5話 アラフォーおっさんと女子高生、ドロップアイテムとして格差を感じる!
56階層のベースキャンプは、ダンジョンとは思えないほど整備された空間だった。バシレウスが長い時間をかけて構築した、攻略の拠点である。
「ここが我々の前線基地だ。君たちにも部屋を用意させてもらったよ」
アレクサンデルの案内で、光と御輿は簡素ながら清潔な部屋を与えられた。
「それで、ライト...君のスキルについてだが」
ペトロネッラが資料を広げながら話し始めた。
「【ライト】という下級スキルで、他のスキルを模倣できるという事例は聞いたことがない。もしかすると、君のスキルは【ライト】ではなく、別の何かかもしれない」
「別の何か...ですか?」
「例えば、【スキル解析】や【能力模倣】といった、極めて稀な能力の可能性がある。いずれにしても、明日から詳しく調査してみよう」
その夜、光と御輿は初めて異世界で一夜を明かすことになった。不安と期待が入り混じる中、二人は明日への準備を整えるのだった。
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ベースキャンプでの夜が明け、バシレウスの面々が集まる中央広場で、アレクサンデルが重要な発表をした。
「ミコシ、君がレベル2になったことで、新しいスキルを1つ習得できるようになった」
アレクサンデルの手には、美しく輝く琥珀色のスキルストーンが握られていた。それは昨日倒した56階層の階層主、ミノタウロスが最期に落としたドロップアイテムだった。
「これは君が倒した階層主からのドロップ品だ。当然、君の物だよ」
「えっ...でも、みんなで戦ったのに...」
御輿は申し訳なさそうに俯いた。
「ルールはルールだ」
ペトロネッラが厳格な口調で言った。
「階層主に止めを刺した者がドロップアイテムの所有権を得る。これはダンジョンにおける鉄則なのだ」
「でも...」
御輿はちらりと光を見た。
「コウ君、2つ目のスキル、一緒に選ばない?私だけずるいよ...」
「いや、いいんだよ!ミコシさんが強くなってくれれば、俺も嬉しいし...」
光の言葉に、御輿の表情が更に曇った。
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結局、バシレウスのメンバー全員に押し切られる形で、御輿はスキルストーンを手に取った。琥珀色の石は手の中で温かく脈打っているように感じられる。
「ごめんね、コウ君...」
申し訳なさそうに呟きながら、御輿はスキルストーンを口に含んだ。石は瞬時に溶け、彼女の全身に暖かい流れとなって広がっていく。
しかし、今度は前回とは全く違う感覚だった。【ファイアーストーム】の時は炎の制御方法が頭に流れ込んできたが、今回は...
「あ...あぁ...!」
御輿の身体が突然、眩い光に包まれた。その光は赤と金が混じり合った、見たこともないほど美しい輝きを放っている。
「これは...」
アレクサンデルが息を呑んだ。
光の中から現れたのは、御輿ではなく巨大な火の鳥だった。翼を広げると3メートルはあろうかという美しい鳳凰が、ベースキャンプの中央に舞い降りた。
「フェニックス...いや、鳳凰か!」
ペトロネッラが驚愕の声を上げた。
「伝説級のスキル【鳳凰】...まさかこんなものが実在するとは...」
鳳凰となった御輿の姿は荘厳そのものだった。赤と金の羽根は炎のように揺らめき、瞳は深い紅色に輝いている。そして何より、その存在感は圧倒的だった。
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「うわぁ...ミコシさんが鳥に...」
光は呆然と鳳凰を見上げていた。鳥といっても、そこにいるのは神話の中から抜け出してきたような神々しい存在だった。
鳳凰の喉から、美しい鳴き声が響いた。それは人間の言葉ではないが、不思議と御輿の気持ちが伝わってくる。
『コウ君...私、こんな姿になっちゃった...』
「ミコシ、話せるのか?」
イルヴァが近づこうとすると、鳳凰は少し身を引いた。まだ変身に慣れていないようだ。
「変身系のスキルは極めて稀だ」
ドーグラスが髭を撫でながら唸った。
「しかも鳳凰とは...これは間違いなく帝王級のスキルじゃ」
「帝王級...」
光は呟いた。自分の【ライト】との格差を改めて思い知らされる。
しばらくすると、御輿は人間の姿に戻ることができた。変身が解けた彼女は少し疲れた様子だったが、目には新たな力への戸惑いが宿っていた。
「どうだった?ミコシ」
アレクサンデルが心配そうに尋ねた。
「すごく...パワフルでした。空を飛べるし、炎も操れる。でも一番驚いたのは...」
御輿は自分の手を見つめた。
「死んでも蘇ることができるみたいです。鳳凰として」
その場にいた全員が息を呑んだ。不死身...それは冒険者にとって究極の能力の一つだった。
「しかし、使用には相当な魔力を消費するようだな」
ペトロネッラが分析的に呟いた。
「レベル2では長時間の変身は難しいだろう」
御輿の劇的な成長を目の当たりにして、光は複雑な心境だった。嬉しい反面、自分との差が開いていく一方であることに焦りを感じていた。
「コウ君...」
御輿が申し訳なさそうに近づいてきた。
「私ばっかり強いスキルで...」
「いいんだよ!すごいじゃないか、鳳凰だなんて!」
光は精一杯明るく振る舞った。しかし、その笑顔の奥に隠された複雑な感情を、御輿は敏感に察知していた。
「でも、コウ君のスキルだって、きっと特別なものよ。昨日の【聖域】や【ヒール】だって、普通の【ライト】じゃできないことでしょ?」
その時、セシーリアがにやりと笑いながら割り込んできた。
「あら、ライト?今度は鳳凰さんと何かしちゃうつもりなの?まさか禁断の獣○...もとい、調教の時間ですわね!」
「ち、違います!」
光の絶叫が、ベースキャンプに響き渡った。
その夜、光は一人考え込んでいた。御輿の【ファイアーストーム】に続いて【鳳凰】...彼女の成長は目覚ましい。一方、自分はまだ【ライト】の正体すら掴めずにいる。
『俺も...もっと強くならないと』
光は決意を新たにしていた。御輿を守るため、そして彼女と並んで歩けるよう、自分なりの力を見つけなければならない。
翌朝、光はペトロネッラに申し出た。
「俺のスキルについて、もっと詳しく調べてもらえませんか?」
「ほう...やる気になったか、ライト」
ペトロネッラの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。彼女もまた、光のスキルの謎に興味を抱いていたのだ。
かくして、光と御輿の新たな成長への道のりが始まろうとしていた。




