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第80話 儀式


 ストーナン青年が口にする祝詞のりとのようにも聞こえる言葉は、日本語でも、ましてや英語でもなかった。

 彼は黒い御影石の上に横たわる苦無少年の顔を見下ろす位置に立ち、その手は忙しく動き様々な形の印を結んでいる。

 部屋のあちこちに置かれた大小の蝋燭ろうそくが風もないのにゆらゆらと揺れ、黒い壁に幾重にも映った青年の影が陽炎かげろうのようにまたたいた。


 一心腐乱に儀式をおこなうストーナンの姿を、ケイトはどこかぼうっとした表情で眺めていたが、それは彼の術式に見る者を虜にする術式が混ざっていたからだ。

 堀田は、目を床に伏せ唇を噛んでいた。この屋敷に入る時、壁を跳びこえるためつかった異能により、彼女の体調はまだ十分なものではなかった。

 それでも彼女が儀式に魅入られてないのは、袖口に忍ばせていた太い針で手の甲を刺しつらぬいていたからだ。

 彼女は「婚約相手」であるストーナン青年について、姉の凛子りんこからレクチャーを受けたことがあった。彼が【魅了】の術式を得意とすると知っていたのはそのためだ。

 

 堀田はチラリとケイトの方を見て、彼女が術に囚われてしまったことを確認すると、じりじりと前へ進み始めた。

 手首を手錠で拘束されているので、大したことはできないだろうが、せめてもう一度くらい儀式の邪魔をできるかもしれない。それに、儀式が終われば無事に帰すというストーナンの言葉など、露ほども信じていなかった。

 おそらくチャンスは一度だけだろう。 


 ストーナン青年の詠唱が、次第に大きくなる。

 儀式は佳境に入ったようだ。

 彼は身をかがめ、深紅の目が描かれた自分の額を苦無の顔へと近づけた。

 

 今だ!

 思いさだめた堀田が、前へ跳びだす。

 彼女は苦無が横たわる御影石の横を駆けぬけ、ストーナンに体あたりしようとした。


 しかし、その動きは完全に読まれていた。

 白いローブがひるがえると、ストーナンの右手には黒い銃が再び現れ、彼はためらわずひき金を引いた。

 

 バシュッ!


 銃から発射されたのは針のついた電極で、それが体に刺さることで電流が流れる。海外の警察でも採用されている『テイザーガン』と呼ばれるタイプのスタンガンだ。

 左肩にその針が刺さった少女は、声も無く崩れおちた。


「よくも邪魔してくれたね! だけど残念! 儀式は成功だよ。後は彼の【力】をボクに移すだけだ。あははははは!」


 ストーナン青年から掛けられた言葉は少女に届かなかったろう。堀田は完全に意識を失い、ぴくりとも動かなかった。

 青年は右手に銃を持ったまま、自分の顔を苦無に近づけた。

 目を輝かせ上気したストーナンの顔は、まるで愛する人に口づけしようとするかのようだった。

 少女が起した騒動で【魅了】が弱まったのか、ケイトの顔に感情が戻ってくる。そこにあるのは深い絶望だった。


 青年の額と苦無少年の額とが触れるまさにその瞬間、なぜかストーナンの動きがピタリと止まった。




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