夜人族の街とフリーダムな王
本日もよろしくです。
ローズではありませんが作者は現在体中が痛い(笑)
『へえ、アモーレにそんなところがあったんだ』
「漂流者の屋台だから最近だと思うよ」
『焼き鳥かあ……いいなぁ……』
「ジーナがまたこっちに来たら店主さんに連絡しておくよ、フレンドになったから」
『お! そいつはいいねぇ! っと、そろそろ寝ないとな。ローズはこれから狩りか?』
「うん、一狩りして寄付してくるよ」
『……わりいな、ありがとうよ』
「いいっていいって、私が好きでやってるようなものだから。じゃあ私は行ってくるね、お休み」
『ああ、狩りの成功を祈ってるよ、お休み』
ローズはジーナとフレンド登録してから頻繁に通信していた。
と言ってもわりと今のように雑談しかしていない。
お互いが満足していればそれでいいのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
現在ローズは夜人族の街「逢魔」に来ている。
最初に行けと言われていたのに思い出したのはさっき。
「ほえー……月が赤い……」
当然のことながら街には幽鬼と吸血鬼しか居ない。
空は昼間だというのに太陽が無く、代わりに真っ赤な満月が辺りを照らしている。
「お? ここにもギルドがある」
特に目的は無いのでギルドで街の施設を聞こうと中に入る。
「おう、見ない顔だな? 新人か?」
スキンヘッドの幽鬼のおっちゃんが受付に立って……浮いていた。
「ギルドには登録してありますよ」
「って事は表の街で登録したのか……確認した、名前はローズか」
「おじさんは?」
「おじ!? いや、アンタから見ればおじさんか……俺はゲルドだ、宜しくな。んで、なにか用か?」
「この街のことなんにも知らないから教えて欲しくて来ました」
「ん? ローズは漂流者か?」
「そうです」
「夜人族の漂流者か……珍しいな」
ほほう? とあごに手を当てて珍しいものを見る眼でローズを眺めるゲルド。
不意に横から声が掛かる。
「やあ、何かお困りかな?」
見れば長身のダンディズム溢れる人物が人懐っこそうな笑顔でローズを見ていた。
「うお!? あ、あなたは」
何か言いかけたゲルドに対し、ダンディなおじさんはローズに見えないように人差し指を口に当てる。
「私はマクスウェル、見ての通り暇人だよ。話は聞いていた、良かったら私が街を案内してあげようか?」
唐突に現れてこのような提案、不審に思わない方が珍しい。
当然ローズは助けを求める視線をゲルドに向ける。
「ああ、このお方……コイツなら大丈夫だ、信用できるから案内してもらえ」
数多の人を見るギルドの受付がこう言っているのなら信用できるだろう。
ローズはマクスウェルに身体を向けてお辞儀する。
「宜しくお願いします」
「任された、じゃあまずは施設を教えよう」
そう言ってマクスウェルはゲルドに顔を向けてウィンクすると、ローズの前に出て颯爽と歩き始めた。
「いつも思うがフリーダム過ぎる……いきなり居たら肝が冷えるっての……俺に肝は無いけどな……」
ゲルドのつぶやきはギルドに居た全員の総意でもあった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「アソコが鍛冶屋だな、まあ我ら夜人族は基本的に膂力が高いから普通の武器では耐え切れない。だから魔力でコーティングされたモノでなければすぐに壊れるんだがね」
「ほえー……」
武器を扱えないと思い、素手で戦う事を選んだローズだが結果的に良かったようだ。
夜人族の鍛冶屋は全員上級で魔力コートが使えるから問題ないが、表の鍛冶師にはそこまでの人物はそう居ない。
もし、ギルドで武器を借りていたらすぐに壊していただろう。
「おーい、ネフィル! 居るか!?」
「何だい? そんな大きなこ……え……あああ!!? だおうモガ!!」
「しー」
一体いつの間に移動したのだろう、気が付けばネフィルと呼ばれた女性の目の前にマクスウェルがいて口を抑え付けている。
「(身分は明かしてない、まだ内緒で頼むよ? というか今何か別な呼び方しそうになってなかった?)」
「んん! んんん!!」
なんだかわからないが泣きそうだ。
ネフィルは壊れた人形のように何度も首を横に振っている。
「~~ぷは! (勘弁してくださいよ)」
「(まあまあ、私が見た感じなかなか面白そうな娘だから紹介したくてね。普通に対応してくれるとうれしいかな?)」
「(はあ、わかりました)」
これまでのやり取りを見ていれば何かあるというのは察しがついたが、深く突っ込むことはしないでおこうとローズは考えていた。
隠すという事は知られたくないという事であり、それが後ろ暗い事でないならば敢えて聞くのは野暮というものだろう。
「初めまして、ローズと言います」
「おや、ご丁寧にありがとう。アタイはこの鍛冶屋の店主のネフィルだよ、オーダー武器から防具まで、素材さえ持ってきてくれたならなんだって作ってやろう」
男勝りというか豪快というか、ジーナといいネフィルといいどうもローズの周りの女性はざっくりした豪快な人が多く居る気がする。
イリアとサリナは違うが。
「よし、次に行こうか」
「え? もうですか?」
「素材も何も無いだろう? 今は面通しだけだ、そのうち自分のスタイルにあった武具を頼むといい」
「表の連中にゃ負けないからね、必要なモンが在ったらアタイに言いな!」
「分かりました、その時はお願いします!」
「ああ、可愛いねえ……どうだい? うちに養子に来ないか?」
「そう言った勧誘は止してくれないか?」
「っとと……残念。じゃあローズちゃん、またね」
「はい!」
鍛冶屋を後にして道具屋のドイル、服飾屋のロザリンを紹介され、今は喫茶店にて休憩をしている。
「どうだい? 口に合えばいいけど」
「美味しいです!」
「うむ、我々夜人族は積極的に食事をとる習慣がないからな。こういった飲料や菓子などの嗜好品が発展したのだよ」
彼らが「表」と呼ぶアモーレには無い高級な紅茶にクッキーやケーキなど、どれも頬が落ちてしまいそうなほど美味しい。
「さて、そろそろ最後の施設に行こうか」
「どこですか?」
「ついて来ればわかるさ」
とイタズラっ子のような笑顔を向けるマクスウェル。
果たして、連れてこられたのは……。
「えーっと……」
「ようこそ、我が城へ」
目の前には豪奢な城……というか魔王城。
それを背に、ドヤ顔で言い放つマクスウェル。
「お、王様?」
「如何にも! 私が逢魔の君主、マクスウェル・スラヴァ―ドだ」
なるほど、街の人が妙に恐縮というかウンザリしていたのはこのせいだったかとローズは納得した。
そのままあれよあれよと謁見の間……ではなく食堂に連れて行かれて無駄に長いテーブルにマクスウェルと向かい合わせに座るローズ。
一体なんの罰ゲームだろうか。
「マクスウェル様、お食事の用意が出来ました」
まるで人形のような金髪のメイドがマクスウェルにそう告げる。
「うむ、もってこい」
さも当然の如く振舞うマクスウェル。
「はい」
「まったく取らないとは言っていないからな、これが我が城自慢の料理だ」
ローズは思考が追い付いていない。
そんな事はお構いなしに、フレンチのコースのような食事が運ばれてくる。
グラスに満たされた赤い液体はワインかと思ったら血液だった。
どのように調達されたモノかは考えない方がいいだろう。
まあ、この王なら無理やりという事はありえないとは思うが。
「さてローズよ……今日は存分に楽しめたかな?」
「ふえ!? あ、はい。おかげさまで」
「ふむ……そう硬くならずともよい。先ほどと同様に気軽にマーちゃんと呼んでくれれば」
いったい何時そんな呼び方をしたのかローズは皆目見当もつかない。
「マクスウェル様、ローズ様が困っております」
様呼びは……と言いかけたが、何かと王様の側にいる事が多い仕事に就く人は王の客人を相手にする。
本人がいいと言っても王の客を様付けで呼ばないなんてことはないだろうなぁと思ってそのまま我慢することにした。
「む? ほんの冗談だ……まあ、ローズが良ければ私は友人付き合いでもいいのだがね」
どうにもフランクな王様だ。
「は、はあ……」
「まあよい、色々聞きたいこともあるだろうし、私もローズには聞きたいことがある」
「……聞きたいことですか?」
「うむ、単刀直入に尋ねるが……そなたはどうやって太陽を克服したのだ?」
ドキリとした。
モロックのように特殊な力でもあるのだろうか。
いや、そうでなくては王などやっていない、きっとあるのだろう。
「ふむ……ちなみに私は読心のような事は出来ん。なぜそのような質問が出たか気になるだろう? それは時間だ」
「時間?」
「うむ、ローズは外の月を見たであろう?」
「はい、真っ赤な月でした」
「具体的な方法は言わんが、アレは私が魔術で作り出したものなのだ」
「アレが……魔術!?」
街全体を覆う大規模な魔術とでもいうのだろうか。
この世界の実力者は底が知れない。
「あの赤い月が昇っている間は表が昼という事になる」
「あ」
簡単な話だった、昼間に堂々と出歩き、逢魔にやって来たという事は何らかの方法で太陽のダメージをしのいだという事に他ならない。
「えっと……」
「なに、口を割らなければ生かしては帰さんとは言わないよ。出来れば教えて欲しいのだ、太陽を克服するのは我ら種族の長年の悲願であるからな」
称号の説明にも似たような事が書いてあった。
それならばとローズはデイウォークを習得したいきさつを話す。
「なんと……其方は阿保の子か……灰化するとは思わなかったのか?」
酷い言われようである。
「う、言わないでください……灰化?」
「ん? まさか灰化を知らんのか!?」
「……はい」
「ううむ……我ら夜人族の特性だというのに……漂流者は無知と聞いていたがここまでとは」
「す……すみません」
「其方は自分の特性を理解するためにもステータスをよく読むことを薦める」
そう言えばちゃんと確認したことが無かったと反省する。
「して、灰化の話だが……」
――灰化は夜人族【吸血鬼】の固有スキル。
【幽鬼】は「魂石化」という。
体力が尽きたときに自動発動するこのスキルは、通常種の「戦闘不能」と同じような感じだと思ってもらって構わない。
この状態になれば昼夜問わず超再生状態に入り、その間は神聖系の攻撃のみで生命力にダメージが入り、尽きれば完全に死亡する。
浄化されずに体力が全快になれば「その場でリポップ」する。
例えばだが、灰や魂石を別の人が宿に持っていけば宿でリポップとなるわけだ。
ちなみにその間は周囲の状況を見ることが出来るが動けない。
「とこれが灰化の説明だ。しかし、太陽が沈むまで耐えるか……まあ、試してみる価値はあるか……日照刑の受刑者は居たかな?」
「はい、明日の午前を予定しているものが一名」
「ふむ、予定を変更だ。そ奴にブラッドポーションを与えろ、処刑ではなく実験に切り替える。上手くスキルが生えたら減刑すると伝えておけ、ただし改心しないようなら別の方法で処刑する旨も同時にな」
「かしこまりました」
「日照刑……ですか?」
マクスウェルが張っている赤い月の結界の一部を解き、そこから差す日の光にて焼き殺す刑。
でも、それだと灰になるのでは? という疑問を口にする前にマクスウェルが答えた。
「心臓に杭を打ち込み、日光で焼くことで灰化することなく消滅させることが出来る。我ら吸血鬼の殺し方だ」
日光の代わりに神聖魔術でも灰化を経ることなく同じことが出来るらしい。
ちなみに幽鬼は強制的に実体化させる呪符を用いることで魂石にすることなく浄化できるとのこと。
なんとソレを発見したのは「表」にある大規模な教会だという。
街の形を持っているなら当然ルールを破るものが現れる。
それを取り締まる法もある。
フランクで人当たりの良い王は、更生の余地がない罪人ならば容赦はしない冷血さも備えた素晴らしき人物であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
見返りという訳でもないが、ローズは夜人族の事について聞くことが出来た。
夜人族は邪神に唆されて組したらしい。
邪神の下につけば日中でも自由に出歩けるようにしてくれると言われ、創造神を裏切ったのだと。
「ハイ・デイライトウォーカー」は種族全てが確実に覚えるものでは無かった為、日の下を歩けない民を憂いた始祖は邪神の問いかけに対して首を縦に振ってしまったのだ。
そして、もともと太陽の神の罰というモノはなく、月の神に愛された種族だったと。
「罰を受けているというならば種族を交配で増やせぬ事か」
これは邪神が敗れた時に受けた呪いらしい。
騙して操って、それに気づいて邪神をさらに裏切った夜人族に対して呪う。
なんと傲慢で卑劣な神なのか、邪神という者は。
「夜間であれば無類の強さを誇る我ら夜人族の力を恐れたのだな」
歴史書では書かれていなかった裏の話。
邪神を封印したのはほかでもない夜人族だった。
現在夜人族は邪神の核に最も近い狭間に街を造り、表の世界を守っている。
「じゃあなんで表では忌み嫌われているの?」
「それは教会の仕業だ」
封印に貢献したとは言え、一度は神を裏切った夜人族。
六英雄を神と崇めて祀る六英教にとって信仰を集めやすくするためには悪が必要だ。
邪神は当然だが、封印されている。では誰が対象になるのか?
当然夜人族になる。
神を裏切った神敵として、討伐する。
討伐すれば神により愛される。
そういって彼らは瞬く間に夜人族を全種族の敵として仕立て上げたのだ。
なるほど、その経緯であれば夜人族を殺す方法を見つけたのも納得がいく。
いくのだが……。
「酷い……」
「まあ、一度は本当に裏切ったのだ。当然の罰として受け入れるさ」
「本当にそれでいいの?」
「良い訳がない。だが、声高らかに真実を謳ったとて一度浸透してしまった物はすぐに覆らん……時間が解決するのを待つしかないのだ」
「そういって何百年も過ごしたんですね?」
「……其方は私を乏しめるのか?」
「そんなつもりはないです。でも、街の人たちは……紹介してくださった人達は皆良い人たちです。出来るなら表の人たちと仲良くしてほしい……」
「……それが叶うなら……いや、余計な夢を見るのはよそう」
「なんでですか!」
「私がやらなかったと思うか? 何度も呼びかけた、考え付く手段は試した! それでも今があるのが答えだ」
「……私がやって見せます……」
「なに?」
「私がみんなの考えを変えて見せます!」
「本当に出来ると思うか?」
「マクスウェル様が考え付かなかった事があるかもしれないですから」
「……もう一度夢を見てもいいのか?」
【アナザーストーリークエスト発生:種族の確執】
「(!? アナザーストーリー?) 出来る限りの事をします」
【受注しました:期限なし、アナザーストーリーを開始します】
「……わかった、あまり過度な期待はせず、ほんの少しだけ希望を持つとしよう……ローズよ、其方はまだうまく力を使いこなせては居ないな? ……こちらに」
ローズは言われるがままマクスウェルに近づく。
マクスウェルがローズの頭に手を添えると赤い光が弾けて身体に浸透していった。
「それは其方の中に眠る真祖の力の一部を開放したのだ、メニューのスキル欄を確認してみるがいい」
ローズはメニューのスキルに目を通す。
「これは……」
――メタモルフォーゼ。▽
――吸血鬼化。▽
「それは力の一端だ、実力がついたら私に言うがいい。真祖のスキルが増える……今はそれ以上は身体が耐えられんな」
実力というのは多分レベルの事だろう。
「この吸血鬼化というのは?」
「交配によって種を増やすことが出来なくなった我らが唯一夜人族を増やす手段だ。制約はあるがな、長命種とはいえ、我らも寿命はある。種が滅べば邪神が甦る可能性が高まる、故にどのような手段を用いてでも種を絶やすわけにはいかなかったのだ。詳しい使い方はスキルの説明を読んでもらえればよい」
「ありがとうございます」
「さて、今日はもう遅い。客室を用意させたから泊って行きなさい」
「あ、はい」
確かに空には普通の月が浮かんでいる。
昼夜逆転ではなく、魔術を用いてでも「表」と時間を合わせているのはきっと諦めきれないからなのだろうなとローズは思った。
(私が……変えて見せる)
新たな決意を胸に秘めてローズは眠りにつこうとして……。
(部屋が豪華すぎて眠れない……)
彼女は根っからの庶民であった。