2
情景の描写……難しいです。
皇国ランダスの首都カカイレアス。
石畳の街道が美しく整備され国1番の美しさを誇る都の何処からでも王の住まう城を見ることができた。
切り立った山をまるまる1つ使い整えられた建物は独特の雰囲気を醸し出している。
はじめは麓に建てられた屋敷1つだった。
それが国が大きく富んでいくにつれ、徐々に増築され背後の山に張り付くように上へ上へと広がって行ったのだ。
岩肌の斜面をはしる渡り廊下が、いくつもの廟を繋ぎ、1つの屋敷の様相を見せる姿は見事の一言に尽きた。
一歩渡り廊下より足を踏み外せば、その者は険しい崖を転がり落ちるしかない。
そんな危うい場所にあって…………いや、そんな場所にあるからこそ、その城は気高くそして、美しく見えた。
さらに、その特殊な立地ゆえたとえ敵に攻め込まれようとも天然の要塞としての機能も兼ね備えている。
まるで空に登るかのように高く高く続くその城を国民は「空中城」と讃え、誇りにしていた。
そんな「空中城」の中、最も人目につきにくく切り立った場所に王の後宮は置かれていた。
後宮エリアと他所をつなぐ渡り廊下は一本のみ。
さらには許可なき者は何人も通さぬよう常に門番が立ち、彼方と此方を隔てていた。
通れるのは、後宮の主人である国王と彼が許した者のみ。
その中には国内外から集った数多の美姫達が、王の寵愛を競い合っていた。
咲き誇る麗しき花の集う姿は正に百花繚乱。
ただ、その中に1つ。
未だ蕾のままの花が混ざっていることを知るものは少なかった。
王が遠征の折りに気まぐれに手折ってきた蕾は、咲き誇るまで、後宮の再奥で大切に育てられていた。
筈だった。
その花の色は艶やかな黒。
夜の闇をそのまま写し取ったかの様な射干玉のの黒髪は、触れればサラサラと流れおちてえもいわれぬ感触を味わうことができた。
王はその手触りを殊の外愛し、側に置くときはいつでもその髪に指を絡め、愛でていた。
また、白皙の美貌の中で一際存在感を放つ大きな瞳は、黒々と煌めき見つめられたものの心をかき乱さずにはいられない不思議な艶を持っていた。
だが、成人の儀を迎えていない娘に手を出すのは国の法でかたく禁じられており、まだ若い王がままごと遊びにいつまでも付き合っている筈もなく。
花開くその時まではと、後宮の隅に置かれた娘の元から王の足が遠のくのは自然の摂理でもあったのだろう。
何しろ後宮には百花繚乱に例えられるほどの数多の美姫達が集っていたのだから。
そうして、少しずつ忘れ去られていった娘は、寂しさを紛らわす様に部屋の露台に出ては遠い異国の歌を口ずさみ、風に花弁を舞わせては日々を過ごしていたという。
そんな日々が一年を過ぎようとした時、娘は忽然と姿を消した。
いつもの様に露台に出て過ごしていたそうだ。
娘が姿を消した露台には、まるで代わりの様に花の簪が1つ、ぽつりとおいてあったという。
後宮の再奥。
部屋の主人をなくしたその部屋の露台に立ち、男は空を眺めていた。
手には安っぽい花飾りのついた簪が1つ。
クルクルと指先で弄び、空にかざして見たその花を艶やかな黒髪にさしたのは自分だった。
攫う様に連れ出した娘の里から国に戻る途中。
通りがかった屋台の店から気紛れに選んで与えた時、娘はどんな顔をしていただろうか?
大きな黒瞳で不思議そうにジッと自分を見つめた後俯いて、小さな声で礼を言っていた。
サラリと流れた黒髪の隙間からわずかに覗いた耳が薄っすらと紅に染まっていて、恥ずかしがっているのだろうと思っていた。
娘につけた侍女の話では、折りに触れ取り出しては眺めていたという。
宝石も綺麗な着物も、強請るような事は一度もなかった娘が唯一大切にしていた物。
それが、こんな安物の簪1つ。
その理由を思えば、胸が痛んだ。
けして、蔑ろにしたつもりではなかった。
退屈しのぎに王城を抜け出して、遠征を言い訳に自領の端まで足を伸ばした。
遊牧の民が治める広大な草原についた時、偶然出会った黒髪の娘。
水辺で薄衣だけを身に纏い、裸足で無邪気に水と戯れる姿に目を奪われた。
止める周りの声も耳に入らず攫うように連れ去り、自分に与えられた部屋の寝台に連れ込んだのは、何を考えてのことではなかった。
ただ、この娘が欲しいという衝動のままに。
この大国の王である男が望めば、その横暴と言える願いすら、退けられるモノはいなかった。
筈、だったのだが。
腕の中に抱え込んだ娘の、困ったような顔で伝えられたたった1つの真実が、男の願いを本当の意味で叶える事を阻んだ。
この国の建国の時よりあるそれは男ですら覆すことの出来ない法の一つ。
『成人前の娘に手を出してはならぬ』
だが、諦められる筈がなかった。
望まずとも献上される女達に囲まれた中、初めて自ら欲した娘だったのだ。
年が満ちていないならば待てばいいと、そのまま王宮に連れ帰り、後宮の一室へと閉じ込めた。
誤算だったのは、日に日に美しくなる娘の魅力に抗えなくなりそうな自分の欲だった。
髪に触れるだけでは、頬に口付けるだけでは足りない。抱き締めるのではなく、抱きたい。
表面を撫でるのではなく、もっと奥深くまで探り、溶け合いたいのだと、凶暴なまでに荒れ狂う自分を抑えるためには、会わずにいるしか無かったのだ。
あと少し。
ほんの一月の後には成人の儀を迎え、真実この手に抱くことができた筈だったのに。
露台から消えた娘の、せめてその痕跡だけでも良いからと、遥か下の谷底の流れの先まで隈なく探させても髪一筋すらも見つける事は叶わなかった。
目を閉じれば、蘇るのは艶やかな黒。
少し困ったように笑う顔。
そして、初めてあった時の踊るように水と戯れていた美しい姿。
「………まるで伝説の天女のようと思ったのだ」
つぶやきは下から吹き上げる強い風に紛れて消える。
「野に咲く花を無粋に手折った罰………か?あれは自然の中でしか咲けぬ花であったのか………」
だから、大国の覇者の悔恨の声は、誰の耳にも届かぬまま消えていくのだ。
その頬を流れる、一筋の雫すらも風は無情に散らしていく。
「………許せ、とは言わぬ」
男はつぶやきと共に手の中の簪を空へと投げた。
赤い花は空へと舞い上がり、やがて風に踊りながらクルクルと谷底へと消えていった。
その軌跡を追う事なく、男は踵を返し部屋の中へと戻っていく。
それは、望めばすべてを手に入れることのできるはずの男の、唯一手に入れることの出来なかった黒花の話。
読んでくださり、ありがとうございました。
イエスロリータ、ノータッチって事で(笑
最高権力者ゆえに横暴が通ったけど、それ故に自国の法に阻まれて手が出せないっていう(笑笑
会うとムラムラしちゃうので会えなくなって、結局、無くしちゃいました。
本人、暴走しちゃっただけでちゃんと好きだったんですけど………と、いうか。
まぁ、概ね、暴走俺様キモっって思ってもらったら正解な気もします。