第72話 幼馴染
昼休みになり教室に戻ってきた堀田を見て、ケイトは驚いた。
幼馴染の少女は、彼女が一度も見たことがない顔をしていた。
まるで魂が抜けおちたような表情だった。
泣いたのか、目の周りを赤くした彼女は、いつも掛けている黒縁の眼鏡をしていないことも忘れているようだ。
おだんご頭だけでは隠しきれない彼女の美しさを目にしたクラスメートたち、特に男子がざわついている。
「なあ、あれ、ホントにオダンゴちゃんか?」
「多分……そうだろう。
だって、あの机はオダンゴちゃんのだろう?」
「うーん、髪型は確かにそうなんだけどなあ……」
そのとき――
バシン!
立ちあがったケイトが机を強く叩いたので、ひそひそ話をしていた男子たちがびくっと肩をすくめる。
「私、下世話な話なんて大っ嫌い!」
いつもはお淑やかで、たどたどしい日本語を話していた美少女の豹変に、クラス全員が目を丸くする。
美しいからこそ、怒りを浮かべた顔には凄みがある。
そんな金髪の美少女と目を合わせた男子たちは、いずれもぱっと視線をそらした。
「ちょっと来なさい」
ケイトは堀田の腕を取り、彼女を無理やり立たせると教室から出ていった。
◇
生徒が入れないよう施錠してあるはずの屋上に、二人の姿があった。
台風が近づいているせいか、吹く風が強い。
そのため少女たちのスカートがはためいたが、どちらもそれを気にしてはいなかった。
「なにがあったの?」
ケイトは強い口調でそう言ったが、堀田は黙ったままだった。
「苦無君、どうして教室に帰ってこなかったの?」
苦無の名に一瞬顔を上げかけた堀田だが、再びうつむいたあとぴくりとも動こうとしない。
バシン
「しっかりなさい!」
ケイトが平手で堀田の頬を叩くと、彼女はよろめいた後、うずくまってしまった。
「あんたホントにどうしちゃったのよ!」
膝を抱えるような姿勢でうずくまる堀田は、唇をかみしめたままなにも言おうとしない。
明らかに泣き顔なのに、彼女の頬を流れる涙はなかった。
「苦無君と何があったの?
ウイリアムがなにかしたんでしょ?
ねえ、はっきり言いなさいよ!」
丸くなった堀田の背中をケイトが抱き抱える。
「ねえ、なんとか言いなさい……」
涙声になったケイトが、自分の顔を堀田の背中に押しつける。
「も……だめ……なに……終わ……」
風に吹きとばされた小声の断片が、ケイトの耳に届いた。
「なにが終わったの?
はっきり言いなさいよ!」
「お役目のこと、苦無君に言っちゃったの」
顔をあげた堀田は苦しそうな表情で、そう言った。
「お役目って、あんた、自分が苦無君を見張ってるってバラしたの?」
「うん、ごめん。
あんたのことも言っちゃった」
「な、なんてこと……」
ケイトが言葉を失う。
「あんたも苦無君のことが好きなんでしょ?」
堀田の目がケイトのそれをのぞきこむ。
ケイトは、幼い頃、彼女がそういう目で自分を見ていたことを想いだした。
「わ、私は仕事で……やっぱり、もういいわ。
苦無君が知ったなら任務は失敗ね。
ええ、あんたの言うとおりよ。
私は苦無君が好き」
「ごめんなさい」
「謝らないで!
それより、苦無君はあんたや私のこと嫌いになったって言ったの?」
「……」
「言ってないんでしょ?」
「でも、きっと――」
「バカッ!
あんた、苦無君のことが信じられないの?
本当のこと言ったんなら、もう謝るしかないじゃない!」
「でも、きっともう――」
「話してくれない?
しょうがないじゃない!
あんたも私もそれだけのことしたんだから」
「ごめ――」
「私に謝るな!
苦無君に会って、今までのこときちんと謝るのよ!
私と一緒にね!」
「ケ、ケイちゃん……」
幼い頃の呼び方で友人の名を口にすると、堀田はケイトの胸に顔を埋めた。
強くなった風が少女の号泣とあふれ出した涙を空へ運んでいった。




