キャラメイクとチュートリアル
続けて第一話です。
【authentic world onlineの世界へようこそ】
【はぁい、初めまして。案内役のリリィだよ】
目を開けると陽子の目の前には緑色の服を着て緑の髪をした手のひらサイズの羽人「妖精」が居た。
「妖精? あ……声が……詰まらない!? 呂律も!!」
即座に両の手を見る。
そこには麻痺をする前の、まだちゃんとした筋肉がついていたころの自分の手があった。
「う……ふぐ……うう……うわあぁぁん……」
【ええ!? ちょっと! どうしたの? ボク何か悪いことした!?】
慌てふためく妖精と泣き喚く女性、そこには奇妙な光景が広がっていた。
「ぐす……ごめんなさい……」
【いや、いいんだけど……説明して大丈夫? ……簡単な世界の説明をするね。この世界は……】
authentic world onlineの世界は自由に生きていける世界。
プレイヤーはまず冒険者になる、そこから戦闘スキルを身に着け戦いに明け暮れるもよし、生産スキルを使いサポートするもよし、勿論犯罪者になってもいい。
ゲーム内であっても結婚できるし、それ以上の事もお互いが良ければ出来る。
最低限のルールはあるが、その上でなら何をやってもいいのだ。
「リリィさん……。ここは……どこまでリアルなの?」
最新のゲームの説明は看護師に聞いていた。
そこで謳い文句になっていたリアルという単語が陽子は気になっていたのだ。
【えっとね、その答えは一部の例外を除いたプレイヤー以外の「全て」、authentic world onlineの舞台となる世界「ネルソディラ」の住人は自分で考え、行動し、生活しているんだ】
「すごい……」
【気を付けなければいけないのはネルソディラの住人には死がある。それは魔物かもしれない、病気かもしれない、ひょっとしたらプレイヤーである”漂流者”が殺してしまうかもしれない。そして、死が訪れた住人は居なくなる】
この世界においてプレイヤーは漂流者と呼ばれる、漂流者には死に戻りがある。
しかし漂流者とは違う、その世界に生きる住人は死ねば生き返ることは出来ないのだ。
「私たちは死なないけど、街の人は死んだら居なくなっちゃうのか……」
【そういうこと。住人は生き返る事はないけれど、システムの恩恵はあるから住人でもメニューは使えるしフレンド通信機能もつかえるけどね。質問は以上かい? じゃあまず難易度設定に行こう】
住人もシステムの恩恵を受けている。
この辺はちょっと変わってるなと陽子は思ったが、昔のゲームとは違うのだと納得した。
特に問題はないので難易度の事を尋ねる。
「難易度?」
【難易度は四つ、イージー・ノーマル・ハード・リアルだよ】
――難易度イージー。
純粋にゲームを楽しみたい人用。
流血やグロ表現のモザイク処理。
デスペナルティの軽減(所持金とアイテム三割消失)
街中でのPK対象にならない。
痛覚設定の最低値10%、最大30%。
インベントリ標準装備。
――難易度ノーマル。
そこそこゲームに慣れている人用。
モザイク処理は任意で切り替え可能。
デスペナは通常通り所持金半減、アイテム半減。
街中では戦闘態勢を取らない限りPK対象にはならない。
痛覚設定最低値30%、最大50%。
インベントリ標準装備。
――難易度ハード。
玄人向け。
モザイク処理は無し。
デスペナは所持金とアイテム七割消失に加え、ゲーム内時間で丸一日経験値の半減にステータス半減。
プラス死ぬまでに稼いだ経験値消失と結構重たい。
街中で非武装でもPK対象。
痛覚設定最低値50%、最大100%。
ストレージ標準装備
【ここまでが一般的な漂流者だね。で、この上がさっき言った一部の例外】
――難易度リアル。
ドM専用。
モザイク? 当然無い。
痛覚設定100%固定。
マジックバッグ装備。
死亡時アバター消失。
なるほど、鬼畜仕様である。
「リアルモードは死んだら終わり……」
【そうだね】
「インベントリとストレージとマジックバッグの違いって?」
【ああ、それはね……】
――インベントリ。
財産や目録を意味する。
この場合は通称無限収納。
時間経過なし。
――ストレージ。
所謂保管庫。
インベントリとの違いは容量が有限。
50種類255個まで収納可能。
インベントリほどではないが結構な容量である。
時間経過あり。
――マジックバッグ
魔法の収納鞄。
冒険者ご用達品で、20種類99個まで収納可能。
当然時間経過あり。
「なるほどー」
【インベントリやストレージは分類的に空間魔術だから頑張ればリアルモードでも使えるようになるよ】
それは言って良い情報なのだろうか?
色々と悩んだ陽子は。
「リアルで……リアルでお願いします!」
【案内しておいてなんだけど、本当にいいの? 死んだら終わりなんだよ? 同じキャラは二度と作れなくなるんだよ?】
「いいの、私はこの世界で生きていきたいから」
現実の自分は最早死んでいるといっても過言ではない、これが陽子の決断だった。
【そう……キミがいいならリアルモードで決定するよ】
「お願い」
【難易度は決定っと、次はキャラメイクに移ろうか】
リリィがそう言うと、陽子の前にシャツとスパッツ姿の自分が投影された。
それは紛れもなく健康だったころの自分。
マジマジと全身を眺め、そして再び涙があふれてきた。
【あ、あまり現実と乖離させ過ぎる事は出来ないから気を付けてね……】
「うん……わかった」
身長や体型は大きく変更することは出来ないらしい。
あまり現実と離れるとログアウトしたときに身体感覚がおかしくなってしまうとの事だ。
現実に戻ったところでその辺は気にする必要は彼女には無いのだが、仕様ならば仕方がない。
それに、まったくの他人になる気も無かったので不都合はなかった。
「髪型はこのままで……色は……ダークレッド……かな? 眼の色も同じで……胸も弄れる? うーん……胸もこのままでいいか……」
健康だったころの彼女は身長の割に大きな胸をしていた。
その頃はコンプレックスだったのだが、今となっては懐かしい。
結局髪の色と目の色のみを変更し、キャラメイクを終了する。
【OK、次は種族を決めよう】
陽子の目の前にずらずらと種族が表示される。
種族は人族、魔人族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族、そして機械人族、その下にはランダムの文字。
獣人族は細かい種族選択も可能のようだ。
種族特性は人族が平均的で特徴のない種族。超器用貧乏のバランス型。
メリットもデメリットも無い平均的な種族。
魔人族は魔力が特に強いが物理防御は紙装甲な種族、人間が魔術を用いて進化した種族。
全ての魔術に親睦性が高い。
獣人はスタミナと速度に優れた種族、代わりに魔術は他の種族よりも少し弱く設定されている。
獣人の中でも速度に優れた【人狼】。
隠密能力や暗視能力など斥候に秀でた【人猫】。
器用さが高く、獣人にはしては珍しい魔術タイプで固有の幻惑魔術が使えるサポート重視の【人狐】。
そしてパワータイプの【人熊】がある。
エルフは魔人族の程ではないが魔力が強い種族、打たれ弱い。
固有魔術である精霊魔術が使える他、森での戦闘は補正が掛かる。
ただし、精霊魔術は燃費が悪い。
ドワーフは全種族随一の体力と力を誇るが速度が致命的に遅い。
重武装が可能で、大盾はドワーフしか扱えない。
洞窟内での戦闘と鉱石発見や鍛冶や彫金などの一部生産スキルに補正がかかる。
「他はファンタジーなのにこれだけSFだ」
機械人族は他と比べて変わっていて外見は完全にアンドロイド、キャラメイクの意味が無いと思われがちだが実は取り外し可能なので安心。
器用さに特化した種族。
防具は専用のものしか使用できないのでかなり玄人向け。
専用装備に内蔵された武装を使えるほか、唯一両手に盾を装備出来る。
「……リリィさん、このランダムってこの中から自動で選ばれるって事?」
【そうだね、どれも一長一短だから迷う人がよくそれを選ぶよ? 振り直しは基本不可、どうしても振りなおしたい場合は1000円課金してね。ちなみにリアルモードの人はそこに表示されていないレア種族とかも出る可能性があるけどね】
ここは一般的な人族か、それとも現実には無い魔法を使いやすい魔人やエルフか、獣人も捨てがたい。
確かに悩ましい、折角リアルモードで世界に一人しか居ないキャラになるのだから個性は強い方がいい。
だったら答えは決まったようなものだ。
「うん……ランダムでいってみる」
【いいんだね?】
「うん、折角これだけ種族があるしどれも個性的なんだからどれが出ても後悔はしないよ。それにレアが当たったら希少だし、ぜったいに誰にも忘れられないと思う」
病室での孤独感、他者から認められたい、忘れられたくないという欲求から来たものだというのは本人ですらわからない事だった。
【わかったよ、ランダムっと……うそぉ……でちゃった】
「ナニコレ……夜人族の吸血鬼?」
――夜人族。
夜人族は魔力が特に強く全体的に他の種族を上回るステータスを擁しているが、日中に制約がかかる。
通常種とは違いデスペナルティが特殊な種族。
【幽鬼】【吸血鬼】がある。
【幽鬼】はスピリット系の夜人。
【吸血鬼】は……まあ一般的な概念で問題ない。
【幽鬼】は物理に極端に強い代わりに魔力=体力となっていて注意が必要。
魔術の威力は全種族でダントツに強い。
日中は非実体化状態で物理攻撃は完全無効、ただし触ることはおろか霊感スキルが無い相手には話しかける事すら出来ない。
【吸血鬼】は夜間ただでさえ強いステータスが2倍に跳ね上がり、固有パッシブスキル「再生」によって常にHPが回復する
ただし昼間はステータスが半分に下がり、HPに継続ダメージ、再生もほぼ効果を発揮しない。
「うん、いいよコレ!」
【いやぁ……ここだけの話全体的にレア種族って本当におすすめはしないかな……ボソ……今なら他人に言えない権限で無課金振り直しできるよ?】
「なんで? いいよ吸血鬼」
【うん……わかったよ……じゃあ、お次はチュートリアル始めようか……当然受けるよね? というか受けて、お願い】
「? お願いします!」
【ありがとう! さっそくアイテムバッグの欄に入ってる武器を装備してみて】
「装備? どうやるの?」
【メニューオープンと念じるか口に出してみて】
「メニューオープン!」
言われた通りにすると陽子の目の前にメニューウィンドウが現れた。
【そこの装備という項目からやるのが基本、取り出した剣を握って装備すると念じても出来るよ】
メニュー欄を確認しながら実体化させた剣を握り、装備と念じた。
武器の項目の「なし」が「練習用の剣」に切り替わる。
「できた!」
【それじゃあ2~3回振ってみようか】
「うん!」
言われた通りに剣を振り回す。
それはお世辞にも剣と呼べる代物ではない。
素人が鉄の塊を振り回しているだけである。
だが、それでも彼女にとっては久しぶりの感覚で、感動的なものだった。
「あは……あはは! 動いてる! 私動けてる!」
例え身体が機能を失っても記憶は残る。
支える筋肉や指示を出す神経がダメなだけで動き方そのものはしっかりと残っている。
それが今はたまらなくうれしい。
【力の値が足りてなければ振るときにマイナス補正が働くよ、剣士の職に就くか、剣術スキルがあればシステムアシストが働いて振りやすくなったりするから積極的に練習は積むこと、それが一番だからね】
職業はスキルの覚えやすさに関係する。
例えば無職や魔術師職で剣術スキルを育てるのと、剣士職で剣術スキルを育てるのではかなり差がでる。
また、職につかなくてもスキルは鍛錬で増やすことが可能らしい。
「うん!!」
【じゃあ次は剣の初期技を使ってみようか。今回は特別に今だけ剣術スキルを付与するからやってみよう】
「どうするの?」
【メニューから剣術スキルの項目を開くとスラッシュがある、それを使うと念じるか口に出すといいよ。ちなみに技名を覚えてるならメニューは出してなくても念じれば使えるからね】
「分かった……すう、はあ……スラッシュ! うわわ!」
腰だめに構えた状態から横一文字に剣が振られる。
片手剣の初期スキル、スラッシュだ。
「勝手に身体が動いたよ、ビックリしたぁ」
【それがシステムアシストだよ】
システムアシストの恩恵は運動が苦手だったり、そもそも剣なんて握った事ないような人たちに対するサポート。
ただし、マニュアルからオートに切り替わって技が発動し、発動後にまたマニュアルに戻る隙がある。
俗にいう発動準備と技後硬直というやつだ。
「すごいね!」
【慣れればアシストを使わないで技が打てるよ……って、ちょっと言いすぎちゃった……】
ベテラン連中は当たり前の技術らしいが、どうやら運営側があまり漏らしてはいけない情報にはいるようだ。
「私にはまだ無理だから大丈夫! それに、多分忘れる!」
随分と子供っぽいテンションになっているが、これが本来の陽子。
彼女は明るい性格をしていたのだ。
【まあいいか、じゃあ次にコイツを切ってみよう】
そう言って腕を振り上げると等身大の木人が召喚される。
「モデル人形?」
【頭の上にあるゲージを確認して】
「赤と青と……白?」
【赤は体力、所謂HPだね。攻撃を受けると減少するよ、青はMPで魔力。こっちは魔術を使えば減っていく】
「白は?」
【それは生命力、表記はLPでライフポイント】
「どう違うの?」
【赤ゲージは無くなっても死なない、状態異常「気絶」……所謂「戦闘不能」状態だね】
「という事は白が無くなると死んじゃうんだね?」
【そういうこと】
戦闘不能なると徐々に生命力の減少が始まり、代わりに体力が回復し始める。
生命力は一律で100の値が振られているが、体力の回復の早さは種族差あり。
さらに生命力が1/3以下になると衰弱の異常が付く。
そうなると通常のポーションでは回復することができず、ライフポーションが必要。
【この生命力を減らす方法は主に3つ。戦闘不能状態の相手に攻撃を加える。急所である心臓や頭、首を刎ねるなどの攻撃を加える。急所攻撃は威力が絶大で、HPがどれだけあっても下手すれば一撃で終わったりするからね】
「もう一つは?」
【もう一つはたくさん怪我を負わせると起こる状態異常「出血」。これは治療が遅れれば遅れるほど生命力が減少する速度が上がるんだ】
なるほど、ほぼほぼ現実と同じ事に気を付ければいいと陽子は合点した。
【じゃあ攻撃してみようか、まずは普通にね】
「うん!」
普通に数回斬りつけると木人はHPを失い、崩れ落ちた。
そして徐々にLPが減り、HPが回復していく。
【このまま放って置いたら、気絶から回復するからね。早く終わらせたかったり回復されたくなかったら止めをさすといいよ】
あまり良い気分ではないが、倒れている相手に攻撃を加えるとLPの減少が加速した。
さらに攻撃を加えてLPが消失した段階で光となって木人は消えて行った。
【これが基本だね。じゃあ次だ】
そう言って再び木人を召喚するリリィ。
【今度は通常攻撃5回にスラッシュ5回で戦闘不能になるからね、start!】
先ほど教わったように剣を振り、スラッシュを決める陽子。
殊の外あっさりと終わる、動かない的ならこんなもんだろう。
【最後は急所攻撃をやってみようか、どんなふうになるかの確認だね】
三度木人を召喚する。
言われた通り心臓部に剣を突き立てるとHPとLPが大幅に減少する。
完全に一撃ではなかったのはどうやら少々浅かったらしい。
【うん、いいね。チュートリアルはこれで終了。最後に名前を教えてね】
これは先のやりとりから色々あって、決めてある。
「ローズ・ツェペシュ」
自分の名前であるバラトの一部が入った好きな花の名前。
そして吸血鬼と言えばこの名前である。
【……うん、被っていないね。あ! キミは夜人族だから夜人族の街に移動させるね】
「え? いーよこのままで」
【えっと……普通の種族のスタート地点だと危ないんだけど……】
「吸血鬼たちの街って事は夜でしょ? 明るいのが見たい!」
【……じゃあお願いだから街に入ったらすぐに噴水広場に行ってメニューから移動を選んで】
「?? なんで?」
【……そこから夜人族の街「逢魔」に跳べるから……あと、ボクから贈り物をマジックバッグに入れておくね……それじゃローズ・ツェペシュ、よい世界を】
「うん! いろいろありがとう!! またね!」
そう言って陽子ことローズは光の粒子となり、ネルソディラの大地へと飛び立っていった。
【……またね……かぁ……あの様子だと現実の彼女は……うん……いち案内として個人に入れ込むのは良くないけど、これくらいならいいよね? 君の行く先に幸大からんことを……】