幕間3 西山千明の手帳
■八月三日
今日、やっと冠木が告白してくれた。中学の時から三年くらい? ようやく恋人同士になれた。今まで待たされた分、この夏休みでいちゃいちゃしまくって取り返してやる!!
それはそうとして、富士山が噴火して大変なことになった。お小遣いアップを条件にお母さんと広域避難所に指定されている近所の大学にボランティアに行く。デートにはお金が必要だから仕方ない。妹の千尋も一緒だ。
■八月四日
昨日の夜から人間が人間を襲う事件が起こっている。突然熱を出して倒れ、亡くなったかと思うと起き上がって人を食べようとする。まるでゾンビ映画みたいだ。大学の古典文学の先生は古い文献に書かれた火山灰症だと言っている。
夕方前、ボランティアの北見さんと一緒にカレーを作っていると突然電気が止まった。非常用発電機とプロパンガスがあるので料理には困らないけれど、スマホの電波が届かなくなる。一体、何がどうなってるの?
■八月五日
ゾンビ化の発症が止まらない。町中がゾンビで溢れている。一度家に戻ったけれど危険過ぎるのですぐに避難所に戻った。お父さん、無事ならいいんだけど。
警察や消防隊の人が避難所の出入り口にバリケードを作った。これで外からゾンビは入ってこれない。あとは救助が来るのを待つだけ。
■八月六日
やっと自衛隊が助けに来た。車が三台と十人ちょっとの兵隊さんだ。水と食料を持ってきてくれて、大きな銃(八十九式小銃というらしい)でゾンビをバッタバッタ倒してくれる。とっても頼もしい。
自衛隊が来てくれたので見張りをしなくても良くなった。今日は千尋と一緒に子供達の相手。避難所には五十人近い小さな子供がいる。ほとんどの子はゾンビに怯えているけれど、中には尚太くんみたいに「ぼくもゾンビをやっつける」と勇敢な子もいる。将来が楽しみだね。
■八月七日
避難所の外は酷いことになっている。街中で火の手が上がっていて空が煙で真っ黒だ。避難所は人でいっぱいに。自分勝手なお年寄り、ワガママな大学生、女性に乱暴しようとする教師、言葉の通じない外国人、薬が必要な病人、とにかくトラブルが多い。
バリケードの補修を手伝っていたら隙間から入ってきたゾンビに襲われそうになったけど、颯爽と現れた警官の粕谷さんと山口さんに助けてもらった。山口さんはオリンピック選手の候補者でイケメン。綺麗な姿勢で銃を撃つ姿は俳優みたい。ちょっと好きになりそう。まあ、私には彼氏がいるんだけど。
■八月八日
火山灰症が避難所内で流行し始めた。元気だった人が突然発熱し、ゾンビになる。自衛隊の人や千尋の友達もゾンビになってしまった。
人手不足で私も見張り番に戻される。亡くなった自衛隊の銃を持たされた。ゾンビというけど、相手は人間の形をしている。今日、倒したゾンビの中にはボランティアで一緒だった武藤さんや北見さんの姿もあった。人間を撃ち殺した記憶が頭にこびりついて離れない。私もいつああなるのかと思うと怖くて眠れなくなる。
冠木、こういう時に側にいてほしい。
■八月九日
今日、お母さんがゾンビになった。お昼ご飯の時に体調を崩した尚太君に手を貸そうとして、噛まれてしまった。
警官の粕谷さんがお母さんに止めを刺してくれた。妹の千尋はショックで倒れてしまった。私は倒れるわけにはいかない。尚太君の変化に気づけなかったのは私のミスだ。もうミスはしない。
■八月十日
生き残った人は全員、食堂のある建物に避難した。ここには発電機と冷蔵庫、それにたくさんの食料がある。ここで救助が来るまで立て籠ることになった。建物の中には三百人を超える人がいるけれど、老人や女性、子供が多い。山口さんが下手糞な歌や冗談でみんなを励ましてくれた。私も戦わないと。
■八月十一日
久々に何事も起こらない一日だった。昨日まで食堂の周りにいたたくさんのゾンビの姿が見えない。どこかに行ってしまったようだ。
見張り番を終えた後は千尋と一緒に過ごした。お母さんを亡くしたショックから立ち直れたみたい。私の下手な彼氏自慢に笑ってくれた。付き合ってから一緒に過ごせた時間は一時間くらいなんだけどね。
冠木は無事なんだろうか。うんうん、きっと無事。早く会いたい。
■八月十二日
食堂がゾンビに襲われた。裏口の一つが施錠されていなかったらしい。夜、見張りの田中さんが気付いた時にはかなりの数が入り込んでいた。私は必死に戦ったけど、あっという間に弾が無くなった。
警官の粕谷さんが生き残りをまとめて大学の教会に逃げ込んだ。生き残れたのは二十八人。あんなにいたのに、十分の一になってしまった。しかも半分は怪我人。水や食料も無い。みんな死んだような顔をしている。こんな時こそ私が頑張らないと。
■八月十三日
遠くでヘリコプターの音がした。山口さん達が様子を見に行ったのだけれど、山口さんだけが帰ってきた。腕を噛まれていて、肌がどんどん白くなっていった。「気合で火山灰のウイルスを叩きのめしてやる」って笑っていたけど、ダメだった。月が登るころ、ゾンビになってしまった。
粕谷さんが引き金を引けなかったので、止めは私が刺した。形見の銃は私がもらうことになった。ポケットには家族写真が入っていた。山口さんの奥さんと子供は避難中に亡くなったらしい。見張りや銃の訓練でたくさん話していたのに、家族の事は一言も言ってなかった。家族を失ったのにいつもみんなを励ましていた。私も、山口さんみたいな人になりたい。
■八月十四日
四名が体調を崩して亡くなった。まだ五歳だった雅人君も帰らぬ人となった。最後までマンガを読みたがっていたのに読ませてあげられなかった。遺体は念のため頭部を破壊してから地下室に置いた。その部屋も、もう一杯だ。生存者の数は十四人。妹の千尋もかなり弱っている。
■八月十五日
希望が見えた。
これから脱出の準備をする。
■八月十六日
今日は色々なことがあり過ぎた。
脱出のため、粕谷さん達が見つけてきたワゴン車とトラック、二台の車に分かれた。私は粕谷さんや千尋と一緒にワゴン車に乗る。避難所から出るためバリケードをどかしている最中に篠山さんと権田原さんがゾンビの犠牲になった。避難所の外に出た跡、突然道に飛び出して来た女性を避けようとして牛村さんのトラックが事故を起こした。荷台から投げ出された人の救助をしていたら、北田さんと石井さんがワゴン車で逃げてしまった。仲間を見捨てるなんて最低な人たちだ。でも、生き残りたい気持ちはわかるから非難はできない。町の中でゾンビの大群から逃げ回っている内に妹の千尋が足を挫いて走れなくなる。すぐにゾンビに囲まれたけど、私が囮になってゾンビを引き付けている内に粕谷さんが千尋を背負って逃げてくれた。ゾンビの群れからは逃げられたけれど、私もみんなとはぐれてしまった。千尋、無事でいてくれるといいんだけど。
この夜、ゾンビに足を噛まれた。眠気に負けて油断しちゃった。もっと慎重に行動していれば防げたのに。悔しい。残された時間は数時間。長くて半日。でも諦めない。噛まれたからって絶対ゾンビになるわけじゃないと信じる。ふと彼氏の事を思い出す。目標があった方が気が楽なので彼氏の家を目指すことにする。住所を交換しておいてよかった。
■八月十七日
残念だけどここまでみたい。山口さんの形見の拳銃を自分に使おうと思ったけれど、せっかくなので残された時間でダイイング・メッセージを書くことにした。実はちょっと憧れていたんだ。といっても、私の死因になったゾンビは倒しちゃったし、世界をこんな風にした犯人を知らない。犯人は富士山? どうしようもないね。
■この手帳を見つけた人へ
この手帳を見つけた人、私は杉波高等学校の二年生西山千明です。
三つ、メッセージがあります。
まず、この手帳を読んでいるということはゾンビになった私にトドメを刺してくれたってことですよね。ありがとうございます。私は最後まで諦めたくなかったんですけどダメだったみたいです。もし私があなたの大切な人を傷つけていたらごめんなさい。
二つ目は希望の話です。私が十五日に聞いた自衛隊の放送のメモを書いておきます。千葉県の館山で自衛隊が救助活動を行なっているようです。そこに向かってください。私の妹もそこに向かっているはずです。
(自衛隊の放送についてのメモが書かれている)
最後に、もしあなたが私の妹の西山千尋か彼氏の冠木望に会えたらこの手帳を渡してください。次のページに妹と彼氏へのメッセージも書いて置きます。よろしくお願いします。
(次のページには妹と彼氏への個人的なメッセージが書かれている)
・2020年3月20日 「翔太」を「尚太」に名称変更