第67話 プールサイドで(下)
泳ぎ疲れたボクたちは、三人並んでプールサイドの寝椅子に横たわり、くつろいでいた。
ロンドンやエディンバラの話で盛りあがっていると、声を掛けられた。
「ねえ、君たち、一緒に泳がないかい?」
そこに立っていたのは、水着の上にアロハシャツを羽織った、白人の青年だった。
背が高く、広げたシャツからまっ白い胸元がのぞいている。そこには銀色のブレスレットが光っており、梅干しくらいのドクロがぶらさがっていた。
笑顔だから見える、歯が異様に白い。
彼がサングラスを外し、そこだけ笑っていない青い目が現れたとき、なぜか背筋をぞくりと冷たいものが走った。
ケイトさんが早口の英語でなにか言ったけど、それはかなり不愛想に聞こえた。
「いいじゃないか、少しの時間ぐらい。
君たち日本の中学生は、今、夏休みだろう?」
ボクの方をじっと見た青年が、そう話しかけてくる。
彼からは違和感を感じていたが、その一つが妙に流暢な日本語だと、やっと気づいた。
「苦無君、こいつと話しちゃだめよ!」
ケイトさんが寝椅子から立ちあがり、ボクと青年の間で両手を広げる。
「おや、ケイト嬢は、僕が彼と話すのがお気に召さないらしい」
どういうことだろう?
この人、ケイトさんのことを知ってる?
それとも、さっきケイトさんが英語で話したとき自己紹介したのかな?
青年は、視線をケイトさんから堀田さんに向けるとこう言った。
「おや、イノウの姫君ではないですか?
こんなところで、何をなさっているのです?」
イノウ? そういえば、以前にも誰かが堀田さんをそう呼んだ気がする。
「どうして、あなたがここに?」
堀田さんの顔が青くなりぶるぶる震えている。
「僕がここにいてはいけませんか?
フィアンセに対して、それはちょっと薄情じゃないんでしょうか」
フィアンセ!? 許嫁ってこと? この人が堀田さんの?
なんだか、もやもやしたものが、胸に湧いてくる。
それは軽い目まいと、吐き気まで引きおこした。
「おや、君、なんだか具合が悪そうですね?
僕が医務室まで連れていってさしあげましょう」
青年の滑らかな指が、ボクの手に絡まる。
彼の五本の指には、古めかしい指輪が並んでいた。
それに触れゾクリとしたボクは、彼の手を振りはらった。
「苦無君に触るな!」
堀田さんは、そう叫ぶと青年の胸を平手で突いた。
そのため、青年は、ニ三歩後ろへ下がった。
「ほう、あなたが先に手をだしたのですよ」
青年は唇だけで笑うと、大股で堀田さんに近づき、その肩を横から払った。
小柄な堀田さんは、それだけでプールの中へ落ちてしまった。
「きゃっ!」
一度全身が沈んだ堀田さんが、水面に顔を出す。
「堀田さん!」
慌ててプールに駆けより、手を伸ばす。
堀田さんは、一度ボクの手を取ろうとしたが、なぜかうつむいてしまった。
なにかを堪えるように、下唇をぎゅっと噛んでいる。
それを見下すように青年がなにか早口で言った。
「なによ、あんた!
いい加減にしなさい!」
ケイトさんが、なぜか手を広げ、腕を青年の方へ伸ばす。
それを見た青年が、早口で何かを言った。
彼から《《なにか》》が放射され、その圧力で思わず目を閉じる。
「くっ!」
嵐のように吹きあれたその力は、すぐに収まった。
目を開けると、それまでのことが夢だったように青年の姿が消えていた。
「堀田さん、ほら」
水の中でうなだれている堀田さんに手を伸ばす。
彼女はボクの手を取り、プールから上がってきた。
その体が震えているのは、水の冷たさのためとは思えなかった。
「ほら!
しゃきっとしなさい!」
ケイトさんが、そう言いながら、自分のビーチタオルを堀田さんの肩にかける。
「苦無君、私たち着替えるから、外で待っててくれる?」
堀田さんの肩を抱き連れていくケイトさんを見送ると、自分が使っていた寝椅子に何か置いてあるのに気づいた。
じゃらりと鳴ったそれは、かなり重い、銀のブレスレットだった。
銀のドクロがその目でボクを見つめているような気がした。




