第19話 図書館デート(上)
夏休みを直前に控え、クラスのみんなは浮ついていた。
いや、原因はそれだけではないかもしれない。ケイトさんという転校生がいることで、みんながいつも以上に興奮しているように感じられた。
「ケイト、夏休み一緒に遊ぼうよ!」
「そうだよ!
私、プールの無料券いっぱいもらったんだ!
一緒に行こうよ!」
「暑いから、涼しい映画館もいいと思わない?」
休み時間、女子がケイトさんの周りに集まり、そんな話をしている。
ボクはすぐ前の席だから、それを少しうるさく感じていた。
「あ、あ、あの、ボクと図書館に行きませんか?」
その声を聞いて、思わず後ろを振りかえる。
それはクラスで一番大人しい佐藤君だった。
授業以外で彼の声を聞いたのは、これが初めてかもしれない。
「えー、佐藤、よくケイトっち誘うよね。
この前、伊藤が断られたの知ってるでしょ?」
不良っぽい竹内さんが、からかうようにそう言った。
伊藤君っていうのは、サッカー部のエースで、学年一モテると言われている男子だ。
でも、ケイトさんの答えは意外なものだった。
「うん、いいよ。
一緒に図書館に行こうか、佐藤君」
「「「えっ!?」」」
女子だけでなく、佐藤君自身も驚いている。もしかすると、ダメ元でケイトさんを誘ったのかもしれない。
「ただし……」
ケイトさんの白魚のような指が、後ろから延びてきてボクの頬をつんつん突いた。
「えっ?
なに?」
「苦無くんが一緒ならね」
ええ!? どういうこと?
「苦無くん、一緒に行ってくれるよね!」
佐藤君の必死な顔を目のあたりにすると、断ることができそうにない。
「う、うん、いいよ。
でも、ボクも人を連れていくから」
ボクは、正直、ケイトさんが苦手だ。
人にそんな感情を持ったことはないけれど、なぜか彼女には近よりたくないんだ。
座席が前後だから、そうもいかないんだけどね。
「じゃあ、トークアプリで時間と場所知らせるから、登録してくれる?」
佐藤君が、勢いこんでケイトさんに話かけている。
「うん、いいよ。
じゃあ、苦無君のも一緒にやっちゃおうか。
はい、スマホ貸してくれる?」
ボクは、スマホを手渡す他なかった。
◇
「あわわわわ!」
その日、放課後、校門のところで堀田さんに声を掛けると、いつもの反応が返ってきた。
「堀田さん、ちょっと時間いいかな?」
「あわわわわ、いい、いいですよー」
いっぱいいっぱいの感じだけど、大丈夫かな?
「あのね、明日一緒に図書館へ行かない?」
「えっ……そ、それは……」
「ごめん、予定が詰まってたかな?
急だもんね」
「いえええ!
ぜひ、ご一緒させてください!」
「あと二人来るんだけどいい?」
「えっ……そ、そうですよね。
(苦無君が私だけ誘うなんてはずないです)
はい、いいですよ」
なにか心の声が聞こえた気がしたけど、ここは黙っておいた方がいいみたいだね。
「じゃあ、トークアプリ、共有してもらえる?」
「あ、私、今日スマホを家に忘れちゃって……」
「いいよ、いいよ。
じゃ、電話番号教えてもらえる?
直接電話かけるから」
「……ええと、私からかけます。
あの、そのう――」
「はい、これ。
ボクの番号」
「……」
堀田さんは、ボクが渡したメモを胸に押しつけ、黙りこんでしまった。
話しかけても堀田さんが答えてくれなくなったから、ボクはそのまま家へ帰った。