「お見事」と言うと、尾見は無言で親指を立てた。
それを見ていた小針が「へえ」と声を上げる。
「本当に慣れてるわね。ゴキブリを退治する時だってもう少し騒ぐものなのに」
「調達隊にとっては日常ですから。それにあの人はキャンプで一番弓の扱いが上手い人です」
「実戦であそこまで上手く使える。今までに相当戦闘を経験したのね。さすが館山キャンプね」
それは周りにも聞こえる音量だった。本張隊の隊員達は単純に賛辞と受け取り嬉しそうにしている。だが望には小針の言葉に別の意味があるのではと勘ぐってしまった。どうもこの人といると気が休まらない。
それ以上のゾンビの襲撃はなく、真庭達から次の指示が飛んできた。
『こちらA班。防波堤から船までのルートを確保した。D班からF班、防波堤入り口まで前進』
『本張了解』
『中里です。私もわかりました。真庭さん、生存者はいそうですか?』
『今のところ確認されていません。戦闘をしたので船内に生存者がいれば出てきてもいいと思うのですが』
『そうですか。もし見つけたら直ぐに教えてください』
『了解です』
見晴らしのいい場所から防波堤の入り口までは百メートルほどあった。中里を囲むように円陣を組んでいた望達はマイクロバスやトラックに戻り、道沿いに港まで下る。港の中に入り、真庭達の足跡を辿るように防波堤の入り口まで移動した。
目的のフェリーが接舷している防波堤は港の一番端にあり、その入り口は無舗装の駐車場のようなスペースだった。既に真庭達の車両三台が置かれている。C班である海上自衛隊の機関銃班が残っており、トラックの荷台から船に銃口を向けていた。防波堤の先、フェリーの後部ランプが降りている辺りには緑と青の迷彩服を着たA班とB班の姿が見える。
本張隊はマイクロバスやトラックから降りると、機関銃班を守るように展開した。
望は中里と小笠原の護衛を任されたのだが二人は乗用車内に残ったままだった。車の横に立っているだけだと手持ち無沙汰なので、潮風を感じながら眼前にそびえ立つ巨大なフェリーを見上げた。フェリーの前方は漁船を陸揚げするためのスロープに乗り上げ、数隻の漁船を破壊していた。側面は護岸に擦った大きな傷があり、後部ランプは防波堤の上に下りているが、狙ったというよりは船が停止した場所で下ろしたらたまたまといった感じだ。
望は防波堤から身を乗り出し、近くにあった漁船を覗いてみたが灰が積もっており長い間人の手が入った様子は無い。そこに小針がやってくる。
「あのランプ、フェリーから車を出し入れする時につかう物ね。自然に下がるような設備じゃないから、やっぱり生存者がいるのね。どこにいったのかしら」
小針が成田から聞いていた情報では船の乗員は全滅したはずだが、港に入りランプが降りているということは少なくとも誰かが生きていて操作したことになる。
「船から下りたんでしょうか。どこかに行って、もうこの辺にはいないのかもしれませんね」
「だったら館山に来るはずじゃない? ほらミウちゃんだっけ? 彼女の放送を聞いていればさ」
「どうでしょう。放送に気がつかなかったのかもしれません」
「あるいはどこかの家に潜んでいるのかしら」
小針の言う通りだ。生存者はどこにいるのだろうか。シェルターから来たことさえ黙っていれば館山キャンプは何の疑問もなく受け入れてくれるはずだ。現に望や小針といった成田シェルターの人間が入り込んでいる。あるいは、成田を目指して北上したのかもしれない。しかしここには一度調達隊が訪れている。使える車や燃料は根こそぎ回収されていたはずだ。移動手段を確保するのも一苦労だろう。フェリーが今朝到着したばかりだとすれば、まだ港周辺にいても良さそうなものだ。望は本張から双眼鏡を借りて港や周辺の民家も探してみたが生存者に繋がる痕跡は見つからなかった。やがてイヤホンが新しい通信をキャッチする。
『こちらA班。これよりB班と船内に入る。C班、異常があったら直ぐに連絡しろ。本張りさん、念のため確認です。中里先生の身の安全を最優先に。キャンプ唯一の医者ですから緊急時には我々を置いてすぐに館山に戻ってください。いいですね』
『こちら本張。了解。でも、少しはわたしらを頼ってくれよ。あんた達自衛隊だってキャンプ防衛の要だからね。多少危険があっても助けに行くよ』
『ありがとうございます。では、いざという時は頼みます。A班、B班、船内に突入する』
真庭達が船内に入った。望は銃声が聞こえてくるかと身構えたが、特になにも起こらない。ただ風と波が船体や護岸にぶつかる音だけが聞こえる。船内の状況を伝える通信が飛んでくるが、特にゾンビや生存者に遭遇すること無く調査は進んでいる。少なくともランプを上がった所にある車両甲板は無人のようだ。
「暇ね」
小針が退屈そうに足で地面に絵を描いていた。コンクリートの上に積もった火山灰につま先で線を引く。絵心はかなりあるようで、猫か何かのキャラクターらしい。
「マンガですか?」
「知らないの。アメリカのアニメキャラクターよ」
「なるほど」
何かの暗号や他のシェルターの生存者へのサインかと勘ぐったが、小針は完成した絵をすぐに消してしまった。本当にただの落書きだったらしい。
「暇ね」
「……暇なのは良いことですよ」
「次は何を描こうかしら。もう少し大きなキャンバスが欲しいわね」
そう言って小針は防波堤に目を向けた。そこには火山灰が積もっているが、海の湿気を吸って雨上がりの砂浜のようになっていた。多数の足跡が船に向かっている。自衛隊のものだからか、間隔や並び方がビシッとしていて絵に描いたような理想的な足跡だ。一方、船から出てきたものはない。
「生存者は外に出ていないのかもしれないわね」
「海に飛び込んだのかもしれませんよ」
「今は冬よ?」
港のどこかに人が上がった痕跡は残っていないか。望は防波堤を双眼鏡で見てみたがそれらしいものはなかった。
『こちらB班っ。ゾンビです!? 交戦します』
やたらと緊迫感のある声が無線を通して聞こえた。新木二尉だ。
『B班、数は!?』
『一体、いえっ、二体です』
『対応できるか』
『やれますっ。射撃開始だ!! 撃て、撃てっ、ってーっ!!』
無線を通じて銃声が聞こえてきた。二十発近い発砲音の後静かになる。
『こちらB班。ゾンビを排除しました! やりました!!』
『B班、怪我はないか?』
真庭の声は若干呆れているようにも聞こえた。
『大丈夫です。全員ピンピンしてますよ』
『よし。捜索を継続しろ』
通信を聞いていた小針が不思議そうな顔をした。
「どうしました?」
「さっきの尾見さんはすごく落ち着いていたのに、海自の人は、ずいぶんテンション高いのね」
近くのトラックに海自の隊員がいるので声は控え目だ。
「しかたないですよ。あの人達は最近まで船の訓練ばかりしていたんですから。外で戦った経験は民間人の調達隊の方が多いんですよ」
「そうなんだ。そんな人達をゾンビがたくさんいる可能性のある船内に送り出したの?」
「以前は民間人が前に出ていて、犠牲者が多く出たんです。最近は自衛隊が率先して危険な任務を受けてくれています。それに、大量のゾンビがいると嫌な気配があるんですよ。腐敗臭とかうごめいてる感じとか。でもこの辺にはそれを感じません」
「つまり中は比較的安全ってこと?」
「おそらくは」
それは望の直感だったが間違ってはいないと思う。多分真庭達も同じで、そうでなければ最悪千体のゾンビがいる船内に入ったりはしないだろう。無線が反応し、新木二尉の落ち込んだ声がした。
『こちらB班。現在第三層を調査中。客室で三名の遺体を発見しました』
『状態は?』
『遺体頭部に銃創を確認。ベッドサイドには錠剤の包装があります。三人分の……これは毒物でしょうか。自殺した後、誰かが頭部を撃ったようです』
『A班も状況は同じだ。死亡した乗客を確認。頭部は全て破壊されている』
『了解しました。……あ、真庭一尉! こちらB班! ゾンビです。今度は六体』
『応援はいるか』
『いえ。大丈夫です。我々だけでやれます』
無線の向こうから銃声が聞こえた。今度は合計で三十発ほど。マガジン一本分だ。
『こちらB班。ゾンビを排除しました! 負傷者なし』
船内にいる海上自衛隊は着実に経験値を溜めているようだ。もう声に動揺はなく、戦闘もスムーズに行えている。
『ん、これは……!?』
『新木二尉、何かあったか』
『このゾンビですが……自衛官だったかもしれません。ポケットに認識票が。名前はソウヤ・オノ、陸自のようです。ご存じですが』
『いや。知らない名前だ。遺体の状態は?』
『ゾンビ化したのは最近の様です。まだ肉体の劣化が始まっていません』
『わかった。オノソウヤの身元確認は後ほど行う。船内の捜索を継続しろ』
『了解です』
そこで通信が途切れる。小針の表情に変化はなかったが少し不味い状況かも知れない。オノというのはシェルターの護衛についていた隊員だったのだろう。
それから船内の調査は順調に進んだ。A班とB班は何度かゾンビと交戦し、負傷者を出さずに全てを倒した。生存者は結局見つからず、食料はほとんど残っていなかった。ただ大きな収穫はあったようだ。関根が興奮した声で『すごい物をみつけました』と報告していた。そのタイミングで船内の二チームが合流したので詳しい内容は無線に流れてこなかった。
調査開始から三十分後、甲板に真庭達が現れ手を振った。
『本張さん、聞こえますか?』
『はい、聞こえますよ』
『調査が完了しました。ゾンビは全て排除。生存者はなし。船内で多数の武器を見つけました。あと医務室は手つかずでした。これらを回収します。C班を残しDからF班は船内に。まずはランプを上がったところにある車両甲板に来てください』
その場を海自の機関銃班に任せ、望達は防波堤を歩いて船に向かった。
近づいてみるとフェリーはかなり大型で、高さは二十メートル以上ありそうだった。館山基地の本部棟が四階建てなのだが、フェリーはそれよりもさらに大きい。後部から下りているランプは巨大な金属製で、トラックや装甲車でも余裕で渡れそうだった。ただし、防波堤に下りているかなりの部分がはみ出しているので、車が乗り降りできる状態にはない。ランプの向こうでは海上自衛隊員が手を振って合図をしていた。望達は中里を中心にランプを渡って船内に入る。
フェリーの車両甲板は駐車場のような空間だった。トラックが入れる暗いの高さがり、奥行きもかなりある。照明が落ちているので全体を見渡すことはできなかったが、数台の車両が停まっていた。車両甲板の入り口では海自隊員が銃を持って見張りについていた。医師の中里がその隊員に声をかける。
「お疲れ様です。状況はどうなっているのかしら?」
中里が改めて状況を確認する。
「内部は制圧しました。船内で確認したゾンビは全て排除しています」
「怪我人や生存者は?」
「負傷者は出ていません。そして、生存者もいませんでした。乗客は百人ほどいたのですが、その、みんな自殺していました。食料庫が空っぽだったので餓死するよりは穏やかな死を選んだようです。でも小さな子供まで……やるせません」
「そうですか。残念です」
怪我人がいなくとも生存者ゼロでは中里も「良かった」とは言えなかったようだ。真庭の通信で知っていたとはいえ、いざ乗り込んでみて誰も生きていないとなれば失望は大きい。小笠原も念のため持ってきた救急セットを残念そうに床に下ろした。海自隊員は中里と小笠原に頭を下げ、それから真庭の指示を伝える。
「皆さん、階段を上がって第四層のエントランスまで行ってください。そこに船内で見つけた、」
「ちょっといいですか」
小針が隊員の説明を遮って手を上げる。
「船のランプが下りていたということは誰かが操作したってことですよね。その人はどうなったかわかりませんか」
「我々も少なくとも一人は生存者がいると思っていたんです」
海自隊員は話の腰を折られたことを気にせず、小針の質問に寂しそうに首を横に振った。
「ランプの操作盤近くに一人の男性の遺体がありました。ゾンビに足を噛まれ、動けなくなった後に自分で頭を撃ち抜いたようです。状態から死後半日程度、つまり昨晩までは生きていた方でした」
「その人が船を港に入れて、ランプを下ろした?」
「状況的にそうだと思います。脱出準備ができたところでゾンビに襲われたようです。彼の遺体の周りにゾンビが何体も倒れていましたから」
「そうですか。残念です」
「まったくです。誰かを助けられると思って来たんですが……」
その隊員は疲れ切った顔で嘆息した。
小針は「ありがとうございます」とお礼を言い、それから車両甲板の車に目を走らせた。整然と並べられたそれらは全て一般的な車で自衛隊や特別な出自を匂わせるものはない。
空気が重くなったからか、本張がパンっと手を叩いて注目を集め明るい声で言った。
「さあ、私達の仕事をしましょう。荷物運びは調達隊の得意分野。上で真庭さんが待ってるのよね」
望達は海自隊員と別れ、停止して階段となった乗客用のエレベーターを登り第四層のエントランスホールに移動した。そこには案内所や売店、展望デッキや客室、レストラン、そして第五層への階段があった。ホールの一部に大きなコンテナや銃器、弾薬箱が置かれており真庭達が中身の確認をしていた。まるで戦争映画の補給拠点の一場面のようだ。本張は予想外の物資に少し驚いていた。
「てっきり防災用の斧とか、せいぜい拳銃だとだと思ったのだけど……これは武器というか兵器じゃない?」
その質問に真庭が答える。
「どこかの駐屯地で手に入れたようです。船には陸自隊員もいたようですから彼らが持ち込んだのでしょう」
「かなりの数ね。それも大きなものばかり。それは何? 見たことの無い武器だけど、バズーカ?」
真庭が見ていたのは長細いコンテナで、中には細長い筒のような武器が収まっている。望の知っている無反動砲よりも細く長い。
「九一式携帯地対空誘導弾です。まあ、歩兵が持てる対空ミサイルですね。ヘリコプターを撃ち落とせます」
爆薬のようなものをチェックしていた女性隊員の関根が解説してくれた。ヘリコプターという単語に望は思わず突っ込みを入れてしまう。
「ゾンビはヘリコプターを操縦しませんよね?」
「冠木君、常識に囚われちゃだめだぞ。いつかそういうタイプも出てくるかもしれない。それに、敵はゾンビだけとは限らないでしょ?」
「関根士長、無駄話が過ぎるぞ」
真庭に注意され、関根が望にだけ見えるように舌を出す。
「いたずらに不安を煽る発言は控えろ」
「はーい」
関根は望にウインクすると仕事に戻っていった。本張と尾見の二人が携帯式対空ミサイルを覗きに来る。
「人間相手に使うのは気が引けますね」
「本当に怖いのは人間だった。ホラー映画ではよくある展開じゃない」
「備えあれば憂いなしですか。まあ館山に喧嘩をしかけるグループはないとは思いますが」
小針は快く思っていないだろうが、望の考えは二人に近かった。音葉を誘拐したグループのように生存者にも悪人はいる。武装は多ければ多いほど安心できる。それがシェルター攻撃に使われないかは、それこそ望や小針の努力次第だろう。ミサイル以外にも見慣れない武器があった。首を傾げていると上岡という隊員が少し解説を加えてくれた。
「船内に残されていたのは対ゾンビ戦に不向きな重火器ばかりだ。これが地対空誘導弾で、こっちは小銃てき弾。銃で発射する手榴弾みたいな武器だ。それとこれは迫撃砲だな。携帯式の大砲だと思えばいい。まったくどこから持ってきたのか」
「小銃もありますね? 八九式とは違うタイプもありますが」
「これは六四式小銃だ。八九式よりも旧式だが威力はある。しかし弾がほとんど残っていない。空の弾倉がかなりあったから、彼らもそうとう頑張ったみたいだ。残念だよ。もっと早く合流できていれば」
その場に集められた八九式は十挺ほど、それと一部が木製の六四式小銃が三十挺ほど。小銃用の弾丸は合わせて百発ほどしかないらしい。一方で、こけしのような形をしたてき弾が詰まった金属製のケースは十個、地対空誘導弾の入ったケースも十個、さらに迫撃砲という小さな大砲とその弾薬も木箱が二つあった。
「本張さん、この武器をトラックに運び込んでください」
「いいけど、これ爆発とかしないだろうね?」
「落としたくらいでは爆発しませんが、丁寧に扱ってください」
真庭は本張達に簡単な取り扱い方を教えた。それから真庭は中里と望達の方に来た。
「中里先生、このデッキに医務室がありました。展望デッキを抜けて、レストランの手前です。そこに使えるものが無いか調べていただけませんか。冠木君、君と小針さんは中里先生の護衛を頼む。ゾンビはもういないと思うが、警戒は怠るなよ」
上手くすれば船内をある程度自由に捜索できるかもしれないと思い、望は快く新しい任務を引き受けた。