第61話 報い(中)
◇ ― 堀田 ―
ケイトの所へ駆けつけようとした私には、彼女と佐藤君の上に斜面の枯れ木がゆっくりと傾き落ちていくのが見えた。
このままでは、間に合わない!
「ケイトから離れろっ!」
私の声に、佐藤君がちらりとこちらを見た。彼は、すぐにまたケイトの方を向いたが、ほんのわずかに稼いだ時間で、一本の倒木が彼の頭上に落ちた。
それと同時にケイトを突きとばした私は、倒れた自分が木につぶされていないのを不思議に思う間もなく、幾重にも重なった木々がこちらに倒れてくるのを目にした。
イチかバチか、あれをやるしかない!
私は手を合わせ、練習ではまだ数回しか成功していない無詠唱での変化を試みた。
ゴゴゴゴーン
倒木が地面とぶつかる衝撃で地面が揺れる。
周囲に土煙が舞う。
「ぺっ、ぺっ。
口に入っちゃった!
ちょ、ちょっと、あんた、平気なの!?」
ケイトの声が近づいてくる。
「な、なによ、あんた、その姿!」
彼女は、そんなことを言いながら、変化して小さくなった私を手のひらに載せた。
「服とカバン、下着に、靴か。
これで全部ね」
ケイトは、私を手に載せたまま、もう片方の手で私の服装を持つと、素早い動きで近くの木陰に駆けこんだ。
私と荷物を地面に降ろすと、彼女はまだ収まらない土埃の方へ戻っていった。
変化を解いた全裸の私は、急いで下着と服を身に着ける。
靴を履いていると、ケイトが苦無君を連れ帰ってきた。
気を失ったままの彼は、青い光につつまれ、横になった姿勢で地面から少し上をすべるようにこちらにやってくる。
ケイトが片方の手で苦無君のベルトをつかみ、引っぱっている。
「【浮遊】ね?」
私が言うと、ケイトが得意げに小鼻をふくらませた。
「よく覚えてたわね。
昔、一度見せただけのはずだけど。
それより、あいつがまた襲ってくるかもしれないから逃げるわよ!」
「苦無君は、どうするの?」
「あんたの術で血は止まってるみたいだから、このまま連れていくわよ」
ケイトは、宙に浮いた苦無君を心配そうおに見おろした。
「あんた、魔力は大丈夫なの?」
「ふん、私を誰だと思ってるの?
魔術の天才、ケイト=ブリッジスよ!」
「ばっかみたい。
だけど、ここから逃げなくちゃいけないのは確かね」
苦無君が動けない今、佐藤君がもう一度襲ってきたら、防ぎようがない。
「さあ、ぐずぐずしないで!
急ぐわよ!」
「命令するんじゃないわよ、この蜘蛛女!」
「なによ、オタマジャクシ!」
「なっ!
なによそれ!」
「あんた、さっきオタマに変身してたじゃない!」
どうやら、変化の術は、中途半端なものだったらしい。
「……気のせいよ!
さあ、急ぐわよ!
苦無君は、私が引っぱるから!」
「ちょっと、私のダーリンに触らないでよ!」
「誰があんたのダーリンよ!」
私とケイトは、口喧嘩しながら苦無君を連れ、木々の間を歩きはじめた。




