第84話 小さな火(上)
目が覚めると白い天井が見えた。
上半身を起こそうとしたが、力がはいらず頭が少しだけ枕から浮いたにすぎなかった。
首を右へ傾けると、ベッドに横たわる堀田さんが視界に入ってきた。
どうして堀田さんが寝てるの?
ここ、どこだろう?
堀田さんの寝顔を横から眺めていると、長いまつ毛がふるふると揺れていた。
夢でも見ているのだろうか。
あれ?
そういえば、ボク、ストーナン先生の家にいたんじゃなかたっけ?
そうだ!
なにかを飲まされて気を失ったんだ!
少し頭が重いのも、きっとそのせいだろう。
だけど、どうして違う場所にいるんだろう?
疑問が浮かんだときドアが開くと、白衣を着た熊のような大男が部屋に入ってきた。
「目が覚めたようだね、苦無君。ここは病院だよ。私が医院長の当山だ。お父さんから、君のことを頼まれている」
「え? 父さん?」
なぜそこで父さんが出てくるんだろうか。ボクは挨拶も忘れそう尋ねていた。
堀田さんがここにいることも、父さんのことも、分からないことだらけだ。
「ボクたちは、どうしてここにいるんですか?」
「君のご家族が連れてきたんだよ」
「なぜ、そんなことに?」
「それは聞かされてないんだ。ご家族を呼んでもいいかな?」
先生がそこまで行った時、堀田さんが声を上げた。
「うう……ん?」
目を覚ました堀田さんが、ゆっくり上半身を起こす。
「えっ、ここどこ? きゃっ! く、苦無君!?」
ボクを目にした彼女は、自分に掛けられていた毛布をつかみ、それを頭から被った。
「苦無君のご家族が、君をここに連れてきてくれたんだよ」
そんな堀田さんに話しかける先生の声は、温かく包みこむようだった。
「く、苦無君のご家族?」
毛布を少し下げ、顔の上半分だけ出した堀田さんは、目を丸くしていた。
そういえば、倉敷に旅行した時、彼女はウチの家族と会ったんだっけ。
「先生、ケイトって子のこと知りませんか?」
堀田さんの口から、なぜかケイトさんの名前が出た。
「ああ、彼女も苦無君のご家族と一緒だったよ」
「そ、そうですか。よかった、無事だったんだ……」
彼女は心底ほっとしたという口調でそう言うと、両手で顔を覆った。
肩が震えているから、泣いているのかもしれない。
コンコン
ノックの音がする。
「どうぞ入って」
先生の声で姉さんとケイトさんが部屋に入ってきた。その後ろには父さんと母さんもいる。
「苦無、具合はどうだ?」
「うん、少し頭が重いくらい。他はなんともないよ」
「ぴょんちゃん! よかった! 目が覚めたのね!」
「ケイト、恥ずかしいからその呼び方はやめて!」
「苦無、二人に感謝なさい。ケイトさんもぴょんちゃんも、あなたを助けにあそこへ行ったのよ」
「あそこって、先生の所? 姉さん、じゃあ、堀田さんが寝ていたのは――」
「そう、あなたを助けようとして、ストーナンとかいう男にスタンガンで撃たれたの」
「えっ! 堀田さん、大丈夫なの?」
「はい、苦無君。私は大丈夫ですよ」
「苦無、ひかるの言うとおり、今度のことでは堀田さんとケイトさんに助けてもらったんだよ。あんた、きちんとお礼をするんだよ」
「母さん、分かってるよ。堀田さん、ケイトさん、ありがとう」
「い、いえ、そんな……」
「お礼なんか。アイツをやっつけたのは、ひかるさんじゃないですか」
「え? 姉さんが、先生をやっつけたの?」
「まあね、あんたたちの代わりに散々あそこ蹴ってやったからね」
姉さん、どこ蹴ったんだろう。
ボクを救おうとした堀田さんとケイトさん、それからウチの家族には感謝だね。




