第3話 キレッキレお父さん
郊外にある、小さな教材会社に勤める私は、その不器用さもあって会社に迷惑をかけることが少なくない。
今日も、教材を送付した学習塾から、苦情の電話が舞いこんだ。届いた教材の数が合わないというのだ。
確認してみると、確かに版元に注文した数と、受注書に記入された数が合っていない。
「切田君ねえ、どうして君、いつもいつもそうなの?
その年で、こんなミスするってナイよね。
いったい、何年この仕事してんの。
それにさあ、……」
私より一回り以上若い上司の口調は丁寧だが、内容は叱責だ。この上司はネチネチと長時間叱るのを生きがいにしているとしか思えない。
呼吸を整え、感情が波立たないようにする。
そうしないと《《あれ》》が来てしまうからだ。
なんとかその場をしのぎ、その学習塾まで不足分の教材を持っていく。
ここでも私より一回りは若そうな経営者の女性に頭を下げ、ぐちぐちと嫌味を聞かされる。
再び呼吸法で気持ちを整える。
曇天模様の下、梅雨の湿気で、汗に濡れたシャツが体にへばりつく。
高まる不快感を振りきり、最寄りの駅を目ざす。
地下鉄のホームに着くと、事故があったのか、「次の電車まで十五分」と表示されている。
座りこみたいところを我慢して、列に並ぶ。
やっと電車がホームに入ってくる。
誰かに横から強く押され、転びそうになる。
「オヤジ、すんごい邪魔!」
「「ギャハハハ!」」
まるで抽象芸術のオブジェのように、不思議な形に髪を結んだ女子高生が三人、私にぶつかってきたらしい。
彼女らは、並んだ人々を押しのけ、到着した電車に駆けこんだ。
空席にペラペラのカバンを並べると、友人でも見つけたのか、三人並んで客車の中を歩きだす。
やばい!
このままだと、あれが来る!
バン、バン、バン
三つ並んだカバンを床へ叩き落とし、そこへ座る。
うん、気分スッキリ。
なんとか、最悪の事態は免れたようだ。
「ちょっと!
なんでアタイのカバンが落ちてんだよ!」
「オヤジ、おめえがやったのか!?」
「ナメんじゃねえぞ!」
戻って来た三人が私に突っかかってくる。
おい、やめろ!
このままだと……。
「どうせ会社じゃ、ぺこぺこするしか能がねえオヤジだぜ、こいつ!」
私を指さし、馬鹿にするような口調で吐きだされた女子高生の言葉が、《《それ》》を引きおこしてしまった。
プツン
頭の中で、何かが切れる音がする。
しょうがない。せめて被害を最小限に抑えよう。
私は、こちらを睨みつけている女子高生三人をまじまじと見かえした。
「ゲッ!
このオヤジ、変な目でこっち見て……ぐはっ!」
「ちょっと、マキ、どうしたん……ぐふっ!」
「二人とも、どうし……ぶふぉっ!」
三人が鼻と口を押さえ、しゃがみ込む。
目から涙、鼻から鼻水、口からよだれを垂れながし、うめき声をあげている。
「「「ふ、ふふぁい……」」」(く、くさい……)
少女たちから漂う悪臭に、乗客が嫌悪感まるだしで彼女たちを見おろしている。
電車が停まると、私は目的の駅でもないのに慌てて降りた。
次の電車が来るまでに、呼吸を整えておこう。
【臭撃】
切田家の父ひろしが持つ異能。特定人物の特定部位に悪臭を付与することができる。発動条件は強い感情の発露。
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