表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/102

館山キャンプ・幹部会議(2)

 ホワイトボードの前に立った和浦が説明を続ける。


「「シュアフィア・クリアリング作戦」の目的は、館山から木更津まで安全な道を確保することです。最終目的地は市内探索の拠点となる木更津南料金所となります。館山自動車道は一般道から隔離された高速道路のため、路上のゾンビと障害物を排除し、インターチェンジを全て塞げば安全な空間を確保できます。さらに木更津南料金所の建物を要塞化し、拠点化します。警備分隊を常駐させ、弾薬や食料も保管し、中里さんに訓練を受けた衛生員が医療スタッフとして待機する予定です」


 幹部の一人、女医の中里なかざとが小さく頷いた。彼女はキャンプ唯一の医者で、人々の健康管理や負傷者の治療を行なっている。『いずも』の運航に必要な海自の隊員と並び、キャンプで守るべき最重要人物の一人だ。


「作戦が完了すれば、木更津市内の探索を行う部隊と料金所と館山を往復する輸送部隊を分けることができます。従来ですとキャンプの外で活動する全ての部隊には自衛官か戦闘訓練を受けた護衛をつけていました。「シュアフィア・クリアリング作戦」が成功すれば、料金所から館山基地までは基本的にゾンビは存在しない事になります。これにより戦闘員を木更津市や木更津駐屯地の探索に集中できます」


 それから和浦はレーザーポインターで館山基地から木更津南料金所までのルートをなぞった。基本的に、房総半島の南にある館山から、北にある木更津まで、ほぼ海沿いに高速道路が続いている。距離は五十キロほど。ただし、館山基地から高速の入り口までは十キロほど市街地を進む必要があった。


「作戦は三段階で進行します。まず基地から館山自動車道の入り口がある富浦インターチェンジまでですが、ここについては過去数ヶ月の調達任務で市内のゾンビは相当数倒す事ができています。基本的に、車を利用した簡易バリケードで対応します。基地から富浦インターチェンジまでの道路の安全を確保する、これを第一段階とします。次に館山自動車道に入ってからです。目的地の料金所まで九ヶ所のインターチェンジがあります。これを全て封鎖し同時に路上のゾンビと障害物を排除するのが第二段階です。最後に木更津南ジャンクションにある料金所を拠点化する、これが第三段階になります。それでは、ここで最近この高速道路を使ってキャンプに来た神田さんから入手した状況を説明します」


 そう言った後、和浦が整備隊の隊長である村山の後ろに控えていた女性を見た。どうやら彼女が神田らしい。友人の訃報を聞いたばかりだからか表情は暗い。和浦は赤いマグネットをいくつか手に持ち、地図上に置いた。


「整備隊の神田さんは一週間前にこの館山自動車道を通ってキャンプに来ました。これがその時に見たというゾンビの群れです」


 和浦が赤いマグネットを四つ、高速道路の上に置いた。


「数はそれぞれ二十体から五十体前後。高速道路上で亡くなった方がゾンビ化し、群れを形成したものと思われます。インターチェンジ以外に出口はないので、基本的にこの群れはまだ道路上にいると考えられます。これらの群れについては、基本的に陸上自衛隊の真庭一尉の部隊が対処します」


 席に座ったまま、真庭が頷いて見せる。それを見た調達隊の面々は安堵した。数十体のゾンビの相手は民間人の手には余る。自衛隊が倒してくれるのならそれに越した事はない。和浦はさらに二つ、赤いマグネットを手に取る。


「高速道路外にもゾンビの群れが確認されています。この鋸南保田インターチェンジ付近と君津インターチェンジ付近です。これらについては極力刺激せず、交戦を避けます」


 続いて、和浦は黒い棒状の磁石をいくつか地図上に置く。


「そして、これが現在確認されている対処が必要な障害物です。全部で十ヶ所。特に富津インターチェンジ付近では多数の事故車が道を塞いでいます。普通の車であれば隙間をすり抜けられますが、大型のトラックやヘリコプターは無理です。これら障害物の撤去については村山さんの整備隊から人員を派遣してもらいます。そして各インターチェンジの封鎖ですが、これは調達隊で対応していただきます」


 和浦は部隊名の書かれた四つのマグネットをいくつか取り出した。現在キャンプにいる調達隊の数と同じだ。


「具体的な各部隊の動きです。まず作戦一日目、真庭一尉の陸自部隊と全ての調達部隊で基地から富浦インターチェンジまでの安全を確保します。路上に放置されている車を利用し、脇道を全て塞ぎます。第一段階は一日で完了予定です。二日目以降は第二段階に入ります。第二段階では館山自動車道をインターチェンジを基準に区間分けし、道路上のゾンビがいなくなった区間に調達隊が入り、それぞれインターチェンジの封鎖と障害物の撤去を行います。作戦二日目は真庭一尉の陸自部隊が先行して最初のインターチェンジである鋸南富山インターチェンジまでのゾンビを掃討、調達隊は真庭一尉の部隊に続き、撃ち漏らしたゾンビの撃退と障害物の撤去を行います」


 説明をしながら、和浦は「陸自」や「野瀬」と書かれたマグネットを地図上で動かしていく。調達隊は四つあるが、常に先頭には野瀬隊が位置していた。陸自の部隊は第二段階開始の三日後には目的地の木更津南まで移動、路上にある全ての赤いマグネットを取り除いた後、自身も地図上から消えてしまった。すると残るのはまだ二つ目のインターチェンジで作業をしている調達隊だけになる。先頭にいるのはやはり野瀬隊だ。望は小声で隣に座り波多野に尋ねた。


「波多野さん、あれってどういう意味ですか? ずっと俺達が先頭ですよ」

「あれが冠木君を呼んだ理由よ」


 背後の二人の会話が聞こえたのか、野瀬が手を挙げて発言を求めた。それを議長の郡司が見つける。


「野瀬さん、どうぞ」

「陸自さんがゾンビを片付けた後の俺達の動きについて説明してもらえないか」

「わかりました。真庭一尉の部隊は館山自動車道上のゾンビに対処した後、木更津市内の先行調査に入ります。つまり第二段階のほとんどにおいて、路上で作業中の各調査隊は自分達で身を守ってもらう事になります。野瀬さんの隊には先頭で作業をしていただき、他の部隊に危険が迫った場合は戦闘員を派遣して救援をお願いしたいと考えています」

「ひでえ話だ。全部民間人に丸投げかよ」

「最大の脅威である群れについては陸自で対応します。通常のゾンビでしたら皆さんだけでも対応可能だと判断しました。特に野瀬さんの隊にはエースもいますし」


 そう言って和浦が、そして会議室にいた多くが一斉に望を見た。半分くらいは半信半疑だが、残り半分は期待を込めた視線を送ってくる。


「冠木は確かにすごいぜ。俺なんかよりもよっぽど戦力になる。でもよ、大の大人が何百人も集まって、しかも自衛隊までいて、高校生のガキ頼みで作戦を立てるのか?」

「冬が来るまで一ヶ月ほどしか猶予はありません。木更津へのアクセスが遮断される前に、弾薬とヘリコプターの確保が必要です。そのためには、使えるリソースは全て投入する必要があります。たとえ冠木君が未成年でも、今のキャンプでは陸自部隊の次に強力な戦力です。使わない手はありません」

「犠牲が出る可能性は考えているのか? ゾンビが人間の匂いを嗅ぎつけて遠くから移動してくるのは知ってるだろ? インターチェンジで作業中に集まったゾンビに襲われる可能性は高いぞ」

「だからと言って陸自部隊を護衛に貼り付けていては木更津駐屯地の調査が遅れ、強いては弾薬やヘリの確保が遅れます。犠牲ゼロを目指した結果、目標を達成できずキャンプを危険に晒す可能性もあります」

「ふん、俺達の命は必要なコスト、将棋のコマってわけか。そこまで割り切れれば苦労はねえな」


 野瀬の言葉に隣に座る調達隊の隊長や隊員達が頷いた。だが幹部から異論が出る気配はない。そもそも調達隊を管理しているのは自衛隊の真庭一尉で、他の幹部もリスクをゼロにして誰も死なずに目的を達成することが非現実的なのは身に染みてわかっていた。それは野瀬達も同じで、要は誰がババを引くかだった。


「冠木。どうだ?」


 野瀬が望に話を振る。


「今聞いたように、軍人さん達は俺達を守ってくれないそうだ。高速で作業する数週間は俺達がみんなを守らなくちゃいけねえ。やれると思うか?」


 望は改めてホワイトボードを見た。市街地を通過する部分もあるが、館山自動車道の周りはほとんどが山。インターチェンジから新しい群れが上がって来たとしても道路を進んでくるわけで、方向が限定されているのなら迎撃は難しく無い。赤目など動きの早いゾンビだけが不安要素だが、開けた道路上なら遠距離から倒す事もできるだろう。そもそも、高速道路が走る周囲は人口密集地帯ではないのでゾンビの数も多くは無いはずだ。


「そうですね……見張りをしっかりと立てておけば大丈夫だと思います。もし群れが来ても、二十くらいまでなら戦闘班で立ち向かえば、なんとか。動きの早い特殊なゾンビが出て来ると危ないですが。弾と武器が十分にあればやれると思います」

「武器弾薬については十二分に手配する。安心して欲しい」


 和浦が望の要望に応える。野瀬が続けて何か言おうとしたが、それを遮って幹部の一人、橋本が口を開いた。


「頼もしいじゃないか! 各自が己ができる事を最大限にこなす。実に素晴らしい。冠木君こそ我らのヒーローだな。どこかの自称アイドルとは大違いだ。ははははっ。我々にも出来ることがあるのなら何でも言ってもらいたいものだ」


 メタボの腹を揺らしながら橋本が笑った。


「橋本先生は一緒に来てもらえるんで?」

「いや、私は基地に残ってキャンプの運営を行う。君達が働きやすい環境を作るため全力を尽くそう」

「それは……ありがてぇですな」


橋本は外に出るつもりはさらさらないようだ。調達隊の敵意が橋本に向きそうになり、和浦が話をそらそうと別の質問を望に投げた。


「冠木君、他に要望はあるかな」

「詳しくは野瀬さん達と相談してからでないと……。あ、でも」


 望は地図を見ていてある事に気がついた。館山基地も木更津駐屯地も海に突き出た場所に位置している。つまり、海の上を進めば直接館山から木更津まで移動ができそうだ。


「あの、この地図を見て思ったんですが、木更津駐屯地もこの館山基地も東京湾に面してますよね? 船で向かえば楽なんじゃないですか? 海の上ならゾンビもいませんし」

「残念だがそれはできない」


 望の提案はあっさりと拒絶された。


「『いずも』は訓練中で動かせる状態には無い。それに加え、この部分に機雷が設置されているため東京湾内に入ることができない」


 和浦は別の地図で神奈川県の三浦半島と千葉県の房総半島の二つが接近している部分をレーザーポインタで指した。


「機雷?」

「海底に設置する爆弾だ。上を船が通過すると浮上して爆発する」

「ええと東京湾には元からそんな物騒な物があったんですか?」

「そんな事はない。少なくとも私の知る範囲では、だが」


 和浦がやや自信なさげに首を横に振る。


「じゃあ、だれがそんな物を?」

「わからない。富士山が噴火後に誰かが設置したようだ。東京湾に大型船を入れないためか、あるいは出さないためか」


 望はそんな事ができるのは組織化した軍隊を保有しているどこかのシェルターしかないと思ったが口にはしなかった。ただ、成田以外のシェルターが近くにあるのかもしれないと心に留めておく。

 船や海の話題になったからか、今まで退屈そうにしていた幹部の一人、笹尾が身を乗り出す。


「本当、残念。船が使えるなら私が行けたのに。和浦さん、漁船の修理を早めて使うってのはどう? 小さな船なら機雷も反応しないんだろ?」

「笹尾さん、面白い提案だが却下だ。修理には時間がかかるし、貴重な航海要員は温存したい。それに、漁船ではヘリコプターを運べない」

「そう? 残念」

「あの、少しいいですか?」


 ふいに、今まで発言してこなかった幹部の一人が手を上げた。作戦の話題に区切りがつくのを待っていたようだ。どうやら会議は別の話題に移りそうだ。腹の虫も主張を始めたので望は部屋をでるタイミングを探そうとした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ