クリスマスには花束と(5):キックオフミーティング
翌日、望は集めたバンドメンバーと一緒に音楽室にいた。これからMCL作戦のキックオフミーティングが始まるらしい。
正面に三脚に載せたスクリーンが設置され、向かい合うようにパイプイスが四十脚ほど並べられていた。その最前列に望は座っている。右隣には千尋が、左側には石坂と帯川が座っている。ミウも一緒に来たのだが席には座らず音楽室の中を飛び回って挨拶をしていた。後ろの列はほぼ埋まっており緑の迷彩服を着た陸自隊員や見知った井出などの調達隊の人もいた。野瀬隊は作戦に加わる予定のようだが木更津の拠点に駐在しているため今回は姿はなかった。後の二列には全て青い迷彩服の海上自衛隊の隊員が座っている。普段は護衛艦「いずも」にいる人達らしく、望が顔を知らない隊員も多かった。さらに二十代くらいの海自隊員がぞろぞろ音楽室に入って来た。明らかに用意された椅子の数より多く、壁際に立ちって並び始めた。ミウがそこに移動するとわっと歓声が上がった。
「ミウって本当に人気あるんだ」
千尋が持っていた大きなトートバッグを床に置きながら意外そう言った。
「あの人達は広島から一緒に来た人かな」
「向こうじゃ大活躍してたらしいよね。だから冗談みたいな作戦でもこんなに人が集まるんだ」
参加者はもう五十人を超えていた。今までと異なり大量のゾンビと戦う可能性があるからか、自衛隊の姿が目立った。スクリーン近くで作業をしていた海自隊員がプロジェクターのケーブルとパソコンを繋ぐ。スクリーンに「Operation MCL/ミウ・クリスマス・ライブ作戦」とプレゼンテーションのタイトルが表示される。それを見た千尋がどこか遠い目をして呟いた。
「今年のクリスマスもライブで演奏か」
「今年も?」
「私の学校はさ。毎年クリスマスの時期に文化部がコンサートをしてたの。私も去年、部活のメンバーでクリスマスソングを演奏した。一曲だけだけどね」
望の記憶に思い当たるイベントがあった。
「それってコミュニティセンターのやつ?」
「知ってたんだ。そっか。もしかしてお姉ちゃんと来てた?」
「いや、去年は親戚の家に行く用事があって行けなかったんだ。……来年は一緒に行くって約束はしてたんだけど」
「残念。今年は新入部員がたくさん入ったから今年は三曲はやらせてもらおうって気合いを入れてたのに」
「そうか。本当に残念だな」
「だね。ちなみにお姉ちゃんは爆睡してたみたいだけど。望がいたらきっとつついて起こしてもらえたかな」
「ははは。千明らしいな」
「でしょ。でも、だからかな。私、MCL作戦が少し楽しみ。ギターを触るのは久々だけど、できるだけ良い演奏しようと思う」
「だから引き受けたのか」
「まあね」
望と千尋の横では、石坂が帯川といつの間にか近くに来ていた陸自隊員の広田と「MCL作戦って名前はどうなのか」と世間話をしていた。望も意見を求められたので「ヒーローっぽくって格好いいと思う」と返すと広田と石坂は賛成してくれたが、帯川は「これだから男は」と呆れていた。
和浦と真庭が音楽室に入って来た。前方で準備をしていた海自隊員がワイヤレスマイクを持って立ち上がる。
「全員注目」
ざわついていた音楽室が一瞬で静かになる。望や千尋はもちろん、帯川や石坂もキャンプの軍隊的な習慣に染まってきたのか、姿勢を正して正面を向いた。
「これより和浦一尉が作戦の説明を行います。一尉、お願いします」
司会役にマイクを渡された和浦は、気取った様子で伊達メガネを直すと一度会場を見渡してから説明を始めた。
「海上自衛隊の和浦です。まず皆さん、今回のMCL作戦に参加していただき感謝します。事前にお伝えしているとおり、MCL作戦はバレッド・アンド・チョッパー作戦の補助作戦です。木更津駐屯地に集まった数万に及ぶゾンビを一掃し、ヘリコプターや弾薬を入手するための安全確保が目的です」
和浦はプロジェクターとスクリーンを使って作戦の説明を始めた。基本的に以前望達が見たものと同じ内容だったが、陸上競技場へのステージの設置や爆発物の仕掛け場所、木更津駐屯地内からステージまでの誘導路及びスピーカーの設置、演奏部隊の脱出の方法などが細かな行動が追加されていた。
「当日の皆さんの役割は所属で分けさせていただきました。自衛隊出身者は主にライブ会場と木更津駐屯地内に配置、ステージの警備及び木更津駐屯地からのゾンビの誘導を担当します。民間人の皆さんには危険の少ない会場外でゾンビの監視や機材の設置及び撤収などをお願いするつもりです」
当日の配置図が示される。木更津駐屯地、ライブ会場、その二つを繋ぐ通路、それ以外の大まかに四
区域に分かれていた。最初の三区域内に配置されるのは自衛隊がほとんどで、駐屯地や会場から離れた場所にいくつか民間人のチームが配置されていた。
作戦の指揮はライブ会場からさらに二キロほど北にある倉庫型スーパーで行われる。ここは既に調達隊が安全確保をしており駐車場にヘリポートが、建物内に作戦司令部が置かれることになっていた。スライドが切り替わり木更津全景から運動場の拡大図になる。
「ステージ上には演奏隊とその護衛、さらに音響と照明操作要員が配置されます。ステージは最終的に二万前後のゾンビに包囲されますので最も危険な配置です」
ライブ会場のど真ん中に望達が所属する「演奏隊」とアイコンが置かれていた。そこには大きくアルファベットの「M」が描かれている。もちろんミウの「M」だ。
「今回の作戦の要となるのはこの演奏隊、何よりミウさんの歌です。歌声で死者を惹きつけ駐屯地内のゾンビを一網打尽にします。この中には広島での活躍を知らない方もいるでしょう。突拍子もない作戦と思われるかもしれませんが安心してください。彼女の歌は本物です。それではミウさん、皆さんに挨拶をお願いします」
「はいっ。はいはい。みっなさーん、注目ぅ、ちゅーもく!」
音楽室の最後列にいたミウが勢いよく中央に躍り出た。壁際に立っていた海自隊員が「待ってました!」「ミウちゃーん」と声援を送る中、軽やかなステップで和浦の隣に立ち、マイクを受け取ると部屋の中をゆっくりと見渡してから大きく息を吸い込んだ。
「みんなー、こんにちは!」
よく通る声が音楽室中に響く。わざわざマイクのスイッチを切って地声を響かせている。大きい音だが不思議と不快な感じはしなかった。
「館山のご当地アイドルを目指してます、ミウです! 今回は私のライブのために集まってくれてありがとうございます! 世の中はこんなふうになっちゃったけど、また音楽ができるのはすっごく嬉しいです。歌なんて馬鹿馬鹿しいっていう人もいるかもしれません。でもっ! 私はアイドルはお日様だって思ってます。みんなをポカポカ照らして明るく温めるのが私の仕事。今回はゾンビさんがお客さんですがっ、次は館山のみんなをお客さんにしたいと思っています。みなさんの力で私を館山のアイドルにしてください!」
そう言ってミウは頭を下げた。熱心なファンがいるらしく海上自衛隊員の何人かは妙に力強く拍手をしていた。それに釣られるように音楽室にいた他の人達も手を叩く。キャンプに合流してから日の浅い陸自の隊員や民間人には状況に戸惑っている人もいた。どちらかと言えば望も戸惑っている側だ。
「そしてっ、今回は私を支えてくれる素敵なメンバーが揃いました! それではっ、メンバー紹介をしますっ! まずは私から」
同時にサンミーのテーマソングらしいBGMがスピーカーから流れる。和浦の隣にいた海自隊員がタイミングを見計らってスタートさせたようだ。勝ち誇った顔でミウに向けて親指を立てている。ミウは太陽のように笑うとリズムに合わせて軽くダンスを始め、音楽の盛り上がりに合わせて指を三本立てて顔の横に当てた。
「みなさんこんにちは! 元広島県三吉市のご当地アイドル、サンミーのミウでーす。明るく元気、ちょっとおちゃらけ。好きな球団はもちろんカープ! 好きな食べ物はワニのパイナップル炒め! そして何よりも三吉市が大好き……でしたっ! 今は館山が新しい故郷。みんなで館山を盛り上げて行きましょうっ。よろしくね!!」
最後にもう一度三本指の決めポーズを取る。ふたたび熱狂的な拍手が海自隊員の間から起こる。「ミウちゃーん」とかけ声すら上がった。
「そしてメンバーを紹介するよっ。まずはギター、チヒロー!」
突然指名された千尋が「えっ、私もやるの?」と戸惑う。
「だってアイドルだよ? ファンを増やすためにもアピールは大事だって。恥ずかしいのは最初だけだから。ほら、がんばって」
「私はバンドの手伝いをするだけ。アイドルは目指してないけど」
「つべこべ言わない。ではもう一度。ギターのチヒーロー。みなさん拍手をお願いしまーす!」
圧の強いパチパチが主に壁際から起こった。ノリの良い隊員が「ちひろーっ」と叫んでいる。千尋は腹を括って立ち上がると滅多にに見せない外行きの笑顔を作り音楽室に集まったメンバーに頭を下げた。
「西山千尋です。ギターをやります。精一杯がんばりますのでご支援よろしくお願いします」
そそくさと席に座ろうとする千尋にミウが近づきがっしりと腕を掴む。
「もうちょっとアピールしてこ? 好きな食べ物は? 五秒で答えてね。五、四、三、」
「えっと、抹茶アイス?」
「好きな色は?」
「あ、水色……」
「好きな球団は?」
「球団? 何?」
「野球のチームだよっ」
「野球は知らない」
「じゃあ好きな人は!?」
「……何を言わせるの」
「ウチはアイドルグループだけど恋愛禁止じゃないから安心して! さあっ、公開告白のチャンス」
「よけいなお世話」
なぜか千尋は望を睨んだ。
ミウはそれ以上の追求はせず次のメンバー紹介に移った。
「じゃあ次はベース。期待の新人っ、タァーカートー! 楽器は未経験だけど潜在能力はメジャーリーガー級だぞっ! さあ、ご挨拶っ!」
「おっすっ!」
石坂は元野球部らしく勢いよく立ち上がると声を張り上げて返事をした。アイドルバンドのメンバーらしくはないが元気いっぱいの態度に主に民間人の女性陣が笑顔になった。心なしか陸自隊員の反応もいい。
「お疲れ様です。石坂鷹斗、十七歳。恋人はいません。楽器の経験はありませんが全力でがんばりますっ。よろしくお願いします」
身体を九十度傾けるお辞儀をする。そこにミウがちょこちょことっとやってきて背中を叩いた。
「おー、元気がいいね! 石坂君はアイドル向きだよー。シャウト系アイドルとか! さてさて、好きな食べ物は?」
「焼き肉っす」
「好きな球団は?」
「ファイターズです」
「へえ、意外ー。じゃあ、」
「好きな人はミウさんです!」
勢いよく石坂が公開告白をした。音楽室の後ろの方から殺気立った気配が立ち登る。
「ありがとう! でもごめんねっ! 私はみんなのアイドルっ!! それにカープファン以外とは付き合えません!」
「あっ……」
痛恨のミスに気づいた石坂が呆然とする。その背中をミウが思いっきり叩いた。
「元気出して! よーし、一緒にアイドル、がんばってくれるかな?」
「は、はい。精一杯、がんばります」
「その勢だ。ハイターッチ! いえーい」
「イエーイ!」
石坂はやけくそ気味にハイタッチをし、バシっと気合の入った音が辺りに響く。
望はだんだん胃が痛くなってきた。アイドルのライブを見た事はないがこんな感じなのだろうか。テンションについていくのは大変だし、自分が同じ事をすると思うと気が重くなる。告白云々で千尋との関係をいじられるのも嫌だ。メンバー紹介はドラム担当の番になる。
「そしてっ、次はー、ドラムのテイ! かもん!」
「よっしゃっ!」
これまたノリノリで帯川が部屋の中央に飛び出した。
「テイは地元の千葉の人なんだよー! さあ、自己紹介いってみよーか」
「帯川テイだ。出身は木更津。オレの故郷をメチャメチャにしたゾンビに復讐するために立候補した。担当のドラムは触った事くらいしかねえけど、ゾンビをぶっ潰すために全力を尽くすぜ。好きな食い物はラーメンとハンバーガー。野球は見ねえ。ゾンビに一発ぶちかますぞ!」
「おおっ、その意気だっ」
ノリノリのテイにミウがいくつか質問をする。帯川はコーヒーより紅茶派で好きな人は猫らしい。猫は人なのだろうか。
そして最後は望の番だった。会場を沸かせるセリフやネタが思いつかなかったので簡潔に名前とキーボードを担当する事を話し「頑張ります」とお辞儀をした。ミウが何か質問しようとした時、和浦が腕時計を指差して時間がないアピールをしてきたので詳しい自己紹介をせずに済んだ。
「以上、館山の新アイドルのメンバーでーす。みなさん応援よろしくお願いしますー。ではではっ、全員起立!」
ミウに促されては立ち上がったメンバーは音楽室に集まった人々に頭を下げ拍手をもらった。
最後の和浦が作戦の補足をし、キックオフミーティングは終了した。集まっていた人々はそれぞれの仕事を始めるため部屋から出ていき、海自隊員が椅子を手早く片付ける。会終了から一分もしない内に残ったのは「演奏隊」と名付けられたミウ、千尋、望、帯川、石坂の五人だけとなった。パイプ椅子を円形に並べそれぞれが向かい合う。
「みんなお疲れ様ーっ。最初の一歩としては上出来だねっ。みんなの心をがっちり掴んだよっ」
無駄に高いテンションでミウが笑顔を振りまいた。そに帯川が感心する。
「本当に元気な奴だな。こんな面白いやつがキャンプにいるとは知らなかったぜ」
「当然ですよー。 なんといってもぅ、私は館山のアイドルなんですからー。でも、どうしてもっていうならテイには木更津の歌姫の称号を譲ってあげようっー」
「いや、オレは別にいらないぜ。ゾンビ共を何とかできりゃそれでいい」
「そーう? それは残念。そうだ! せっかくだからみんなのキャラクターを決めない? テイだったら木更津の女番長とか!」
「ごほん。ちょっとミウ」
千尋が咳払いする。
「本題に入ってもらっていい? 三週間しかないんだからしっかり練習したい」
「おおっ、そうだね! 千尋はクラス委員長タイプだった?? 意外! じゃあキャラ設定は今度にしようか」
そう言いながらミウは先ほどまで海自隊員が使っていたパソコンを操作して正面のモニターに一枚のスライドを表示した。曲名らしいものが五つ、縦に並んでいる。
「これがー、木更津ライブのセットリスト! あと三週間くらいしかないけどみんなで頑張ってやっていこうー」
ミウによると想定されている時演奏時間は一時間半。状況によって一時間あるいは二時間に短縮・延長されるらしい。曲はミウの所属していたアイドルグループ、サンミーのものを五曲、それにMCを含めてワンセット三十分を三回繰り返す。その説明を聞いた千尋が眉を潜めた。
「五曲?」
「本当は十五曲やりたかったんだけどー、みんながビギナーだから同じ曲を三回繰り返すことにしました。でもっ、みんなが頑張ってくれればもっとたくさん演奏できるよー」
「そうじゃなくて、私達初心者バンドなんだよ。いきなり五曲もできないって」
「そうかな?? 大丈夫じゃない? やる気さえあればなんとかなる! 気合いと根性! ねえ石坂君!?」
「いや、俺には無理だ。冠木達は経験者かもしれないけど、俺はベースなんて触ったことないし」
ミウは一番根性のありそうな石坂に振ったのだが、公開告白に失敗した石坂は酔いが覚めていたのか冷静に返した。
「なんと! そうかあ。とっても、とっても残念」
「オレも五曲はきついと思うぜ。すげえ簡単な曲なら話は別だけど、どうなんだ?」
「私、何度かミウが歌っているのをききましたけど伴奏は難しいですよ。初心者にはハードルが高過ぎます」
と千尋が答えた。
「ミウ、この曲の音源はある? みんなと聞きたいんだけど」
「あるよー。じゃあまずはっ、サンミーの定番『初恋はストロベリーレモネード』から行ってみようか!」
ミウがスマホを操作すると音楽室のスピーカーからよくよく聞くようなアイドル曲が流れた。アップテンポで、ミウを含む三人のボーカルが初恋は甘酸っぱいとか、淡雪マシュマロのようにふわっと甘いとか、そんな歌詞だ。比較的テンポが遅く、単純なメロディーの繰り返しが多いので難しい曲ではなさそうだ。自分の乏しいピアノ経験でも練習すればなんとかなりそうだと望は思った。だが次の曲、サンミーのテーマソング的な『SunSunSun Me!!!』はかなり複雑な伴奏で、さらに他の三曲『ハッピー・ハニー・ハーモニー』、『霧の国でキリッキリ』、『ぴぴぴっ、オーネ』に至っては高度な演奏テクニックを要する曲だった。
「ミウ、悪いけどこれは無理。最初の奴以外、経験者じゃないと」
「えええっ、そんな! じゃあ一曲を一時間半歌い続けるの!? そんなの嫌だよ!」
「わかってる。そもそも私達が集まったのはミウのモチベーションを維持させるためなんだから。何とかするけどセトリは考え直さないと。私、軽音部にいたから初心者向けの曲を何曲か知ってる。たしか、スマホに楽譜も入ってるはず。ミウ、確認だけどサンミーの曲の楽譜は持ってる?」
「ごめんっ。ありません! 耳コピで何とかなるかなって」
「全く……」
千尋は音楽室のホワイトボードの所に行き、有名なポップスの曲名をいくつかと「ジングルベル」など子供向けのクリスマスソングをいくつか書いた。
「この辺なら私のスマホに各パート譜が入ってる。この『ささやかな恋を込めて』はシンプルな初心者向けの曲。有名だからみんな聞いた事あるだろうし、まずはこれから練習しましょう」
「でもそれ、サンミーの曲じゃないよっ?」
「私達は新しい館山のアイドルになるんでしょ」
「ううっ、でもカバー曲は事務所に相談しないと。ジャス○ックさんが来ちゃうかも」
「学校じゃお金を取らなければ何を演奏してもオッケーって言われてた。それにゾンビがチケット買ってくれるわけじゃないんだからジャス○ックなんて気にしなくてもいいんじゃない」
「うーん、うーん」
ミウは下手な演技をしているのか、下手な演技に見えるだけで本当は悩んでいるのか、望には今ひとつ分からなかった。ただこのままでは議論がストップしそうだなので助け船を出すことにする。
「俺も千尋に賛成かな。まずはできる曲をやってみよう」
「ううう、仕方ないのかなあ……でもサンミーの曲もやりたいよおお」
「わかってる。じゃあ一週間目に「ささやか」を練習して、この『初恋』を二週間目にマスターしよう。これなら何とかなるはず。あとはクリスマスソングを何曲か覚えて、難易度の高いサンミーの曲はアカペラか録音伴奏があればそれとミウだけでどう?」
「歌えるのなら……ここは血の涙をのむっ!」
「納得してもらえたのなら良かった」
「苦渋の決断! いいよ! 千尋の言うとおりにしよう。元々私、センターじゃなかったし」
「はっ?」
「センターは千尋に譲るよ。私、アイドルになれればポジションはどこでもいいっ」
「センターはミウでしょ。私は曲を選ぶだけだってば」
「そうなの?」
「そう」
「……わかった。私、歌が歌えれば大丈夫。おっけーだよっ!」
不満そうだが取りあえずミウは納得したようだ。
「ありがとう。じゃあ私が演奏する曲を決めます。一応聞いておくけど、みんなやりたい曲とかある? そういうのが合った方がやる気につながると思う。望はどう?」
聞かれたので少し考えてみる。カラオケなどで歌う曲や好きなアーティストはいくつかあったがゾンビに囲まれた状態で演奏したいとは思えない。
「いや、オレは特にないかな」
「じゃあ石坂」
「呼び捨て? まあいいけど。そうだな」
石坂はちらっとミウを見る。
「オレはサンミーの曲がやりたいかな」
「あ、そう。なら気合いを入れて練習して。帯川さんは」
「オレか?」
帯川は何か思い当たる曲があったようだが首を横に振った。
「……できるだけ簡単な曲なら何でもいいぜ」
「わかった。じゃあ、私はミウと曲選びをするからみんなは自分の楽器の練習を始めてて」
楽器自体は和浦が用意してくれており、様々な楽器屋から調達してきた機材が音楽室の隅に積まれていた。ぱっと見た限りでも有名ブランドのギターやキーボードが複数ある。望はある程度ピアノを習っていたので何とかなりそうだったが、石坂と帯川は違った。
「ちょっと待ってくれ。俺はベースなんて触ったことないぞ」
「オレもドラムの叩き方はちゃんと習ったことない」
「だと思った。まずはこれを読んで勉強してみて」
千尋は大きなトートバッグからプリントした紙の束を二つ取り出し石川と帯川に渡した。
「私の部で使っていたベースとドラムの入門書」
「西山って準備いいんだな」
「必要になると思って印刷してきた。楽器のとかスティックの持ち方から書いてあるからまずは読んでやってみて。望の分はないけど大丈夫だよね」
「ああ、俺は基礎は覚えてる。楽譜をもらえれば練習してみるよ」
「すごい! 千尋、リーダーみたい。これは私もセンターを譲らなきゃかなあ」
ミウが千尋に向かって勢いよく拍手をする。千尋も満更ではなさそうで、少し嬉しそうだ。
「ありがと。じゃあ早速練習を始めましょう。三週間しかないんだし」
「その前に!!」
勢いよくミウが手のひらを突き出しストップをかける。
「ユニット名を決めよう! 私はサンミーのミウだったけど、今はチヒロ、ノゾム、テイ、タカトで作る新しいバンドになったんだから。何かアイデアある人ーっ、挙手!」
ミウはキラキラした目をメンバーに向けたがしばらくしても誰も手を上げない。千尋が面倒くさそうに提案する。
「ミウのグループだし好きな名前をつけたらいいんじゃない。サンミーのままでもいいし」
「ダメだよ! ユニット名は大切なんだよ。一人一人違う人間が、同じチーム名の下でがんばるから一つの音楽になる。名前がしっくりこないと音楽もバラバラになっちゃう。だからみんなで一緒に考えよう。そうだなあ、五人だから……ゴミーはどう? ゴミーのミウですっ」
ミウは顔の横で手を開いた。五本指でゴミーなのだろうか。
「ゴミ? 燃えるの?」
「ゴミーだよ。ゴ・ミ・ィ・ー」
「俺は……良い名前だと思うぜ?」
「おおっ、石坂君、わかってるねえ」
「いや却下でしょ」
石坂がミウの案に賛成したがすぐに千尋に却下された。望もアイデアを出してみる。
「じゃあ頭文字なんてどうかな。俺たちの場合は、ミウ、チヒロ、タカト、テイ、ノゾムだから……MCTTN? 順番を変えてNTTCM」
「グッドアイデア! なんか格好いいね!!
「それも無いでしょ。電話会社のコマーシャル?。全然刺さらない。石坂はアイディアはないの?」
「なんか俺にあたり強くないか、西山。まあいいけどよ。チーム名だろ。レッドフィッシュとかどうだ」
「強そうだけど……アイドルっぽく無くない? テイさんはありますか?」
「オレはアルパカとか羊が好きだ。だから動物の名前がいいな。ああ、どうせなら海自の和浦ってのに頼んでみたらどうだ? 元々あの人の作戦だろ」
「MCL的なグループ名になりますよ?」
「うーん、確かにな。だせえ名前だとテンション萎えるもんな。せっかくだから自分たちで決めるか」
結局それから三十分くらいの時間を使い、グループ名は「ナップ・ナップ・ナップ」に決定した。字で書くと「nap3」となる。居眠りを意味する英単語を三つ重ねた。他の案が「アンノウンシールド(頭文字「み・ち・の・た・て」を英語にした)」と「アルパカパカ(帯川がアルパカ好き)」だったので望的には一番まともな名前になった気がする。後で千尋も満足そうに「いいアイデアがでたね」と言っていたので正解なのだろう。
こうしてMCL作戦の「演奏隊改」め「ナップ・ナップ・ナップ」が新たに結成され、望達は音楽の特訓に励むことになった。
その後は個人練習となった。ミウは歌とダンスの個人練習のため屋上に行き、千尋は自分のギターを決めると早々に初心者の石坂のバックアップに回った。ベースの各部名称、持ち方、音の出し方などを丁寧に教えていく。帯川は多少の心得はあったらしく、一人で入門書を見ながらドラムを叩き始めた。「ゲーセンより楽しいぜ」と言いながら夕方にはそれっぽく叩けていた。本人が言うように器用らしい。
望はというと日本製とキーボードをマイ楽器に選び、一通り触ってみた。最初はぎこちなかったがだんだんと指先の感覚を思い出してきて、夕方には帯川と一緒に簡単な背キーボードとドラムのセッションができた。その日の夜は久々に音楽をした高揚感が残っていて、大浴場で石坂とサンミーの鼻歌合奏をして管理人に注意されもした。
男子寮の一人部屋に戻っても楽しい気分のままで、寝る前に窓の外に目を向ける。
「今日はよく眠れそうだよ。おやすみ」
館山から遠く離れた場所にいる大切な人に向けて夜の挨拶をしベッドに入ろうとした時、机の横に置いたショルダーバッグの隙間から衛星電話の受信ランプが点灯しているのが見えた。成田シェルターからの通信だ。
「定時連絡以外でメッセージ? 珍しいな」
一度部屋の外に出て誰もいないことを確認し、さらに椅子と扉の前に置いて鍵代わりにした。カーテンを閉め、衛星電話を取り出す。液晶画面に「新着メッセージ1件」とあった。届いたのは短いテキストメッセージで「近日中に連絡員が接触する」とだけ書かれていた。
「誰かくるのか? もしかして……」
最近、音葉が定時連絡に出てくることが少なくなった。仕事が忙しいとは聞いていたが、それ以外の理由があるのかもしれない。楽観的に考えれば外にこちらに向かっているからかもしれない。あるいは悪いニュースの可能性もある。父親が別の場所で見つかったとか、音葉の腕のゾンビ化が再発したとか。わざわざ望に接触するということはイレギュラーな事態が発生したのだろう。ならばそれは悪いものである可能性の方が高いのではないか、そんな事を考えはじめると不安になって先ほどまでの浮かれた気分は吹き飛んでしまった。