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第50話 グレイシャー邸へ

 ボクは縦じまのワイシャツにジーンズという格好でデイパックを背負い、堀田さんは空色のTシャツの上に薄手の青いパーカーを羽織り、肩から斜めに布製のバッグを下げている。

 ホテルの外は、朝だということもあるのか、昨日到着した時の暑さと打ってかわり、肌寒いほどだった。

 

「グレイシャー邸は、ここから車で三四十分というところです」


「電車の駅はないの?」


「あるにはあるのですが、そこからでも車でニ十分はかかるので、いっそここからタクシーに乗った方がいいでしょう」


「じゃあ、そうしようか」


 ホテル前に停まっているタクシーに乗りこむ。

 今日は、前の座席ではなく後ろだった。

 ゆったりしたシートはボクには広すぎて、少し居心地が悪かった。

 隣に座った堀田さんは、流ちょうな英語で運転手さんと話している。

 地図を指さしているから、目的地を知らせているのだろう。

 鼻が大きな白人の運転手さんは、カーナビを設定すると車を出した。

 

 ◇


 ケイトは固いベッドに座り、高いところにある小窓を通し、流れては消える雲を見つめていた。 

 殺風景な部屋は六畳ほどしかなく、石の壁と床がむき出しだった。

 ここは彼女にとって懐かしくもあり、憎んでもいる場所だった。

 幼いころ、母親と一緒にここに閉じこめられたことがあるのだ。

 物心ついてからの出来事だったので、彼女にはまだはっきりその頃の記憶が残っていた。

 母が若くして亡くなったのは、あのときの監禁が原因だと、思わずにはいられなかった。


 帰国後、彼女の母はケイトをもう一度日本に住まわせたいと思っていたが、魔術の才能があると分かった孫を祖父であるブリッジス卿が手放すはずがなかった。

 この塔に閉じこめられたのは、母が祖父に逆らったことが原因だ。ケイトは、そう確信している。

 そして、ケイトまでも塔に閉じこめたことで、母は自責の念に駆られることになった。元々精神の細かった彼女にとって、それがどれほど負担になったか。

 祖父に対するぬぐいがたい不信が、おりのように心の底にたまっていった。


 日本にいたころ、まだ無垢な自分が心許した友達。

 その少女との再会は、嬉しくもあり、また困惑もするものだった。

 二人の目的が、同じ少年にあったからだ。 

 切田苦無。

 どう見ても自分のタイプではなかった少年は、いつの間にか彼女の心から離れなくなった。

 あの澄んだ瞳で見つめられると、目的を隠して彼に近づいた自分の汚れが浄化されていくようだった。

 そして、彼女の幼馴染である黒髪の少女もまた、少年を憎からず思っていることは明白だった。


 祖父の命令で日本を離れる前、電話を通して彼と交わした短い言葉。

 今の彼女にとっては、それが唯一の救いだった。

 けれど、それだからこそ、なお絶望が募るのだ。

 日本の一中学生が、知りあってほんの数日にしかならない彼女を追って、こんな地の果てまで来るなど、到底思えなかった。

 

 小さな窓に切りとられた青空を二羽の鳥が横ぎるのを見て、ケイトは目を閉じ力なくベッドに横たわった。

 






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