07:森の王国
三連休って何日休めるんでしたっけ?(白目
三月後半には繁忙期が終わるらしいです。信じていませんが。
想定通りに約半日、夕方になる前にハイランドの目の前に出来た大木と同等くらいの巨大な樹が見えてきた。こちらが本家本元の森林国家フォレスティアの象徴である『原初の樹』らしい。まずこの大木ありき、フォレスティアの大陸はここら広がったとされる物だ。遠くからでも判るそのデカさ。下手をすれば現在の高度に匹敵するんじゃなかろうか。
「真由! さっきと同じように適当なとこで降りよう!」
「りょーかい!」
元気良い返事と共にギューンと急降下していく真由。同時に俺のテンションも急降下する。
「ゆっくり下がれ無いのかぁぁぁ?!」
「だってー楽しいじゃん!」
完全に楽しんでいる真由。このままじゃジェットコースターにも乗れなくなるかもしれない。地上にて、次はゆっくりと降下するように厳重注意をしながら身支度を整えた。
◆
覚悟はしていた。覚悟はしていたのだが。
「獣人ばっかだねぇ……」
右を向いても左を向いても獣人だらけ。外見的には人間に近いので怖くは無いのだが、やはり異種族の真っ只中というのは初体験なので挙動不審にもなる。
前情報で勉強してきた限りでは、獣人は大きく分けて二種類。アルマの様に人がベースでパーツが動物の半獣人と、ベースが動物で二足歩行している全獣人とが居るらしい。
他国では一緒くたに獣人と呼称しているが、フォレスティア国内では獣人と言えば全獣人の方を指すらしい。そこの所で良く他大陸の旅行者と揉め事が起こるそうで、失礼の無いようにと説明された。
全獣人の方が基本的には身体能力も高く希少だそうで、大体がそれなりの高い地位にいるらしい。勿論王族も全獣人の方々で、ニンニーさんの外見もそちらに当たる。
フィリス女王の言っていた通り、入国審査は問題無くパスできたので町中に入ったのだが、その景観に圧倒されてしまっている始末だ。
「市街地だからか、半獣人の人ばかりだな」
「全獣人って、あの熊魔族みたいな感じなのかな?」
「まぁ聞いてる限りじゃそうなんだろうけどな。というかアルマが一杯居るみたいで何か怖いんだよな」
「あー、なんとなく判るかな……」
性別も性格も違う人なのだろうが、どうしても同じ傾向だったらと思うと話しかけるのすら恐怖だ。国として成り立たないだろうから、それは無いのだろうが。
「おやおやこれは珍しい。天変地異のおかげだね、人族の子供さん達何かお困りかい?」
キョロキョロと周囲を見ていた俺達が迷っているように見えたのだろう、気の良さそうな恰幅良いおじさんが話しかけてきた。コロコロに太った身体に頭上の丸みのある耳、フラフラと揺れている尻尾も丸い。タヌキかな?
「いえ、こうして他の国に来るのは初めてなので少々圧倒されていまして」
「ほほ、王都までどこの町にも寄らなかったのかい? それとも王都の賑わいに圧倒されているのかい? どちらにしてもお困りなら案内でもしようかい?」
訊ねるタイミングで首を左右に揺らすタヌキさん。コミカルに見えるその動きにゆるキャラに通じる物を感じてしまった。
「王城に用事があるのですが、場所はこの道を真っ直ぐで良いんですよね?」
先程衛兵さんから聞いたので間違い無いはずだが、タヌキさんの顔を立てるためにも確認をしておく。
「あ~王城ね。間違い無いよ、このまま真っ直ぐだ。でもそれじゃちょっと遠回りだよ、良かったら近道を案内しようかい?」
「近道?」
はて、直線以上に近い道などあるのだろうか。もしかしたら商人と思われていて、商人専用の裏口に連れて行ってくれるのかな?
「そうそう近道だね。地元民は皆そっちを通るよ、人混みを歩くのは疲れるからね」
「ああ、そういう。なら大丈夫ですよ、観光がてらこの道で行きますので」
「あらら、そうかい。残念だね。他に困ってないかい? 美味しい食事の宿も知ってるよ?」
「宿泊も王城で用意して貰えそうなので大丈」
夫と言う前にタヌキさんが物凄い速さで逃げていった。事態が飲み込めずに居る俺と真由に、傍らの露天商のお兄さんが声を掛けてくる。
「連れて行かれそうになったら止めるつもりだったんだがな、あんたら王家の関係者かい?」
「え、いやこちらの王家の方とは初めて会いますけど。ハイランドからの使いですね」
「ハハハ、なるほどね。さっきの奴はチンケな詐欺師でここらじゃ有名なんだよ。観光案内を買って出て、そのまま荷物持ってトンズラしちまうのさ。王城に宿泊予定の奴なんか引っ掛けたら大事だからな、そんな勇気はねぇのさ」
「さ、詐欺師?!」
うわー……あぶねえな。詐欺で有名な奴が昼間から町の往来を我が物顔で歩けるとか怖すぎるわ。
「な、なるほど。ためになります……」
「キョロキョロしてたし若い二人だ、完全にカモに見えるわな。正直とてもじゃないが他国の使いにはみえねぇよ」
「う、ですよね~……」
都会のビルを見上げる上京初日状態だったのだろう。もし引っ掛かっていたらフィリス女王になんと言えば良いのやら。情報のお礼にと露店の串焼きを二本買って、今度はフンスと鼻息荒く強面の雰囲気を出しながら歩き出した。
「あにぃ、それ何か違うよ……」
「いいや、舐められるからいかんのだ」
「でもそれじゃチンピラだよ……」
蟹股で肩で風きって歩くその姿。確かにそうですね……。ハイランドの国名に傷がついてしまうので、普通に歩く。
立ち並ぶ露店を見て回るが、主に果実系が多いだろうか。同じくらいの頻度で山菜、薬草類のお店も見てとれる。武器屋には弓や槍などの狩猟用の物が多く、防具屋も革製品が多い様だ。
その中でも一際目を引いた、というか鼻を引いたのが『香木屋』だろう。獣人は鼻が利くので良い香りの香木を嗜むのだとか。町中でも時折、懐からケースを取り出して嗅いでいるのを目にするが、ウットリする表情は何度見ても怪しい行動にしか見えない。
アルマ用のお土産に鎮静効果の奴を1つ買ってみる。これで少しはマシになってくれることを祈るしかない。
他にも木彫りの土産物屋も有ったのだが、これからも各所を回る予定なので大きな物は買えない。どんな物か見る程度で王城へと向かう事にした。
◆
「ハイランドよりの使者、勇者サカカミ様と勇者マユ様、ようこそおいで下さいました」
待合室の様な場所で待たされる事30分程。無理にねじ込んでくれたのか、案外早くフォレスティアの国王と対面出来た。
城というか『原初の樹』の根元に建てられた砦のような感じの王城の中の一室、そこで俺と真由に試練が訪れた。
「遠路遥々ようこそ勇者よ。私がフォレスティアの国王、マックル・アルテミア・フォレスティアだ。彼の女王からの書状の内容は聞いている、もう暫くすればニンニー様もいらっしゃるだろう。それまで暫し話でもして待とうぞ」
威厳ある言葉と声色に真由がもう限界だ。口の端がニヤニヤしている。
国王様だけあって全獣人。威厳のあるライオンとか、強そうな猫科の動物を予想していたのだが。フワリと垂れた耳、絶えず笑っているよう口角の上がった口、黄金の毛並み。完全にレトリバー種だ。毛色からしてゴールデンだ。可愛いすぎる。
「いやしかし、天変地異があってから日も浅いというのに良くぞここまで辿りついたのう。アレか! ニンニー様を連れ去ったという鳥の乙女か! そなたがそうか?!」
ポンと打ち合わせる掌からチラリと肉球が見えた。超触りたい。洋服を着た二足歩行の可愛い犬とか反則すぎる。頭上に王冠が無ければ速攻で撫でているところだ。
「は、はい。以前は大変お騒がせしまして……」
「おお、やはりそうか! 噂は聞いておる、ニンニー様があっという間に豆粒になった程早く飛べるそうだのう。私も飛んでみたいのう」
質問に答えながらも真由の視線は王様に釘付けだ。粗相の無いようにするとは言ったが、どこまでが粗相に当たらないのかギリギリのラインを攻めてみたい。
お手は駄目だろう。伏せなどもっての外だ。ボール遊びはどうだろう。というかお土産をサブレじゃなくてジャーキーにするべきだったか。もしくはガムとか噛む綱とかどうだろう。トリマーのブラシでも良かったかもしれない、あの毛並みなら困っているだろうし。のみとりシャンプーも買ってこようか。ああ、思う存分ワシャワシャしたい。柔らかそうな頬を横に引っ張りたい。耳をビョーンってしたい。
「王よ、空など危険なだけです。我らは森林の民、地に足ついて暮らしていれば宜しい」
王様より重低音な声に、止め処ない欲求から我に帰る。傍らに控えている黒豹の全獣人の人だ。ポジション的に宰相さんとかそういう人だろう。文官らしく、ゆったりとしたローブ姿だ。
「とは言ってもな、空を飛ぶ機会など滅多に無いからのう。どうじゃマユ殿、一っ飛び頼めぬかのう?」
「よ、喜んで!」
合法的に接触出来ると真由の顔が輝く。しかし、黒豹さんに断固阻まれて王様共々ションボリしてしまった。そんなやり取りをしているうちに、部屋の外から声が掛かりニンニーさんがやってきた。
「お急ぎの御用とお聞きしましたが……あらサカカミ様?」
「お久しぶりです、ニンニーさん。ハイランド代表として、今後の話に来まして」
「あらあら、それはそれは……あ、マユ様も……」
露骨にトーンの下がるニンニーさん。顔色は全く判らないが、多分空輸を思い出して青くなっているのだろう。
「ニンニー様からも王に言ってやって下さい。マユ様に頼んで飛んでみたいと申して聞かんのですよ」
「あ、そうですか。是非一度飛んでみれば良いです、二度とそんな事言わなくなりますから」
結構この人直球で話すよな……。鹿の外見でおっとりかと思っていると、バッサリと切り込んでくるから怖い。
「い、今はちゃんと椅子と紐も用意してますから!」
「椅子?! 紐?!」
そんな物でどうこうなる物かと、言葉が無くても伝わってくるのが凄いな。勿論同意だが。
「と、とにかく話を進めさせて頂きますね。空の旅はまたいずれという事で……」
「残念だのう。しからば用件を聞こうか」
取りあえず役者は揃ったのだし、これ以上ニンニーさんのトラウマをえぐる必要は無い。真由に指示して黒豹さんに菓子折りを渡してから本題へと入る。
「ハイランドの方針としては他国との連携の強化をして行きたいと思っております。各首都への街道の整備をして交易路の確保は勿論、争いが起きぬように約定を交わし交流したいと女王からの提案です」
「ふむ。まぁ当然と言った所だな。こちらとしても別にそれで構わぬ、争う理由も今の所は無いからな」
顎に手を当てながらこちらの話に同意するマックル国王。ちらりと黒豹さんの方を伺うとこちらも顎を撫でながら頷いている。
「左様ですね、今の所は何も無いですからな。お互い国内の安定化で手一杯でしょうしな」
さっきまでの緩い感じとは打って変わって『今の所は』を押してくる両名。国境が接しているのだから、当然警戒しているのだろう。
「ハイランドには半獣人の方も住み着いていますので、種族による偏見などは心配無用かと思われますが」
「半獣は人族に近いからのう。貴殿らは我らを見てお主はどう思った? 不敬には問わんから申してみよ」
やべぇ、さっきの俺達の反応に気付かれてるようだ。特に真由が青くなっている。
「まぁ言えぬだろうな。正直に言えば、私自信お主らと猿族の半獣と区別があまりつかん」
「さ、猿……」
あんまりな言葉だが、実際にこちらも同種の全獣人の人が居たら区別が付かない気がする。
「雌雄は判るがな。恐らく次回背格好の似た使者が来たら見分けもつかんぞ? それくらいには種族の隔たりが有るのじゃよ」
「それでも和平を望むのがこちらの方針です。どうか良き方向でご検討を」
若干泣きそうになりながら懇願する。一国目から交渉難航とか勘弁して欲しい。
「まぁちといじめすぎたかの。ロシュよ、ハイランドとの和議に異論は無いな?」
「勿論で御座います。今は国家で争う時期では有りません、手を取り合う時に御座います」
「え、じゃあ……」
「いやいや、勇者殿には悪いと思ったがこれでも国の長でな。二つ返事で受諾しては示しもつかん。心配な点だけは釘を刺しておかねばの。先程の話は起こりえる問題、戻られたら女王と話すが良かろう」
「畏まりました。貴重なご意見有難う御座います」
「何、礼には及ばん。指導者の先達としての助言じゃ。半獣・全獣の間でも似たような事が多いからのう」
「同じ獣人の方でも見分けがつかないんですか?」
「既知の間柄なら当然判るがな。一度二度程度では難しいのう」
「そりゃまた難儀で……」
「そういう輩を纏めるのは骨が折れるのだよ。まぁ暫くはお互いに不可侵程度の取り決めで、国境線や交易に関しては国内が安定次第細かく煮詰めるとしようぞ。そちらも色々と問題が多かろう?」
「ですね……」
空の旅の最中に考えていた内容を思い返し頭を抱える。そこでふと思い出し、フォレスティアについて聞いてみる。
「国王様、こちらの国は医療はどうなっておりますか?」
「医療か……恐らくそちらよりはマシだな。元より自然治癒力の高い獣人族なのでな、外傷も薬草の類でなんとかなる物が多い。流石に大怪我ともなれば術が無いのが厳しいがな」
「なるほど。ハイランドの最優先課題になっておりまして、宜しければ後程こちらの医療施設を見学しても?」
「ああ、かまわんよ。他にも何か見て行きたければロシュに聞けば良い。国家機密かどうかはロシュの判断に任せる」
「承りました。ちなみに現状で他には何かご希望がありますか?」
「そうですね……交易が開始されたら主要な取引になりそうな産業や特産が有れば見ておきたいですね。あとは逆に困っている分野があれば、助力できそうなら是非お手伝い致します」
「ふーむ。これは一旦場所を変えて話し合った方が良さそうですな。今晩はこちらにお泊りで?」
「ええ、そうして頂けると嬉しいですね」
「夕食の後に話し合いましょう。見学は翌日でも宜しいですか?」
「是非お願いします」
「では、ご挨拶はこの程度に致しますか。後程メイドにお部屋に案内させますので、控え室でお待ち下さい」
「貴重なお時間を割いて頂いて感謝します」
「気にするでない、今後長い付き合いになるからのう。ニンニー様、サカカミ殿滞在の間の世話を頼んで良いか?」
「畏まりました。丁度お話もありましたし」
「うむ、頼んだぞ」
快諾するニンニーさんに満足そうに頷いて、マックル国王は謁見の終了を宣言した。
◆
「あれは反則だよなぁ」
「本当に……めちゃめちゃ可愛いかった……」
「貴方達、一応ここはまだ王城内よ?」
案内された部屋にて、メイドさんが下がった途端にぼやいてしまった。
「どうしても言いたいんだ……」
「まぁ可愛いなら良いのかなぁ、あの王様だし許してくれそうだけど」
確かに。根は優しそうな人だったな。
「フォレスティアの国王は世襲じゃないしね、民衆からの支持が無いとすぐに変わっちゃうの。だから人望の厚い良識人のはずよ」
「そうなんですか。てっきりどこも血統なのかと思ってましたよ」
メイドさんが淹れてくれたお茶を飲みながら内情について語るニンニーさん。他にも何か言いたい事があるらしい。
「それにしてもよく飛んで来ましたね……私は二度と御免ですよ」
「いや結構快適にはなってますよ?」
「結構です。何か有ったら陸路で行きますから緊急招集は無しでお願いします」
相当嫌われたらしい。真由がちょっと落ち込んでいる。
「それでちょっと気になっていたんですが、神剣は元気そうですか?」
最後まで反応の無かった大木。ニンニーさんも気になっているらしい。それについてはと腰の神剣をテーブルに置く。
「これは……神剣のレプリカ?」
『本物ジャン』
「?!」
物凄い表情?でこちらを見てくる。パーティグッズのリアルな馬のマスクみたいな感じで凄く怖い。
「どういう事でしょう?」
「こいつだけ避難に成功したらしいです」
「へし折って良いですか?」
「どうぞどうぞ」
『何で皆そう過激な発想しか出来ないジャン……』
お前が一人だけ助かってるからだと言いたいが、その前に事情を説明するように促す。
『僕自身そうだったけど、あの儀式の後暫く意識は無かったジャン。だから多分今頃はもうどこかで意識が戻ってるはずジャン。今度調べておくから勘弁ジャン』
「確かにスジは通ってますが、貴方が無事というのには釈然としませんね」
円らな瞳でジーっと見つめるので更に怖い。そのまま咀嚼し始めるんじゃないかというくらい凝視している。
「まぁ彼女も無事というのなら良しとしますか。暫くは離れられませんが、そのうち伺うのでそれまでに調べておいて下さい」
結構文句を言っていたが、結局ニンニーさんも神剣が気になるようで。今回の訪問が終わったら調べておくと約束をした。
◆
夕飯は流石森の国といった感じで、山菜や木の実・キノコ類に肉とかなり豪華だった。味もそこまで味覚が違うわけでもないらしく、非常に美味しい物ばかりだ。
それが盛られた食器類も特産品の木製の物で、どういう加工をしているのかツルツルな表面にソースすら染みこまない。木材の加工に関しては本当に凄いようだ。
食べ終わると、恐らく料理長らしい猫の半獣人の男性が入って来て感想を聞かれたので大絶賛すると大変喜んでいた。反面アツアツの料理が無かった理由も少しだけ納得してしまったのは内緒だ。
「美味しかったよー、ハイランドより食料事情は良さそうだね」
「腐っても国賓だからなぁ。ここだけ張り切ったのかもしれないぞ?」
「でも昨日のお肉屋さんも結構豪華だったしね。たまにこっちで食べようかなー」
ご満悦の真由だが、食事だけが目的で日帰りで他国に飛ぶつもりだろうか。フットワークが軽いどころの騒ぎじゃない。
軽く注意をしていた所で部屋がノックされ、先程の約束通りに黒豹のロシュさんが訪れた。ニンニーさんに確認したが、やはり宰相さんらしい。
「我が国のお食事は如何でしたかな?」
「とっても美味しかったですよ。味覚は共通みたいですね」
「それは何より。そちらに伺う事があれば楽しみですね」
口角が上がっているので多分微笑んでいるのかな。少々表情が読みづらいが口調からなんとなくは察知できる。
「食休みの最中に失礼ですが、話をつめてしまいましょうか。何分明日の事ですので」
「ええ、お願いします」
食事をしていたテーブルに椅子を並べ直し、ロシュさんと相対する形で席に着く。
「まずは見学したい施設ですが、お決まりになりましたか?」
「医療関係の施設と、木工関係の加工所を見たいですね。あの食器は凄いなぁと」
「ああ、あれは特殊な樹液を煮詰めて塗布しているだけですよ。人体に影響の無い、水分を弾く樹液ですね。加工所というか職人達が個々に習得している技術ですよ」
「なるほど。生活の知恵ってやつですね」
「話が後先になりますが、我が国の特産品の一つですね。家具や門扉にも勿論使っている技術ですし、そういった物には更に耐火性の高い樹液と釉薬で見た目にも鮮やかになるようにしています」
日本の漆器とかを思い出す。もしかしたら漆自体もあるのかもしれない。
「医療関係の施設には連絡してありますので、木工に関しては町の中でも腕利きの職人に工房見学を申し入れてみましょう」
「有難う御座います。後気になるのは魔術関係の仕事をされていた方のその後ですね」
この質問に対し、ロシュさんの表情が明らかに曇った。
「やはりそこですか……当面の策として林業への従事を促しているのですが、如何せん元が頭脳労働の者ばかりですからな。ハイランドではどのように?」
「うちも似たような物ですね、鉱山や開拓事業を拡大しているんですが人気が無いようです」
「でしょうな、畑違いも良い所ですし。他に何か策はおありで?」
やはりこっちでも相当悩んでいるようで。逆に質問されるハメになってしまう。
「後は新設の学問として『科学』『医学』の探求への道を用意するつもりですね。こちらはまだ形にもなっていないので何とも言えませんが」
「ニンニー様も仰られてましたね。魔術に代わる便利な道具の開発が必要だと」
「教鞭を執る人が居ませんからね、教育の場を設けた際には各国にもお声は掛けるようにはします」
「それは有り難い。では候補も見繕っておく必要がありますな、定員は如何ほどで?」
「まだそこらへんも白紙の状態ですね。用意出来る教育施設もどれ程の物が出来るか判りませんし、追ってご連絡という形になります」
「畏まりました。後は何か御座いますか?」
「他はそうですね……先ほどの医療の話とかぶりますけど、民間での魔術を使用しない治療というのが今後の鍵になると思います。国内のそうした技術の情報を集めて頂けると助かりますね」
「薬草治療の事ですかね?」
「多分そういうのですね。現状でも十分に使える医療技術を確立させるのが当面のハイランドの方針ですね」
「なるほど。その件に関しましても調査しておきましょう」
「有難う御座います。そちらからは何かありますか? 俺に判る範囲ならお答えしますが」
取りあえず想定していた内容は聞けたかな、とロシュさんに質問してみる。他に何か忘れていたら明日聞けば良いだろう。
「そうですね……失礼を承知で一つだけお聞きしても?」
「ええ、どうぞ。判る範囲でしたら」
「勇者が邪神を倒したせいで魔術が使えなくなった。この噂の真相は如何に?」
ドクンと心臓が跳ねる。その話、フィリス女王が明言を避けている内容だ。魔術が使えなくなったのは、あくまであの少年神による世界の改変という事にしようとしている。
それで間違いは無いのだが、結局は引き金を引いたのは俺だ。それが露呈すると魔術関係の人々の怒りや不満が全部姿を見せない神の代わりに勇者へと向かうだろう。
押し黙るしか無い俺に、鋭い目付きのままロシュさんが一言加える。
「『賢王』との噂も如何な物かと。嘘を言えない勇者を外交に使うなど……沈黙は肯定となってしまいますよ?」
肩を竦めながら首を振るロシュさん。伊達にこの人も宰相では無いのだと痛感する。
「ニンニー様は『よく判らない』とお逃げになりましたが、そこらへんの話術を身に着けてからにするべきでしたな。別に公表するつもりは御座いませんのでご安心を。これ以上の混乱など無用です」
静かに席を立ち、部屋の出口でこちらに丁寧にお辞儀をして。
「この度は実りの有るお話が出来て感謝致します。お互いの国、ひいてはアルテミア全土に繁栄のあらんことを」
音も無く扉を閉めるその佇まい、魔族より怖いと思ってしまった。
順調に思えた外交初日、最後の最後に一筋縄では行かないと予感させる物になってしまった。
お読み頂き有難う御座います。
ブックマークの登録や下部の評価点の入力、並びに感想等で一言頂けると、作者が舞い上がり小躍りします。もしお時間御座いましたら、是非お願い致します。




