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SC作戦・野瀬の戦い(6)

「あの爆発で倒れねえのか……しぶてえ野郎だ」


 野瀬は舌打ちをし、それから炎上中の橋に目を向けた。周りにいたゾンビは全て爆発で吹き飛んでいる。だが肝心の相撲取りゾンビは健在だ。ガソリンと死体が燃える黒煙の向こうに真っ赤な双眸がチラついている。隣では本張が双眼鏡で、さらに森下がドローンで状況の確認をしていた。


「野瀬君、あれどうするの。ここまで上がってきたら不味いんじゃない?」

「わかってるさ。このバリケードまで破壊されちまったらゾンビの群れを止める事はできねえ。真庭からの指示は本線にゾンビを入れるな、だったからな。ここは守らねえと」


 もう一度、相撲取りゾンビの様子を確認する。未だに一歩も動かないのは爆発のダメージが大きかったからか。高速道路本線から吹き下りる風で煙は晴れつつある。爆発の衝撃で橋の上にいたゾンビのほとんどが吹き飛び、結果的に燃える物があまり残っていないようだ。視界はもうすぐ確保できる。橋の上で健在なゾンビは一体のみ。攻撃を仕掛けるなら今だ。野瀬は大きく息を吸い込み、バリケード上の全員に聞こえる様に叫んだ。


「一斉攻撃であのデカイのを叩くぞ。動き出す前に頭を打ち抜くんだ。タイミングはカウントダウン。三、二、一、ゼロで発射だ。各自、五発ずつ撃て。いいな!」


バリケード上の全員が頷き、それぞれの武器を構えた。その背後で非武装の井出と森下が端に下がる。攻撃準備が整ったことを確認した野瀬は八九式小銃のスコープを覗き込み、照準を相撲取りゾンビの頭部に合わせた。


「カウントダウン行くぞ! 三、二、一」


 ゼロは読み上げず、野瀬は引き金を引いた。ほぼ同時に、バリケード上にいた八人が一斉に小銃を発砲する。スコープの中でガソリンの煤で真っ黒になったゾンビの耳の一部が千切れ、灰色の体液を滴らせた。だが直ぐに、視界いっぱいに相撲取りゾンビの腕が現れる。攻撃に気がついたゾンビが両腕を盾のように合わせ顔の前に掲げたのだ。野瀬達はきっちり五発分引き金を引いたが、合計四十発の弾丸の半分は相撲取りゾンビに命中せず、命中した半分も腕に阻まれたり狙いを外れたりして一発も頭部には命中しなかった。当然、ターゲットが倒れる気配もない。


「一旦攻撃中止だ。くそっ! さっきと同じかよ。あの構えを崩さねえと攻撃が通らねえ」

「野瀬さん、駐車場にいたゾンビが集まってきます!」


 ドローンで監視をしていた森下が悲鳴を上げる。黒煙の向こうから新たなゾンビが姿を現した。爆発の範囲外にいて無傷だったゾンビ達だ。ゆっくりと、だが確実に、まだ炎や煙の残る橋の上を進んでいる。中には燃えている死体の火をもらってしまい炎上するゾンビや、煙で視界を失い橋から転落するゾンビもいた。だがゾンビは仲間がどうなろうとお構いなしにロボットのようにひたすら前進を続けている。

ゾンビの群れが橋の中程に到達し、相撲取りゾンビを灰色の濁流が飲み込んだ。と言っても三メートル近い身長のおかげで胸から上ははっきりと視認でき、どこにいるのかはわかった。しかし防御姿勢を崩さないので次の攻撃に移れない。まごついている間に駐車場から次々と新手が橋に侵入してきた。密度が満員電車並みになった時、相撲取りゾンビの姿が野瀬達の視界から消えた。双眼鏡を覗いていた本張が驚きの声を上げる。


「えっ、消えた? どこに行ったの?」

「倒れたのか? 時間差で攻撃が効いたんならいいが。森下、ドローンは?」

「確認します……ああ、ダメです。大型ゾンビは健在です。群れの中で屈んでいます。でも、様子がおかしい。姿勢がどんどん低くなっています。もしかしたら倒れる寸前なのかも」

「やはりダメージがあったのか? たとえ違っても屈んでくれりゃあかえって頭が狙いやすくなるな」


 だが、それが甘い認識だと野瀬はすぐに思い知らされた。相撲取りゾンビは隠れたのではなく、次の行動に移るための予備動作をしていたのだ。それに気がついた時にはもう遅かった。

地響きのような唸り声がした。バリケードの前面に配置されたクレーン車の窓ガラスが鳴り、地震のような振動が道路のコンクリートや鉄パイプで組んだバリケードの足場も震わせた。音の主は、姿勢を低くした相撲取りゾンビだ。腹の底まで届いたその叫びに野瀬は本能的な恐怖を感じた。さらにもう一度相撲取りゾンビが叫び、橋の上にいたゾンビの群れの一部が将棋倒しの様に内側から外側に向かって倒れていく。


「森下、状況は! 何が起こっている」

「大型ゾンビが前進を始めました。自分の前にいるゾンビを押し倒しながら進んでいます。まずい、まずいですよ、これは‼︎」


 相撲取りゾンビが防御姿勢を維持したまま前進を始めた。リズミカルな動きで足を前後させ、人間の小走り程度の速度を出している。ゾンビにしてはかなり早い。わずかに燃え残った頭髪を振り乱しながら、数百キロはありそうな巨体が連続で道路を踏み込む。その度に、コンクリートが軋み、砕けた。その破壊音はバリケードまで届き、まるで質の悪い打ち上げ花火が連続で上がっていくように不快な大きな音が連続でした。


「移動速度は時速六キロ! 上バリケード到着まであと七十二秒」


 ドローンの映像を分析した森下が叫ぶ。もう考えている余裕は無かった。



「クソッ! 全員撃ちまくれ!! 腕の隙間か側頭部からでいい。奴の頭を撃ち抜いて動きを止めろ」

「無茶ですよ」


 井出隊の戦闘員の一人が思わず抗議するが、野瀬は「無茶でもやれ」と怒鳴りつける。野瀬自身も攻撃に加わり、八人が攻撃を集中させる。火薬の匂いがあたりに充満し、連続する射撃音で耳が痛くなる。だがいくら弾丸を浴びせても相撲取りゾンビが倒れる気配が無い。既に百発以上の弾丸が発射され、その内の三割以上は命中しているはずだった。だが相撲取りゾンビの腕は鋼鉄の盾のようでまるで攻撃が通らない。


「野瀬さん! 残り六十メートルです。なんとかしないと」

「わかってる。だが火力が足りねえ。頭は無理だ、足だ、右足を狙え。動きを止めるぞ」


 射線が斜め下に移動し相撲取りゾンビの右足に集まる。弾丸が何発も命中した。太ももや膝、脛などに次々と弾痕が生じる。だが一向に足は止まらず糠に釘状態だった。


「距離四十メートルっ!」


森下の声に悲壮感が増す。もう止められないのかもしれない。野瀬の頭に撤退の二文字が浮かんだ時、誰かの放った銃弾がちょうど踏み込もうとした相撲取りゾンビの右足の指を撃ち抜いた。それ自体は打撃になっていなかったようだが足が地面に着いた途端、相撲取りゾンビのバランスが崩れる。銃撃が足の指の脆い部分に当たっていたようだ。相撲取りゾンビは踏ん張りきれず片膝を着いてその場に停止した。


「攻撃を集中しろ! 二度と立ち上がらせるな」


 野瀬の怒号に銃声が重なる。だが相撲取りゾンビは片腕で頭部を守ったまま、ゆっくりと上半身を起こし始めた。立ち上がり、歩き始めるのは時間の問題に見えた。なんとか相撲取りゾンビを止めようと引き金を引き続ける野瀬の肩を井出が叩いた。


「なんだ、まだいたのか。さっさと避難してくれ」

「俺に考えがある」

「何だって?」

「あの上にクレーンを落とす。ペシャンコは無理でも足止めにはなるはずだ」

「クレーン車をぶつけるのか」

「違う。クレーンのブームだ。目一杯伸ばして、遠心力をつけて振り下ろす」


 そう言って井出はクレーン車の上部で収納状態にあるクレーンのブーム、伸び縮みして物を吊るす部分、を指さした。それから左腕の肘から先を九十度立て、右手で握り拳を作った。


「こうやってクレーンのブームをゾンビの頭に落とす」


井出は左腕を勢いよく倒し右手の拳を叩いた。クレーンのブームは展開すれば数十メートルの巨大な金属製の棒になる。それを叩きつければ相撲取りゾンビといえども倒せるかもしれない。倒せないまでも下敷きにできれば動きは封じらえれるだろう。


「できるのか?」

「やる。元々、このクレーン車はすぐにバランスを崩せるように斜面に設置してある。バリケードにゾンビが取り付いたらそれを押しつぶすためだった」


 そう言いながら井出は先ほどガソリンのドラム缶を解放した無線機を取り出した。


「ブームを真上に全開に伸ばしてからバランスを崩せば三十メートル近いクレーンが坂道に向かって倒れる。それをあのゾンビにぶつければいい」

「直撃させられるのか」

「微調整すればな」


 野瀬は今まさに立ち上がろうとしている相撲取りゾンビとバリケードの上で射撃を続けている仲間達を続けて見た。ちょうど西山が弾倉を交換しているところだった。彼女は使い切った八九式小銃の金属製の弾倉を投げ捨てると新しい弾倉を小銃に装填する。バリケードの上にはいつの間にか空の弾倉や薬莢で溢れていた。あの一体を相手に既に数百発の弾丸を消費している。たとえ倒せても残りのゾンビを全滅させる余力は残らない。ならせめて最大の脅威だけでも排除したい。野瀬は井出に頷いて返した。


「悪くねえ。今すぐやってくれ」

「了解だ。準備に少し時間がかかる。それまで足止めを続けてくれ」

「簡単に言ってくれるぜ。なんとかやってやるよ」


 井出は鉄パイプと鉄板で組んだ足場からクレーン車に飛び乗ると、運転席に入った。射撃をしていた何人かがその行動に疑問を浮かべる。


「これからあのクレーンをデカイ奴の上に落とす。井出さんが準備するまであれを道路の中央に足止めしろ。足を集中的に狙え。一歩も動かすな」


 野瀬が方針を伝えるとバリケード上の全員が頷いた。

 それから再び野瀬も加わり本張や井出隊の面々、興津、西山、冠木と攻撃を続ける。足を集中して狙ったからか、相撲取りゾンビは一度立ち上がりに失敗し再び膝を着いた。その間に、クレーン車に乗った井出が相撲取りゾンビの位置を見ながらブームを真上に伸ばしていく。高さは三十メートルを超えていそうだ。準備が完了すると井出が急いで運転席から降り、足場の上に戻ってくる。


「やるぞ! 全員、クレーン車から離れろ」


 井出の声にバリケードの上にいた戦闘員は射撃をやめ、クレーン車から距離を取った。といっても足場は車一台分程度の奥行きしかないので数歩後ろに下がっただけだったが。待避を確認してから、井出が無線機のスイッチを押す。油圧装置が作動し、クレーン車を水平に保っていた片側のアウトリガーが縮み始めた。クレーン車は途端に坂側にバランスを崩す。さらに限界まで伸ばされたクレーンの先端が大きく揺れ、その遠心力でクレーン車は横転する勢いで坂側に落ちていった。今まで宙に浮かんでいた片側のタイヤがコンクリートにめり込むように落ち、その勢いでクレーンのブームも勢いよく振れ、そのまま坂の下側に向かって倒れ込んだ。クレーン車本体が路上に残っていたコンクリートブロックを砕き、巨大なブームがギロチンのように道路に振り下ろされた。その真下に相撲取りゾンビがいる。


「潰れちまえ」


 井出隊の誰かが叫ぶ。スイカに振り下ろされる木刀の様に、クレーンのブームが相撲取りゾンビを直撃した。肉の塊にボーリング玉を落とした様な鈍い音がする。


「やったか!」


 井出の声に力が込もった。バリケード上にいた誰もが、相撲取りゾンビは白いカビの生えたみかんが踏まれたように潰れていると期待していた。だが振り下ろされたクレーンのブームはなぜか地面に着いていない。微妙な空間を開けて空中に浮いている。ブームの真ん中あたりは重量で弛んでいた。そして、ブームの先端に近い部分のしたに相撲取りゾンビが立っていた。両腕を上に掲げ、がっちりとクレーンを掴んでいる。その目はまるで憎しみが宿っているかのように真っ赤に燃えていた。井出の手から無線機が落ちる。


「……化け物」


ブームを白羽取りした相撲取りゾンビの両腕は震え、その振動を受けてクレーン車全体が軋む。それだけではない。斜面に沿ってクレーンが滑り落ちているのか、野瀬達の目の前で横転しているクレーン車が徐々に坂下へ移動している。


「……受け止めたはいいが重量には勝てなかったのか? このまま下まで押されてくれればいい。期待通りではないが足止めにはなったか」


 井出は少しだけ安堵していたが複雑な表情のままだった。野瀬は念の為、森下に命じてドローンを相撲取りゾンビの近くに飛ばした。あの怪物がクレーン車の重量に負けてずり落ちていくならそれでいい。だが野瀬はそれほど楽観的な気分にはなれなかった。


「森下、どうだ」

「今映像が出ます。なんでしょう、ブームの重量に耐えられないんでしょうか。徐々に下がっていますね。ストレッチの伸びとか、サッカーのスローインのようなポーズで……」

「スローイン?」

「野瀬さん、サッカー知りませんか? サイドラインから出たボールを両手で投げるんですよ」

「そんなことは知ってる。どんな姿勢だ、見せてみろ!」


 森下のノートパソコンを奪い取る様に掴み映像を確認する。相撲取りゾンビは四股を踏むように両足を踏ん張り、両腕でブームを支えていた。腕は頭部のやや後ろにあり、その筋肉はドローンの映像でもわかるくらい膨れ上がっている。


「重さに耐えられねえんじゃねえ。あれは投げる姿勢だ。クレーンをこっちに押し戻すつもりだぞ!」


クレーン車を押し戻す。戻されれば当然、バリケードの方に移動してくる。数十トンの重量があるクレーン車が直撃したら野瀬達が立っているバリケードは容易に崩壊するだろう。鉄パイプと鉄板を組み合わせた足場とその下に補強で置かれている二トン足らずの車ではクレーン車を止められる道理はない。


「全員、今すぐバリケードから降りろ!」


 野瀬は今までで一番大きな声で叫び、ポケットにしまっていた発煙筒の最後の一本を点火し横転したクレーンに投げた。途端に赤い煙が立ち上る。


「えっ? 撤退の合図? うわっ、望、何をするの!?」


 煙を見た冠木が西山を抱き抱える様に引きずり、そのままバリケードから飛び降りた。それに興津も続く。だが本張や井出は目を大きく開くだけで逃げ出そうとしない。


「何をもたもたしている! あのデカイ奴、クレーン車をこの足場にぶつける気だ! 逃げねえとすり潰されるぞ」


その説明でようやく事態を把握した本張達は銃を背中に担ぎバリケードから飛び降りていく。井出が脚立を降り終えたのを確認してから、野瀬も足場から二メートルほど下の道路に飛び降りた。


「全員走ってバリケードの真後ろから逃げろ! そこの運転手、お前達も逃げろ、ここが吹き飛ぶぞ!」


 野瀬はバリケードの後ろで待機していた二台の軽トラックのドライバーにも声をかける。運転手の一人はすぐにエンジンをかけて車を発進させたがもう一人はまだ状況が飲み込めていなかった。後方、バリケードの方で金属の塊がぶつかる音がした。野瀬は、止まっている軽トラックに駆け寄ると運転席を乱暴に開き、中の運転手を外に引きずり出し、一緒に道路脇の草地に飛び込んだ。その直後、ゾンビの雄叫びがし、野瀬達が走っていた空間をクレーン車が吹き飛んでいった。

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