3話 アラフォーおっさんと女子高生、ドロップアイテムとして温かく歓迎される!
「ファイアーストーム!!」
御輿のかけ声と共に放たれた、炎の竜巻… 日本では火災旋風と呼ばれている物に近いだろうか?
直径10メートル程になるその炎の竜巻は、モンスターの群れを縦横無尽に蹂躙していく!
吹き飛ばされ、引きちぎられ、圧倒的な火力で焼かれ、黒い靄に変わり消えていき残されるのは大量の魔石とドロップアイテム。
これには『バシレウス』歴戦の攻略組の者達も驚きを隠せない。
団長のアレクサンデルも興奮気味に声を上げる。
「ミコシは凄いね!! まるでマスターレベルまで習熟度を上げた【ファイアーストーム】みたいだよ! それにこのアイテムのドロップ率の高さはなんだい!?」
覚えたてのスキル、【ファイアーストーム】の高すぎる威力にも驚くが、黒い靄に変わり消えていくモンスターから得られるドロップアイテムの多さには驚嘆するしかなかった。
階層主でもなければ、ドロップアイテムを必ず落とす事はなかったのだ。
良くて、十分の一の確率… 百分の一、千分の一など、ざらにある。
そんな中、御輿が倒したモンスター達が落としたドロップアイテムは、ほぼ100%の確率でドロップしたのではないかと思われる程の量なのだった。
イルヴァに言われた通りに、初めてスキルを使ってみた御輿は想像以上のその威力に震えてしまう。
棚ぼた的に力を得てしまった恐怖心からなのか、初めてモンスターを倒した興奮からなのか、御輿自身にもよく解ってはいなかったのだが、動揺を隠せない。
そんな御輿にイルヴァは優しく頭を撫でてやる。
「ん、ミコシは大丈夫 よく頑張ったね」
「そうだな! スキルを恐ろしい物だと本能でしっかり理解しているだけ、そこら辺の新人共より大分マシだぞ… それにこのドロップ率の高さ… これが続くなら今回の攻略遠征は大幅な黒字になるな! 流石、階層主のドロップアイテムだけあるな! ミコシは…」
どうやら、ペトロネッラは驚異的なドロップ率の高さを誇る一連の事象を、御輿のドロップアイテムとしての効能の1つだと考えているようで、財政が潤う目算を立てホクホク顔で褒め称えていた。
「ら、ライト!」
御輿のスキルである【ファイアーストーム】の凄さを目の当たりにした大泉 光は、自分の引き当てたスキル【ライト】を恐る恐る使ってみる。
別に負けず嫌いという訳ではないのだ…
ただ御輿の【ファイアーストーム】の凄さを見て、スキルと言われる物に興味が湧いてしまったのが愚かだっただけで…
おっさんの言葉と共にフワフワと浮かぶ、ただの光り輝く小さな球体。
『し、しょぼい… ロウソク1本の明るさと同じくらいかな? これ、俺、ヤバいんじゃないか… 弱すぎるよ…』
余りの貧弱なスキルに、ガックリと倒れ込む若者の身体を得たおっさんに、同情の視線を送る『バシレウス』の面々。
その様子を淡々と陰から見つめているモンスターが1匹いた。
ここはダンジョン中層、57階層… ここまで辿り着ける者はごく僅か、気の緩みなどもってのほか。
このモンスターの名前は、『シャドーウルフ』影に潜り込める厄介な部類のモンスターだった。
シャドーウルフは、音もなく影から影へと渡り、【ライト】に照らされてできた、おっさんの小さな影から突然飛び出てくる!
気付いた時は、既におっさんの目の前にシャドーウルフの鋭い牙が迫っていた。
「うわぁぁーー!? ら、ライト! ライト! ライトーー」
突然の出来事に、腰を抜かしながらただ叫ぶ!!
そして無数の小さな光の玉が現れ、おっさんの周りをフワフワ漂っているのだ…
だが、獲物の道を塞ぐように浮かぶその1つを、ものともせずシャドーウルフはぶつかりながら突き進む。
その時、おっさん、大泉 光の脳の中に不思議な光景が映し出される。
目とは違う、もう1つの器官で見ていると言えばいいのだろうか?
シャドーウルフの情報が脳の中を駆け巡り、おっさんの身体が強張るのをこのモンスターが見逃す訳もなく、そのまま覆いかぶさる様に襲ってきた!
「コウ君危ない!」
御輿は叫びながら、おっさんを庇うように押しのけ、シャドーウルフの前に立ってしまった…
シャドーウルフはいきなり出て来た御輿の腕を、前足にある爪で切り裂き吹き飛ばす!
呆気に取られて動き出すのが遅れてしまった攻略組の者達は急いで迎撃態勢をとり、シャドーウルフを囲い込む。
形勢が不利と見たのかシャドーウルフは影に潜り込もうと跳躍するが、それよりも早く、ペトロネッラが放った弓矢がシャドーウルフの目に突き刺さり、甲高い悲鳴と共に吹き飛ぶ!
影に潜れなかったシャドーウルフは、他の影に潜ろうとのっそりと起き上がり駆け出す。
「させない ライトニング!」
イルヴァの掌から放たれた目にも止まらない速度の雷撃が、爆音と共にシャドーウルフを一瞬で蒸発させ、黒い靄に変える!
イルヴァはそれを確認もせず一目散に、御輿の元へ駆け寄って行った。
「ミコシ大丈夫? 守ってあげられなくて ごめんなさい…」
シャドーウルフに切り裂かれ吹き飛ばされた御輿の所へは既に、ヒーラーのシスター・セシーリアがいたのだが、驚いた顔をして固まっている。
「この子の身体… おかしいわ… 私が【ヒール】を掛ける前に傷が無くなっちゃったのよ!」
シスター・セシーリアの言葉に全員が御輿の周りに集まる、もちろん今度は周りの警戒を怠らずに。
「大丈夫かい!? ミコシ! 警戒を怠った我々の不手際だ… すまないね… それにしても、あの怪我が一瞬で治るとは…」
アレクサンデルが心配そうに御輿に話しかけ、怪我が直ぐに治ってしまう体質に驚きを隠せない。
「私の身体… 人間じゃなくなっちゃったのかな… どうしよう…」
御輿は不安げに自分の身体を抑えつけ震えていた。
そこにふわりと御輿を包み込むように、イルヴァが抱きしめる。
「大丈夫 ミコシがヒューマンでも、ドロップアイテムでも、わたしは見捨てないから」
イルヴァは優しく御輿の頭を撫でて慰める様子を、攻略組の年長者達は温かい目で見つめるのだった…
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「ほれ、早よこっちへ来い… バカ者が」
「ったく、世話が焼けるぜ! このヘタレライトは!」
御輿に庇われ怪我を負わせてしまったおっさんは、ドワーフのドーグラスと獣人のヴィダルに連れられて、イルヴァに抱かれている御輿の前までやってくる。
感謝や謝罪の言葉も自分1人では伝えに行く勇気もない、おっさん…
身体が若返っても中身はそうそう変われるものではないらしい。
ドーグラスとヴィダルに促され、タジタジになりながらようやく話しだすおっさんは、自分の気持ちを表す為にまずは地球にいた頃から持っていたスキル【ジャパニーズ・ドゲザ】から入るのであった。
「ご、ゴメンなさい! ミコシさん! お、俺が不注意にスキルなんて使ったから… 危ない目にあわせちゃて… 本当にゴメンなさい…」
身体は高校生、中身はおっさんの大泉 光は、平身低頭にひたすら頭を地面にこすりつけ【ジャパニーズ・ドゲザ】を敢行する。
「もう、そんなに謝らないでよ… コウ君は大袈裟なんだから… 見ての通り、私は何ともないから… 私達の身体… どうなっちゃったのかな… 本当にアイテムなのかな…」
不安そうな御輿にかける言葉など思いつくはずのないおっさんは、一生懸命考える…
しかし、何もいい言葉が出てこず、自分の不甲斐なさに頭を数回地面に打ちつけ、捻り出した答えは…
「俺が… ミコシさんを絶対に地球へ返してみせますから… 身体の事は地球に帰れてから一緒に考えたり… とかはダメでしょうか…?」
日本人特有の先送り主義の気もしないではないが、おっさんの真剣さはしっかりと御輿に伝わった。
「うん! そうだね… ありがとう! 先ずは地球に帰らないとね! でも… 地球に帰る方法は一緒に探そうよ…」
はにかみながら、見つめてくる御輿の仕草に、おっさんは年甲斐もなく胸がキュンとするが、20才以上も歳の離れた女の子にときめいてしまったその心情自体が恥ずかしく、何度も頭を地面にこすりつける。
そこに【ジャパニーズ・ドゲザ】をしているおっさんの背に、ドスンと音を立てて座り込む、シスター・セシーリアの姿があった。
「まあ… この子ったら、こんなに地面に頭をこすりつけちゃって… ドMなのね!? その歳でここまでとは… 慈悲深き大母神・シャクティの名において、あなたのアブノーマル過ぎる穢れを祓いますわ! 大丈夫よ、怖くないわ、わたくしと健全な性涯を送りましょう!」
シスター・セシーリアはおっさんの背に乗ったまま、何処からか取り出した鞭のような物で、おっさんの尻を叩き始めた!?
「えぇーー!?」
「「うわぁ…」」
ミコシは目の前でいきなり始まった、シスター・セシーリアによるおっさんへの思いもよらない調教… もとい、お祓いに我が目を疑い、『バシレウス』の面々はまた始まったかとため息を漏らす。
ダンジョンに響くは、シスター・セシーリアが振るう鞭の音と、おっさんから漏れるくぐもった声…
「ハァハァ さぁ この物に憑いたアブノーマルな穢れよ! 慈悲深き大母神・シャクティの名において祓われたまへ!」
セシーリアは妖艶な微笑を浮かべたまま、おっさんの尻を鞭で叩き続ける。
「あ、あの… これは… どう解釈したらいいんですか…!?」
御輿の発言に、周りにいた攻略組の者達はそそくさと目をそらす中、セシーリアの弟である獣人のヴィダルがゆっくりと話し出した。
「すまねぇ… ミコシ… 姉ちゃんがあーなったら誰にも止められねぇんだ… もう少しだけライトに生贄になっててもらうしか…」
「ヒーラーとしての腕前は申し分ないのだがな… この性癖がなければな…」
副団長であるペトロネッラが残念な視線をシスター・セシーリアに向けるのだが、その先で哀れなおっさんと目が合う。
「そんな目で見てないで、た、助けてくださいよーー 穢れ、穢れって… 俺はまだ女性経験なんてない純粋で綺麗な身体ですからーー!!」
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「生息子」
「童貞」
「ぷっ… 女性経験なんてない純粋で綺麗な身体ですからって… くぅはは!」
ヴィダルは大笑いをしながら、バンバンとおっさんの背中を叩く。
大声で自分の童貞発言をしてしまったおっさん、大泉 光は泣きながらダンジョン内を歩いている。
泣きながら歩くおっさんの周りには、先程出した【ライト】がフワフワと浮遊しながら歩く道を照らしているのだった。
「ヴィダル ダメ ライトは生息子でいい子なんだよ?」
イルヴァはおっさんを庇いながら、優しく語りかけるのだが、その優しさが逆に痛かったりもする…
なかなか泣き止まないおっさんに御輿もそっと耳打ちをした。
「大丈夫ですよ! コウ君! 私も生娘だから!」
何が大丈夫かは解らないが、いい笑顔でビッ!とサムズアップする御輿に恥ずかしくもなり、何故か嬉しくもなるおっさんだった。
その様子を見ていたセシーリアは、おっさんの尻を目掛けて【ヒール】を使う。
セシーリアの調教によって腫れ上がった、おっさんの尻の痛みが嘘のように消えていくと同時に、周りに漂っていた【ライト】が【ヒール】の癒やしの光にぶつかり、まるでその光を解析するように同調していく。
おっさんの頭の中に【ヒール】の情報が押し寄せてきた。
シャドーウルフが【ライト】にぶつかった時とは、少し違う感覚なのだが、突然の出来事に意味も解らず硬直してしまう。
「ほら、何をしているのだ! 着いたぞ! 56階層の階層主の部屋だ! ベースキャンプまでもう少しだ! 気を引き締めろ!」
ペトロネッラの声に一同は、装備品の確認を始める。
ダンジョンは10階層刻みに転送の間が設置されており、自分が到達した階層までは、自由に転移できる使用になっているのだが、その間の階層は自力で突破せねばならず、『バシレウス』は50階層にある転送の間までしか使用できないのであった。
それでも50階層まで到達できているギルドは、そう多くはなく57階層まで攻略した『バシレウス』は上位ギルドと言っても過言ではないであろう。
「さあ、みんな行こうか! 56階層のベースキャンプまで後もう少し、一気に階層主を倒してしまおうよ!」
アレクサンデルは団長として皆を鼓舞し、先頭をきって階層主の部屋へと突入していくのであった。
先程、装備品の確認をしている時に、簡単な作戦の打ち合わせが行われ、先ず御輿が全力の【ファイアーストーム】を放ち牽制するという事になった。
これは、御輿のスキルがどこまで階層主に通用するかの確認と、先制攻撃での遠距離からの大火力はその後の攻撃の組み立てがし易いとの事から採用となった作戦である。
御輿が主体となる作戦だが、おっさんはと言うと…
階層主の部屋に入るや否や、シスター・セシーリアに連れられて攻略組達の後方に避難していく。
「坊や、早くこっちにおいでなさいな! 童貞のままで死にたくはないでしょ? ちゃんと、わたくしが守ってあげますから!」
『くっ… 童貞、童貞ってこの姉弟は… 俺だって好きで魔法使いとか目指してた訳じゃないし!』
おっさんがぐだぐだと物思いにふけっていると、階層主の部屋に爆音が響く!
「ファイアーストーム!!」
『全力で… えっと… もっと炎の温度を上げるには… ガスが必要? 解らないけど、空気中の燃え易い気体を取り込んで… 取り込んで…』
御輿の放った【ファイアーストーム】は、56階層の主であるミノタウロスに直撃し、その威力を上げていく。
そして、その【ファイアーストーム】は、今までこの世界の住人が見た事もない青紫色をした炎にまで昇華していった。
50階層台の階層主はミノタウロスで統一されているようで、56階層のミノタウロスは57階層の主よりは、やや小さいのだが、それでも筋骨隆々で人より遥かに大きいのだ。
その階層主を丸ごと包む様に展開された青紫色の【ファイアーストーム】は、容赦なく肌を切り裂き焦がしていくのだった。
ミノタウロスの片腕がもげ、どこかに吹き飛び、一瞬で燃え尽き黒い靄となり消えていく。
この全てを焼き尽くす勢いの美しい業火に、階層主の部屋にいる者達は息を呑む。
皮膚の固いミノタウロスでも、この御輿の【ファイアーストーム】には耐えられるものでもなく、膝をつき倒れそうになる間際に断末魔の雄叫びをあげ、残った片腕に持つ牛刀を御輿に目掛けて強烈な勢いで投擲をした!
御輿は【ファイアーストーム】の制御に意識をさかれて、飛んでくる牛刀を避ける余力など無い…
しかし、ここにいるのは『バシレウス』攻略組の精鋭達、団長のアレクサンデルは素早く御輿の前に塞がり双剣で牛刀を弾く!
弾かれた牛刀はクルクルと宙を舞い、後方のセシーリアの陰に隠れていた、おっさんの方へと飛んでくる。
おっさんは驚き、だが何もできずに目を瞑った瞬間にシスター・セシーリアの声が響いた。
「聖域」
セシーリアの前に、光りが集まり輝いている壁の様な物が現れ、弾き飛ばされてきた牛刀を拒む。
セシーリアのスキル【聖域】にぶつかった牛刀が、大きな音を立てておっさんとセシーリアの足下に落下するのを見た団長は、ゆっくりとミノタウロスに視線を移すと青紫色の炎に焼かれ尽くし黒い靄に変わっていく所であった。
残るは階層主に付き従っていた小物なモンスター数十体。
アレクサンデルは声を張る!
「よくやったね! ミコシ! 後は下がってて! イルヴァとセシーリアは2人を守ってやるんだよ! よし! 一気に殲滅だ!」
アレクサンデル、ドーグラス、ヴィダルはモンスター達に向かって一斉に飛び出し、ペトロネッラは連続して弓を射っていく中、イルヴァは肩で息をしているミコシを連れてセシーリアの【聖域】の所まで後退していく。
御輿の美しくも恐ろしいスキルと、4人の圧倒的な戦闘を目の当たりにして、おっさんは腰を抜かしてへたり込んでしまうのだが、出しっぱなしにしていた【ライト】が制御を離れ、フワフワとセシーリアの【聖域】に軽く衝突し同調していき、また先程の【ヒール】の時と同様、おっさんの頭の中に【聖域】の情報が駆け巡るのだった。