第44話 イギリス到着
「うわー!
ここがイギリスかー!
なんか、女王様の国って感じだよね!」
「ひかる、あんた、また適当なこと言って。
ここではやめてちょうだい。
なんか、世界に恥をさらしてる気がするから」
パスポートコントロールを終え通路を抜けると、到着した人たちを出迎える人が立ちならんでいた。
白人が多いけど、肌の色が違う人がたくさんいる。
イギリスって、思っていたより、いろんな人種が住んでるんだね。
そういえば、空港に着いたらケイトさんの家がどこかわかるようにしてくれるって言ってたけど、あれって誰か案内役がいるってことかな?
出迎えの人々の中には、名前を書いた画用紙のようなものを掲げている人もいたが、そこにボクの名前はなかった。
急に不安がこみ上げてきたが、隣から聞こえてきたひかるねえさんと母さんの能天気なやりとりで、少しそれが紛れたかもしれない。
「ホント、ラッキーだよね!
ダブルブッキングとかで、ファーストクラスで旅行できるなんて!
私、もう普通の座席じゃ我慢できないかも」
「あははは、今回はついてたわね。
だけど、いつもこうはいかないわよ。
ひかる、あんたファーストクラス料金がいくらするか知らないでしょ?」
「少し高いくらいなによ!
あんなに快適なら――」
「百万円以上余分にかかってもかい?」
「ひゃ、百万円……嘘でしょ?
母さん、それホント?」
「ああ、そのくらいはするよ」
「あちゃー、そうかー、百万円かーって、なにそれ!
いくらなんでも高すぎるでしょ!」
「私に怒鳴らないでおくれ。
それはそうと、苦無、あんた迎えの人がいるかもって言ってなかったかい?」
「う、うん、そうなんだけど……」
「とにかく、まずはホテルに落ちつこうか」
父さんがそう言ったとき、ボクの手を誰かが握った。
「え、だれ?」
小柄なその女性は、サングラスをかけ、頭に花柄のスカーフを巻いている。
そういえば、こんな感じの人が、飛行機でボクの座席の後ろにいたような気がする。
「あ、あのー」
「あれ?
堀田さん、君、どうしてこんなところに?」
ボクより先に父さんが気づいたようだ。
「ホントに堀田さん?」
ボクがそう尋ねると、彼女はスカーフとサングラスを取った。
「やっぱり、堀田さんだ!
どうしてこんなところにいるの?」
「あわわわ、ええと、ええと――」
「苦無、この子だれ?
あんたの彼女?」
「かかかか、彼女……」
堀田さんの顔がすごく赤くなる。そして、彼女は、ふらりと倒れかけた。
手をにぎっていたボクは、彼女が床に頭をぶつけないよう、その背中に回って抱える。
「乗りもの酔いだろう。
苦無、あそこに椅子があるから、座らせてあげなさい」
父さんが両手で堀田さんを抱えあげる。
お姫様だっこされた彼女は目を半分とじ、ぼうっとしている。
母さんは、ペットボトルの水でタオルをしめらせると、背もたれのある椅子に座らせた堀田さんの顔を拭いてあげている。
「あ、わ、わたし……」
意識がはっきりしたのか、堀田さんの目に光が戻った。
「堀田さん、大丈夫?
具合は悪くない?」
「あっ!
く、苦無君!
だ、大丈夫です!」
堀田さんが、ピンと背筋を伸ばした。
「あなたが堀田さんね。
苦無から話は聞いてるわ。
ただの乗りもの酔いならいいんだけど、具合が悪ければ言うのよ。
空港にはお医者さんもいるはずだから」
「あ、あの……」
「私は苦無の母親。
こっちが姉のひかるよ」
「あわわわ、お、お、お母様!?
それに、ひかるさん!?」
「うん、大丈夫そうだね、君、お迎えの方はいないのかい?」
指先で堀田さんの手首に触れていた父さんが、厳しい表情をゆるめた。
「わ、私は一人で大丈夫です。
ホテルも取ってあります」
「そうかい?
でも、それじゃ心配だ。
ホテルはどこだい?
私たちが送っていってあげるよ」
「お父様、ありがとうございます。
ホテルはリットホテルです」
「あ、それ、私たちと同じじゃない?」
「え、えっと、そうなんですか?」
「それじゃあ心配いらないな。
ホテルに連絡して、医者の手配をしてもらおう」
「あ、お父様、私、本当にもう大丈夫です!」
「まあ、ここは大人の言うことを聞いておきなさい。
苦無、ホテルまではお前がしっかりエスコートするんだぞ」
「うん、分かってるよ、父さん」
ボクたちの家族に堀田さんを加えた五人は、外国っぽい黒いタクシーに乗り、ホテルへ向かった。




