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8月25日 シェルター(3)

 シェルターへ向かう事を決めた望と音葉は、まず二人の怪我人を車の後部座席まで運ぶことにした。移動の際、越後は銃を捨て、背中に隠していたアタッシュケースを取り出し大事そうに抱えた。不審に思った音葉がケースの中身について聞いたが、「歴史的な遺物」としか答えなかった。

 松田一尉を車に乗せ、ヘリコプターの中に残っていた武器や弾薬、ワクチン類を回収した後、四人はゴルフ場を出発した。直接シェルターには向かわず、一旦丘の上の家に戻る。そこで音葉が鎖を外したり着替えをしたりしている間、望は家に置いてあった軽油のポリタンクで車に給油をし、残りをトランクに積み込んだ。その間、越後はヘリから回収した無線機で誰かと通信をしていた。

 夜の八時頃、出発の準備が整う。


 「ほんの数日でしたがいい時間が過ごせました。離れるとなると寂しいですね」


 玄関で靴を履く音葉が少ししんみりとしながら家の奥を振り返る。


 「もしシェルターがダメそうな所だったらまたここに戻ってこよう。靴紐、俺が結ぶよ」


 音葉は左手だけではうまく靴紐を結べないようだった。望は彼女の前にかがみ込むとその靴紐を結ぶ。音葉は望にお礼を言って立ち上がり、次に観客に挨拶するピアニストの様に家に向かって頭を下げた。望もそれに続いて家にお礼と別れを告げた。

 

 四人を乗せた車はシェルターを目指して丘の上の家を出発した。

 成田空港を目指せ、という越後の指示に従って車を走らせる。近くのインターチェンジから高速道路に入り、そこから空港に続く関東自動車道に入る。空港へ向かう道路は噴火後すぐに自衛隊によって封鎖されていたらしく、路上に障害物やゾンビはほとんど無かった。

 音葉や望が越後を信用できないように、越後もまた警戒を解いてはいなかった。目立たない様に拳銃をベルトに挿しており、それはアタッシュケースを抱えた右手ですぐに抜けるような位置にあった。一方の音葉も膝の上に銃を置いて越後を牽制する。だが幸いな事に車内で銃撃戦が起こる事はなかった。

一時間ほど走ったところで越後が高速道路を下るように指示を出した。空港はまだ遠かったが、望は指示通り一般道に入る。しばらく北に進み、それから東、やがて南に進路を取る。やがて前方に再び高速道路が見えてきた。


 「さっきの高速道路に戻ってきましたけど下に降りる必要はあったんですか?」


 真っ直ぐ進めば5分くらいの距離を大回りしたとわかった望は後部座席に座る越後に尋ねた。


 「安全のためだ。あの辺りには万単位のゾンビの群れがいる。それを避けた」

 「そんなに?」


 今までに望が遭遇したことのある群れは数十から多くて二百くらい。万どころか千単位のゾンビすら見たことは無い。


 「噴火の後、空港で足止めを受けた人々と空港から海外に避難しようとして集まった人々の成れの果てだよ。それに周辺の住民が加わって巨大な群れを形成している」

 「シェルターはこの辺りにあるんですよね。危険は無いんですか?」

 

 助手席の音葉が聞く。

 

「シェルターは地下にあるし、戦車や砲、ミサイルで武装している。正面から攻められても十分に対応できる。ただ、余計な戦いは避けたいのでね。群れは刺激しないようにしている。ヘリもこの地域は避けて飛ぶ様に決められている」


 再び高速道路に乗った車は、成田空港の手前でまた一般道に降りた。しばらく進むとまだ開発が進んでいない地域に入る。水田がいくつかある以外は人家も見えない。だが道路だけは片道二車線の立派な物があった。しばらくして前方に低い山々が見えた。


 「あの山が目的地だ。そこから入れる」


 何も無い山にしては妙に整った山道があり、そこに車を進める。越後の指示に従ってぐねぐねとカーブを繰り返す山道を進んでいくと、やがて何もない平地が現れた。面積はかなり広く、車のヘッドライトは端まで届かず暗闇が天蓋の様に広がっている。野球ドーム丸々一個分はありそうだ。広すぎて全体像は掴めなかったが、出入り口の横に古めかしいレンガ製の門柱があり、そこに立てかけられた「国土交通省管理区」の看板、敷地に入ってすぐの所には物置のようなプレハブ小屋が見えた。


 「ここが目的地ですか?」

 「そうだ。そこに小屋が見えるだろ。その横で下ろしてくれ」

 「望、嫌な感じがします。慎重に進んでください」


 懐中電灯を手にした音葉は車内から外を照らし周囲を警戒した。ホームセンターで手に入れたLEDライトはある程度強力だったが山の暗闇の前では近くを照らすくらいしかできず、森の奥に何かが潜んでいても見つける事はできそうになかった。


 「奥山さん、ここはもうシェルターの敷地内だ。周囲の木には偽装した監視カメラやセンサーがあちこちにある。狙撃銃を持った守備隊も潜んでいる。人の視線を感じたのなら彼らだろう」

 「撃たれる心配はないんですよね?」

 「事前にこの車の色とナンバーは伝えてある。大丈夫だ」

 「……誰かに命を握られるのは気持ちがいいものではありませんね」

 「敵だと思うからだ。味方が影から見守ってくれていると思えばこれほど心強い事は無い」


 言葉の通り、越後はシェルターに戻ってこれた事で安心しているようだった。緊張感を解き、手が拳銃近くから離れる。

望はゆっくりとアクセルを踏み車を敷地に入れる。広大な空間だったが、わずかに空の色との違いで数百メートル前方に切り立った崖があることがわかった。ハンドルを切り、入り口近くにあったプレハブの横で車を停める。


 「悪いが中に連れて行ってくれ。そこに電話機がある」


 望は足を負傷している越後に肩を貸し車外に出した。音葉が先行して拳銃を構えながらプレハブ小屋の引き戸に手をかける。鍵はかかっていなかった。

 扉を開けると、長い間人の出入りがなかったからか、カビ臭い匂い空気が望たちを迎えた。部屋の大きさは四畳半ほどで、中央に折り畳式の長机が二台あり、パイプ椅子が四脚置かれていた。机の上には電話機が一つあるだけで他には何も無い。望は入り口近くにあった電灯のスイッチを入れてみたが天井の蛍光灯が点灯する気配はなかった。越後は一番近いパイプ椅子に座ると、アタッシュケースを机の上に置き、電話機の受話器を手に取った。電話線は繋がっているようだが液晶画面は消えたままになっている。


「越後三灯だ。到着した。迎えをたのむ」


 それだけ言って越後は受話器を電話機に戻した。それを音葉が訝しげに見る。


 「今に迎えがくる。君たちも椅子に座って待っていなさい」


 そう言って越後は奥のパイプ椅子を二人に勧めた。長時間の運転で疲れた事もあり、望は部屋の奥に進もうとした。だが音葉は入り口の近くで止まったままだ。


 「音葉?」

 「私は出口側がいいです。まだこの人の事は信じられません。都庁の人達の事もありますし」

 「それは説明したとおりだ。あれは、不幸な出来事だった」

 「不幸? それで済ませるんですか」


 越後の言葉に音葉が不快感を示す。

ここに来る途中、望と音葉はターミナル駅で見聞きしたことを越後に伝えていた。越後はその件を知っており、自分達が手を下した事を否定しなかった。都知事が自分一人だけ逃げ出すことをよしとせず、シェルターの存在を生存者全員に伝えようとしたらしい。そこで仕方なく、救助に来ていた特殊部隊が他の生存者を口封じのために殺害したそうだ。越後は二人の質問にできる範囲で真摯に答えてくれたが、だからと言って無辜の市民が殺された事は納得いくものではなかった。

 

 「音葉、ここはもうシェルターの中で俺達は監視されてる。逃げ場を確保するのは大事だけど、腹をくくるしかないんじゃないかな」

 「……今回はやけに前向きですね。でも、それもそうです。ここに来た時点でもう手遅れでした」


 望は音葉の袖を引き、自分の隣の椅子に座らせた。


 「銃から手を離した方がいいと思うよ」

 「望が言うのなら」


 音葉は拳銃を机の上に置いた。その時に机や椅子、そして床にも埃がほとんど溜まっていない事に気がつく。黴臭い部屋にしては不自然に綺麗だ。


 「嫌な感じですね。もう全部相手の手のひらの上って気がします」

 「仕方ないさ。相手は国、うわ⁉」


 突如大量の明かりがプレハブ小屋に照射された。音葉が置いたばかりの銃に手を伸ばすと越後が慌てて制する。


 「待て! 武器から手を離すんだ。迎えが来ただけだ。下手な動きをすれば撃たれるぞ」

 「その通りだ」


 プレハブの外から知らない男性の声がした。強烈な明かりを背景に、一人の壮年男性が入ってくる。宇宙船の乗員が着ている様な白い服に身を包んだその人物はSF映画に出演中の俳優のようだった。その白い服の男の後に、完全装備の兵士二名が続く。フルフェイスマスクで顔を隠し、体には黒いボディーアーマー、その手には見慣れない形の小銃を持ち銃口は望と音葉にぴったりと合わせられていた。


 「奥山音葉さん。銃から手を離しなさい。抵抗しなければ危害は加えない」

 「私の名前を……」


 白い服の男の圧力に圧倒された音葉は仕方なく銃から手を離す。白い服の男が頷くと、二人の兵士も銃を下ろした。越後がパイプ椅子ごと後ろを振り向き白い服の男と向き合う。


 「路貝君、まさか君が地上まで出てきてくれるとは」

 「彼らの件がありましたから。越後先生、ご無事で何よりです」

 「無事か。生きて帰ってこれたのは私と松田一尉だけだ。そうだ路貝君、表の車に松田一尉がいる。ヘリが落ちてから意識が戻らない」

 「松田一尉の収容はすでに始まっています。よく連れて帰ってくれました。先生、一応の確認ですが他の隊員や藤咲さんは?」

 「本当に申し訳ない。皆死んでしまった。高津一尉や小内二尉は横浜で暴徒と交戦中に戦死。安座間三佐は私達を逃すためにヘリポートで囮になり消息不明だ。藤咲君は、墜落の時に亡くなってしまった。貴重な若者と戦力を失ってしまい、本当にすまないと思ってる」


 その報告を聞いて、兵士の一人が小さな動揺を見せた。戦死したという自衛隊員の知り合いなのかもしれない。


 「彼らは自ら志願して先生に付いて行ったのです。失われた命は戻りませんが、彼らが命をかけて守った物は残りました。そのアタッシュケースが例のミラーですか?」

 「ああ、そうだ。いつか日本がかつての姿を取り戻した時、これが残った事に意味ができる。彼らの死も無駄にはなら無い」

 「その為に我々も最善を尽くしましょう。それが死んでいった者達へのたむけになります。先生も怪我をなさっていますね。すぐに検査と治療を受けてください」


 プレハブの外から武装していない自衛隊員が二名現れる。その手には担架があった。路貝と呼ばれた白い服の男に命じられると彼らは越後を担架に乗せた。横になった越後はアタッシュケースを胸に抱えたまま、望達の方に顔を向ける。


 「二人とも本当にありがとう。感謝している。後で改めてお礼をさせてくれ」


 望と音葉の二人が頷くと、越後はプレハブの外に運び出されて行った。これで室内に残ったのは望と音葉、そして路貝と護衛らしい自衛隊員二人となった。


 「さて、改めて名乗らせてもらおうか。私は路貝という。この成田特別避難施設の責任者だ。君が冠木望君で、そちらが奥山音葉さんだね」


 二人は座ったまま頷く。


 「ようこそ成田シェルターへ。これから君達を施設内に案内する。ついて来なさい」

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