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SC作戦・サービスエリア(1)

 トンネルから戻った望は野瀬達と一緒に封鎖作業の仮設本部まで戻った。作業は高速道路と地上を結ぶ四ヶ所の出入口で同時に進められており、全体の進捗を管理するため道路の一部にテントが張られ、仮設の本部や救護所、食料や水の保管場所などが作られていた。テントの前には休憩用に折り畳み机とパイプ椅子が並べられており遠目には運動会や町内会のイベント会場のようだ。

 本部テントの中には他の部隊と連絡を取るための通信機や作業を管理するホワイトボード、予備の武器などがあり、大原隊のリーダーである大原、野瀬隊のサブリーダーの波多野を中心とした数名が管理業務をしていた。望がテントの中に入ると隅の方に同じ高校生組の植木が居心地悪そうにパイプ椅子に座っていた。

 ホワイトボードの上で作業員を示すマグネットを動かしていた波多野が戦闘班が戻った事に気が付く。


「野瀬さん、それにみんなも。お疲れ様」

「おう。早速だが状況は?」

「いなくなったのは三人よ。警備隊から応援に来てた浅井さんと秋目さん、それに石坂君。同じ班だった植木君の話によるとサービスエリアにビールを探しに行ったそうよ」

「ビールかよ。まったく、俺が飲みてえくらいだぜ」

「そうね。アルコールとはしばらく縁が無かったから。みんな、詳しい説明をするから取り敢えず座って」

「ああ。そうさせてもらう」


 野瀬が手近な椅子に腰を下ろすと他のメンバーもそれぞれ椅子を探し始める。望が二つ並んで空いている椅子を見つけ千尋に目配せをすると、彼女は「先に座っていて」とテントの奥に向かった。そこには麦茶のサーバーがある。望も手伝おうとしたが、千尋にジェスチャーで止められたので素直に椅子に座り波多野と野瀬の会話に集中した。


「ったく、余計な仕事を増やしやがる。ゾンビの次は脱走かよ」

「浅井君と秋目君は警備隊でも問題を起こしていたようだ。もう少ししっかり監視をしておくべきだった。すまない」


 怒りが目立つ野瀬とは対照的に大原は疲れた表情だ。


「大原さんのせいじゃねえよ。あの二人は所属でいえば俺の隊ですから。責任は俺にある。しかしよ、元々素行不良の二人はともかくどうして若い石坂もなんだ? あいつは酒が飲みたくなる歳じゃねえだろ」

「真面目なのは見た目だけだったんですよ。あの人、口を開けば文句や嫌味ばっかりでしたから」


 トレーにプラスティックのカップを載せた千尋が麦茶を野瀬に渡しながら毒の篭った言葉を吐いた。


「今日も私達がトンネルに入る前、戦闘班は楽でいいなって言ってました。最初からサボりたかったんですよ、きっと」

「西山さん、あんまり人の事を悪く言う物じゃ無いわよ。でも今回は見当違いでは無いかもね。植木君、石坂君が誘われた時の事を話して」


 波多野に言われ、植木が恐る恐る立ち上がる。野瀬が鋭い視線を向けると、植木は身体を小さくした。野瀬は茶髪に無精髭、それにラクビー選手のような体型の強面で塾講師というよりは借金取りのような風貌で、慣れない人気には威圧的に見えてしまう。


「で、植木。どうして石坂は浅井について行ったんだ」

「その、浅井さんに挑発されて……」

「挑発?」

「はい。サービスエリアに行こうと誘われた時、最初は僕も石坂も断ったんです。勝手に作業から抜けられないし高速道路の外にはゾンビもいるかもしれないって。でも浅井さんが、そんなビビリだから冠木君や西山さんみたいに調達隊に入れないんだって石坂に言って……」

「なんでそこで冠木や西山が出てくる?」

「石坂はずっと調達隊の戦闘員を希望していたんです。でも、試験でゾンビ相手に腰を抜かして不合格になって。だから調達隊で活躍する冠木君や西山さんが羨ましかったみたいです」

「ライバル意識ってやつか。勇気の使い方を間違えてやがる。だが、まあいい。ガキが背伸びをしてルールに挑戦するのはいつものことだ。ケツを二、三度引っ叩けば目が覚めるだろうさ。で、連中は車で行ったんだな?」

「はい。近くにあった軽トラックで……」

「おかげで作業が大幅に遅延してるのよ。土嚢の輸送に使っていたトラックだったから」


 心底迷惑だという顔で波多野がホワイトボードを指さす。土嚢を輸送する二台のトラックを示すマグネットの一つが隅に追いやられ、その横にマーカーで「輸送効率半減!」と殴り書きがあった。


「男手が三人にトラックが一台。正直かなりの影響があるわ」

「さっさと連れ戻してくるさ。だが、一つわかんねえ。サービスエリアは別の隊が封鎖したんじゃなかったのか。浅井達が行っても入れねえんじゃねえか?」

「そうね。昨日の自衛隊の調査でゾンビがいなかったから出入口を塞ぐことになってたわ。実際に井出隊がパネルを設置していたんだけど、さっき連絡があったの」


 波多野がため息をつき、大原が説明を加える。


「無線を取ったのは私だ。野瀬隊の軽トラックが一台、特別命令があると言ってバリケードの一部を開けさせて立ち入り禁止になったはずのサービスエリアに入った。これは一体何事かと」

「そうなの。作業がやり直しになると井出さんが怒ってたわ。まずこっちに話を通せって」

「そりゃあそうだ。まったく手間をかけさせる。くそっ」


 野瀬が舌打ちをし、勢いよく地面を踏みつけた。路上に残っていた火山灰がわずかに舞い上がる。ちょうど全員が千尋からお茶を受け取っていたので自分のカップに灰が入らないように手で押さえたり灰の流れを目で追ったりした。テント内に微妙な静寂が流れ、空気中の微粒子が地面に落ちたところで大原がゆっくりと口を開いた。


「私は浅井君の気持ちも少しはわかる。ずっと基地に閉じ込められていたんだ。久々の外で自由を満喫したくなるのも無理はない。今回、調達部隊以外から参加した人はみんなそうだ。多かれ少なかれ、外に出て浮かれている。もう少し彼らのケアが必要だった」

「大原さん、あんた、いい人だ。でも過ぎたお人好しは命取りになるぜ。一人の身勝手な行動が全体を危険に晒す事もあるんだ。連中に必要なのは同情じゃねえ。統制とルールだ」

「自覚はしてるよ。時には厳しい判断も必要なのに私はそれができず、仲間を何人も失っている……リーダー失格だな」


 自分より年上の大原が落ち込んでしまい、野瀬が少しバツの悪そうな顔をする。


「……まあ、なんだ。こう言う時に真庭の野郎がいてくれればいいのにな。浅井達だって銃を持ったおっかない自衛隊が近くにいれば勝手な行動を取らなかったろうに。連中、面倒は全部民間に押し付けやがる」

「仕方無いわよ。民間人の私達と自衛隊じゃ考え方が違いすぎて足並みが揃わないでしょうから。特に野瀬さんみたいに上司にも平気で反抗する人は扱いにくいでしょうからね」

「俺だって真庭の野郎の部下なんて御免だな」

「でしょうね。それはともかく、誰が連れ戻しに行くの? それとも放っておく? いっそのこと井出さんに道路を封鎖してもらおうかしら。臭いものには蓋じゃないけど」


 冗談とも本気ともつかない波多野の提案に大原が目を大きくした。


「すまない、波多野さん。できれば連れ戻しに行ってもらえないか」

「冗談ですよ大原さん。普段の素行が悪いとはいえ数少ない生き残りなんですから。貴重な労働力です。縄で縛ってでも連れ戻しましょう。でも、それを理由につけあがられてもこまりますけどね」

「戻って来たら私が気をつけて彼らを監視する。野瀬さん、悪いが浅井君達を頼めないかな。私が行ってもおそらく聞いてはくれないだろうからね」


 大原が自嘲した。元々彼は大手メーカーの工場長をしていた。自主性を重んじる指導方針で部下からの評判は悪くなく、工場の運営者としては優秀で経営陣からも評価されていた。だが平和な時には発揮された自主性や和を重視する管理方針は秩序が崩壊した世界で空回りすることが多かった。


「わかった。俺と興津で連れ戻しに行ってくる」

「すまない野瀬さん。三人をよろしく頼む」


 大原が軽く頭を下げる。元々人並みにあった髪の密度はこの数週間でかなり薄くなっていた。


 野瀬と興津の二人は無線で井出隊と話した後、車に乗ってサービスエリアに向かった。残された望と千尋と大橋は本部のテントの外に設置された折り畳み机で昼食のサンドイッチを食べることにした。


「パンって珍しいね。久しぶりに見た」


 千尋がサンドイッチを一つ手に取りまじまじと見つめた。噴火後の世界にも小麦粉は大量に残っていたが、館山基地に数百人分のパンを焼き上げる設備がなかったため主食として出される事はほとんどなかった。時々ホットケーキがデザートで出されるくらいだ。


「作戦前に整備隊が頑張ってパン釜を作ったそうだよ」


 大橋がアルコールの入ったウェットティッシュで手を拭きながら言った。


「なんでもピザも焼けるとか。問題は載せる具がほとんどない事らしいけど」

「新鮮なトマトとか、ちょっと難しそうですよね。このサンドイッチにも見当たらないです」


 千尋がサンドイッチが並べられたトレーを見回して残念そうだ。既に封鎖作業の人達が食べた後なのでほとんどなくなっていたが、それでも数種類の味が残っていた。乾燥卵を使ったスクランブルエッグの卵サンド、ツナ缶とマヨネーズのツナサンド、ベーコンサンド、それにフルーツジャムやピーナツバターなど甘い物が何種類かあった。ベーコンサンドだけは人気だったらしく残り一切れしかない。千尋と望はトンネル内で野瀬が言っていた事を思い出しベーコンサンドを大橋に譲ろうとする。


「大橋さん、ベーコンサンドどうですか? 一応、肉ですよ」

「はははっ、今回は遠慮しとくよ。ありがとう……」


 大橋はゾンビを倒したばかりだからか肉や魚を避け、卵サンドとジャムサンドばかりを紙皿に載せていた。


「じゃあ望食べる?」

「いや、千尋が取っていいよ。俺はツナをもらうから」


「それなら」と千尋が最後のベーコンサンドを手に取った。望は残っていた何種類かのサンドイッチを紙皿に載せ、テントの外に並べられた椅子と机を使ってランチを取った。路上から見える光景は山、料金所近くで土嚢を作っている人々、そして遠くにいくつかの建物も見えた。


「たまには景色のいいところもいいですね」


 千尋がベーコンサンドを頬張りながら言った。道路は周辺よりも高い位置にある上、インターチェンジの近くに防音壁は無く、単なるガードレールだけだったので周りがよく見渡せた。三百六十度、半径数百メートルの範囲にゾンビは一体もいない。


「調達任務中はこんなにのんびり食事はできないもんな。しかし、高速道路の真ん中に椅子を置いてサンドイッチを食べる日が来るとは。富士山が噴火する前は考えた事もなかった」


 大橋がピーナツバターサンドのピーナツを噛みながら遠い目をした。

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