観客席とその他の面々
どちらかと言えば閑話的な部類です。
読まなくても支障がほどんどありません。
――観客席。
「サルビアさんはコケコウラでいいのか?」
『ええ、ありがとうね』
屈託のない笑顔でにこやかに小首をかしげる仕草が様になる。
これで40代とか何かの間違いではないか?
「そろそろ予選だな」
『あのモニターで各試合が見れるのね、すごいわぁ』
縦に四つ連なる巨大モニター。
上からA、B、C、Dブロック。
さらに東西南北どの席からも見れるように一つ一つが四つのモニターで出来ている。
『まだかしらねぇ』
「ここ、いいかな?」
ギースとサルビアに横から声が掛かる。
「うん? 構わね……マクスウェルのおっさん」
「やあ、さっきぶりだね」
見ると一般的なネルソディラの服に身をつつんだマクスウェル。
城はどうした。
「いつもの服じゃねえんだな」
「あの服では目立って仕方ないだろう?」
確かにいつもの服では「ザ・王族!」を余すところなく表に出しているので外行きではない。
「しかし、堂々と出てくるんだな」
「むしろコソコソしていた方が目立つと思わないかね?」
それも一理ある。
「なるほどな」
「おお、そうだ。サルビアよ、これをやろう」
マクスウェルが取り出したのは大人の顔くらいのサイズの石板。
『これは?』
「これは? だとさ」
「うむ。そのフレンドチャットでないと意思疎通が出来ないのが不便でな、倉庫を漁ったらそれが出てきたのでプレゼントだ」
魔力を流すことで石板に文字が浮き出る優れものらしい。
先代であるロアが作成した代物で、密談などで重宝したらしいのだが。
『そんな大事なモノいただけませんよ!』
そのような歴史があるレアアイテムをポンポンもらえるはずもない。
「御大層なもんだから貰えないとさ」
「はっはっは。大丈夫だ、それはあと三つ残っておる」
『「はい?」』
「文字が浮き出る以外にログ機能が付いていて伝え漏れがない様になっている優れものだ。が、サイズがサイズでな」
創ったはいいが、ロア自身が良く無くしていた為に予備が三つ残っているそうだ。
「なんとまあ……」
「そういえば残っていた文献に書いてあった使用用、保存用、観賞用、布教用とは何だと思う?」
「……サルビアさん。ログ残ってねえか?」
『ちょっと待ってね……こ、これは……』
「うん? なんと……」
そこに浮かび上がったログは先代が書いたと思われる詩とイラスト。
しかもかなり恥ずかしい部類の。
「どう見てもこれは同人だな」
「ううむ……」
『裏に布教用って書いてあるわねぇ』
言葉自体はギースにしか伝わらなかったが、マクスウェルは裏に書いてある文字をみた。
「「……」」
二人は押し黙ってしまった。
「と、とりあえず使ってみてもらえないか?」
話題を逸らそうとマクスウェルが提案する。
『わかったわ。ええっと……こうやって手に持って……』
魔力の使い方もリリィから聞いていたのでそのようにすると……。
【こんな感じかしら?】
という文字が浮き出て来た。
「おお、そいつは便利だな」
「うむ、使えるようで安心した」
さっきログを表示しただろう。
先代の恥ずかしい過去を忘れたいのか。
「よ、予選が始まったみたいだな」
「うむ」
『【あ、さっそくローズさんが出てきたわぁ】』
思念と同時に石板に文字を出す。
意外に器用な真似をしているようだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ローズは最後までワンパンかよ。いや、最後はツーパンか」
誤差の範囲である。
「うむ、やはりこの程度では相手にならんか」
「おいおい、わかってたのかよオッサン」
「手加減しているとはいえ、ランハクと殴り合えるほどに成長したのだ。余程の事が無ければ負けんだろう」
うんうんと目を閉じて頷いているマクスウェル。
【あれ? あのBブロックの方、見た事ないかしら?】
「どいつだ?」
【ミス・ホワイトさん? 偽名かしらねぇ】
「……ランハクさんじゃね?」
ギースがそう言った瞬間マクスウェルが盛大に飲み物を噴き出した。
「うわ、きたねえなオッサン!」
「げほ、げほ。いやなに、さすがに頻繁に会ってるギースにはバレると思ったがこの間会ったばかりのサルビアにもバレるとはおもわなんだ」
むしろバレないと思っていたのだろうか。
「いや、いつものメイド服じゃねえけど髪の色は一緒だし仮面付けてるけど口元は丸出しだし」
良く知る人物であるならその程度の変装は見破れて当然とギースは言う。
「なるほどな、サルビアは何故わかったのだ?」
【正体までは解らなかったわ。でも雰囲気というかたたずまいがねぇ……凄く上品なのよね】
「ぶ……ぶわっはっはっは!! なるほどなるほど! 王族の専属オーラが隠しきれなかったか!」
膝を叩いて大笑いするマクスウェル。
周囲の人たちの視線が少々痛い。
「王族とか言ってたらお忍びの意味がねえだろ……」
ギースは額を抑えて天を仰ぐ。
「ふむ……お? 何やら稽古のような戦いになっておるな」
【戦っているのは……なんかSFねぇ】
「ん? ああ、シェイドか……ご愁傷さまだな。ゴドーは見せ場なかったしな」
【私は麻呂さんがちょっと好きね】
「色物と思わせて結構正統派だったしな」
「ジーナの対戦相手はどれも一本筋が入った正統派だったな」
「泥臭いともいうな」
【嫌いじゃないわねぇ。でももっと普通の格闘技みたいなのを想像していたけど、映画みたいね】
「ああ、蒙鬼なんかその最たるもんだな」
「独学かは知らぬが、あの格闘術は始めて見た。素晴らしいものだ」
「全試合が終わったな。ベスト8が決まったからこれから抽選で本戦だな」
「しかしギースよ、あれだけの戦いなのだから本戦に影響はないのか?」
マクスウェルの疑問も尤もだ。
「時戻しの結界だかが武舞台に張られてるらしいからな」
時戻しの結界は運営が張った特別な結界。
戦いの記憶は残るが戦闘が終われば戦闘前の状態まで戻してくれる優れもの。
だから致命傷を負っても死に戻ったりはしない。
なのでネルソディラの人もリアルモードの人も安心して全力が振るえるのだ。
【便利ねぇ】
「なるほどな。まあ、そこまでせねば安全な大会にはならぬか」
「エデンの大会も同じような結界が張られてると聞いたが、こっちは劣化版らしいな」
エデンの結界は致命傷を感知して直前まで戻すだけ。
死に至る怪我は治るが普通の怪我までは治らない。
「ふむ……流石にエデンの大会は見れぬな。逢魔でも似たような施設を作ってみるか?」
娯楽が少ない世界であるからこういったものはいいストレス発散になる。
「いいんじゃねえのか? 衣食が足りてるなら娯楽があればなお生活に潤いがでるっていうしな」
【そうねぇ】
尤も、マクスウェルは囚人にやらせようと画策しているが、これは彼の脳内での話なのでギースたちは知るとことではない。
そうこうしているうちに闘技場の中央に位置するモニターが光になって消えて行く。
ベスト8の抽選が終わり、本戦が始まるようだ。
ここからはモニター越しではない生の戦いになる。
観客たちは興奮を隠せない様子だ。
実際ベスト8に残った選手たちは全員がレベルの高い戦いをしていた。
それを生で見れるなら興奮もするだろう。
「オッサンは賭けするのか?」
「ん? そんなのもあるのか」
「気に入った選手に賭けて応援するんだよ。対戦前にオッズもでるしな」
「なるほどな。多く賭けられている選手はそれだけ周りの期待が大きく、期待を裏切らぬように闘志を燃やし、賭けられていない選手は前評判を覆すのに闘志を燃やすというわけか」
「そこまで説明してないが、そんなとこだ」
実際賭けというのはあくまでお遊びにすぎず、観客も贔屓の選手と一緒に戦っているような気分に浸れるから的な意味合いが強い。
それらのもたらす効果すらもあの説明で見切ったマクスウェルはやはり施政者という事か。
【私は当然ローズさんとジーナさんに賭けたわ】
「俺も同じだな」
「ふむ……では私はミス・ホワイトにしておこうか」
マクスウェルの顔を見ると本気で優勝を当てるつもりは無いようだ。
「ノリで賭けた感じだな」
「実際にノリでしかないさ。ミス・ホワイトは可愛い弟子がどれだけ成長したか本気で戦ってみたいだけなのだからな」
「本気で戦ったら優勝間違いなしだろうが……」
【いいところで降参するつもりかしら?】
「サルビアの正解だな。アレはそのつもりだが……そんな決着では観客が興ざめするだろうから上手く手を抜くのだろう」
「……楽しすぎて手加減忘れないといいな」
「そ、それは大丈夫だろう……たぶん」
今までを見ているギースはきっと無理なんだろうなぁと思っていたとか思っていないとか。




