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SC作戦・サービスエリア(3)

 封鎖作業が行われている鋸南富山インターチェンジから一キロほど館山側に戻った所に高速道路と一般道の両方に面した商業施設がある。かつてハイウェイオアシスと呼ばれ、房総半島をレジャーで訪れた人々に地元の農産物や水産物、土産物などを販売する場所だった。新鮮な野菜や果物、手作りの菓子などが目玉だったため、保存に適した食料品はほとんどなく、SC作戦に際しては出入り口を封鎖し放置することが決まっていた。

 その封鎖作業を担当しているのが調達隊の一つ、井出隊だ。井出隊にはショベルカーやクレーン付きトラックなどの重機が配備されており、構成員もかつて建築業に関わっていた人間が多い。館山基地の防壁建造に必須な人達であるため、万が一を考えて最前線から一歩下がった位置での作業をしていた。

 望と千尋が乗った車がハイウェイオアシスへの分岐点に近づくと、隊長の井出をはじめとしたメンバーが一様に険しい顔を向けてきた。望は車を減速させて井出隊に近づくと、運転席に座ったまま窓から顔を出して挨拶をする。


「冠木が来たのか」


 黄色い塗装のブルドーザーに寄りかかり仏頂面をした井出がだるそうに言った。被ったヘルメットには平仮名で「いで」と書かれた名前テープや安全第一のシールなどが貼られている。背後には赤いカラーコーンやら同じくヘルメットを被った作業員がおり、ボーガンで武装した戦闘員がいなければ普通の工事現場のようだった。


「状況はどうですか」


 望は不機嫌そうな井出を刺激しないよう事務的に訊ねた。


「良くない。お前達のおかげで作業は中断。ここだけじゃない。ウチの隊が担当していた全箇所でだ。ゾンビに対応するため戦闘員を集めたからな。護衛なしで作業はさせられない。それに万が一に備えて道具も全部片付けている。それがどれだけ無駄な事かわかるか?」


 井出が眉を吊り上げる。その背後を見ると、重機や作業員がすぐに避難できるよう準備をしているところだった。あれを再び作業できる状態にするだけで一時間はかかりそうだ。


「すみません。出来るだけ早く解決します。野瀬さん達は?」

「ハイウェイオアシスのパーキングの入り口にいる。ゾンビの群れがいるらしいが下手に刺激するなよ。ここのバリケードは未完成で、ウチの戦闘員の武装は弓銃だ。大群相手に戦える装備じゃない」

「努力します。一応、備えはしておいてください」

「言われなくても」


 そう言った後、井出はだるそうに手を振った。さっさと行けということらしい。望は「では」と軽く頭を下げ、窓を閉じ、ハイウェイオアシスに車を進めた。


「嫌な感じ」


 助手席で静かにしていた千尋がバックミラーに映る井出達を見ながら呟く。


「仕方ないさ。俺達のせいで自分達の仕事が遅れるんだ。嫌味の一つでも言いたくなるよ」

「私達のせい? 勝手に持ち場を離れた馬鹿な大人のせいじゃない」

「まあ、そうだけどさ……連帯責任とか」

「いつもの野瀬隊だけならこんなことは起こらなかった。責任があるなら浅井さん達をウチに割り当てた自衛隊の人達じゃない?」


 人が増えればそれだけトラブルも増える。今でも自衛隊組と民間人組の間には微妙な距離感があり、これから人が増えればさらに摩擦は増えるだろう。そう考えると望の気持ちは沈んで行った。いずれ自分がここを去る時、千尋が残るキャンプは安全なままでいるのだろうか。もし成田シェルターの存在が明らかになってしまった時、キャンプの人達が怒りに身を任せて戦争が起こらないか。

 未来への不安を振り払うように望はアクセルを深く踏み込んだ。加速した車は大きな弧を描いた道路を進み、坂道を降って高架の下を潜り抜けパーキングエリアに到着する。

駐車場は数十台の車が停められそうな広さだった。その入り口付近に三人の人間が立っていた。野瀬達だ。望は近くに車を止めると武器を手に外に出た。千尋もたくさんの弾倉が入ったショルダーバッグを身体に斜め掛けしてから望に続く。

 そこにいたのは野瀬と興津ともう一人の二十代半ばくらいの男性だった。少し痩せ型で顔色が悪く、髭の手入れがあまりなされていないためだらしなく見える。見覚えはあるのだが名前は知らなかった。武器を持っておらず服が土で汚れているので浅井か秋目のどちらかだ。浅井は太々しい感じで望もなんと無く顔を覚えているので秋目の方だろう。望と千尋の二人が合流すると野瀬と興津が軽く手を上げた。


「おう、冠木。すまんな、呼び出してしまって」

「いいですよ。どんな感じですか」


 そう言いながら望はがらんとした周囲を見渡す。噴火後すぐに施設が閉鎖されたからか広大な駐車場に車は一台もなかった。その代わりゾンビが何体も横たわっていた。その数は十体ほど。一番近くのゾンビを見ると地面に広がった液体がわずかな日の光を反射している。つい先ほど倒されたようだ。


「もしかしてもう片付きましたか?」


 望の問いに興津が首を横に振った。


「残念だけどあれで半分くらいさ。まだ中に同じくらいいるらしい」


 既に一戦を終え若干の疲労が見られる興津が空になった拳銃の弾倉を望達に見せた。


「同じくらい、じゃああと十体くらいですか」

「ああ。そうらしい。秋目さんが中の様子を詳しく知っているらしいよ」


 そう言って興津はもう一人の男に目を向けた。


「俺達がパーキングのゾンビと戦っていたら、彼が建物から出てきたんだ。ゾンビを片付けて、これから話を聞くところだった。秋目さん、中の様子と何があったのかを詳しく聞かせてくれますか?」


 秋目はまだ恐怖に震え、唇を蒼くしていた。数ヶ月振りに出た外で突然ゾンビに襲われたのだから無理もない。だがそんな彼に同情する者はいなかった。特に千尋は冷ややかな視線を年上の男性に浴びせている。秋目は誰とも顔を合わせないようにしながらゆっくりと頭を動かし、ハイウェイオアシスの施設を指差した。


「あの中にまだ浅井さんと石坂君がいる……」

「そいつぁ知ってる。まだ生きているのか」


 野瀬が散弾銃の弾丸を詰め直しながら強い口調で尋ねた。


「わ、わからない。俺は二人とはぐれて、店の棚の後ろに隠れていたんだ。そしたら銃声が聞こえて……。浅井さん達はまだ一階にいると思う」


 施設は二階建てで横に長く、屋上の上に太い円筒を三つ並べたような独特な外観をしていた。高さを設けることで高速道路と一般道を区切っており、高速道路は二階部分、一般道は一階部分にそれぞれ面している。そのため、高速道路側の駐車場からでは一階建ての建物にしか見えなかったが、どうやら下にもフロアがあるらしい。望がぱっと見たところ、建物の壁際に沢山の空き缶がおしくらまんじゅうをするように集中して落ちていた。自動販売機の横に置かれていたゴミ箱が風か何かで倒れ、長い時間をかけて風の吹き溜まりまで移動してきたらしい。空き缶は二箇所ある出入り口の片方の自動ドアの前にも溜まっており、長い間人の出入りがなかった事が伺えた。


「どこからゾンビが来たんですか? 自衛隊の調査では何もいなかったって聞きましたけど」


 望の質問に秋目の顔色がさらに悪くなる。


「おかしなゾンビがいた」

「おかしなゾンビ、ですか?」

「そうだ。俺達だってゾンビには気をつけてた。建物の中にも外にもゾンビがいないことはちゃんと確認したんだ。でも、一階でビールを飲んでいたら外から話し声が聞こえた。浅井さんが他の隊の奴らもサボってるんだろうって言って、一緒にビールを飲もうとして外に出た。俺は止めたのに……」

「話し声? それで誰かいたんですか」


 秋目は首を横に振る。


「いなかった。誰もいなかったんだ……。俺達は建物の周りを探して、フェンスで囲まれた場所を見つけたんだ。電気関係の機械がある場所だって浅井さんが言っていた。フェンスの扉の鍵が開いていて、俺達は中に入ったんだ。そしたら機械の奥に人影があった……」

「そいつがゾンビか?」


 野瀬の言葉に秋目が青い顔のまま頷いた。


「黄色いレインコートを着たやつが、背中を向けて独りで蹲っていたんだ。最初は生きている人間かと思った。でも俺達が近づくと、あいつはゆっくり立ち上がって、こっちを向いたんだ。真白い顔で、一目でゾンビだとわかった。あいつは大声で笑いはじめて、そしたら急にゾンビの群れが現れた」

「数は?」

「わからない。でも、多分、三十はいたと思う。ゾンビが一つしかない出口に殺到して、俺達は機械を足場にフェンスをよじ登って逃げたんだ。浅井さんと石坂が一階の事務室みたいなところに逃げて、俺は階段を上がって二階に」

「どうして二人と一緒に部屋に逃げ込まなかった?」

「……俺が遅れたから。フェンスから飛び降りるのに時間がかかって、浅井さん達は先に建物に逃げた。後から追いついて扉を叩いたんだ。でも浅井さんがお前は別なところに隠れろって」

「なるほどな。その感じじゃ浅井達もまだ無事か。しかし三十体、思ったよりも多いな」


 野瀬がパーキングエリアで倒れているゾンビを数える。


「ここに八体ってことは中に後二十くらいか。四人いれば対処できる数だが、それにしても笑うゾンビか。どうする?」


 興津が少し不安そうに建物を見る。


「大原隊が遭遇したヤツですね。仲間を呼ぶのが厄介です。十や二十なら何とかなりますけど、この近くには大規模な群れもいると聞いてます。ここは自衛隊を待ってはどうでしょうか」

「冠木はどう思う?」

「笑うゾンビ自体の戦闘力は普通のゾンビと変わらないと聞いています。動きの早い赤目やスキンヘッドに比べれば対処はしやすいと思います。ただ、興津さんの言う通りゾンビの群れを呼ばれると困りますね。五十とか百になったら井出隊にも応援を頼まないと」

「井出隊の武器はボウガンだ。正直、戦力としては当てにできねえ」

「だとすると、このメンバーで中に入るのは少し無謀かもしれません」


 望の言葉を聞いていた秋目が何かを言いたそうに口を開きかける。だがそれを千尋が遮った。


「ちょっと待って。もう一度仲間を呼んだ後なんでしょ? ゲームじゃないんだから無限には湧いてこないと思うけど。それに、他の群れが近いっていっても結構距離があるんじゃないですか。興津さん、データはありますか」

「……確かに西山さんの言う通り、今朝のブリーフィングじゃハイウェイオアシスから数キロ先の駅前に群れがいると。ここからだと山の影になって見えないな」


 興津がポケットのメモ帳を見ながら駅がある方向に注意を向けた。火山灰を被った田畑が広がっているだけでゾンビの姿は無く、しかも背の低い山によって視界は遮られている。


「あの向こうなら声の届く距離じゃないんだし。私はやれると思います。ここで大きな音を出してゾンビを一体ずつおびき寄せて倒せば楽勝じゃありませんか?」


 千尋は楽観的だったが野瀬と興津はそうは思っていないようだった。


「西山、そう簡単にはいかねえ。もう俺達が一度戦った後だ。俺と興津で二、三十発は撃ったが中から出てきたゾンビは十体以下。秋目が数を間違えてなけりゃあ、中にまだ潜んでるってこった。それに俺は戦いながら違和感を感じた。なんつうか、反応が鈍かったな」

「反応が鈍い、ですか」

「ゾンビは歩くのが下手だ。階段が登れなくて二階に来れねえってのならわかる。でもそうだとしたらもっと騒がしくてもいいはずだ。呻き声とか棚にぶつかる音とかな」


 望はハイウェイオアシスの建物全体を眺めて見た。確かに中に二十以上のゾンビがいるにしては静か過ぎる。違和感の正体を推測しようと数日前にキャンプで聞いた話を思い出してみた。


「笑うゾンビに最初に遭遇したのは大原さん達でしたよね。確か、ゾンビが甲高い声で笑ったら急に群れに囲まれたって言ってました。もしかしたら笑うゾンビは周りのゾンビをコントロールできるのかもしれません。犬に待てって言うみたいに、合図を出すまでゾンビを物陰に潜ませるとか」

「厄介だな……。やっぱり自衛隊を呼ぶか。興津、真庭に連絡は取れるか?」

「その事ですけど、うまく通信が取れません。この辺、山が多いですから。一応、応援要請はしているんですが応答がありません」

「そうか。さて、どうするか。自衛隊が来るまで待つのは時間がもったいねえが、下手なリスクは犯せねえな」


 野瀬は救出にあまり乗り気ではないようだった。その気持ちは望にもわかる。勝手な行動をして自分から危険に陥った浅井達を命がけで助ける理由が無かった。暗く見通しの悪い屋内での戦いはリスクが多い。館山キャンプの調達員で犠牲になった人はほとんどが物陰や足元からの奇襲でゾンビに噛まれている。それに、もし救出に失敗して野瀬達が全滅すれば、キャンプ全体にとって大きな損失だ。既に失われたかもしれない二人と経験豊富な戦闘員四人の命、天秤にかければどちらに傾くかは明白だ。秋目は何かを言いたそうにしていたが、野瀬と興津はあえて彼に話を振る事なく方針を決めようとしていた。


「井出さん達には悪いですがしばらく待機、ですかね」

「そうだな。それが無難か」


 野瀬と興津がほとんど結論に達しそうなところで千尋が一歩前に踏み出した。


「私は助けに行った方がいいと思います。笑うゾンビが見つかったのはこれが二回目ですよね。きっと三回目も四回目もあると思います。今回のはもう、仲間を呼び終えた後なんですから戦いやすいはずです。今のうちに実物を見て経験値を積むのがいいと思います」

「経験値? いや西山さん、ゲームじゃないんだから」

「それに、部屋に閉じこもっている浅井さん達が後何時間も耐えられるかわからないです。外で銃声がしたのを聞いて、部屋から出てきて襲われるかもしれませんよ。早く助けに行った方がいいと思います」

「まぁ、それもそうかもしれねえが……」

「俺も、千尋に賛成です」


 迷う野瀬の背中を望が押した。


「昔、ホームセンターで牧野さん達がゾンビに囲まれてた時、生きた心地もしなかったって聞きました。石坂達も同じ気持ちでいるはずです。自衛隊を呼んでも来るまでに何十分もかかります。不意打ちに気をつければ行けますよ」

「そうか、石坂はお前のダチだったな。わかった。少々危ねえが俺達で助けに行ってやるか」


 野瀬は散弾銃を肩に担ぐ。興津はやれやれと腰のホルスターに戻していた拳銃を抜いた。


「浅井さんについては思うところがありますが、このまま見捨てると寝覚が悪いですもんね」

「まったくだ。よし、いつものやり方で行くぞ。秋目、お前はここに残って自衛隊への応援要請を続けろ。通信がつながったら真庭の野郎にさっさと来いと伝えるんだ。いいな」

「わ、わかりました。あの、野瀬さん」

「なんだ?」

「俺達が勝手をしたのは謝ります。でも、浅井さんを助けてください。あの人、俺の命の恩人なんです。館山に来る前、助けられたんです。だから、お願いします」


 そう言って秋目が頭を下げた。野瀬は土下座でもしそうな秋目に「おう」と短く返した。

望が先頭に立つと、左後ろに千尋、少し離れた右後ろに興津、最後尾に野瀬が並び歪なダイヤモンド型を作った。いつものフォーメションだ。


「それじゃあ、行きます」


 望は小銃の安全装置を解除するとハイウェイオアシスの建物に向かって進み始めた。

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