7話 アラフォーおっさんと女子高生、ドロップアイテムとして異世界革命!
その日の夜、光は質素な食事のことが頭から離れず、寝付けないでいた。バシレウスの食生活を何とかして改善したいという想いが、強固な決意となっていた。
「そういえば...」
ふと、光は枕元に置いてあったスマートフォンを思い出した。異世界に来てから一度も電源を入れていなかった。バッテリーも心配だったが、試しに電源ボタンを押してみる。
「おっ、まだ電池あるな」
画面が点灯すると、驚くべきことが起こった。画面の右上に電波のアイコンが表示されているではないか。
「え...まさか...」
光は目を疑った。異世界にいるのに、なぜ電波が繋がるのか。しかし、確実に4Gの表示が出ている。
「信じられない...」
恐る恐るスマホを操作すると、大量の着信履歴とメッセージが表示された。ほとんどが会社からの着信で、数件が姉の「香織」からだった。
まず留守電を確認してみる。会社からのメッセージが再生された。
『大泉君、無断欠勤はいけませんね。もう会社には来なくていいです。君はクビです』
上司の冷たい声が響いた。光は複雑な心境だった。ブラックな環境で働いていた会社をクビになったのは、果たして朗報なのか悲報なのか。
「まぁ...あんな会社、辞められて良かったかも」
光は苦笑いした。異世界に来て命の危険に晒されたりもしたが、それでもあの会社で働き続けるよりはマシかもしれない。
続いて姉からのメッセージを確認する。こちらは心配そうなトーンで、何度も安否を確認する内容だった。
『光、大丈夫なの?ニュースで見たわよ...』
『電車事故の件、心配してるの。連絡して』
光の手が震えた。やはり元の世界では、自分と御輿が行方不明になっているのか。
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光は意を決して姉の香織に電話をかけた。コール音が数回鳴った後、慌てたような声が聞こえた。
「光!?無事なの!?どこにいるのよ!」
「姉ちゃん...えーっと、これが信じてもらえるかわからないけど...」
光は恐る恐る異世界に来てしまった経緯を説明し始めた。電車にはねられた瞬間の記憶、気がついたらダンジョンにいたこと、バシレウスギルドの仲間たちのこと。
「ちょっと待ってよ...異世界?ダンジョン?何それ、ゲームの話?」
香織の声には困惑が混じっていた。
「本当なんだよ。俺も最初は信じられなかったけど...」
「光、頭打ったの?病院にいるの?」
姉は現実的な解釈をしようとしていた。光は何とか証明する方法を考える。
「そうだ!姉ちゃん、今から信じられないものを見せるから」
光は【ライト】スキルを発動し、転移魔法陣の形状を模倣した。小さなサイズではあるが、光の魔法陣が部屋に浮かんだ。
「これを使って、姉ちゃんの家に何か送ってみる。小さい物しか送れないけど...」
「は?何を言って...」
その時、香織の家のリビングに小さな光の輪が現れた。光はダンジョンで拾った小さな石を転送してみる。
「きゃー!何これ!?」
香織の驚愕の声が聞こえた。
「今、そっちに石を送った。床に落ちてない?」
「え...あ、ある!本当に石が...でも、これって手品よね?」
まだ半信半疑の香織だったが、光は畳み掛けるように説明を続けた。
「姉ちゃん、お願いがあるんだ。調味料を何個か小瓶に入れて、それを転送してもらえる?醤油とか味噌とか、和風だしの素とか」
「調味料?なんで?」
「こっちの料理がめちゃくちゃまずいんだよ。和風の調味料があれば、もっと美味しいものが作れる」
光の切実な願いに、香織は困惑しながらも協力することにした。
「分かった...でも、これが夢じゃないなら、ちゃんと説明してよね」
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翌朝、光は興奮で眠れないまま厨房に向かった。昨夜姉から転送された調味料は、まさに宝の山だった。醤油、味噌、だしの素、みりん、そして追加でマヨネーズとケチャップまで送ってもらっていた。
「これだけあれば...この世界の料理を完全に革命できる」
光の目は料理人としての野望に燃えていた。単にバシレウスの食事を改善するだけでは物足りない。この世界全体の食文化を変えてやろうという壮大な計画が頭の中で膨らんでいく。
「まずは基本のだし巻き卵から...」
光は手慣れた様子で卵を溶き、だしの素を加える。この世界の卵は少し小ぶりだが、味は悪くない。フライパンに油を敷き、薄く卵液を流し入れる。
「よし、いい感じ」
ふわふわのだし巻き卵が完成した。続いて味噌汁、醤油で味付けした野菜炒め、そしてケチャップを使ったオムライス風の料理まで作り上げる。
厨房は今までにない豊かな香りに包まれていた。
「何じゃこの香りは...!」
最初に現れたのはドーグラスだった。普段は朝が弱い彼が、香りに誘われて早起きしてきたのだ。
「ライト君、これは一体...」
続いてペトロネッラも現れた。彼女の研究者としての好奇心が、未知の香りに反応していた。
朝食の時間になると、食堂は異様な興奮に包まれていた。テーブルに並んだ料理は、この世界の住人たちが見たこともないものばかりだった。
「これは...卵か?」
イルヴァがだし巻き卵を見つめて呟いた。
「形が...こんな綺麗な形の卵料理は見たことがない」
「そしてこの赤いソース...」
セシーリアがオムライスを指差した。
「血ではないですよね?」
「ケチャップっていう調味料です。トマトという野菜から作られてるんですよ」
光の説明に、皆が驚きの表情を浮かべた。
「トマトから?あの酸っぱい野菜が、こんな甘いソースになるのか?」
どうやらこの世界にもトマトが存在するらしいが、とても酸っぱく食べれた物じゃないらしい。
アレクサンデルが半信半疑で味見をしてみる。その瞬間、彼の表情が劇的に変わった。
「これは...!何という味だ!甘みと酸味の絶妙な調和...そして深いコク!」
他のメンバーたちも次々と料理を口にしていく。だし巻き卵のふわふわした食感、味噌汁の複雑で奥深い味わい、オムライスの新感覚の美味しさ。
「信じられない...」
ペトロネッラが震え声で言った。
「たった一日で、こんなに料理が進化するなんて」
「ライト」
アレクサンデルが真剣な表情で光を見つめた。
「君はこの世界の食文化を根底から変えようとしているのか?」
「え?そんな大げさな...」
光は謙遜したが、内心では確かにその通りだと思っていた。
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朝食後、光は御輿を呼んだ。
「ミコシさん、実は俺のスマホ、元の世界と繋がるんだ」
「え?」
御輿は困惑した。
「試してみて」
御輿は自分のスマホを取り出したが、電波は全く入らなかった。
「あれ...私のは繋がらない」
「俺のスマホを使ってみよう。君のお母さんの番号、分かる?」
御輿は震える手で母親の携帯番号を教えた。光が番号を入力し、発信ボタンを押す。
コール音が響き、すぐに女性の声が聞こえた。
「はい、牧野です」
「あ、あの...御輿さんのお母さんですか?」
「はい...どちら様でしょうか?」
「御輿さんと一緒にいる光という者です。御輿さんに代わりますので...」
光は御輿にスマホを渡した。御輿の手は震えていた。
「お...お母さん...?」
「御輿!?御輿なの!?」
母親の声が一気に高くなった。
「御輿、無事なの!?どこにいるの!?」
「お母さん...」
御輿の目から涙がこぼれ始めた。
「私、無事よ...でも...」
御輿は泣きながら異世界にいることを説明しようとしたが、母親には理解してもらえなかった。
「異世界?何を言ってるの?病院にいるの?誘拐されたの?」
「違うの...本当に異世界にいるの...」
御輿は必死に説明したが、母親の混乱は深まるばかりだった。光が代わって説明を試みたが、やはり信じてもらえない。
「とにかく、御輿は無事です。元気にしてます」
「でも...ニュースでは行方不明って...」
「いずれ必ず帰ります。それまで待っていてください」
光は約束した。自分でも、いつ帰れるのか、本当に帰れるのかわからなかったが、御輿を安心させるためにも、そう言わざるを得なかった。
通話を終えると、御輿はしばらく泣いていた。
「コウ君...ありがとう...お母さんの声、聞けて良かった」
「うん...俺も姉ちゃんと話せて安心した」
二人は故郷を思い、しばし沈黙した。
「でも」
御輿が涙を拭いながら言った。
「今は、ここでやるべきことをやろう。いつか帰れる日まで」
「そうだね」
光も頷いた。
その日の昼食時、光は新たに取り寄せた調味料を使って、より本格的な和風料理を振る舞った。醤油ベースの煮物、味噌を使ったスープ、だしの効いた茶碗蒸し風の料理。
バシレウスのメンバーたちは、これまで味わったことのない料理に感動していた。
「ライト」
アレクサンデルが真剣な表情で言った。
「君の料理は単なる食事を超えている。これは...芸術だ」
「そして、君のスキルも想像以上だ」
ペトロネッラが資料を見ながら言った。
「異世界間通信、物質転送、完璧な料理...君は我々が思っている以上の存在かもしれない」
光は照れながら答えた。
「まだまだ分からないことだらけです。でも、料理で皆さんに喜んでもらえるなら、それが俺の役割かもしれません」
その言葉にアレクサンデルが微笑んだ。
夕方、光と御輿は二人でギルドハウスの屋上に上がった。異世界の夕日が美しく空を染めている。
「コウ君」
御輿が口を開いた。
「私たち、いつか帰れるかな?」
「分からない...でも、帰る方法を見つけるまで、ここで精一杯生きよう」
「うん...それに、ここでの経験も悪くないかも」
御輿が微笑んだ。
「コウ君の料理、本当に美味しいもの」
「ありがとう…」
二人は夕日を見つめながら、静かに将来への想いを馳せていた。
異世界での生活は始まったばかり。料理という新たな武器を手に入れた光と、鳳凰の力を持つ御輿。二人の冒険は、まだ序章に過ぎなかった。
翌日からも、光の料理革命は続いていく。バシレウスギルドの食卓は、日々進化していくことになるだろう。そして、いつか故郷に帰る日まで、二人は異世界で新たな絆を築いていくのだった。




