幕間4 鹿臣優(ろくおみすぐる)の走り書き
8月1日
某政治家の娘が誘拐され新宿歌舞伎町のホテルにいると情報が入った。俺の所属する新宿署に警視総監直々の指示で救出命令が下る。俺は生活安全課なんだが……。俺は三島や滝川ら警官三十名で確保に向かう。突入してみれば高校生の娘とその彼氏の二人がベッドで行為中。真相は家族旅行を嫌がった娘が彼氏と家出していたとのこと。バカバカしい。保護した娘は厳重に守られながら家族が待つ成田空港に向かった。行き先はハワイとか。本当にバカバカしい。苛立ちが収まらないので歌舞伎町のチンピラをしょっ引いて憂さ晴らしをする。
8月2日
突然、防災強化月間なるものが始まったらしい。上の指示で急に災害時の防災設備の点検だとか、備蓄食料の確認と補充をしろと指示された。我々の管轄ではないのに、全署を挙げてだ。わけがわからない。滝川がVIP様の段ボールを落として中身をぶちまける。一般向けの市販品とは違いどこかの薬品会社が作ったらしい保存食だ。さぞ美味いのだろうとつまみ食いしてみたが、まずかった。
8月3日
富士山が噴火した。東京の被害はまだ大した事は無い。だが最大で十センチ程度の灰が積もるらしい。そうなれば交通機関は麻痺してしまう。ガラス質の火山灰を吸い込むと肺を痛める恐れがあることから防護マスクを装着して対応にあたった。昨日防災設備を点検していたおかげで速やかに行動はできたが、国は噴火を予測していたのか?
8月4日
火山灰の中に未知のウイルスが潜んでいたらしい。原因不明の熱病が流行していると噂を聞いた。さらに火山灰の影響で発電所がやられたらしく停電が続いている。
政府は非常事態宣言を出し、不要不急な外出は一切控えるように呼びかけている。しかし生真面目にも会社や学校に向かおうとして大勢が新宿で立ち往生している。俺たちもタイベックスの防護服にマスクをして市民の救助や交通整理に当たる。暴徒が発生した時のため、催涙弾と発射器が支給された。グレネードランチャーみたいだと滝川が喜んでいる。女のくせに武器マニアかよ。
8月5日
町中が火山灰を吸って気が狂った人々でいっぱいだ。新宿も夥しい数の感染者で溢れている。警察署の中からも感染者が出た。全身が真っ白になり人間を食べる、まるでゾンビだ。くそっ、国は何をしているんだ。
8月7日
感染者? ゾンビ? への発砲許可が下りた。これからは躊躇なくゾンビを撃てる。もっと早く許可が下りていれば滝川も死なずに済んだのに。
8月8日
ゾンビの数は増えるばかり。俺たちの拳銃は殺傷力の低い38口径。ゾンビと戦うパワーが足りない。頭に当てても当たり所によっては頭蓋骨にはじかれる。もっと強力な武器が必要だ。
8月9日
新宿署が落ちた。受け入れた避難民が突然ゾンビ化したらしい。灰を吸っても元気だった人々がどうしてゾンビになったのか。
殉職した銃器対策部隊からサブマシンガンを受け取る。これで少しはマシになるが、守るべき市民はほとんど残っていない。
8月10日
丸田河警視を中心に生き残った警官は都庁に集まった。都庁には東京都知事以下、二百名の職員と五百名以上の市民が避難している。都庁の放送設備を利用し付近の生存者は都庁に集まるようラジオの放送を始めた。電力の関係で一日に五回しか電波は飛ばせない。
当面の目標は都庁を死守することだ。だが守り切れるのか?
8月11日
都庁に避難してくる人々が後を絶たない。今日は八十四名が避難してきた。
都知事は良くみんなをまとめている。今までいい印象は無かったが見直した。次の選挙では投票しようと思う。次の選挙があればの話だが。
飲料水不足を解消するため。近くに放置されていた自衛隊のトラックからポットボトルの水を回収する。この作戦で八名が犠牲になった。 ペットボトル?
8月12日
屋外で激しい戦闘が行われていた。自動小銃や拳銃の音が一時間近く鳴り響いていた。この日の夜、致命傷を負った海上保安官が一人、都庁にたどり着いた。百名くらいのグループが都庁を目指してゾンビの大群に掴まったらしい。奮戦虚しく全滅したようだ。海上保安官は名前も名乗れず息を引き取った。
8月13日
避難民の中でゾンビ化が再び流行しはじめた。昨日の海上保安官が新種のウイルスを持ってきたのか? 千人近くいた生存者がもう二百名以下になってしまった。知事は何とか士気を保とうと努力しているが状況は酷くなる一方だ。
8月14日
日没後、都庁に自衛隊が現れた。人数は十二人。特殊部隊のようだが隊長が安座間と名乗った以外、所属部隊も階級も不明。都知事の救助に来たらしい。頼もしいがどこか信用できない。旧陸軍中野学校の跡地にシェルターがあるというが本当なのか。嫌な予感がする。
8月15日
自衛隊の指示で中野のシェルターに向かう。徒歩で一時間くらいの距離。安全のため、閉鎖されている丸の内線を使う事になった。丸田河警視の発案で、念のため胴体に週刊少年漫画を巻き付けておく。北朝鮮の工作船と対峙した海保が簡易防弾チョッキとして使った小技だそうだ。自衛隊の武器は威力の高い5.56㎜小銃。マガジンやシャンプで防げるとは思えないがないよりはマシだ。
8月xx日
嫌な予感は当たった。自衛隊の連中が突然撃って来た。俺は反撃もできず腹に弾を受けて意識を失った。気が付いた時には丸田河警視や他の警官も、百人以上いた市民も全員殺されていた。かろうじて息のあった三島が自衛隊が知事を連れてどこかに消えたと最後に教えてくれた。あの知事、最初から一人で逃げるつもりだったのか?
8月xx日
トンネルの先から銃声が聞こえた。だれか生き残りがゾンビと戦っているらしい。おかげで俺の近くにいたみんなは銃声の方に移動した。これで脱出ができる。早く治療をしなければ。
xx月xx日
傷がふさがらない。このまま死ねば、俺も丸田河さんや三島のようにゾンビになってしまう。それならば、いっそ……。
*2020年4月9日
・8月14日の部分に「隊長が安座間と名乗った以外」を追加
・8月xx日 「虫の息」→「かろうじて息のあった」