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クリスマスには花束と(6):成田からの使者

 キックオフミーティングから三日後、「nap3」のメンバーは食堂で昼食を取りながら午前中の練習の反省をしていた。時計は午後一時十五分を少しまわったところ。利用者がほとんどいないので望達はテーブルの上に置かれていた調味料や紙ナプキン、花瓶を端によけ、メラミン製のランチプレートと楽譜を一杯に広げていた。

 千尋がスマートフォンを操作し録音した自分たちの演奏を再生する。曲は初心者向けの『ささやかな恋を込めて』だ。


 『とどけぇ〜わたしの〜ささやかな好〜きぃ〜♪』

 

 サビの終わりでミウが「きぃ〜♪」を気持ちよくのばしてしまう。すぐ二番が始まったのだが、メトロノーム通りに演奏していたドラムと気持ちよく歌い終えて一呼吸ついたボーカルがずれる。ボーカルとドラムの動きが合わなくなり、混乱したベースが演奏をストップする。釣られてキーボードの音も聞こえなくなり、ボーカルが諦めギターも消える。電子メトロノームの音をイヤホンで聴きながらリズムを刻むドラムの音だけがスピーカーからむなしく流れていた。

 千尋が録音を止める。


「最後まで演奏できなかったけど、取りあえず一番はできた。始めて三日の初心者が二人いる事を考えたら上出来だと思う。あ、ありがとう望」


 すっかりリーダーのポジションに収まった千尋に望はプラスティックの湯飲みに入ったほうじ茶を差し出した。食堂ではおかわりはできないが、給茶機のお茶だけは何杯でも飲むことができる。千尋はお茶で喉を潤してから一人一人に注意を出していく。


「まずミウ。ちょっと気持ちよく歌いすぎ。せっかく帯川さんがメトロノームを聞きながら正確に叩いてるんだからもっとドラムを聞いてあげて」

「うーん、機械的なテンポだと歌いにくいんだよねー。せっかく録音の伴奏じゃ無くて生演奏なんだからもっと自由に歌いたいなぁ」

「しっかりと曲を作ることから始めよう。テンポが揺れると初心者が置いてかれる。実際石坂が落ちてるでしょ。音楽はみんなでするんだから」

「うううっ、気をつけます。ごめんなさーい」


 ミウは謝りながらトレーに残っていたランチを頬張った。今日のメニューはさつまいもチャーハンと漬物、そして大根スープ。芋は基地内の畑で収穫されたものなのだが細くボソボソとしており正直言ってあまり美味しくない。


「石坂は各小節の入りをもっと合わせられるはず。もっとドラムの音を聞いて。ベースがふらふらしてるとギターとかボーカルが悩んじゃうから」

「わかった。そしてすまん。なんか俺が一番足を引っ張ってしまってて」

「初心者なんだから仕方ないよ。初めて三日で曲を弾けてるんだから十分大したものだよ」

「そうだぞーっ。タカトー、がんばれー」

「お、おう。おうっ! 頑張るぜ」


 少し落ち込んでいた様子だった石坂だが、ミウの声援ですぐに元気になる。望の見たところ、二人は石坂にとっての飴と鞭として役割分担をしているようだ。千尋が注意し、ミウが褒めたり慰める。そのお陰か、始めて楽器を触って数日しか経っていないのに合奏になんとか参加できるレベルになっていた。


「なあチヒロ、オレはミウの歌を聞いた方がいいのか?」


 早々に食事を終えていた帯川が花瓶をいじりながら言った。調達隊がどこかのインテリアショップからもらってきたクリスタル製でそれなりに高価なものらしい。無骨な自衛隊基地の食堂にはあまり似合っていなかった。飾られている花はサボテンみたいな少し太い茎の先端に小さな紫色の花がいくつも集まったもので、キャンプの住人が基地の花壇で育てているものだ。


「テイは今のままでいいです。まずは正確に叩けるようになってください。テンポを揺らすのは後からやりましょう」

「了解!」


 それから千尋は残っていた自分も昼食を片付けにかかる。メンバーは世間話をしながらそれを待ち、全員がランチを食べ終えたところで千尋が「じゃあ二時に音楽室に集合して練習再開しましょう」とランチ兼反省会を終わりにした。

 望は石坂と一緒に一度男子寮に戻ろうとしたが、「ちょっと話がある」と千尋に引き留められた。石坂は望が個別に説教をうけるのかと思い、「がんばれよ」と励ましの言葉を残し、ミウや帯川と一緒に食堂から出て行った。千尋は心配そうに望を見た。


「何かあった?」

「えっと、何が?」

「ここ数日、ずっと心ここに在らずって感じ。練習にも身が入ってないし、注意も散漫で。どうかしたの?」

「ごめん。久々にピアノを弾いて戸惑ってるんだ」


 実際は成田からの連絡員がいつ接触してくるのかと気が気でないのだがそれを千尋に説明するわけにはいかなかった。


「それだけ?」

「……それだけだよ」

「何か悩みがあるなら相談して。それとも体調が悪いの?」

「ありがとう。でも本当になんでもないんだ。大丈夫」

「ならいいんだけど。とりあえず今日の午後は練習に来なくてもいいから」

「でも」

「今は休んで。明日からしっかり参加して。望がそんな調子じゃ他の人達にも悪い影響が出るかもしれないし」


 断ろうと思ったが考えてみると悪い話ではない。もし連絡員がキャンプ内にいるのなら四六時中ミウや千尋と一緒にいるよりも接触されやすいかもしれない。あるいは、連絡員は外で待っているのかも知らない。それなら調達隊の仕事を手伝う名目で外にでればコンタクトしてくれるだろう。


「わかった。みんなには悪いけど今日は休ませてもらうよ」

「そうして。それから望」


 千尋の澄んだ黒い瞳がまっすぐ望に向けられた。


「私はあなたの事、家族だと思ってる」

「家族……」

「恋人にしろとはいはない。どんな関係でも、お姉ちゃんの恋人だったんだから兄でもいい。とにかく、私はこのキャンプの中であなたを一番大事にしたい。だから、何かあったらいつでも頼って。私にできる事ならなんでもするから」

「……ありがとう。悪いな、なんか」

「気にしないで。そうでも思わないと私も自分がどこに立っているのかわからなくなるだけだから。館山キャンプは新しい家で、望が家族。それなら迷わずに済むでしょ。それじゃあ、お義兄さんまた明日」

「ああ。また明日」


 千尋はテーブルの上に広げた楽譜をまとめ、お気に入りらしい大きなトートバッグに入れると食堂から出て行った。

 望は千尋に申し訳ないと思いながらも、「おにいさん」の単語に音葉を思い出していた。早く成田の件に決着をつけ、「nap3」の練習に集中しよう。そう思っていた時、誰かが正面に立った。長い髪をうしろで束ねたがっちりとした体格の女性だ。手にしたトレーではさつまいもチャーハンとスープが白い湯気を上げている。その湯気の向こうに見覚えのある女性の顔があった。


「小針さん?」

「こんにちは冠木君。ここいいかしら」

「どうぞ。もう外に出られるようになったんですね」


 小針は最近キャンプに合流した女性で、最初の身体検査で感染者と疑われた時に色々と手助けをした相手でもあった。


「ようやく隔離期間が終わったわ。ゾンビウイルスに感染していないって証明できたの。さっきの子が噂の西山さん? 可愛い子ね。付き合ってたりするのかしら」

「そういう関係じゃないですよ。親しい仲間ではありますけど」

「そう? 冠木君、結構モテるみたいね。これじゃあ彼女が不安に思うのも無理はないわね」

「彼女? 千尋から何か聞いているんですか?」

「さあ、どうかしら」


 楽しそうに笑った小針はそのまま席に着く。先ほどまでいた千尋よりも頭一つ分背が高く、望はやや見上げる格好になった。よく見ればもみあげの辺りに白髪がある。二十代くらいかと思っていたがもう少し年上なのかもしれない。それにしても今ひとつ小針の意図がわからない。先日のお礼を言いにきたのだろうか。小針はテーブルの上に飾られた紫の花に目を向けた。


「チースかしら。まさか花まで飾られているなんて、このキャンプはかなり余裕があるのね。へえ、ちゃんと生花なのか」


 小針は花の茎に触れ、少し残念そうな顔をした。


「この花は基地内で育てているの?」

「そうみたいですよ。俺は関わっていませんが、元々農家をしていた方が芋とかと一緒に育てているそうです」

「そうなのね。じゃあたんぽぽはあるかしら」

「タンポポですか? 育てているかはわかりませんが、春になれば咲くとは思いますけど……」

「じゃあアイリスはどう?」

「それも春の花ですよね? 今は冬ですからないと思います」

「そうなの? あなた、アイリスが好きそうに見えるけど」

「はあ、特に好きな花ってわけではないですが……アイリス、まさか!?」


 たんぽぽとアイリス、いずれも成田との通信で使われる隠語だ。たんぽぽは望の父を、アイリスは望自身を指す。季節外れの花の名前が偶然続けて出てきたのかもしれないが成田シェルターの関係者である可能性が高い。だが迂闊に聞くことはできない。どう反応すべきか迷っていると小針がくすっと笑った。


「あなた、潜入捜査向きじゃないわね。顔に出すぎ」

「すみません」

「そこは『なんのことですか』でしょ。謝った時点で自分がスパイだって認めてる」

「あっ」

「まあ訓練を受けたわけじゃないんだから仕方ないけどね。次はもっと慎重に行動しなさい」

「はい……あの、それであなたが」

「そう私はアジサイが好きなの。その中で暮らしたいくらいにね」


 アジサイは成田シェルターを指す単語だ。望は頭動かさないようにしながら素早く左右に目をやった。話し声が届く範囲に人はいない。


「だから、そんな風に警戒したら余計あやしまれるでしょ? 大丈夫。あなたに話しかける前にちゃんと確認してるから。盗聴器の類もないわよ」


 小針は腕に着けたスマートウォッチのようなものを軽く叩いた。どうやらここは安全らしい。


「あの俺の所に来た理由って、何かアジサイにあったんですか? それとも、」

「ちょっと待って食べてから話すから」


 小針はさつまいもチャーハンを食べ始めた。望はそわそわしながら食事を味わう彼女を待った。


「何か悪いニュースですか」

「ちょっと待って。あと少しで食べ終わるから。どうしてサツマイモでチャーハンを作ろうと思ったのかしら。普通にサツマイモご飯にするとか甘露煮にした方が美味しいと思うけど」

「……カロリーをあげるために油を使っているとか。あとサツマイモご飯は先週でました。スイートポテトや焼き芋も」

「ああ、色々試した後だからってことね」


 望のストレスが許容量を超えてあふれ出す前に、小針の皿はきれいになった。最後の一口を食べ終えた彼女は満足気に唸った。


「うん美味しい。やっぱり料理はできたてが一番ね。芋料理でも色々なバリエーションがあるなんて羨ましいわ」

「最近ですよ。食料に余裕が出てきたのは。それに今日のはどちらかと言えばハズレな方です」

「食事の味に文句を言えるだけ恵まれてるのよ。おかわりできないのが本当に残念」

「あの、それで、小針さんは俺にどんな用ががあるんですか。アジサイで何かあったんですか」


 待ちきれない望は身を乗り出す勢いで尋ねた。もし答えなかったら掴みかかってきそうな様子に小針はまた笑う。


「ふふ、大丈夫よ。アジサイに変わりはないわ。ここに来たのはあなたにお願いしたい事があるから。二つあってね、一つは私達のリーダーからお願い」


 成田シェルターの所長である路貝からのメッセージだろうか。それとも小針の上司として自衛隊とか外を調査する部門の長がいるのかもしれない。いずれにせよ音葉に関する悪いニュースではなさそうだ。望の両手から自然と力が抜けた。


「吉永さんがね、歌の練習をしている君達を快く思っていないのよ」

「ヨシナガさん? 誰ですか」

「だから私達のグループのリーダー。あなたも立ち会ってくれたでしょ。館山に来たときに私と一緒にいた男性よ。ほら少し頭の薄い、グレーのスーツを着ていた四十代くらいの人」


 小針が切り出してきたのは成田シェルターの話ではなかった。


「あの人、ここに来る途中で子供を亡くしていいるの。その子は歌が好きだったの。だからあなた達の歌を聞くと心の傷が抉られるんですって」

「そう言われても。気持ちは分かりますが、こっちも作戦でやってるんです」

「作戦?」


 首を傾げた小針に望はMCL作戦のあらましを説明した。アイドルのライブでゾンビを誘導すると聞いた小針は目を丸くしていた。


「冗談みたいだけど本気なの?」

「本気です。発案者は海上自衛隊の人ですし、俺達も含めて何十人も関わってます」

「じゃあ音楽を止めてもらうのは難しそうね」

「音が漏れないように相談はしてみます。ただ練習場所が限られているので。こちらも遊びでやっている訳ではないことは理解してください」

「わかってるわ。ありがとう。吉永さんにも説明してみる」

「あの小針さん、吉永さんという人も、その、アジサイが好きなんですか?」

「どうかしら。私が吉永さんと合流したのは一週間前だから。好きな花を聞いたことはなかったわね」


 つまり無関係ということだろう。小針は館山キャンプに潜入するために吉永達のグループに合流したらしい。

 小針が話を続ける。


「それでお願いしたいことの二つ目なんだけど。その前に紙ナプキンんをとってもらえるかしら」

「これですか? どうぞ」


 望は先ほどのミーティングでテーブルの隅に寄せられていた紙ナプキンを数枚取って小針に渡した。小針は受け取りながら自然に視線を周囲に巡らせる。食堂の利用者はさらに減っており、話を聞かれる心配はなさそうだ。


「これから大事な話をするわね。実は九州の方にあるアジサイ畑から逃げ出してきた人がいるの。彼らはフェリーで関東を目指したんだけど、途中で全滅してしまった。問題は、その船が漂流してこの館山の近くを通っているのよ」


 アジサイは成田シェルターを表す隠語だが、九州の方のアジサイ畑ということは別のシェルターの事なのだろう。


「船には九州の畑についての資料が残っている可能性があるの。もしかしたらこの辺のアジサイ畑の場所を示す何かがあるかもしれない」

「それはまずいですね」


 もし館山キャンプの生存者が成田シェルターの存在と位置を知ってしまったら、きっと助けを求めてしまう。だが成田は絶対に外の生存者を受け入れないだろう。そうなれば、館山の住人だって生き残るために武器を取る。成田には強固な防衛体制が敷かれているが、木更津駐屯地を制圧して手に入る様々な武器があるし、あるいはMCL作戦で使う予定の爆薬を使えばシェルターを生き埋めにすることくらいはできるかもしれない。シェルターの位置情報は絶対に知られるわけにはいかなかった。


「そう。だから、もし漂流船を調査する事があったら積極的に参加してほしいの。そして船内に畑について示す資料があったらこっそりと破棄して。USBメモリ、パソコン、タブレットなどの電子機器、手帳や日記もね」

「わかりました。でも難しいですよ。調査するとなっても俺一人で行けるわけじゃ無いですし、周りには自衛隊の人とかがいるはずですから」

「わかってる。基本的に脱出した人達も記録は一切残していないはず。あなたにも伝えたのは万が一に備えてよ。そもそも漂流船に気がつかないかもしれないしね」

「わかりました。気にはしておきます。あの、連絡ってこれだけですか?」

「ええ」


 その回答に望はほっとした。音葉に何かあったわけでも、父親の新しい情報があったわけでもない。シェルターの危機には違いないが自分の関心の範囲からは少し外れている。


「そうだ。もう一つ伝言があったわ。ちょっと前に聞いたのだけどね」


 小針がわざとらしくぽんと手を叩く。


「あなたに個人的な伝言。もし会えたら、私は元気。そっちも身体に気をつけて、だそうよ」

「それって」

「噂の西山さん、かわいい子ね。単身赴任で寂しいのはわかるけどあんまりハメを外しすぎないように。彼女、口には出さなかったけど相当不安に思っているみたいだったわ。何せ報告書のどこを見ても西山千尋が同行って書いてあるんですもの」

「うっ、肝に銘じておきます。あの、その人は元気にしていましたか」

「私は直接会った事はないけど、時々噂は耳にしていたわ。色々仕事をして、素敵な友達もできたそうよ。男子も女子も」


 言い方に少し含みがあった事が気になったが、望は音葉が無事でいる事を知れただけで満足だった。


「ありがとうございます。ずっとモヤモヤしていたんですけど、それを聞けてスッキリしました」


 これでバンドの練習に専念できる、そう思って席を立とうとした時、後ろから声をかけられた。


「冠木、ここにいたか」


 陸上自衛隊の真庭だ。他にも見知った隊員の姿がある。たしか関根と上岡、いわゆる戦闘部隊の二人だ。最近は木更津方面に出ずっぱりなので昼頃にキャンプの食堂で見かけるのは珍しい。

 他の二人がランチを受け取りに行く中、真庭だけがこちらに来た。まず小針に頭を下げる。


「お邪魔していいかな」

「全然いいですよ。真庭さんでしたっけ」

「ええ。先日の説明会でお会いしました。冠木君と知り合いだったんですね」

「ここに来たとき、彼に色々と助けてもらったんです。今日、たまたま見かけたのでお礼がてら世間話をしていました」


 真庭は「そうでしたか」と言うと望の方に目を向けた。


「冠木、これから時間はあるか?」

「はい、ありますけど……」

「館山の近くでゾンビの集団が確認された。布良漁港の近くだ。これから調査隊を派遣するので君にも加わってもらいたい」

「南の方の小さな港ですよね? ずいぶん前に安全確認が終わった地域だった気がするんですけど」

「最近フェリーが漂着した。船に乗っていたゾンビが外に溢れ出て漁港周辺に散らばっている」

「フェリー、ですかっ」


 思わず小針を見そうになってしまい、必死に我慢する。首と頬に妙な力が入ってしまい、真庭が怪訝そうにした。


「どうかしたか?」

「いえ、漂流船なんて珍しいなって。その作戦、俺で良ければいつでも参加しますよ」

「助かる。珍しく積極的だな」

「そんな事ないです」


 テーブルの下で小針に足を蹴られた。


「……いえ、実はバンド練習が上手くいっていないんです。経験者なのに初心者並に足を引っ張っていて、千尋に休むように言われました。ちょっと落ち込んでて。だから少し違うことがしたいと思っていたんです。ゾンビとの戦闘ならみんなの役に立てるかなって思って」

「そうか。音楽の世界は俺にはよくわからないが成功体験を積むことで自信を取り戻すことはできる。今回は命懸けだがな」


 何とか真庭には疑われずに済んだようだ。


「いつもの事です。それに陸自のチームが行くんですよね。そっちの足も引っ張らないようにがんばります」

「いや、状況が少し複雑だ。木更津にもゾンビ集団が進入してきた。東京アクアラインを通って来た。数は五百体前後。戦闘部隊の主力はそちらに回す。布良漁港のゾンビは多くても五十体程度。陸自から私を含めて三名、それと訓練中の海自の陸戦隊を派遣する。ただ、戦力が少ないので君にも加わってもらいたい。ゾンビとの戦闘は我々が担当する。君には調達隊の警護についてもらう」

「調達隊?」

「フェリーに使える物があれば回収したい。人員はMCL作戦に集中させたいのでゾンビの掃討とまとめて行う。冠木に頼むのは比較的安全な護衛任務だ。西山も呼ぶか?」

「……呼ばないで欲しいといったら聞いてくれますか? 千尋は今、バンドの練習で手一杯です」


 できることなら千尋に戦闘はさせたくない。


「わかった。では冠木だけでいい。野瀬さんには後で話は通しておく」

「出発はいつですか?」

「三十分後だ」

「今日のですか? もう二時間もしないうちに夕方になりますよ」

「ゾンビが他の地域に移動する前に対処したい。それに船に生存者がいる可能性もある。無人のフェリーが偶然港に入ってランプを下ろしたとは考えにくい」


 少しまずい状況だ。小針から聞いた話ではフェリーに乗っていた生存者は全滅したというが、真庭の言うとおり港に到着できたという事は直前まで操船していた人間がいたということになる。


「あの、ちょっといいですか」


 小針が手をあげる。


「私も手伝わせてもらえませんか」

「君が?」

「私、館山に来る前にゾンビを何十体も倒してます。だから戦闘には慣れてるつもりです。冠木君と一緒に車の警備くらいならできると思います」

「確かに吉永さんから君は調達隊志望だとは聞いていた。だが君がキャンプに来て一週間も経っていない。本当にいいのか。比較的安全な後方とはいえ命の危険のある任務だ」

「人手不足なんですよね。私もキャンプの一員になったんですから貢献させてください」

「そうか。こちらとしても調達隊が増えるのは助かる。船から物資を運ぶのにも人ではいる。わかった。同行を認めよう」


 真庭は小針の同行を許可すると、簡単な打ち合わせをした後、部下達の方へ戻っていった。


「正門に一四三〇集合ですね。小針さん、大丈夫ですか?」

「銃を使ったらバレそうだから大人しくしてるわ。何とか理由を見つけて船内に入りましょう。私があなたにスパイのお手本を見せてあげる」


 そう言って小針は笑った。この状況を楽しんでいる彼女に望は大丈夫なんだろうかと不安になった。

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[一言] 連続更新ありがとうございます。続きも楽しみにしてます。
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