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8月20日 ホームセンター(1)

 ターミナル駅を出発してから二日、望と音葉はようやく地下鉄の終点に辿り着いた。距離は二十キロ程度と半日で移動できるはずだったが、ゾンビがいたり、破損した水道管でトンネルが水没したりとトラブルが続き予想よりもずっと時間がかかった。幸い、早見が集めていた物資の中に食料や電池が十分にあったので、二人は飢えや暗闇を心配する事なく慎重に地下鉄を歩き切ることができた。


 午前八時過ぎ。地下なので日の光は無いが、わずかに暖かな空気が上から降りて来るので夜明けを感じることはできた。二人は線路からホームによじ登り、さらに停止したエスカレーターを上がってホームから改札階に移動した。地上に繋がる出口のシャッターは閉じていないらしく、地下一階はぼんやりと明るく照明無しでも大まかな構造が視認できた。開きっぱなしの改札、萎れた観葉植物、明かりを失った自動販売機、シャッターを閉じた売店、そして制服を着た駅員のゾンビが三体、地上に向かう階段の前にいた。

 望は音葉と無言で合図を交わすと、短機関銃を背中に背負い、先日拾ったバールを手にした。音葉と分かれ、わざと大きな足音を立てながらゾンビの前に身をさらしヘッドライトをゾンビの顔に当てる。二十代くらいの男性のゾンビだった。ぱっと見外傷は無いので高熱で死んでからゾンビ化したのだろう。


 「おいっ! こっちだ。こっちに来い!」


 大声をあげると二十代くらいの駅員ゾンビが反応を示した。ゾンビは頭を傾けたまますり足で望に向かってくる。まず一体。


 「こっちに人間がいるぞ。さあ、かかってこい!!」

 

 よく通る声が駅の構内に反響する。さらにもう一体のゾンビも音に刺激され両腕を前に突き出しながら鈍い足取りで歩き始める。階段の前にいるゾンビは残り一体。望はバールで床を叩いた。タイルの砕ける甲高い音が地下に響き、最後のゾンビも動き始める。これで階段の前を塞いでいる三体全てが望に向かって歩き出した。

 誘導に成功した望はゾンビを連れてゆっくりと駅の奥に移動した。ゾンビたちが改札を通り過ぎた時、自動改札機の陰に隠れていた音葉が音も無く飛び出す。少女は両手で持った日本刀を最後尾のゾンビの後頭部に叩きつけた。度重なる戦いで刃こぼれが目立ってきたが、鋼鉄の塊は頭蓋骨を陥没させるのに十分。明太子の入った茶碗を逆さまにして割ったような傷が後頭部にできる。頭部に衝撃を受けたゾンビは前のめりに倒れたが、まだ死んではいない。手をばたつかせて立ち上がろうとする。すかさず音葉はゾンビの背中を踏みつけ、割れた骨の隙間に刀を突き立てた。ゾンビは電池を抜かれたロボットの様にぱたっと動きを止める。

 ゾンビの知能は低い。望を追っていた二体もすぐ近くに現れた音葉に目標を変更する。二体目のゾンビが音葉に手を伸ばしてきた。少女は倒したゾンビの頭から刀を抜くと斜め上に一閃する。ゾンビの両腕が宙を舞い、白い液体が両腕から噴き出した。音葉は二つに束ねた髪をなびかせながら液体を避け、返す刀でゾンビの口を突き刺し、そのまま脳まで串刺しにする。

 立ったまま動きを止めたゾンビの後ろで最後の一体、二十代くらいの駅員ゾンビが音葉に襲い掛かろうとした。だが腕の届く距離に近づく前にその側頭部に望が金属製のバールを叩きつける。ゾンビは踏ん張って耐えたが、二度、三度と立て続けにバールの打撃を受け態勢が崩れた。望はゾンビを蹴り飛ばし、床に倒れたゾンビの顔面に二股に分かれたバールの先端を打ち込んだ。バキッと音を立て、バールが鼻の横あたりに突き立てられ、ゾンビは大きく痙攣し直ぐに動かなくなる。


 「終わりましたか?」


 音葉は望がゾンビに留めを刺した事を横目で確認すると、始末したばかりのゾンビから刀を捻りながら抜いた。ゾンビは無言で床に倒れる。


 「ああ。片付いた」


 望がバールの先端をゾンビの顔から引き抜くとその傷口から白い血液が噴き出し床を濡らした。望は一歩下がり周囲を見渡してからほっと息をつく。


 「さっきの声、結構遠くまで響いてました。もしかして合唱とかされていましたか?」

 「いや、別に。生徒会の役員だったから人前で話すことが多かったし、そのせいかな」

 「声が通るのはいいことです。まあ、近くに他のゾンビがいなければですが」


 音葉が駅の奥に注意を向けると、そこから別のうめき声が聞こえてきた。戦いの喧騒あるいは望の叫び声を聞いた別のゾンビ達がこちらに向かってきているらしい。


 「銃は使わなかったのに。次も同じやり方でいくか? 俺が囮になって音葉ちゃんが後ろから攻撃する」

 「いえ、まだ距離があるので相手をする必要は無いと思います。先を急ぎましょう」

 「だな」


 ライトの届く範囲にゾンビがいないことを確認すると、ポケットに入れていた芯を抜いたトイレットペーパーを取り出しバールについた汚れを拭き取った。その隣で音葉も日本刀の汚れをふき取っている。


 家を出てから四日目、望は少しだけ成長した。最初は同行者の音葉に守られ、足を引っ張るばかりだったが、今では音葉が二体のゾンビを倒す間に一体は倒せるようになっていた。銃の扱いにも慣れてきたし、音葉とのコンビネーションも形になって来てた。今はもう数体のゾンビになら恐れを抱くことはない。

 三体のゾンビの死体を通り過ぎた二人は地上に続く階段の手前まで移動した。


 「やっと地上だ。これでモグラ生活ともさよなら。電池の残量も気にしなくて済むな」


 出入り口から差し込む陽の光で階段は照明なしでも細部まで見渡すことができた。踊り場を挟んで四十段くらいの階段で出口にはアーチ状のポリカーボネート製の透明な屋根がかかっていたが灰が積もっており空は見えない。階段には火山灰がグラデーションのように積もっていた。上の階ほど濃く、下に来るほど薄い。足跡などは見当たらないので人の出入りはなかったようだ。望はヘッドライトのスイッチをオフにした。階段を登る前に先ほど使ったバールを紐で背中に固定し、不意打ちに備えるため短機関銃を構える。その後ろに日本刀を持った音葉が続く。


 「あれだけ音を出しても何も来ないってことは地上にゾンビはいないって事だよな?」

 「油断しないでください。階段の近くにいないだけで外はゾンビだらけの可能性もあります」

 

 階段を登ると屋根の向こうに空が見えた。火山灰の層が空に留まっているため青空ではなく灰色がかった白色だったが、地下鉄の闇とは大違いだ。久々の太陽の光に望の足取りも自然と早くなる。地上まであと少しというところで急に空の火山灰の層が切れたのか、晩夏の陽光が階段に飛び込んできた。地下の暗闇に慣れた望にその光は強すぎ、視界が真っ白になる。望は思わず足を止め、地面に顔を逸らした。


 「だから油断しないでと。近くにゾンビがいたらどうするんですか!」


 少しだけ慌てた音葉が手で日差しを防ぎながら隣を通り過ぎ、目潰しをくらった望を守るように先頭に立ち階段を登って行った。


 「ご、ごめん」


 目を慣らした望が後を追う。地上に出ると突然世界が広がった。照明が無くとも辺りを見渡せ、視界は数百メートル先まで届く。天井は無く、大きなビルの上には何もない空間、空が広がっていた。太陽は再び厚く覆いかぶさった火山灰の層に遮られ真冬の雪国ように弱々しかったが、それでもLEDの光とは異なり温かみがあった。ついさっき小雨が降ったらしく地面は湿っており灰が泥の様になっている。雨のおかげか空気は澄んでおり、かび臭い地下鉄とは違う新鮮な風が望の頬を軽く撫でた。

 望は周囲を警戒したがゾンビはどこにもいない。先に地上に出ていた音葉は外の空気を胸いっぱいに吸っているところだった。

 音葉が瞼を閉じて太陽に顔を向けている。この数日で見慣れた顔だが、太陽の明かりの下では印象が違う。凛々しい女侍や群れを守る雌ライオンのように頼もしい音葉だったが、実際は望よりも年下の少女だ。荒事とは無縁そうな小柄な身体、まだ幼さの残る顔つき、この少女に守られていると思うと少し申し訳ない気持ちになる。


 (希美と同い年だからまだ中三。西山とも違う)


 音葉の向こうに、数日前にゾンビになった恋人を思い出そうとした。だが、常に冷静で感情の起伏が小さい音葉と笑顔を絶やさず活力に溢れ、気分屋だった西山千明とは正反対だ。どんなに頑張っても音葉の横顔に西山の面影を見出すことはできなかった。望が視線を空に向けると灰色の火山灰の層の向こうに白い太陽が見えた。


 (俺はあいつの事を忘れてかけているのか。胸の痛みも前ほど辛くない)


 望は胸の中でもう一度「西山」と恋人の名前をつぶやいてみた。数日前は全身を切り裂かれるような悲しみと後悔を感じていたが、今は鈍い痛みを伴うだけだ。彼女の死そのものが何年も昔の事に思える。人の形をしたゾンビと戦う事に慣れた結果、人としての感情も死につつあるのかもしれない。


 (音葉ちゃんもそんな事を言っていたな。独りでいた時は人間だった事を忘れかけていたって。だとすると、俺が人間でいられるのは音葉ちゃんのおかげか……)


 空を見上げながら物思いにふけっていると、音葉が二つに束ねた髪を揺らして顔を横に向け望の様子を伺っていた。


 「どうしたんですか?」

 「あ、いや、何でも無い」

 「本当に? 何か言いたそうな顔をしていますけど。隠し事は無しですよ?」

 「いや、音葉ちゃんの事、何がなんでも守らなくちゃって思ってたんだ」

 「はあ……」


 音葉は何を言っているんだという顔をしたが、望にとってそれは偽りのない気持ちだった。もし独りになったらきっと望は生きていけない。ゾンビとの戦えないのではなく、人間としての心が死ぬ、そんな予感があった。


 「お兄さんが私を守る、ですか。意気込みは嬉しいんですが無茶はしないでください。今はまだ、私の方がこの世界に慣れてますから」

 「俺だって結構戦えるようになっただろ」

 「まだ一対一しか任せられません。お兄さんは目の前の事に集中し過ぎる傾向があります。複数と戦ったら簡単に背中を取られますよ」

 「りょ、了解。肝に銘じておくよ」

 「そうしてください。そろそろ出発しましょう。車を見つけて館山を目指します」


 望は苦笑しながら頷くと歩き出した音葉の後ろに続いた。

 駅を出た所は低層のビルが立ち並ぶオフィス街だった。ビルの一階部分には様々な飲食店が入っていたが、どれもシャターやガラスを破壊され荒らされていた。路上には様々なゴミが散乱しており周囲は大規模な暴動があった後のように混沌としていたが、幸いな事にゾンビの姿はほとんどなかった。


 「まず使える車を見つけたいですが、これは厳しいですね」

 「数だけはたくさんあるけど、道が塞がってるな」


 駅前の通りには水道管に小石を詰めたように車が押し合いながら放置されていた。我先にと駅に集まり、運転者は車を放置してどこかに行ったようだ。小さな隙間があれば無理にでも車を突っ込んだらしく、車同士がパズルのように絡み合い、内側にある車はどう考えても外まで出られそうにない。おまけに道路もさほど広く無いため端にある車が動かせてもどこにも移動できそうになかった。


 「歩きましょう。少し離れた所に行けば動かせる車もあるはずです」

 「了解。どっちに行く?」

 「館山に行くには東京湾沿いに歩けばいいみたいです。まずは海のある南ですね。あのファミレスを目指しましょう」


 近くのビルに有名なファミレスチェーンの看板がかけられていた。一キロほど直進するとあるらしい。


 「食料は十分にあるけど?」

 「目的は駐車場です。あのファミレス、うちの近所にもあるんですが配達もしているんです。それ用の車が駐車場にあるかもしれません」

 「そうか仕事用ならカギがレストランの中にあるかもしれないな」

 「はい。途中に使える車があればそれにこした事はないですけど」


 二人はゾンビを警戒しながら車で溢れた道路を歩いた。数え切れないほど車はあったが、使える一台を見つけるのは思いの外難しかった。まず、多くの車は事故やゾンビ化の結果放置されており、運転席にはべったりと血の跡があったり死体やゾンビそのものがいることもある。こういった車は余程の事がない限り使いたくない。無人の車だとしっかりと施錠されている場合が多く、扉が開いていても鍵がない場合がほとんどだった。映画のようにハンドル裏のワイヤーを擦ってエンジンが動かせないかも試してみたが、車はうんともすんともいわなかった。

 時々、車の中でゾンビ化した人や外で立ち竦むゾンビが襲い掛かってきたが、どれも動きは鈍く近づかれる前に歩いて逃げ切る事ができた。

 

 結局、車を見つけられないまま二人はファミレスにたどり着いた。店の裏手にロゴの入った軽ワゴンが一台停まっている。車内に人影はなく、外から見る限り大きな損傷はなさそうだった。


 「いい感じです。あとは店内に鍵があればいいのですが」

 「そこに裏口がある。行ってみよう」


 店の裏手の鍵は開いていた。二人は慎重に店内を調査した。中にゾンビはいなかったが、食料もほとんどなかった。野菜や肉は腐り、保存が効くレトルト食品は既に誰かに持ちされた後だった。


 「誰かが物探しをした後だったみたいですね。レジ前のお菓子まできれいに無くなってます」

 「倉庫の棚も空っぽだった。ここに来た人は結構な大所帯だったんだな」

 「絵本やおもちゃも無くなっています。本当に手当たり次第に物を持っていったみたいです。お兄さん、車の鍵はどうですか」

 「ダメだ。全部無くなってる」


 レストランのバックスペースにあった事務所には車の掛けておくらしいキーボックスがあった。だがボックスは物理的に破壊され、中の鍵は全て持ち去られていた。


 「倉庫を開ける時に全部持っていったんでしょうね。車の鍵くらい残しておいてくれればよかったのに」

 「まったくだな。ん、音葉ちゃん! あれを」


 事務所の窓から外を見た望は突然緊迫した音を上げた身を屈めた。音葉も続いて姿勢を低くし窓の外に注意を向ける。


 「ゾンビの群れが来る」


 ファミレス近くの道路を数十体のゾンビがまとまって移動していた。服装はばらばらで統一感はなかったが、なぜか同じ方向に移動している。二人は窓の陰に隠れながら様子を伺った。


 「ゾンビは集団行動をするのか?」

 「そうみたいですね。でも一体どこに向かっているんでしょうか。方角的には東京ですけど、ゾンビにそんな知能があるとも思えません」


 ゾンビの群れは店内の望に気が付くこともなくそのまま道の先へと消えて行った。


 「ああやって集団になるから、この辺りに動けるゾンビが少ないのか。一体ずつ散らばっているよりは対処がしやすいからいいことなのかもな」

 「その代わり、集団に襲われる危険もあります。囲まれたら逃げ場はありません」

 「その前に逃げ切れるさ」

 「お兄さん、ゾンビとの戦いに慣れて自信をつけたみたいですが、油断は禁物です。私を独りにするような事にはならないでくださいね」

 「ああ。絶対に君を独りにはしないよ」


 窓枠の下に屈みこんでいた音葉が不思議そうな表情で望を見た。二人の距離は思いのほか近く、音葉の少しきつめの眼にじっと見つめられ望は理由も分からず緊張する。


 「……今の、なんか告白みたいですね」

 「え? いや、そんなつもりは無いんだけど」

 「冗談ですよ」


 音葉は笑いもせず平然と事務所を出てていった。望は小さな胸の痛みを感じながらしばらく事務所に残っていた。音葉の言葉を聞いた時、ほんの一瞬だけ胸が高鳴った。だが直ぐに、ゾンビになった西山の顔が思い浮かび小さなときめきは大きな罪悪感で押しつぶされる。西山が死んでから三日目。思い出にするにはまだ早すぎる。


 「まったく、わかりにくい冗談だ」


 望は両手で自分の頰を強めに打ち、気合いを入れ直した。


 車の鍵を探すことを諦めた二人はゾンビの群れが完全に離れた後にファミレスから外に出た。周囲にはゾンビの大群が残した腐ったチーズのような匂いと、ぬかるんだ灰の上を歩き回ってできた足跡が大量に残されていた。


 「この辺りにも車が何台があるから使えるのが無いか確かめるか。音葉ちゃん、どうかした?」


 音葉が道に屈み込みファミレスの駐車場から道路に抜ける道を観察していた。


 「何かあったのか」

 「これを見てください」

 「これは、……タイヤの跡?」

 「最近できたものに見えます。雨が降った跡の上についてます」


 火山灰の積もった地面のほとんどは雨に降られ小さなクレーターを作ったりぬかるんだりしていた。だが音葉が見つけた溝はそれらを押しつぶし規則的な模様を残している。溝は左右一組みになっており、全部で五組あった。それぞれ太さや模様が違う。


 「やっぱり最近のものです。見てください。あそこの水たまり、車のタイヤが水を撥ねた跡があります」

 

 五つのタイヤ跡はファミレスの駐車場から外に出る時、大きな水たまりを横切っていた。音葉は水たまりに駆け寄り、横の縁石に撥ねていた泥を指で拭った。


 「まだ湿っています。車が通ってから時間は経っていないみたいです」

 「じゃあ車に乗った生存者がいるんだ」


 望の声が弾んだ。西山達と同じよう館山の自衛隊の放送を聞いた人が館山に向かっているのだろう。あるいは、西山妹がいるグループそのものかもしれない。駐車場を出たタイヤの跡はゾンビの集団に踏みつぶされていたが辛うじて判別ができた。真っすぐ南に進んだようだ。


 「追いかける? もしかしたら車に乗せてもらえるかもしれない」

 「どうでしょう。追いつくのは無理だと思います。こっちは徒歩ですから」

 「そうか……」

 「それに地下で早見さんの仲間を殺した自衛隊かもしれません。うかつに合流するのは危険です」

 「う、そう言われると……確かに。でも西山の妹がいるグループかもしれないし……」


 望が戸惑っている間、音葉は手掛かりを探して道路に残されたタイヤと周辺に放置されていた車のタイヤをじっと見比べた。


 「お兄さん、多分、あれは自衛隊じゃないと思います。タイヤが普通ですから。ほら、この車のタイヤと似てますよね。一度、自衛隊の装甲車を見たことがあるんですが、もっとゴテゴテしたタイヤだったと思います」

 「すごい。まるで探偵だな」


 望も音葉に倣ってその場に屈み込み灰の上に刻まれた轍を間近で観察する。


 「このタイヤだけかなり大きい。トラックかバスかな」

 「そうですね。それに小さい車が四台くらいでしょうか。ファミレスの食料を全部持っていくほどですから相当な人数がいるんでしょうね」

 「あと子供も! レジ前のおもちゃと絵本が無くなっていたんだよな。なら子連れのグループの可能性があるんじゃないか」

 「そうですね。だとすると、悪い人たちではないかもしれません」

 「これが西山がいたグループならいいんだけど」

 「可能性はあると思います。車は南に向かっていますね……とりあえず追いかけてみましょう」

 

 タイヤの跡はしばらく道なりに進み、両側を防音壁で囲まれた高架道路に入って行った。交通規制がされていたらしく、入り口にはバリケードの残骸が残っていた。五台の車はバリケードを強引に破壊して先に進んだらしい。そこから三十分ほど歩くとタイヤの跡は高架道路を降り、どこかに向かっていた。そこは倉庫街らしく、住宅やオフィスビルは疎らでほとんどが大型の工場のような建物が増えて来た。タイヤの跡は一本の道路をまっすぐ進んでおり、その先に大きな建物が見えた。近くの看板によるとあれはホームセンターらしい。


 「車はこの先のホームセンターに向かったみたいですね」

 「ゾンビ映画なら生存者が向かう定番の場所だな」

 「そうなんですか? 私、そういう映画は見ないので」

 「ホームセンターには武器になる物や食料、衣料品、薬、キャンプ用品、必要な物は何でもあるから。アメリカだと銃も売ってるし」

 「銃ですか。そういえばお兄さんの物はあとどれくらい使えるんですか?」

 「俺のは……マガジンが残り二つ。だから六十発とちょっと。音葉ちゃんの刀は?」

 「そろそろ限界です。別の刀が欲しいです」

 「いくらホームセンターでも刀は置いてないかな。でもナタとかカマならあると思う」

 「ナタですか。使った事はないですが……。とりあえず行ってみましょう。この車の人たち、まだホームセンターにいるかもしれません。合流できるかもしれないですし、いなければ武器や食料が調達しましょう」

 「そうしよう。いい人たちならいいな」


 二人は万が一に備えて道路脇の生垣に身を隠しながら、ホームセンターを目指した。

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