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第11話 ひかる姉さんの話(下)

 事務所に連れこまれた坂東は、二階にある応接室の床に膝を着いていた。

 ここに入るなり、ゴローに膝の後ろを蹴られその姿勢にさせられたのだ。

 部屋には柄の悪い男が四人いて、その一人、一番大柄な、オールバックの中年男性が、奥にある机に両足を載せていた。


「組長、コイツが甥御おいごさんに悪さしてたんで、連れてきやした。

 隣町の坂東って中学生ですぜ」


「なんだと、そいつ、キー坊に手え出したのか?

 じゃあ、ちょっとしつけねえとなあ。

 おい、あれ持ってこい!」


 金髪耳ピアスの痩せた若者が、ぱっと部屋から出てくると、碁盤を手に戻ってきた。

 

 ゴトリ


 坂東の前に置かれた碁盤の盤面には、傷がたくさんついており、黒い汚れがついている。

 どう見ても、本来の目的で使われていない。


 黒っぽいジャケットを着た男が、坂東の右手を広げ、手のひらを上にして碁盤の上に押しつける。

 指の部分だけ盤の外に出ている。


「やれ!」


 組長の声で、ゴローが、上げた足を坂東の指に落とそうとした。

 

 ガチャ


 部屋の扉が開くと、坂東以外の全員が、驚いた顔でそちらを見た。

 そこには、顔にかかった艶のある長い黒髪を手で払う、セーラー服姿の美少女がいた。

 左手には、黒い学生カバンを持ったままだ。 

  

「よかった。

 間に合ったようね。

 坂東君?

 君、アキラの友達なんでしょ?」


 膝立ちの姿勢のまま、やっと背後を振りむいた坂東が驚く。

 そこにいたのは、学校だけでなく、近隣でも有名な美少女だった。


「ひ、ひかる……さん?」


 自分の目で見ているのに信じられない、そんな面持ちの坂東が言葉を洩らす。

 やっと驚きから覚めた組長が、太い声で叫んだ。


「てめえ、ここどこだと思ってんだ!」


 その声で、弾かれたように、ゴローを含む残りの四人が動きだす。

 懐に手を入れた者が二人、少女に近づこうとしたものが二人。

 彼ら四人は、なぜか急に口を押えると、ぶるぶる震えだす。

 四人とも顔色が次第に青くなり、ばたばたと床に倒れた。

 抜きだそうとしていた匕首が、その手から離れ、カランと転がる。

 

「おい、おめえら、なにしてんだ!」


 組長の声は四人に聞こえていないだろう。全員白目を剥いているのだから。

  

「くそっ、小娘!

 覚悟はできてるんだろうな!

 てめえの家族もろとも、海の底に沈めてやらあ!」


 騒ぎたてる、組長には見向きもせず、ひかるは坂東の腕を取り彼を立たせた。

 カバンから出したスマホに話しかける。


「あ、お母さん?

 うん、私。

 少しだけ遅くなるよ。

 今、ええと、ここどこだっけ?

 おじさん、ここどこ?」


 あまりに傍若無人な少女の問いに、魅入られたように組長の口が動く。


「き、北田興行だ」


「えっと、北田興行だって。

 え、知ってるの?

 うん、その筋の人たちみたい。

 じゃあ、ご飯はいいからね。

 適当にやっといて」


「……お、おめえ、いってえ何者だ?!」


 あまりのことに、しばらく黙っていた組長が、ようやくそう問いかけたところで、机の上にある固定電話が鳴った。

 組長は、太鼓腹を揺すり、反射的に受話器を取った。 


「へ、へい、お久しぶりです、親分。

 へい、へい、えっ、どういうこってす?

 へい、へい、すいやせん。

 へい、分かりやした」


 受話器を置いた組長は、目と口が大きく開いたまま、少女に話しかけた。


「えー、お嬢さん、もしかして切田きれたさんで?」


「ええ、そうだけど?」


「きょ、今日は、ウチの若いのが、ご迷惑おかけしやした。

 申し訳ありません!」


 組長が、オールバックの頭をぺこぺこ下げ始める。

 

「あんたら、自分たちのルールを一般人に押しつけるんじゃないよ。

 こういったことは、仲間内でやりなよ」


 ひかるの口調には、呆れと軽蔑が聞きとれた。


「へ、へい、今日の所は、これでご勘弁を!」


 組長は、机の引きだしから何か取りだすと、両手で持ったそれをこちらに突きだした。


「ええと、『へい』のオジサン。

 これ何?」


 組長から渡された紙包みを手に、少女が尋ねる?」


「……ええと、小遣いにでもしてもらえれば――」  


「ああ、お金か!

 病院に行かなくちゃいけない子もいるみたいだから、これはもらっとく」


 ひかるは中身も見ずに、紙包みを学生カバンに放りこんだ。


「じゃあ、もう悪さしないでね。

 あ、忘れないように、印を残しとくから」


 少女は、坂東の背中に手を添え、部屋から出ていく。

 組長は安心したのか、大型の椅子へ沈みこんだ。

 ようやく、倒れていた男たちが目を覚ます。


「「「うげえ!」」」


 全員が、口から黒い塊を吐きだした。


「げほっ、げほっ!

 く、組長!

 あいつらは、どこいったんです!?」


 ゴローが叫ぶ。


「おい、お前ら、あのお方には指一本触れるんじゃねえぞ!

 これは、本家からの通達だ!」


 青くなった組長は、少し震えていた。


「い、いってえ、どうなって……あ、な、なんです、組長、それ?」


「それってなんだ?」


 ゴローや黒服が、彼らの額を指さす。

 いぶかった組長が、自分の額に手をやる。

 指先に何か柔らかいものが触れた。

 引っぱると、ぱさりとそれが机に落ちる。

 

「なんだこりゃ?」


 それは、毛の塊だった。

 背中がゾクリと冷たくなる。

 組長は、後ろを振りむいた。

 暮れてきた紺色の空を背景にして、窓ガラスには自分の姿が映っている。

 その頭に……。

 額の上には、ハート形の地肌が見えていた。つまり、ハゲていた。


「ぎゃーっ!」


 北田興行の事務所に悲痛な叫びが響き渡る。

 悲鳴が聞こえたという市民からの通報を受け、警官が駆けつけた。






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