聖女とローズ
四つ目
前の話とは一つだったりした。
「うー、ギルドから出たらまた痛み出したよ……」
ギルド内では気になる程の痛みでなくなっていたので、外に出てからまた思い出す。
本来ならば活動出来る痛みではないのだが、ローズにとっては大したことではない。
「とりあえず図書館かな」
効果が切れていたようなので、二本目のリジェネポーションをあおり、歩き出す。
イリアに言われた道を進んでいくと、正面には立派な建物が見えてきた。
「ほえ~……近所の図書館の比じゃないね」
当たり前である。
「まあ、行きますか。時間は有限だし……」
――ドン!
「うわぁ!」
「あいたたた……あ! ご、ごめんなさい! 急いでいたもので……って、やば! 失礼します!!」
唐突に横道から出てきた銀色の髪をした女性にぶつかってしまった。
清楚な印象を受けるローブを身にまとっているが、どうも中身はそうでもない様子。
女性はあわただしく頭を下げると即座に走って何処かへ行ってしまう。
「ふい~……なんだったの? アレ? これは……」
立ち上がったローズは地面に何か落ちているのを発見した。
「ペンダント? うひゃ、高そう……ん?」
拾って眺めると細かい意匠が刻まれていていかにも高価なものだった。
どうしたものかと思案していると方々から何やら物々しい男たちが集まってくる。
「居たか!」
「いや、見失った……」
「まったく、どこへ逃げたんだ?」
雰囲気からさっきの女性を探しているのは理解できた。
「目撃者がいないか聞いてみるか。おいそこの」
「ほえ? わたし?」
突然声を掛けられ、ビックリしてペンダントを隠してしまった。
「ああ、そうだ。お前、銀髪の女を見なかったか?」
「えっと……なにかあったんですか?」
「いや、見てないならいい。まだ遠くには行ってないはずだ、探すぞ」
「「おう」」
見てないとは言っていないのだが、何か勘違いしたのか彼らもまた慌ただしく町の中に消えて行った。
「……行っちゃった……ペンダントどうしよう?」
【クエスト発生:ペンダントを返そう。】
【謎の女性が大事な物に見えるペンダントを落としてしまった。困ってるかもしれないから探して届けてあげよう。※時間制限クエストです:期限、今日のうち】
「ふえ!? クエスト?」
唐突に視界に入るクエスト発生の文字。
クエストになるという事はどうやらペンダントは大事なモノと思われる。
「うーん……目立つ格好だったし、ギルドで聞いてみようかな……」
今日中に返さなきゃいけないので、再びギルドへと引き返すのだった。
「え? 聖女様!?」
ギルドへ戻ったローズはイリアに特徴を伝えると即座にその返答が返って来た。
「ええ、その特徴にあてはまるのは聖女様以外にいないわ」
「あの……これを見てもらえますか?」
「ええ!? どうしたんですかコレ?」
「えーっとですね……」
先ほど図書館の前であった事をイリアに伝える。
「(ローズさんが持っていることが) 拙いですねそれ……」
「何か大変な事になるんですか?」
「それは聖女の証であると同時に強力な魔物避けなんです……たしか」
「ええ!? じゃあ、もし外に出ていたら」
「(聖女様的には問題じゃないけど) 魔物に襲われますね」
「そしたらあの厳つい人たちは……」
「聖女様の護衛の聖騎士ですね……それ、できるなら早く聖女に返した方がいいですよ。でも、(聖騎士に見つかってローズさんが盗んだと疑われたら) かなり危険ですね。(その上、夜人族だとバレたら) 殺されるかもしれません……」
「聖女様が魔物に殺される!? あわわわ……ちょ、ちょっと探してきます!」」
「あ! ローズさん!! ……行っちゃった……聖騎士に見つからければいいんですけど」
とりあえずイリアは()をちゃんと言葉にした方がいい。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「うー、どこに居るのー? というか普通に考えたら無理……?」
大分日は傾いてきたとはいえ未だ太陽は元気に輝いている。
とりあえずHPが尽きないように最後のポーションを飲む。
「周辺には居ないのかな……あ、森だ」
アモーレの近くに位置する森。
薬草などが群生していたりする。
魔物も大して強くないので街の人も採取に訪れたりする。
「うーん……一応見に行ってみる? 日陰なら痛みも緩和するし……うん、行ってみよう」
どちらかと言えば継続ダメージの緩和を取ったきもしないでもない。
だが、森に入って少ししたとき奥から悲鳴が聞こえてきた。
「悲鳴? こっちかな!」
ローズは急ぎ、悲鳴が聞こえた方向に走り出す。
たどり着いたところにはフォレストハウンド四体と対峙する聖女の姿。
そして、聖女の背後には子供が二人蹲っている。
「た、大変だ!」
急ぎ、加勢に向かおうとしたローズはとんでもないものを目にすることになる。
「しゃオラ!」
なんと聖女が飛び掛かってきたハウンドの顔面を蹴り上げたのだ。
「えー……」
コレにはローズもビックリだ。
しかし、状況はあまりよくない。
なにせ背後にいる子供を守る動きをしているので思うように戦えてない。
対してハウンドは聖女の隙を伺いつつ牽制し、囲むような布陣に変えてきているのだ。
「見とれてる場合じゃない。加勢します!」
「え? あ、ああ! 助かる!!」
ローズは子供たちを挟むように聖女の後ろに着く。
ついでに子供の様子を確認したが、気絶しているだけで酷い怪我は無いようだ。
「名も知らぬお人よしのキミ、最悪あたしは放って置いて子供たちだけでも連れて逃げてくれよ!」
「ローズです! そんなことは絶対にさせませんから!」
「へっ、頼もしいね。どれくらいやれる?」
「わかりません!」
「は? ちょっと待ってくれ、勝算があって来たんじゃないのかい?」
「分かりません! (チュートリアルはやったけど) 実戦は初ですから!」
「ちょ!? って、この!」
ローズの発言に思わず振り向いた瞬間を狙い、ハウンドが再び聖女に飛び掛かる。
一瞬驚いたが、咄嗟に振り上げた足を後頭部に引っ掻けるようにし、そのまま踏みつける形で豪快に地面に叩き付ける聖女。
ゴキリという音が耳に届き、幾度か痙攣してハウンドは絶命する。
聖女とはいったい……。
ローズはローズで噛みつかれないように警戒しつつ殴り飛ばしているのだが、如何せん力が足りていないのか大したダメージが入っているように感じない。
(動けてはいるけど、ステータス半減って結構きつい……)
「ローズ! 大丈夫か?」
「はい、何とか!」
「大体あと5分もすれば日が落ちる! 出来るだけ早くケリをつけたい! 夜の森は危険だ!」
「日が落ちる?」
その言葉にローズは聖女と逆の想いを抱く。
(日が落ちれば確かステータスは逆転するよね……5分……粘れば勝てる! たぶん!!)
「ローズ!?」
「日が落ちれば勝てます!」
「本気かい?」
「はい!」
「分かった、信じる!」
ハウンドの攻撃をいなし、牽制して粘る事5分。
たった5分だが永遠にも感じる。
だが、それも終わりを告げる。
「来た!」
HPの継続ダメージが止まる。
同時にステータスが逆転し、言いようのない高揚感と力が溢れてくる。
私の時間だ! 理屈ではない、感覚でローズは理解した。
「うん……行ける……型なんてない……ただ……力の赴くままに!」
地面を勢いよく踏みしめ、三度飛び掛かるハウンドの喉に強烈な貫き手が決まる。
ドワーフ族に匹敵するその力はハウンドの柔らかい喉元をいとも簡単に突き破った。
「うわ……あったかい……こんなとこまでリアル……」
ローズは無造作にハウンドを投げ捨てると思った以上に強い力で木にぶつかり、ビクリと一瞬痙攣し完全に絶命した。
「血が……こんなに……勿体……無い?」
なんと無くそうしたくなり、手についたハウンドの血をペロリと舌でなめとると何とも言えない幸福感が湧き上がり身震いする。
「な……夜人族……だったのかい……って!? ちょっと! それ、子供の前でしていい表情じゃないよ? 子供は気絶してるからいいけどっていうかさっきまるで別人じゃないか! でもこれなら……そらァ!!」
優勢だとみるやいなや、聖女もハウンドに襲い掛かる。
「そら、そらそらそらそら! おまけだよ!」
足先がぶれるほどの蹴りを何発も叩き込み、最後に回し蹴りで弾き飛ばす。
もう一度言う、聖女とは一体?
その間にローズは残った一匹にターゲットを絞り、突撃を敢行する。
「がうううう!」
首の裏に噛みついて血を啜る。
(なんていうか……ぶどう? ……おいしい)
干からびてカラカラになったハウンドを吐き捨ててあたりを見回す。
援軍がくる様子もない、周りにハウンドの気配は完全になくなったのだった。
「ふう……あっと……口元が血で……あ、死体勿体無い。バッグバッグっと」
ごしごしと外套で拭いてはみるものの、ただ伸びただけで悲惨な顔になってる状況は変わらない。
「……風聞とは全然違う……というか色々おかしな娘だ……とりあえずコレ使いな」
聖女は水の初級魔術で濡らしたハンカチをローズに手渡し、ため息をついた。
――場所は変わって、孤児院。
「へえ、わざわざ届けに探してくれたんだ……ありがとね」
「いえ、大事なものだと聞いたので……」
「敬語は止してくれ、あたしはこっちが素なんだ。それに……出来ればこいつは捨てたいんだ」
「え?」
「あたしはもともと孤児院に居たんだ。成人したときに院長の好意で受けた魔術適性でたぐいまれな神聖魔術の適性があって聖女に担ぎ上げられたけど……正直ガラじゃない」
「聖女様は全力で狼さん蹴ってたもんね」
「ああ、ハウンドの毛皮は大事な収入源だったからね……それと、あたしの名前はジーナ。魔人族だ、聖女とは……あまり呼んでほしくない」
「うん、わかった。ジーナは魔人族かあ。その銀の髪と赤い眼、凄く綺麗だね」
「ん? そ、そうかい? 種族の特徴だから魔人族は皆銀の髪に赤い眼で白い肌をしてるよ」
「そうなんだ」
「なんだ? 魔人族を見たことがないのか? (そうか……アタシが夜人族を見たことがないのと同じで夜人族もほとんど外に出てこないから他種族を見たことがないのか)」
「他に見た事あるのはエルフ族と人族かな? 機械人族とドワーフ族はまだあったことないよ」
「そっか」
魔術に長けた種族……魔力をより多く取り込むために儀式で体質を変化させたのだが、副作用として体中の色素が抜け落ちてしまったのだという。
「へー……魔術に長けてるのにジーナは使ってなかったよね」
「ああ、まだ適性が分からなかったときに金を稼ぎたくて我武者羅に覚えたんだ」
あの蹴りは孤児院の子供たちにすこしでもいいものを食べさせたくて狩りをするために培われた体術だという。
聖女となった今は思うように自分のやりたいことが出来ないのが不満なんだとか。
ローズとぶつかったあの時、お勤め途中だったのだが、折角アモーレに来たのだから自分が育った孤児院に行きたいとジーナは教会に懇願した。
しかし、スケジュールが埋まっていると拒否されたらしい。
「だから逃げたんだね」
「ああそうさ、本当はこのまま旅にでも出たいよ。お役目なんてもうまっぴらだ、アタシは魔物を蹴り殺してる方が性に合ってる」
「あ、あははは……」
「でも、こんなガサツな聖女でも慕ってくれる人は居るし、アタシの神聖魔術で救える人もいる……だから今でもギリギリでしがみついてるんだろうなあ……じゃなきゃとっくに逃げてるよ」
「ジーナ……」
「ところで、ローズはなんで昼間なのに出歩いてたんだ? 夜人族は昼間は駄目なんだろ? それに……教会の連中に逢ったら……」
「昼間の風景を見たくて無理しました! それと教会の人? だったらジーナとぶつかったところであったよ」
嘘ではない。
「そう……なんだ。昼間に堂々と出歩いていたから気づかれなかったのかな……?」
「どういうこと?」
「夜人族は教会にとって討伐すべき種族なんだ……神を裏切った神敵としてね」
「うわぁ……」
思いの外種族のしがらみは色濃いようである。
「一歩間違えたら死んでただろうに……」
「教会については知らなかったんだからそれは言わないで……」
「? 教会と夜人族のしがらみを知らない? 今日日子供だって知ってるのに?」
「あ、私漂流者なんだ」
「ああ……なるほど」
魔法の言葉、「漂流者だから」。
「それより、子供たちが出稼ぎしないと食べていけないなんてどういうことなんだろ」
「あたしもおかしいと思ってる。これでも貰ったお金のいくらかはここに寄付してるんだ」
「そんなに子供も多くなさそうなのにまかなえていないよね」
「ああ、何処かでハネられてるとしか考えられない。でもどこでそうなってるかわからないから問い詰めようもない……」
「……ねえジーナ、もしよかったら私が狩った獲物をココに少し融通しようか?」
「いいのか!? ……いや、ローズにも生活があるだろうし教会の眼も……それに、今日会ったばっかりなのに悪いよ」
「何時出会ったかなんて関係なくない? 大丈夫だよ、見たでしょ? 私、夜は超強いんだから! いっぱい狩ってくれば私も生活辛くならないよ」
「そう……か? 本当にいいのか? アタシはお役目があるから今回みたいな事が無い限り聖都から出られない、もしこの孤児院を見てくれるならこれほどありがたいことはない」
「いいよ! だって、友達でしょ?」
つい口を突いて出てきた。
何処か共感できる気がしたために。
「とも……だち……友達か……はは……友達かぁ……いいなぁそれ……」
「……泣いてるの?」
「え? あ、ああ……アタシの周りは友達なんて呼べる奴は居なかった。物心つく前に両親が居なくなって孤児になったアタシの事を皆ゴミでも見るような眼で見てたよ……優しくしてくれたのはここの子たちと院長だけだ……聖女になってからは上手く取り入ろうと下心丸出しで近寄ってくるやつしか居ない……だから……他人に……こんなにもまっすぐ曇のない目で友達って言われたの……初めてで……」
両親が居なくなり、周りや親しかった友人から徐々に腫れ物扱いされていったローズは、ジーナの境遇に他者とは思えない感情をいだいた。
「(ああ……それで私は……) うん、辛かったんだね。いいよ、私しか見てないから」
「うん、う”ん”! ありがどう!」
ジーナは親代わりの院長や孤児院の仲間以外で初めて触れた他者のやさしさに涙が止まらなくなる。
ローズはそっとジーナの頭を抱え、子供をあやすように丁寧に頭を撫ぜて落ち着くのを待ち続けた。
「ふふ……何か困ったことがあればいつでも言ってね? 出来る限り協力するから」
「ぐす……ああ、アタシもローズが困ったらいつでも言ってくれ。聖都から出れないって言ったが、いざとなればいつだって肩書きも地位もなんもかんも全て捨てて駆けつける!」
「肩書きとか捨てるのはちょっと重たいかな?」
「はは……でもそれくらいの覚悟があるってことさ。しかし、アレだな。神に祝福された種族よりも神に嫌われた夜人族の方が人間味があるってなんの皮肉だろうな」
「私は私、私がジーナを助けたいって思ったから行動しただけ。そこに種族差なんて些末な問題でしかないよ?」
「そっか……そうだよな……自分は自分か……なんで皆こんな簡単な事が出来ないんだろうな……ローズ、ありがとう……アタシもアタシらしくお勤めするとするよ」
「うん! その意気だよ! 嫌な事は全部蹴り飛ばしちゃえ!」
「アタシらしくってそっちかぁ?」
「違う?」
「違わない……ぷっ!」
「「あはははは!!」」
二人は心の底からお互いに気を許し、笑い合い、眠りについた。
ローズのメニュー内インフォにひっそりと通知が入る。
【クエスト:ペンダントを返そう。をクリアしました】
【聖女ジーナとフレンドになりました、以降フレンド通信により交信が可能になります】
【称号「聖女の友」を獲得】
【クエスト発生:聖女との約束、孤児院を見守れ。】
【期限は無期限です、聖女ジーナとの約束により無条件で受注します。依頼を終えるときは聖女ジーナに伝えることで終了できます。】