登紀子とauthentic world online
二章開幕。
のプロローグ的なもの。
主人公は変わってないので導入と思っていただければ。
ブックマークと評価をくださった皆様ありがとうございます!!
【authentic world onlineの世界へようこそ】
【はぁい、初めまして。案内役のリリィだよ】
目を開けると登紀子の目の前には緑色の服を着て緑の髪をした手のひらサイズの羽人「妖精フェアリー」が居た。
「へえ……人の姿をした虫……? すごいわねぇ……」
【む!? 虫! ボク虫なんかじゃない! 由緒正しき案内精霊の妖精だよ!】
心外な! といったふうに頬を膨らませて抗議する姿がとても可愛らしい。
「あらあら、ごめんなさい。こういった物には疎くて」
もし娘が生きていたならもっと理解できていたのかもしれない。
そう思うと登紀子の胸が締め付けられる。
【うえあ!? そ、そんな顔しないでよ……えと……説明して大丈夫?】
「あら? ああ、ごめんなさいね。少し自分の世界に入っていたわ。どうぞ、お仕事続けて頂戴」
【うん……簡単な世界の説明をするね。この世界は……】
すこし調子が崩れたが、そこはお仕事。
いつもの説明をするリリィ。
「聞いてた通りねぇ……リリィさん……。ここは……どこまでリアルなのかしら?」
陽子とまったく同じ質問をしているというのはなんの偶然なのだろうか。
【その質問……】
以前聞いたことがある質問。
自分が気にかけて加護を内緒で与えた(きっと創造主は気づいていると思う)人物だけがリリィに投げかけて来た質問。
そう言えば彼女は今どうしてるかな? と少し心配になる。
「??」
登紀子は質問の答えがなかなか帰ってこないことを訝し気に思ったが、何か過去を懐っている表情をしていたのに気づき、黙っていることにした。
【……あ! ごめんなさい。えっとね、その答えは一部の例外を除いたプレイヤー以外の「全て」、authentic world onlineの舞台となる世界「ネルソディラ」の住人は自分で考え、行動し、生活しているんだ】
ふと自分が仕事の途中だった事を思い出し、気まずそうにしながら質問の答えを返すリリィ。
そこについてまったくと言っていいほど言及しないのは流石のお母さんといったところ。
「すごいわねぇ……」
【気を付けなければいけないのはネルソディラの住人には死がある。それは魔物かもしれない、病気かもしれない、ひょっとしたらプレイヤーである”漂流者”が殺してしまうかもしれない。そして、死が訪れた住人は居なくなる】
以前同じ質問をした漂流者に言った言葉と一字一句違わない説明。
それが酷く昔に感じるのは時間加速のせいなのだろうか?
「私たちは死なないけど、街の人は死んだら居なくなっちゃうのね……それは悲しいわね」
【そ、そういうこと。住人は生き返る事はないけれど、システムの恩恵はあるから住人でもメニューは使えるしフレンド通信機能もつかえるけどね。質問は以上かい? じゃあまず難易度設定に行こう】
「メニュー? フレンド?」
【あっと……そこからかぁ……】
初心者も居るには居るが、ゲームそのものに対しての初心者は珍しい。
やったことは無くとも用語くらいは知っているものなのだが……。
こういう人も中には居るのだろう。
登紀子にもわかりやすいようにかみ砕いて説明してくれた。
「最近のゲームは凄いのねぇ……」
パッと見は30代に見えるのだが、どうもそうではないとリリィは判断し、さらに細かく分かり易く説明を続ける。
「わかったわ! ごめんなさいね、私に時間かけさせちゃって」
【ううん、いいんだよ。中にはキャラメイクで現実時間の8時間以上かける人もいるからね】
随分と凝り性のひともいたもんだ。
【じゃあ難易度選択を】
「分かったわ。リアルにするわね」
【ねえ、ちゃんと理解してた?】
「大丈夫よ? リアルモードのキャラは死んだら消えちゃうのよね?」
【う、うん……じゃあなんで……】
「私たちだけ生き返れるってなんだかゲームの中の人たちに失礼じゃない?」
【あ、ああ……そう……だね……うん】
やはりどことなく彼女と似ている。
そうリリィは思った。
【難易度は……決定、次はキャラメイクだね……】
リリィがそう言うと、登紀子の前にシャツとスパッツ姿の自分が投影された。
「こうやって鏡でもないのに客観的にマジマジ見ると恥ずかしいものがあるわねぇ……」
そう言いながらもバストの状態やヒップが下がっていないかをチェックしてしまうのはやはり女性。
「うん……まだまだ捨てたものじゃないわねぇ」
【あ、あまり現実と乖離させ過ぎる事は出来ないから気を付けてね……】
「わかったわ」
身長や体型は大きく変更することは出来ない。
あまり現実と離れるとログアウトしたときに身体感覚がおかしくなってしまうとの事だ。
ここで時間をかける人は女性なら、やれバストのサイズだ張り具合だ体型だ身長だ。
髪型に目の色にと何パターンも試して自分が納得いくまでやってしまうのだそうだ。
「髪型はこのままでいいわね。色は……黒かしら? 眼の色も同じで……あら? 胸も弄れる? とくに困ってないし……胸もこのままでいいわねえ……」
出来上がったのは今とまったく変わらない。
流石にソコはリリィがストップをかけた。
【ちょっとまって! せめて髪の長さや色、あと目の色だけでも変えよう!】
「あら? どうして?」
【現実そのままだと本人特定が容易にできちゃう可能性があるんだ、セキュリティはしっかりしてるからシステムから個人情報なんかは絶対に抜けないけど、現実でバッタリ! あれ? この人あの人じゃね? は不可避だからね!】
「こんなおばちゃんバレても問題ない気がするんだけどねぇ」
まあ、そうまで言うならと髪の色と目の色のみを変更し、キャラメイクを終了する。
【……ふうOK、次は種族を決めよう】
登紀子の目の前にずらずらと種族が表示される。
種族の外観はタップすれば投影されている自分のアバターがそのようになる。
どことなく彼女と似た空気を出している登紀子にリリィは一抹の不安をいだいていた。
「このロボット、現代的でかっこいいわねぇ」
機械人族がわりと気に入っているようである。
「このエルフさんも凛々しくていいわね……ドワーフさんは……がっしりしてて素敵ね」
アッチいじり、こっち弄りして色々イメージしながらどれがいいか悩む登紀子。
「どれもいいわねぇ……悩むわ。リリィさん、このランダムってこの中から自動で選ばれるって事よね?」
すわ、来たか! と身構えつつ質問されたからには答える。
【そういう事、どれも一長一短だから迷う人がよくそれを選ぶよ? 振り直しは基本不可、どうしても振りなおしたい場合は1000円課金してね】
ホントはリアルを選んだ人のみ、レア種族の話をしなければならないのだがリリィは省いた。
省いてしまった。
初めの方でチラと言った事があるかもしれないが、基本的にレア種族というのは運営のお遊びである。
これ、面白いんじゃない? じゃあこうしようぜ! こんなデメリットどう? じゃあメリットはこうだな!
という議論で創られたレア種族はどいつもコイツもピーキーな性能をしている。
デメリットを上手く回避出来れば強力だが、出来なければ開幕死亡でアバター消失というふざけたもの。
あれからここに来ないという事は彼女は上手くやってるのか、それとも絶望して辞めたか……。そんな想像をリリィはしてしまう。
「そうねぇ……ランダムでいってみましょうか。何が出ても恨みっこ無し」
【(やっぱりかぁ……) いいんだね?】
「ええ、折角これだけ種族があるしどれも個性的なんだからどれが出ても後悔はしないわ」
【わかった、ランダムっと】
「何が当たるかしらねぇ」
ワクワクしながらアバターが変化するのを見守る登紀子。
変化が終わった時に彼女は「ほう」と感嘆の声を漏らした。
【(なんで引き当てるかなぁ……)】
「ええっと……魚人族の「ハルフゥ」?」
――魚人族。
魚人族は水魔術との親睦性が強く水のあるフィールドでは無類の強さを発揮する。
人化も使えるので地上に出ることは一応可能だが、人化している最中は喋ることが出来無い為、魔術の行使をするには無詠唱のスキルを必要とする上に、人化中はステータスが半減する。
また、人化せずに陸に上がると徐々に体表の水分が失われていき、完全に身体が渇くと呼吸困難に陥り、最終的には泡になって死ぬ。
色々と突っ込みを入れたくなる。
もう普通でいいじゃん! と思えなくもない。
ソコは創造主の悪意というか浪漫というか遊び心。
人化した人魚は喋れない。
死んだら泡になって消える。
この辺は外さないだろう。
男性はマーマンと呼ばれ、女性はマーメイドと言う。
また、マーメイドは特殊な力を持っていて複数の特徴を備えている。
【マーマン】 :男性のマーフォークが必ずこれになる。マーメイドのように特殊な力は無いが、純粋に膂力が高く、水中でマーマンに襲われたなら死を覚悟する必要がある。
【セイレーン】:呪歌を操り、羽を生やして空を飛ぶことも出来る。
ハーピーと間違えないように。
【ローレライ】:セイレーンと似ているがこちらは空を飛ぶことが出来ない。
歌で別の生き物を引き寄せ、食べる。
【ハルフゥ】 :呪歌は使えないが天候を操り、天変地異を引き起こす力を持つ。
また、直近の未来であれば見通すことが出来る。
「人魚姫、昔あこがれたわぁ……」
うっとりとした表情で下半身が魚になっている自分を眺める登紀子。
リリィ的には嫌な予感しかしない。
【いやぁ……ここだけの話おすすめはしないかな、創造主の悪意の塊だからさ……】
多分無理だろうなぁ……と思いつつ歯に衣を着せなかったリリィ。
キミは勇者だ。
「なんでぇ? いいじゃない、人魚姫」
はあ……と大仰に肩を落として大きくため息をつくリリィ。
うん、キミの苦労は知ってるよ。
【うん……わかったよ……じゃあ、お次はチュートリアル始めようか……初心者も初心者だから拒否権はなし】
「ええ、拒否なんかしないわ」
【ありがとう! とりあえずボクが知りうる限りの魚人のレクチャーをするからね!】
「頑張るわぁ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
【ぜぇ……ぜぇ……ミッション……コンプリッシュ……ガクリ】
一体どのような訓練が行われたのかは不明だが、リリィは何かやり遂げた幸せな顔をして静かに息を引き取った。
【死んでなーい! 悪意のあるモノローグ禁止!!】
おお、こわいこわい。
「ありがとうね。これなら私も頑張れるわぁ」
ぬん! っと胸の前で軽く拳を造り、ファイティングポーズを取る登紀子。
40代とか嘘だろう?
【教えられることは全部教えたつもりだよ! ……あっと、名前!】
聞き忘れていたようだ。
大丈夫か案内妖精よ。
「ああ、私も忘れていたわ。名前は……そうね……」
アレコレと色々な名前を考えるのは楽しい。
まるで我が子に名をつける時のように……。
つ……っと一筋涙が落ち、一つの名前が頭に浮かぶ。
「タイム……サルビア・タイム」
タイムはシソ科イブキジャコウソウ属のハーブ。
登紀子の娘の名である一颯から取った。
サルビアは、シソ科アキギリ属のセージの和名であるヤクヨウサルビアから。
今は居ない旦那の名前は誠司……。
決して忘れてはいけない、忘れたくない名前をもじったもの。
【……うん、被っていないね。なんかすごーく重たい気がする名前だけど……気のせいだよね?】
リリィよ、キミの勘は間違っていない。
【それじゃあネルソディラに転送するよ? スタート地点は魚人族の街だからね、中央広場でメニューからアモーレという街に跳べるけど、跳ぶときは先に人化しておくこと、イイネ?】
ローズの時と同じ轍は踏まぬ! とばかりにスタート地点をごまかしたリリィ。
優秀な知能だが……それいいの?
「ええ、わかったわ。いろいろありがとう。また会えたらいいわね」
そう言って登紀子……サルビアはネルソディラへと旅立った。
【……また会えたら……かぁ……なんかあの夜人引き当てた彼女と似てる……うん……一人やるも二人やるも一緒だよね? 君の行く先に幸大からんことを……】
またリリィは何かやらかしたようだ。
 




