クリスマスには花束と(11):復帰
漂着船調査の翌日、望は午前中に休みをもらい、午後から音楽室で練習に参加することになっていた。ところがゆっくりと自室で寝ていると陸自の隊員に呼び出された。昨日調べたフェリーが転覆したらしい。望は真庭に命じられ、医療チームを除く昨日と同じメンバーで再び布良港に行くことになった。
港に着くと、聞いていた通りフェリーは横転していた。横倒しになった船体の半分以上が海の中に沈んでおり、ブリッジや客室の窓ガラスが一部破損し内部に水が入り込んでいる。周囲には紙やプラスチックの容器や椅子などが浮かんでおり、燃料らしい液体も広がっていた。傾きは九十度以上で、赤く塗装された船底が壁のようになって見え、その一部に大きな穴が開いていた。
調査隊は高台に陣取り調査の拠点を作った。本張隊が周辺の警戒に当たる中、ドローンを飛ばしたり双眼鏡で様子を確認する。望と小針は真庭に命じられ、一緒に一緒に船の様子を見ていた。
「内側からの爆発ですね。しかも相当大きな爆発です」
双眼鏡で船を観察していた陸上自衛隊の女性隊員、関根が言った。望も手にした双眼鏡で穴を確認する。確かに破損した金属が外側にめくれ上がっていた。
「冠木君、私にも見せて」
小針に言われ双眼鏡を渡す。その時、一瞬、真庭に見られているような気がした。だがそれは気のせいで隣にいた海上自衛隊員への視線だったようだ。
「新木二尉。あの位置は自沈用の爆発物が仕掛けられていた場所だな?」
「そうだと思います。昨日、解除したと思ったのですが……。申し訳ありません」
「我々も一緒に起爆装置の解除を確認していた。新木二尉の責任ではない。どこかにバックアップがあったのかもしれないな」
「可能性はあります。メインの起爆装置が何らかの事情で作動しなくなった場合、予備の装置が起動する仕組みだったのかもしれません。申し訳ありません」
「むしろ私の責任だ。だが、船があの状態では内部の捜索は難しいか」
「危険だと思います。館山には潜水調査ができるチームもいませんし」
周囲を警戒していた本張隊が少し騒がしくなる。「あれは何だ?」とか「看板の向こうに人影が」と聞こえる中、隊長の本張が大声を上げた。
「真庭さん! ゾンビが来てるよ」
自衛隊は直ぐに武器を構え、望も肩に担いでいた小銃を手に取る。船の方に向かって飛んでいたドローンも引き返して来た。望が町の方を見ると大通りに人影が見えた。
「市街地にゾンビ。数は四十から五十! 特殊個体なし」
「C班を中心に防御陣形。迎え撃つぞ」
真庭の指示に従い、調査隊は機関銃を載せたトラックを中心に半円形の陣形を組んだ。
望は銃を構えながら、小針の横顔を確認した。射撃武器を持たない彼女は真庭に言われ、双眼鏡でフェリーを監視していた。特に変わった様子はなかったが、望は船を横転させたのは彼女だろうと確信に近い疑いを持っていた。とはいえ、今はそれを確かめる術はないしタイミングでも無い。まずは目の前のゾンビに集中だ。
「重機関銃、前方百五十メートル、ゾンビ集団、制圧射撃、射て」
海上自衛隊が操作する機関銃が射撃を始める。パンパンパンという破裂音がやや間隔を置いて鳴り響く。だいたい六発一セットで射撃する度に、遠くのゾンビ集団がバタバタと倒れていく。十二.七ミリの銃弾は頭部に命中しなくてもゾンビを大幅に無力化できた。頭部が無事なまま倒れた個体や集団から外れた個体に対しては自衛隊が小銃の単発射撃を加えていた。射撃は正確で、下半身を吹き飛ばれたゾンビが顔を上げた瞬間、その額に弾丸が撃ち込まれる。民間人は五十メートルラインに達したゾンビに対して攻撃を加えることになっていたが、未だに一体も到達していない。望は今回は自分の出番はなさそうだと思った。そして実際、布良港での戦いは望の予想通りに進んで終わった。
ゾンビの掃討はあっさりと完了したが、その日は集団がどこから来たのか周囲の調査をすることになった。ゾンビの服装から元々この辺りの住人の遺体であることがわかり、おそらく船が爆発した音を聞いて集まってきたのだろうと推測された。周囲の町を捜索したが他のゾンビ集団は確認できなかったので取りあえずの安全は確保されたのだが、望が館山基地に戻れたのは夜になってからだった。
翌日、MCL作戦の準備を始めてから五日目になって、望はようやくバンド練習に合流できるようになった。とはいっても午前中は昨日の振り返りミーティングがあったので、それが終わってから午後一で音楽室に向かった。
資料館に近づくと音楽が聞こえてきた。窓を閉め忘れたのか換気のために開けているのか、とにかく建物から音が漏れている。nap3が演奏する予定の『ささやかな恋を込めて』だ。時々リズムが狂ったり変な音が混じってはいたが、ミウの歌声にギター、ベース、ドラムが合わさりしっかりと曲として聞こえた。二日前とは明らかにレベルが違う。少し離れていただけでこれほど上手くなっているとは思わなかった。ドラムは時々遅れる事はあったが、きっちりとリズムを刻めているし、ベースは少し音量が不安定だがしっかりとギターとボーカルを支えている。千尋のギターは聞いてて安心するし、ミウものびのびと歌えていた。
「ラーラーラーララララ、ラー♪」
曲がクライマックスに近づく。今までは良い感じだったが最後に気が緩んだのか、ドラムが走り、ベースが吊られ、テンポを維持しようとしたギターが遅れたようになる。それでも、ミウが最後のフレーズの最初の音、「とどけ」の「と」を力強くやや長めに発し、何とか四人のタイミングが一つになった。
『とどけ〜ささやかな好き♪』
歌詞の終わりと同時にギター、ベース、ドラムの音も終わる。最後が決まったので格好良く聞こえた。四人中二人が初心者であることを考えれば五日目でこの完成度は奇跡的だ。望はほとんど感動しながら音楽室に向かって資料館の階段を駆け上がった。
「みんなすごいじゃないか」
扉を開けると、むわっとした熱気が吹き出した。部屋に入るとそこにはげっそりと疲れた四人と椅子で足を組んでい女性がいた。水産調達隊の隊長で普段は船で漁に出ている笹尾だ。ジーンズにチェックシャツというラフな格好に青い魚柄の手ぬぐいを指揮棒のように振って何かを注意していた。
「えっ、笹尾さん?」
「ん、冠木か。遅いじゃないか」
「すみません。でも笹尾さんがどうしてここに。漁の方はいいんですか?」
「あのフェリーの件で三日間の出航禁止なんだ。お陰で水産調達隊は暇してる」
そういえば真庭が念のための措置を取ったと言っていたのを思いだした。
「それで暇つぶしに先生役をしてるてわけ。ところで今の演奏聴いてた?」
「はい。びっくりしました。みんなこんなにできるようになってて。笹尾さんが教えてくれたんですか」
「そうさ。私が昨日と今日と付きっきりでね。もう一曲できる曲があるけど聞いてみる?」
「笹尾さんストップ! 私は頑張れるけど他のみんなが疲れてまーす。休憩しましょう!」
ミウが手を上げて主張した通り、石坂は試合後のボクサーのように疲れ切っており、帯川はぐったりとして項垂れドラムの向こうに隠れてしまっていた。千尋はちらりと望の方を見たがモノを言う元気が回復していないのか、ギターをスタンドに預けると髪を解き、床に置いてあったペットボトルの水を煽った。音楽室なのに体育で長距離走をした後の教室のような雰囲気だ。唯一ミウだけはマイクを持ったまま立っていたが、着ている半袖のTシャツが汗で身体に張り付いていた。結構大きいんだなと心の中で感心していると、なぜか空のペットボトルが飛んできて頭に当たった。椅子に座った千尋がジト目で望を睨んでいる。
「何するんだよ、いきなり」
「水。おかわり。給湯室の冷蔵庫にあるから人数分持ってきて」
「俺は来たばっかりで……」
「いいから水!」
千尋が電子メトロノームを手に投擲姿勢に入ったので望は仕方なく音楽室の外、給湯室に行きトレーに人数分のペットボトルを載せ戻った。
「お疲れ様」といいながら一人ずつペットボトルを手渡していく。笹尾、ミウ、帯川、石坂、最後は千尋だ。また攻撃されるのではと慎重に近づき、水を渡す。
「……お疲れ様です」
「ありがと。さっきはごめん。演奏が上手くいかなくてすこし苛ついてた」
「そ、そうなんだ。よくできてたように聞こえたけど」
「全然ダメ。私がもっとリードしないといけないのに。はあ」
千尋は新しいペットボトルを開けると一口飲み、もう一度ため息をついた。望は疲れた千尋の隣に席を探したが、生憎と無かったので笹尾の隣にあった椅子に腰を下ろした。
「笹尾さん、それにしてもどうしてnap3の指導をしてくれているんですか?」
「私が暇だと聞いた帯川に頼まれてね。興味本位で様子を見にきたらこいつらの滅茶苦茶な演奏を聞いちゃって。ここは私が一肌脱ごうって思ったわけ。成果は出てるだろ?」
「ありがとうございます。こういうのって指導者がいるとぐんぐん伸びますよね」
「何他人事言ってるんだい? 君もメンバーでしょ?」
「うっ、そうでした」
「経験者のキーボード、期待してるよ。リズム隊が不安定だからその分頑張って。それで、他のメンバーには言ってあるけど明後日の昼過ぎ、今の曲とジングルベル、あと初恋はストロベリーレモネードを港でやるから。君もしっかり練習しておきなさい」
「えっ? 港で演奏?」
「人を集めてライブをするのさ。音楽をやるには度胸が必要だからね。取り敢えず人前でやる経験だと思って頑張って」
どうやら和浦からの指示があったようだ。nap3の練習というよりは作戦そのものの予行演習で、簡易的なステージの設置、音を離れた場所まで飛ばすための装置のチェック、ゾンビ誘導の手順確認などキャンプ内で行うらしい。
「演奏時間は何時からだっけミウ?」
「一時でーす。私達は十二時半に港に集合っ! ちなみに私は録音音源でもう二曲やるから全部で五曲だよ。望君も練習がんばってね! できるなら追加の二曲も演奏していいから」
笑顔で手を振るミウに望の顔は引きつった。
「あの、笹尾さん。俺、この二日くらい練習できてないんです。明後日が本番ってちょっと酷い事になるかもしれません」
「いいんだよ失敗して。失敗して、恥をかいて、みんなに白い目で見られ、そうやって度胸を身につけるんだ」
「でも本番って聞いてるのはゾンビですよね。多少演奏が下手くそでも……」
「それはっ、ダメっ!」
ミウが間髪入れず望の言葉を否定した。
「望君、音楽は心で演奏するんだよっ。たとえ技術が無くてもハートが籠もっていればお客さんにはきっと届く。心に届けばきっとみんな集まってくれるはずだよっ」
集まるのはゾンビなんじゃと思ったが、ミウは本気で言っているようだった。驚いた事に帯川も頷いている。石坂はミウの言うことなら何でもイエスだし、千尋も特に反対はしていなようだ。つまりnap3の総意として本気でゾンビに向けて音楽をするらしい。これはちょっと気合いを入れないといけないな、と思っていると笹尾がバンと背中を叩いてきた。
「バンドの演奏が上手ければミウのテンションも上がる。そうすればもっと多くのゾンビも集まるってものだろ。ミウの歌ってそういうものだって聞いてるよ」
笹尾の言葉にミウが胸を張る。
「そーなのです。作戦の成否は私のやる気にかかってますっ! そしてー、私にやる気を出せるのはっ、みんなっ!! nap3のメンバーだよっ」
ミウは空を槍で突くようにマイクを高く上げた。思わず「おーっ」と答えたくなる。実際、石坂はヘトヘトにも関わらず右手を突き上げている。
「そう言うことだから冠木も頑張れ。よしみんな、今から四時まで個別練習だ。さっき言ったことを忘れずに。私は帯川を見る。西山は前半はベースを見て後半は個人練習。キーボードは時間いっぱい個人練習。四時から一度、三曲合わせる。「ジングルベル」、「初ストレモ」、最後に「ささ恋」の順番。いいね」
そう言って笹尾は魚柄の手ぬぐいを首に巻きドラムの所に移動し、へばっている帯川に活を入れた。千尋が椅子から立ち上がり、望の所にやって来て五曲分の楽譜を渡してくれた。
「個別練習は別々の部屋でしてるの。ミウは屋上、私とタカトは隣の第二会議室を使うから望は第三会議室で練習して。何かわからない事はある?」
「あ、ああ。ええと……」
まだ頭が練習モードに切り替わっていない望は急いで譜面を確認する。コピー用紙に印刷されたそれらには千尋の手書きで「♩=120」や「ベース遅れやすい」や「ミウ唄う/遅れがち」などとメモが書かれていた。
「今までに笹尾さんから言われた内容と私が気づいたことを書いておいた。鉛筆だからいらなかったら消して」
「ありがとう。助かるよ」
お礼をしながらもう一度五枚の楽譜を見る。初心者向けが多いとはいえ望の腕では一日半で人に聞かせるレベルにするのは難しい。特にサンミーのオリジナル曲にはやたらと細かな音符の多い部分があった。間奏部分でキーボードのソロまである。
「ええと、この二曲も全部演奏するんだっけ。『笑顔Sun x Sun x Sun』と『明日に届け』?」
「ミウがカラオケ音源みたいなのもってるから明後日はそれで歌うって。でも本番では生演奏でやりたいそうだから練習しておいて」
「了解。五曲かあ……」
「出来具合によっては増やしたいってさ。テイがリクエストあるって」
「マジか。だいぶ強行軍だな」
「私達で他の二人を引っ張っていこう。じゃあ、私は行くから。また後で」
そう言って千尋は解いていた髪をポニーテールに戻し、石坂を連れて音楽室から出ていった。笹尾と帯川は既にドラムの練習を始めている。ミウは大きく伸びをすると、円盤型の延長ケーブルをスピーカーの上に載せ部屋から出て行こうとした。両手でスピーカーを抱えているのだが同じくらいの大きさのドラム型延長コードがその上で揺れている。
「持つよ」
「おおっ、ありがとう。千尋がいなくなったとたん私にアプローチかなっ?」
「……手伝うの止めようか」
「冗談だって! お願いしまーす」
望が延長ケーブルを受け取るとミウは「じゃあ屋上に行こうっ」と言った。両手が塞がってい彼女に代わって音楽室のドアを開け、階段を登って屋上に出る。
十二月の外は寒く、サメ映画のロゴ入りパーカーだけの望はブルっと体を震わせた。
「ここで練習するの? 寒くないか」
「歌って踊るからこれくらいがちょうどいいんだよっ。あ、電源はそこだから」
言われるままに、階段横のコンセントに延長ケーブルのプラグを刺す。ドラムを回しケーブルを伸ばし、ミウがいる辺りまで持っていく。ミウは屋上においてあったプラスティック製のテーブルにスマホを置き、スピーカーと繋いだ。
「さあっ、午後も頑張るぞっ。あ、そうだ。望君。下に行く前に一つ振り付けを見てもらいたいんだけど」
「振り付け?」
「そうそうっ。ちょっと踊りの部分を変えてみたの。感想きかせて」
望が「いいよ」と答えると、ミウがスマホを操作し曲をスタートさせた。サンミーの曲、『初恋ストレモ』のサビの手前部分が流れる。ミウは望の正面から右側五メートルほどに立った。サビが始まる。
「初恋はレモネード〜♪ 甘くて酸っぱい夏の思い出〜♪」
ミウが歌いながら両手を広げ、踊りながら右から左に慌ただしく、十メート近く移動する。望はぽかんとしながら首を回して動きを追った。
「トッピングにイチゴを一つ♪ もし二つなら変わったかな〜♪」
今度は左から右に同じく十メートル、駆け足気味に移動する。さらに勢いよくターンすると左に五メートル移動し、望の正面に来た。そこでくるっと一回転。ミウの少し癖のある髪がふわっと広がる。
「キラキラと世界が輝いて〜♪ 私はまだ一口目なのに、あなたのカップはもう空っぽ〜♪」
中央で左右に軽くステップを踏みながら歌っていたがすぐに右や左に移動を始めた。何となく反復横跳びを思い出す。そういう振り付けなのだろうか。
「またねの声に笑顔で手を振る〜♪ せめて私が飲み終わるまで待っていて欲しかった〜♪ そんな一言も言えずに〜初恋はストロベリーレモネード〜♪ 甘くて酸っぱい夏の思い出〜♪」
最後は中央に戻って決めポーズ。なんだか首が疲れるパフォーマンスだった。ミウが少しだけ弾んだ息を整えてから伴奏を止める。
「望君、どうだった?」
「どうって、なんか忙しなかった。行ったり来たりしていたけど何か意味があるの?」
「だよねー。やっぱり三人分を一人は無理があったかあ」
「三人分? あ、そうか。ごめん」
サンミーが三人組のグループでミウが唯一の生き残りであることを思い出し頭を下げる。ミウが「いいよ、いいよっー」とアイドルスマイルで三本指を立てた。
「ご存じ三吉市のご当地アイドル「サンミー」は三人組だったんだけど、私は最年少で三番人気。歌の一番目立つ部分はリーダーのミカがやって、ダンスの難しい振り付けはミズキがしてくれてたからさっ。私は二人のサポート?的な。だから全部を一人でやるのは大変なのですよ。本当の私のパートはこんな感じ」
てててっと右側に寄ってミウは『初恋ストレモ』を口ずさみながら先ほどと似た振り付けでダンスを始めた。今度は移動が少ない。ステージがあるとすれば、その右側に留まっているような感じだ。両手を右側に出したり、逆に中央に向かって語りかけるように歌ったりと明らかに三パートの一つを踊っていた。
「どうっ?」
「首は疲れないけど、中途半端というか、なんか物足りない」
「だよね。だから三人のダンスパートを一人でやってみようとしたんだけど、ちょっと無理があったなあ。よしっ。もう少し研究して振り付けを整理するぞっ」
「……なんか、すごいな」
「ん、何がかなー?」
「それだけパフォーマンスに本気になれるのが、なんか羨ましいというか眩しいというか、とにかくすごいなって思った」
ミウはニカッと笑らい三本指を立てた。
「当然ですっ。サンミーのミウちゃんですから。ねえ望君、サンミーの意味って知ってる?」
「ええと、「み」よし市のローカルアイドルで、メンバーかみんな「ミ」がつく名前なんだっけ」
「半分正解! あとは酸っぱいの『酸』と、太陽の『サン』。サンミーって英語だとSun Me!って書くの。私を暖めてって意味。かっこいいでしょー?」
「確かに格好いいな。ミウにぴったりだ」
「へへっ。ありがとーう。もし望君がまぶしいって感じてくれたなら、私は今でもサンミーのミウちゃんでいられてるって事だねっ! ありがとサン、ミィー!」
再び三本指を立ててポーズを取るミウに望は以前から思っていた疑問を口にしてみた。
「なあ、少し聞いて良いかな?」
「何かなっ? 答えられる事なら何でも答えるよー」
「ミウがアイドルだったのは知ってる。でも世の中がこんなになってもアイドルを続ける、何か理由みたいのはあるの?」
「もちろんっ!」
即答だった。少しも迷う気配が無いのは同じ質問を何度もされたからだろうか。望は少し悪い気もしたが、好奇心が勝ってそのまま話しを聞くことにした。
「少し昔話になるねー。私はね、あの日、富士山が噴火した日、三吉市の道の駅でお仕事をしていたの。地元のピーアール活動」
ミウは手にしていたマイクをスピーカーの上に置くと何かを懐かしむように火山灰に覆われた灰色の空を見上げた。
「サンミーのメンバーのミカとミズキ、それに私。マネージャーの桃田さんと市の観光課の人、たくさんのお客さんと一緒にミニライブをして、観光客向けに地元の野菜とかをアピールしてた。富士山が噴火したのはニュースで聞いたけど、広島だからあんまり影響はなくってお仕事も続けていた。時々自衛隊の飛行機が飛んでて大変なんだなーって思ってたくらい。でも、午後の二回目のステージの途中、お客さんの一人が突然ステージに上がってきて、ミズキに噛みついたの。今ならそのお客さんはゾンビになっていたってわかる。でもあの時は訳が分からなくて。私は何もできなかった。びっくりして、マイクを持ったままステージで固まってた。リーダーのミカやステージ裏にいた桃田さんがミズキに噛み付いた人を引き剥がそうとしたけどダメで。ミズキの悲鳴とお客さんの悲鳴でステージは大混乱。そこ別のゾンビが来たの。たぶん十体もいなかったと思うけど、その時は大群が来たように思えたな」
ミウは淡々と話し、声のトーンもいつもよりも一段低かった。
「訳わかんなかったよ。突然灰色の肌をした人達が会場になだれ込んできて、手当たり次第にお客さんに噛み付いたんだからさ。私も襲われそうになったけど、ミカに突き飛ばされて助かった。逃げろって言われて、無我夢中で逃げて、気がついたらどこかの小屋に隠れてた。それから一晩経って、通りかかった真庭さんと和浦さんに助けてもらった。だから私が生き残れたのはミカと真庭さんや和浦さんのおかげ。まあ、よくある話しだけどね」
本人が言うとおり、今生き残っている人達は誰もが似たような経験をしている。だからといってミウの経験が軽いわけではない。
「むしろ私は運が良かったの。真っ先に会えた人が戦闘のプロだったんだから。お助けガチャでエスレアって感じ? 真庭さんと和浦さんはすごかったんだよ。シャベルとかバッドでゾンビを倒して、二十人近い人を助けながら呉まで移動したんだから。その間、私は何にもできなかった。武器を持って戦うことも、誰かの怪我を治してあげることも、車の運転もできないし、足を挫いた人に肩を貸すこともできなかった。望君や千尋みたいに戦う才能は無かったから」
「俺だって最初は酷かったよ。音葉に……一緒にいた女の子に助けてもらってばっかりで」
「本当に? 今の望君からは想像もできないけど」
ミウはクスクスと少し鼻から抜ける声で笑った。アイドルのスマイルとは違い、満面の笑みではなかったがこれが彼女の素なのかもしれない。
「まあ、ともかく。私は考えたわけ。どうしてこんな役立たずの私が生き残っちゃったんだろうって。もし私じゃなくてリーダーシップのあるミカなら、もっと色んなことができた。ミズキだて看護学校に通ってたから、きっと私よりもみんなの役に立てた。私はただの高校生で、特技とか無かったから。だから自分が生き延びちゃった理由を考えたの」
「それがアイドルを続けること?」
「うーん、ちょっと違う。私の結論は、生き残ったことに意味なんてない」
ミウははっきりと言い切った。
「私が生き残ったのは単に運が良かったから。それ以上でもそれ以下でもない。だから意味を持たせようと思ったの。私が生き続けてアイドルを続けたら、私を生かしてくれたミカや助けられなかったミズキ、見捨ててしまった観光課や観客のみんなの死に少しでも意味ができるんじゃないかって思った。だから私はアイドルを続けるの。それに生きることってつらくて悲しいだけじゃないと思う。楽しい事だってあっていいはず」
ミウは勢いよく立ち上がり、鈍色の空に向かって三本指を突き立てた。そして声のトーンを一段あげる。
「ラッキーなことにっ、ミウの歌にはみんなを惹きつける不思議な力があったのっ! だから私は楽しく歌って踊ってアイドルを続けているんだよっ。答えになったかなっ?」
「……ああ。十分伝わったよ。なんかありがとう」
「ううん。私もちょっと人に話したかったんだ」
「そうなの?」
「nap3のメンバーはみんないい人だけど、やっぱり私の原点はサンミーなわけで。新しいグループに入るのってちょっと後ろめたかったんだ。だから望君に思い出話ができて良かったよ」
「思い出か」
「そう思い出っ。今の私はnap3のミウだからっ」
「やっぱりミウはすごいな」
「でしょー。それじゃあ、練習再開だねっ。私は振り付けを整理するから夕方の合わせを楽しみにしててっ」
「俺も個室で練習するよ。じゃあ、また後で」
望は本気で頑張ろうと気合いを入れ直し、練習部屋に向かった。