第46話 ロンドン散歩
ロンドン到着翌朝、ボクは家族と一緒に街を歩いている。
夜の間に雨が降ったのか、路面は濡れていた。
湿った路面から立ちのぼる街の匂いで、ここがイギリスだという実感が湧いてくる。
「へえ、ここがあの有名なピカデリーサーカスね!」
「姉さん、ピカなんとかって、なに?」
「苦無、あんたちょっとは常識をわきまえなさい。
ジェントルマンになれないわよ。
十八世紀頃にはね、この広場でサーカスをしてたのよ」
「ひかる、イギリスに来て嬉しいのは分かるけど、苦無にいい加減なこと教えるんじゃないよ!」
お昼過ぎには、ボク一人だけスコットランド行きの電車に乗ることになっている。
ああ、一人じゃなかったね、堀田さんが一緒だった。
日本にいたとき、彼女がイギリスに着けば案内役がいるって言ってたけど、それは彼女自身だったらしい。
だけど、もしかすると、父さんたちも一緒に来てくれるかと思ってたんだけど、自分たちの「新婚旅行」で忙しいから二人で行きなさい、だって。
両親の仲がいいのはいいけど、家でもボクやひかるねえさんが見てないと、イチャイチャしてるって知ってるんだ。
こちらは健全な青少年なんだから、ほどほどにしてほしいかな。
とにかく、堀田さんと二人だけでケイトが住むスコットランドまで行かなくちゃいけない。
「ほら、苦無、あれ見てごらん、噴水のところ!
鳥の銅像があるよ」
「あれは天使のはずだよ」
「あ、父さん、そうよ、知ってたわ。
天使、天使、あはははは!」
「調子のいい子だよ、まったく。
ひかる、あんた、堀田さんの前で恥ずかしくないのかい?」
「えー?
堀田ちゃんは、私の味方よねー!」
姉さんが後ろから堀田さんに抱きつく。
「あわわわわ!」
「姉さん、やめてあげて!
堀田さんが困ってるでしょ!」
強い口調でボクが言うと、姉さんは堀田さんが悲鳴を上げるのもかまわず、彼女の全身を荒っぽく撫でまわした。
堀田さんの白いワンピースがしわくちゃになる。
「いいじゃない!
同じホテルに泊まった仲だもん!」
「馬鹿な子だよ、ホント!
苦無、あんたはマネするんじゃないよ!」
「母さん、それひっどーい!」
「堀田さん、少し早めにキングス・クロス駅まで行こうか?」
姉さんから堀田さんを助けるため、そんなことを言ってみる。
その駅からは、スコットランド行きの列車が出ている。
「あわわわ、そ、そうしましょう!」
姉さんが、やっと堀田さんを放してくれた。
「仕方ないわね、結婚式ではあんたの分までがんばるからね。
堀田ちゃんをきちんとエスコートするのよ!」
なんで姉さんが結婚式でがんばらなくちゃいけないのか分からないけど、なにかあったら堀田さんはボクが守らなくちゃ。
「分かってる。
姉さん、父さん母さんをお願いするね」
「ええ、もちろ――」
「苦無、あんたお願いする相手を間違ってるよ。
私たちがひかるのお世話をしなくちゃいけないんだからね」
「あー!
そんなこと言うんなら、すっごく高い服を買ってもらうんだから!」
「やれやれ、苦無、もう行きなさい。
姉さんと母さんは、父さんに任せとけばいい」
「うん、じゃあ行ってくるね!」
ボクは堀田さんと手を繋ぎ、宿泊先のホテルへ向かった。
荷物の用意をして駅へ向かうためだ。
「苦無君、怒っていますか?」
横を歩く堀田さんから、おどおどした声が聞こえる。
「なんで怒ると思うの?」
「だって、私、こっちに来るって言わなかったし……」
「気にしないで。
知らない人より、堀田さんの方がずっと頼りになるよ」
「ひゃうー……」
堀田さん、なんだか笛が鳴るような声を出してるね。
だけど、スコットランドか。
いったいどんなころだろう。
ケイトさんは無事だろうか。
「堀田さん、急ごうか」
ボクは、見えてきたホテルへ向け足を速めた。




