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第65話 夏の終わりに

 イギリスから帰ってくると、夏休みは後三日しか残っていなかった。

 宿題は旅行前に済ませておいたのけど、向こうにいる間せわしなかったせいか、もう少しゆっくり休みたかったという気持ちがある。

 そんなとき、ケイトさんから電話があった。


『苦無君、明日はなにか予定ある?』


「ええと、大した予定はないよ」


『じゃあ、会えないかな?

 この前のお礼もしたいし……』

 

「え、お礼? 

 そんなの気にしなくていいよ」


『お願い、そうしてもらわないと、私、自分が許せないの』


「わ、分かった。

 どこに行けばいいの?」


 こうして、ボクはケイトさんと会うことになった。


 ◇


 ケイトさんから教わった場所は、六本木ヒルズから近い大きなホテルだった。

 九階にあるロビーは豪華という感じではないが、かけてある絵画や花瓶に生けられた白い花が落ちついた雰囲気で、いかにも高級ホテルっていう感じだった。 


 カウンターの中にいるおじさんと目が合うと、彼はわざわざそこから出てきて話しかけてきた。


「ようこそいらっしゃいした。

 ご宿泊でしょうか?」


 ボクはデイパックを背負い、Tシャツにジーンズ、スニーカーという格好だけど、おじさんの態度はとても丁寧だった。

 ボクは、この服装で来たことを後悔した。

 ひかる姉さんにどんな服装がいいか尋ねたかったけど、宿題の追いこみがあるとかで、ずっと部屋から出てこなかったんだ。


「ええと、ここで待ちあわせしてるのですが……」


「お相手のお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」


「ケイトさんです」


「ケイト=ブリッジスさんですね?

 あちら奥のレストランでお待ちです」


 すぐに答えたおじさんは、レストランの入り口まで案内してくれた。


「ありがとう」


「こちらです。

 ごゆっくりなさってください」


 エディンバラのお城のようなホテルのことを思いだした。

 どうやら、一流ホテルって、ボクなんかでも子供扱いしないらしい。

 広いレストランの片隅、窓際に置かれた四人掛けのテーブル席に、ひとり座っているのは赤いドレスを着たケイトさんだった。

 バラのような深い赤色のドレスを着てるせいか、彼女はいつもより大人びて見えた。


「待たせた?

 遅くなってごめん」


 ボクの方を振りむいたケイトさんは、ぱっと笑った。

 それは本当にバラの花が咲いたようだった。


「苦無君……今日は来てくれてありがとう!

 って、なんであんたがいるのよ!」


 人の気配がして振りかえると、そこには堀田さんが立っていた。

 頭はおダンゴにしていて、黒縁の眼鏡もかけているけど、服は空色のドレスでフォーマルなものだった。

 彼女は、胸を押さえ息を整えているようだった。


「ふ、ふうー、間にあったー。

 あんた、なに一人で抜けがけしようとしてんのよ!」


 堀田さんはそう言うと、ボクの隣に座った。

 

「いいこと、今日は私と苦無君二人だけのデートよ!

 なんで、あんたがしゃしゃり出てきてるのよ!」


「あんたと苦無君、二人でホテルに行くなんて許せるわけないじゃない!」


「なに言ってんの、このオタマジャクシ!

 苦無君と二人きりでホテルに泊まったって、あんたがさんざん自慢したんじゃない!」


「そうよ、私と苦無君は、そんな特別な関係。

 あんたの出る幕はないの、ふふ」


「なにが特別な関係よ!

 どうせ苦無君はソファーで寝たんでしょ?」


「さ、さあ、それはどうかな~(ひゅうひゅう)」


「あんた昔から口笛吹けなかったよね。

 口笛はこうするのよ、ぴゅーぴゅー」


 この辺まで来ると、さすがに他のお客さんたちがざわつきだす。


「あの、お客様、他のお客様のご迷惑になっております」


 いつの間にかテーブルの横に立っていた、小柄な銀髪のおじさんが、丁寧な口調でそう言った。

 

「あわわわわ……」

「あ、ごめんなさい」


 堀田さんとケイトさんがぴょんと立ちあがり、おじさんに頭を下げる。

 それを見たおじさんはボクと視線を合わせ、うなずくと去っていった。


「ところでケイトさん、どうしてホテルなのに水着の用意をしろって言ったの?」


 二人が再び席に座ると、ボクはここに来るまでに浮かんだ疑問をケイトさんにぶつけてみた。 


「このホテル、プールがあるんです。

 二人で・・・泳ぎましょう」

 

「くっ、水着……持ってない」

 

 堀田さんからそんな声が聞こえてくる。彼女の顔は、すごく悔しそうだった。

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