痛みとギルドとギルマスと
三つめ。
長くなりそうなったので分割。
――中央の街、アモーレ近郊の丘
白い空間から抜けるとそこは華やかな街並みが見える丘の上だった。
遠目にだが様々な人種が門をくぐり中に入るものと、集団で武器を持ち、外に出る者たちが居るのが見える。
風が頬を撫でる感触、青々とした草原の香り、さすような太陽の光がその全てが五感を刺激し、現実と勘違いしてしまうほどのリアルさを演出していた。
(ココがネルソディラかー……スゴイ……ていうかなんか全身痛い……痛い?)
ローズが感嘆の声を漏らすと同時に、じくじくと痛む全身に違和感を覚える。
「いた! いたたたた! 痛い! 身体に感覚がある! あは♪ すごく痛い!! 痛いってこんな感覚だった、懐かしい! ……ぐす……」
久しく感じていなかった痛み、それは紛れもなくローズが生きていると実感できるものだった。
よくよく思い出せばチュートリアルの時に剣を握った感触もしっかりとあった。
嬉しさから流れ出る涙を拭いて、とりあえずメニューを開き、自分の状態を確認するとHPが徐々に減って行っていた。
「あー……種族デメリットか……ふふ……いたい♪……」
この段階にきてやっとリリィが夜人の街を薦めた理由を理解する。
が、この痛みすらも心地いい。
痛がりながら涙を流して喜んでいる様は傍眼に見て正直かなり危険な香りしかしないが、長い事身体の感覚を失って寝たきりになっていた本人からすれば重要かつ最高のに喜ばしい状態。
「あはは!! いたいよぅ♪ あ、そう言えばリリィさんが何か言ってた」
ネルソディラに向かう前にマジックバッグに何か入れてくれたと言っていたので確認する。
【ブラッドリジェネポーション×5】
【リリィの手紙】
「手紙とポーション? いたた」
HPはどんどん減っていく、とりあえず手紙にざっと目を通すローズ。
【ブラッドリジェネポーションは吸血鬼専用で継続的にHPを回復する薬だよ、これで何とか継続ダメージと拮抗出来るはずだから使ってね。自分の種族を忘れちゃだめだよ! 後は早く夜人族の街に行くこと。 リリィ】
リリィの気遣いが純粋に嬉しかった。
このまま痛みに身体をゆだねてもローズ的には問題ないが、折角の新しい人生の門出が太陽光による焼死では残念極まりない。
まして、リアルモードなのだからうっかりLPが尽きでもしたら目も当てられない。
なので即座にポーションを取り出して一気に飲み干す。
すると手紙の通りHPの減少は止まった。
というか減った分回復するような形なので刺すような痛みは続いてる。
「うん、戦闘も無くいきなり倒れるのは避けれたね」
その場で足踏みをしたり、軽く跳躍してみて先ほどの空間で動いたのと変わらない身体の動きを確認してローズは一息つく。
「とりあえず……あれ、なんだっけ? ……街に行けばわかるよね」
手紙を読んだはずなのにすでに忘れてる。
ステータス半減で身体が重いが、現実の身体が重たいどころか動かないのでまったく気にならない。
だが、火傷のような外傷が出来続けている事が少し気になったので何かないかと身体を見回し、初期装備である初心者の外套に目を向ける。
現在マントのように装備しているが、フードがついていたので前を閉めてフードを目深にかぶってみるとほんの少しだが痛みが軽減した。
「これで幾分かマシかな?」
欲を言えば初心者のスカートがズボンだったらなぁと思う。
さておき、街中へ行くと色々な種族がワラワラと出入りしている建物がある。
見れば自分と似たような装備の人たちばかりなのできっとあそこが最初に行く場所なのだろうと当たりをつけ、彼女はギルドにたどり着いたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「こんにちは、冒険者ギルドへようこそ」
ギルドに入って受付カウンターに行くと、エルフ族の受付嬢が笑顔で出迎えてくれた。
「(うわぁ……耳が尖ってる……すっごい美人さんだ……) 新規登録をお願いします」
屋内に入ったのでさっきよりもHPの減りが大人しくなっている。
回復量が勝ち始めたのが証拠だ。
「はい、かしこまりました。ではこちらの紙にお名前を記入してからこの水晶に手を触れてもらえますか?」
「はい」
言われた通りに名前を書き、水晶に手を触れる。
「え? 夜人族……そんな……」
受付の女性が何か怯えてるようにも見える。
「?? どうかしました?」
「いえ! なんでもないです!!」
「???」
「は、はい、登録が完了ですね。こちらが冒険者カードになります、再発行は一万Nかかりますので無くさないでください」
この世界の通貨はN
銅貨一枚1N。
大銅貨一枚10N。
銀貨一枚100N。
金貨一枚1000N。
白金貨一枚10000N。
といった感じになっている。
回復アイテムであるポーションが一個50Nなので再発行はかなり高額だ。
「分かりました」
基本的にギルドには緊急性の高い依頼しかない。
魔物素材や薬草系は常時受け付けているので持ってくれば配当金が支払われる。
あくまでも冒険者という立場の身分証明であり、緊急時に依頼を受けてくれれば普段は好きに動いていいらしい。
ただし、犯罪などは厳しく罰せられる。
犯罪者は冒険者資格のはく奪に加えて賞金が賭けられ、受付横にあるウォンテッドボードに張り出されるようだ。
「あ、ああ、あと、これは初心者応援の品です。有効活用してくださいね」
そう言って受付のお姉さんは腰につけられるポーチを渡して来た。
「これは?」
「アイテムポーチです。5種類までのアイテムを携帯できます、1種類10個まで入れれますのでいざというときに役立ちます」
「アイテムポーチですか? バッグと何か違うんですか?」
「はい。魔物との交戦中にインベントリやストレージを使うと制限が掛かりますから……え? バッグですか? ストレージをお使いすることが出来ない? ローズ様は漂流者ではないのですか?」
インベントリとストレージは便利だが制限もある。
戦闘中に使うとアイテムを出すのに5秒の待機時間と10秒のクールタイムが出来る。
短いようだが、切羽詰まった状況でこれは地味に結構キツイ制限だ。
「漂流者ですよ、あと様はいらないですよ?」
「そんな恐ろしい……じゃなくて! ち、ちょっと待ってください!」
そう言って受付は奥へと引っ込んでいく。
待つこと数分、帰って来た受付の人は恐る恐るといった感じで切り出してくる。
「こ、こちらについて来てもらえますか?」
なぜこんな態度を取られるのか心当たりがないローズは不審に思いながらも付いて行った。
案内された場所はとある部屋。
わりと大きな部屋なのだが、それほど室内が大きいと思えないのには、部屋の奥がわ中央に位置する机に座る大柄な老人のせいだろう。
たたずまいや来ているものを見ているだけでわかる偉い人。
それに、抑えているはずなのに感じる威圧感は実力も尋常じゃないと物語っている。
「ふむ? 見たところ普通の人にしか見えんが……どれ、お嬢ちゃん。ちょっと頭に手をかざしてもよいかな?」
「? はい、いいですよ」
「ありがとう、ではこっちへ」
手招きされるままに近づいたローズ、老人は彼女の頭に手をかざして目を閉じる。
「うむ……確かに漂流者で間違いないようじゃが……イリアの言う通り創造神の加護がないのう……昔そのような人物が少ないながらも居たという事は聞いたが、生きているうちにお目にかかれるとはの……」
ローズにはわからないが、この昔というのはβの時の事をさしている。
「うん?」
一体どういう事なのだろうとローズは首を傾げる。
「あの……マスター……?」
「おお、すまん。イリアよ、気にすることはない。普通の人と同じ対応で大丈夫じゃ」
「え?」
「このお嬢ちゃんは夜人族だが、伝承のような奴ではないという事じゃ」
「それは……」
「不快に思ったならスマンのうお嬢ちゃん、儂は人の加護を読み取れるのじゃよ。……夜人族はの、その昔神々を裏切り、邪神に組した種族として忌み嫌われていたんじゃ……今もその風潮が残っておる。気にしない輩は気にしないのじゃが、このイリアのように怯える者もおるでのう……」
「申し訳ありません……」
「あ、いえ。誤解? が解けたのなら私は問題ないですよ」
「いい娘じゃの。……ところで、夜人族は太陽神の罰で昼間が苦手ではなかったのかの?」
「あ、ポーション飲んで耐えてきました」
「なんと豪気な……面白い娘じゃ」
「街の風景が見たくて……あと、私はローズと言います。よろしくお願いします」
「おっと、儂も自己紹介してなかったのう。儂はこの冒険者ギルドのマスター、エルフ族のモロック=チホウじゃ」
「(耄碌……痴呆……) お願いします」
なんて酷い名前を付けるんだ! とローズは心の中で叫んだ。
名前に気を取られたが、よく見ると受付の女性と同じ耳をしていた。
なるほど、この美人さんはエルフなのかとチラ見する。
「さて、イリアよ。案内の続きを」
「あ、はい。ローズ様はどんな武器を使いたいですか?」
「武器ですか? ……やっぱり様は慣れないなあ」
「ではローズ「さん」で……えっとですね、初期の武器はこちらから貸し出しすることが出来ます。貸し出しなのでお金はいただきませんが、借金という形になります」
武器の種類は無制限。
使ってる武器が合わないと判断したなら交換ができる。
その際には使った武器のメンテナンス手数料として幾ばくかの料金はかかる。
それが嫌ならギルドの訓練場で素振りをするのもいい。
そうして自分に合った武器を見つけさせるのが狙いだ。
「様よりはいいか。っと、借金ですか……」
「ああ、とりたてたりはしないので安心してください。素材納品等の際に5%返済していただきます、壊れたら修理費を頂きますがご自身で修理をしてもかまいません。完済すれば自分の物としてそのままお使いいただけますよ、戦闘教練も無償で行ってますので比較的完済される方はおおいですね」
武器の値段は例えば鉄の剣で1000N。
おいそれと買えるものでは無いがそれをギルドが負担してくれる。
で、その費用を分割で支払う形となっているらしい。
この措置は昔武器が買えずに無謀な行動を起こし、死に至る初心者が多かったために作られた制度。
これは死に戻りが可能な漂流者ではなく住民の冒険者向け制度だろうとローズは思った。
リリィも言っていたが早々にリアルモードを選ぶ人が居ないからだ。
ちなみにこの支援、絶対に受けなくてはならないわけではない。
その辺の廃材なんかをただでもらったりして戦う猛者もいる。
ローズはリアルなので気づかなかったが、実は運営からの所持金初心者支援は難易度ハード以上にはない。
問答無用の0スタートだ、不親切!
「ちなみに完済せずに逃げたりしたら?」
「その時は賞金を掛けて追いかけます」
「アッ、ハイ」
「どうですか?」
ローズの返答はというと?
「うーん……とりあえず素手で行きます」
「す、素手ですか?」
「はい、素手です」
「ガントレットなどはいりませんか?」
格闘職を目指す人もいるのでこの辺も完備している。
「今はいいです、必要になったら言いますね」
「わ、わかりました。無理はしないでくださいね。あと、何らかのスキルが手に入ったら職につくことをお勧めします。転職はギルドで行えますのでいつでも言ってください、適正を見るだけのご利用でもかまいませんよ?」
職業適性は、どれだけその職に適しているかを診断してくれる。
ただし、つきたい職が即座に出るとは限らない。
例えば、商人になりたいのに商売の事をまったく知らなければ適性は出ないのだ。
逆を言えばその時に適性が無くても、しっかりと勉強や努力をすればいずれはどんな職にもつけるという事。
リアルを謳っているだけあって所々で妙に現実チックな部分が見え隠れする。
「ありがとうございます。あ、図書館ってありますか?」
「ございますよ。当ギルドを出て右手側突き当りにある建物が図書館になります」
「ありがとうございます。イリアさん」
「いえ、……その……先ほどは失礼な態度をとってしまいすみませんでした」
「気にしてないから大丈夫! モロック様も色々と親切にしていただいてありがとうございます」
「頑張るんじゃぞ? 種族のしがらみは一筋縄ではいかんからのう。もし困ったことがあればいつでも儂を頼りなさい」
受付嬢のイリアはにっこりとほほ笑んで会釈を返してくる。
モロックも孫を見るような眼でニコニコしている。
その表情や対応には機械らしさなど微塵も感じない。
リリィの言った通りここの住人は皆生きている。
そう確信を持った。