表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/102

SC作戦・野瀬の戦い(4)

 野瀬達を乗せた二台の軽トラックは百メートル近くある坂道を一気に駆け上がり、高速道路本線との合流地点まで移動した。この場所でもう一度足止め作戦を行うのだが、そこに出来上がっていた物を見て野瀬は唖然とした。


「何よ、これ?」


 西山が思わず漏らした言葉は軽トラックの荷台に座っていた全員の気持ちも代弁していた。

 ほんの数十分前まで、そこには工事用のフェンスを並べた作りかけのバリケードがあっただけだった。だが今、そこには巨大なクレーン車が一台、坂道に浮かぶような格好で道を塞いでいる。正確には横向きに置かれたクレーン車の左半分が斜面に突き出ており宙に浮いた部分を巨大な金属製の足、アウトリガーとその下に敷かれたコンクリートブロックで支えていた。まるでバルコニーのようだ。コンクリートブロックにはなんの意味があるのかドラム缶が二つ、ロープで固定されていた。さらにクレーン車の左右、道路脇には鉄板が縦に立てられ隙間ない壁を形成していた。隙間が無さすぎて野瀬達も向こう側に行けない。

 野瀬は隣に座っていた興津と顔を見合わせる。


「これがバリケードなのか?」

「手が込んでるんだが込んで無いんだかわからないですね。あれじゃないですか? あの脚を引っ込めるとクレーン車がバランスを崩して坂道をずり落ちていってゾンビをすり潰してくれるとか」

「そんな上手くいくか? この程度の傾斜だぞ? そこのドラム缶みたいに丸いものなら転がるだろうがクレーン車は無理だろ」

「どうでしょうね。ドラム缶に潤滑油でも入っているとか? そもそも、これじゃあ俺達も内側に入れないですね。まさかここで戦えってんじゃ……」


 二台の軽トラックがクレーン車の手前で立ち往生していると、左側の鉄板が引っ込み始めた。どうやら鉄板は車の背面に固定されており可動式らしい。鉄板が移動した場所にちょうど車一台分の通路ができた。


「こっちだ! こっちから内側に入れ」


 クレーン車の上に井出隊の作業員が現れ叫んだ。野瀬達を乗せた軽トラックは指示通りバリケードの横を通り抜け本線側に入る。二台が通り過ぎると、すかさず背面を鉄板で補強した車がバックしていき、隙間を埋めた。さらに井出隊の隊員が現れ、土嚢や鉄板、チェーンなどで車を固定しバリケードを補強していった。


「ずいぶんと大掛かりですね。クレーンの後ろに矢倉みたいなのがあって、その下は自動車ですか」


 冠木が後ろを振り向き、バリケードの構成を確認していた。新しいバリケードは大型のクレーン車が一台、その後ろには工事現場の足場のように鉄製のパイプが組まれ、二メートルくらいの高さにステージが作られていた。ステージの下には補強のためか車が四台あった。作りかけだった元々のバリケードは足場部分の土台の一部になっている。バリケードの幅は道路一杯、奥行きも五メートル以上あった。


「あれの上で戦うわけね。盆踊りのステージを思い出すわ。ミウちゃんがいたら歌でも歌いそう」


 本張が言うと、他のメンバーが確かにと笑った。余裕が残っていそうな彼らの様子に野瀬は少しだけ安心する。

 二台の軽トラックは新しいバリケードの少し奥まで進み停車する。野瀬達が荷台から降りると井出がやってきた。相変わらず不機嫌そうだが何か作業をしていたらしく額に汗を浮かべている。野瀬は他のメンバーに少し休むよう指示を出してから井出の方に移動した。


「井出さん、ずいぶん張り切ったな。でもいいのか? 重機は貴重なんじゃねえのかよ」

「クレーン車がぶっ壊れたんでな。最後に有効活用しようと思ったんだ。路上に放置しておくよりはいいだろ。こいつは二十トンはある。ゾンビの群れが押し寄せても簡単には破れないだろうさ」

「そりゃそうだが使い捨ての壁にしては手間暇かけたじゃねえか」

「色々とギミックがあるのさ」


 野瀬が内容を聞く前に助手席から降りてきた森下がパソコンを抱えながら気まずそうする。


「あの、井出さん。あのゾンビ、知能があります。ハイウェイオアシスの斜面も足場を作って乗り越えてきました。あのクレーン車も、多分あっさりと乗り越えられると思います」

「別に永遠にゾンビを止めようなんて思ってない。要は俺たちが逃げるための時間稼ぎができればいいんだ。五分稼げればいい。あのクレーンにゾンビが取り付いている間に俺たちが安全に逃げられればいいんだ。違うか」

「そ、そうですね。確かに」

「それで、状況は? まだバリケードを補強する時間はあるのか。それとも俺達作業員は引き上げた方がいいのか」

「ゾンビはまだ橋のところにいました。ワイヤーがいい感じに足止めしてくれています。後七、八分は保つと思います」


 森下は口頭で答えた。手にしたノートパソコンは閉じたままだ。


「おい森下、ドローンはどうした」

「野瀬さん、いちいち睨まないでくださいよ。今自動操縦で着陸中です。あと数分でバッテリーが切れるので交換します」

「機械にも休憩時間が必要ってか。下のバリケードが破られる前にまた上げられるか?」

「大丈夫だと思います。でもバッテリー交換の後にシステムの再立ち上げがあるので十分くらいはかかるかと」

「なる早で頼むぞ。井出さん、自衛隊から連絡は?」

「後十五分から二十分くらいで到着するそうだ。指示は相変わらず。本線にゾンビを入れるなだとさ」

「簡単に言ってくれるぜ」


 とはいえ勝算がないわけではなかった。下のバリケードだけでも二十分近くゾンビを足止めできている。さらに大掛かりな上のバリケードで同じくらいの時間を稼ぐことは難しくはないだろう。ハイウェイオアシス手前の橋から高速道路本線までは坂道になっている。基本的にゾンビは斜面を登るのが苦手なので時間稼ぎ自体はできそうだ。

 井出が水のペットボトルを差し出してきたので礼を言ってから受け取り喉を潤した。頭に登っていた血が冷やされ、心も幾分か落ち着きを取り戻す。後ろを振り返ると冠木達も井出隊の隊員から弾薬や水の補給を受けているところだった。


「このまま馬庭達と合流できればいいな」


 井出の言葉に野瀬はため息をついた。


「自衛隊の連中が到着したからって状況が改善するとは思えねえけどな。戦える人間が倍になったからって千体のゾンビが倒せるとは思えねえ」

「何か策でもあるんだろうさ」

「到着して手に負えませんなんて事にならなきゃいいけどな」

「少しは信用してみろ。少なくとも、自衛隊連中は今まで判断を間違えた事はない」

「そりゃあ、そうかもしれねえがよ……」


野瀬は館山の自衛隊にそれほどいい感情を抱いていなかった。館山基地を守ってくれていることには感謝している。野瀬や井出、多くの生存者はゾンビと戦いながら必死に辿り着き、ようやく安息の地を得ることができた。ゾンビを警戒せずに眠って食事ができる、それがどれほど貴重な事か身に染みてわかっている。だが、基地に着いてみて、軍艦やヘリコプター、数十人の自衛隊を目にし、どうして助けに来てくれなかったのかと強い憤りを覚えたのも事実だ。これだけの戦力と物資があれば野瀬達が道中で守りきれなかった命を救えたかもしれない。さっきのトンネル内のゾンビ達もそうだ。彼らは館山まで後一歩の距離まで近づき、何らかの事情でトンネルの中で力尽きた。自衛隊が基地から出て積極的に救助活動をしていれば助かったかもしれない。危険な調達活動だって民間人に放り投げっぱなしだ。


「ともかく、危険になったらすぐに撤退する。ゾンビの足止めは二の次だ」

「そうだな。このまま作業を邪魔されっぱなしってのは面白くないが人命最優先には賛成だ」


 野瀬がもう一口水を飲んでいると、いつの間にかバリケードに上がっていた冠木が警告を発した。


「野瀬さん、ゾンビの集団で橋が一杯になりました。多分、そろそろ突破されます」

「早えじゃねええか。おい森下、七分はもつんじゃなかったのかよ」

「そんな事を言われても。さっきは斜面超えるのにそれくらいかかってたんです。向こうも学習してるのかもしれません」

「脳みそまで腐ってるんじゃんえのかよ。仕方ねえ。井出さん、俺はバリケードに上がる。あんたらはどうする」

「俺は一仕事してから撤退する。下のバリケードが突破されたら声をかけてくれ。野瀬、指揮を頼んだぞ。人死はもうたくさんだ」

「わかってるよ」


 井出は不機嫌そうな顔のまま右手を上げた。最初、野瀬にはその意味がわからなかったがハイタッチを求めているのだと気が付く。その手を軽く叩くと井出は周囲にいる作業員達に声をかけながらバリケード補強作業を中断し撤退の準備を始めた。休憩していた森下もペットボトルのキャップを閉めた。


「野瀬さん、俺はバッテリー交換をしてきます」

「頼む。終わったらすぐにバリケードの周辺の偵察してくれ」

「わかりました。……あ、どっちのバリケードですか? ここのですか? それとも下の方ですか」

「下の方だ。今ゾンビがいる所。あと駐車場もだ。ゾンビの残り数が知りてえ」

「了解です。ドローンのバッテリーを交換したら下バリケードの方に飛ばします」


 森下を見送った野瀬は、下バリケードではない方、上バリケードに移動した。

 本線前に設置された上バリケードは地上から二メートル近くの高さに足場を組んでおり、工事現場にあるような金属製の階段が二つついていた。バリケードの足元は良かった。鉄板を敷き詰めており平面で面積も広い。だが視界が良くなかった。目の前のクレーン車の運転席やエンジン部分、そしてクレーンそのものが邪魔をしている。だが安全な撤退のためと考えると視界との引き換えはやむを得ないように思えた。

 野瀬はクレーン車のエンジンの部分に乗りゾンビ達の様子を確認した。冠木の言う通り、下のバリケードに堰き止められたゾンビが橋の上で黒い塊となっている。下バリケードを構成する車を押しているようだがしっかりと固定されているので微動だにしないようだ。もっと詳しい情報が欲しかったが下バリケードがゾンビだけでなくこちら側の視界も邪魔しているので駐車場の様子までは伺えなかった。いずれにせよ、まだしばらく余裕はある。一先ず緊張を解いた野瀬は近くにカラーコーンが立っているのに気が付いた。ちょうどクレーンから十メートルくらいの位置だ。視覚的に距離を示しておくのは井出隊の習慣らしい。野瀬は上バリケードのステージ部分に戻ると、本張や冠木達と撤退や攻撃のタイミングについて相談した。

 そこからしばらく、何事も無く時間が過ぎていった。バリケードの上は吹きっさらしなので十一月の冷たい風が直接頬にぶつかる。さっきからずっと同じ環境にいるはずなのだがアドレナリンが切れてきたからか、あるいは日が少し落ちたからか寒さを感じた。冬の空気を味わおうと息を吸い込むと微かな死臭と腐敗臭、それに油の匂いが鼻を突いた。戦場に安息は求められないらしい。

気を取り直し、戦いの覚悟を決めるため周囲の地形の確認をする。上バリケードの右側を見ると、そこに高速道路の本線があった。ガードレール越しにテントを畳んでいる井出隊が見えた。ドローンのバッテリーを交換中の森下もいる。上バリケードの左側は木の生えた斜面だ。かなり角度があるのでゾンビが出てくることはないだろう。このまま自衛隊が来るまで時間が過ぎればいい、そう願った矢先のことだった。西山が僅かに高揚した声を上げた。


「一体、上がってきます。緑色の服を着たゾンビ!」


 少女の声にバリケード上の緊張が高まる。野瀬は小銃のスコープを覗き込むと下バリケードを構成しているバンの屋根に一体のゾンビがよじ登っているところだった。他のゾンビを踏み台にしているらしい。両腕を何度も前後させながら、突起の無い屋根に必死に這い上がろうとしていた。やげて、何か取っ掛かりを掴んだらしいゾンビはそのまま上半身を屋根の上に引き上げ、酔っ払いのような足取りで立ち上がった。蛍光緑の派手なジャケットを着た男性のゾンビだった。金髪の頭髪が見えるが半分は抜け落ちて禿げ上がっていた。緑ジャケットのゾンビは千鳥足で前進し、すぐに屋根の端に到着する。高低差を認識しているのか、そこから先には進もうとしない。そうしている内に次のゾンビが屋根に上がってきた。そのゾンビは普通の人間のようにスタスタと歩き、そのまま立ち往生していた緑ジャケットのゾンビにぶつかる。二体のゾンビはもつれたまま道路に落ちた。野瀬は冠木に攻撃の指示を出す。


「冠木、あの二体、やれるか?」

「やってみます」


 冠木はさきほどと同じように腹這いになると二脚を立てて小銃を固定した。サイトを覗き込み少しだけ銃の方向を修正した後、下バリケードから落ちたゾンビの頭を狙い撃った。左側の斜面が銃声を反響させ思ったよりも大きな音を返してきた。耳障りな残響に野瀬が眉間に皺を寄せるのとほぼ同時に、冠木に狙われたゾンビの頭は吹き飛んでいた。もう一体、緑ジャケットのゾンビは倒されたゾンビの下敷きになっており手足をジタバタさせている。西山が立ったままの姿勢で小銃を撃った。ゾンビには命中したが頭ではなく胴体だった。冠木が「無駄弾を使うな」と注意すると、西山は「練習くらいさせてよ」と抗議する。その二人を何とも言えない表情で見ていた本張は野瀬に何か言えとアイコンタクトを送って来た。だが野瀬は西山を注意する気にはなれない。仲間の死体から抜け出そうともしていた緑ジャケットのゾンビは冠木の二発目で沈黙する。

 そして再び戦闘が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ