06:夏祭りの来訪者
ようやく一名登場。
八月も半ばに入ろうかという頃。暑い。兎に角暑い。
季節で気候の変化の無かったアルテミアの世界の中でも、俺の居た大陸『ハイランド』は山岳の多い起伏に富んだ場所だった為か通年過ごしやすい環境だった。一応、生活区域として平野部の他に高原のような場所も有ったのだが、涼しい程度で寒いまではいかず快適な環境だったと言えるだろう。。
そんな気候で過ごしたせいだろうか、日本の四季が辛い。戻って来た当初は肌寒いくらいだった夜が、今では地獄である。そんな暑い中での鉄板前の作業はさながら焦熱地獄。三角巾を強めに締めて額からの汗を防ぎつつ、最早手馴れた作業を進める。
「こんなに暑いんだからアイスクリームでも売ればいいのにねー」
「でも、たこ焼きは屋台の定番ですからね。たまに無性に食べたくもなりますし」
店の外の木製ベンチでは妹組がハフハフとたこ焼きをつついている。今日は隣町の図書館まで二人で遠征してきたそうで、何でも俺の定時に合わせて戻ってきたので待ってくれているらしい。
「総司! 今焼いてる分をパックに入れたら終わりでいいからね!」
「了解っす!」
店の奥からミトさんの声が聞こえてきたので大きな声で返事をする。
ここのオーナー夫婦には色々お世話になっていて非常に感謝している。待遇は寛大で……いや、大雑把・丼勘定と言った方がいいか。本来の主であるオーナーに至っては、俺に仕事を仕込んでからというもの店で見た覚えは無い。店の経営は俺とミトさんに任せて晩年を謳歌しているそうだ。息子さんも居るらしいのだが、都心の方で既に仕事と家庭を持っていて帰ってくる事も無いそうで。このままこの店を継がされるんじゃないだろうかと不安になる。
将来の心配をしながらも、手際良くパックに入れて保温ケースに放り込む。流れるように鉄板の掃除と周囲の器具の片付け、ゴミを纏めて……よし。時計を見ると丁度18時。合わせてミトさんも店の奥から出てきた。
「お、ちゃんと片付いてるね。じゃ、後は任せて上がっていいよ。おつかれさん!」
言いながらバシンと背中を叩いてくる。なんというか毎度毎度豪快な人だ。お疲れ様です、と返して着替えに行こうとする背後で妹組にジュースを渡す姿が目に入った。面倒見の良いおばちゃんである。
「お待たせっと」
「あにぃ、お疲れ!」
「総司さん、お疲れ様です」
「しかし、あんたも毎回毎回両手に花だねぇ。パッとしないのに」
「かすみちゃんも妹みたいなもんですよ?」
俺の両脇に陣取った妹組を見て、ミトさんが呆れ声で言っていたので答えておく。かすみちゃん本人は微妙な顔をしているが、このスタンスを崩すつもりはない。
「そんな事情知らない男からしてみたら関係ないさね。ちゃんと家まで送るんだよ」
「分かってますって。では、お先失礼します!」
今日は面倒なのでバスで帰る事にした。10分程揺られ、神社に行くために自宅の最寄より1つ手前の停留所で降りる。俺を先頭に、後ろでは妹組が今日の戦果について何やら話しているようだが、聞こえてくる感じでは空振りに終わったのだろう。
神社が見えてくる程になって、何やら神社に活気がある事に気がついた。この時間にあそこに人が多い事は珍しいのだが、と怪訝な表情で足を止めたので真由が尋ねてきた。
「どしたん?」
「いや、何かオアライさんに人が居るみたいなんだが。結構多い?」
「ああ。提灯櫓も見えますし、夏祭りの準備に入ったんでしょうね」
かすみちゃんが答えてくれた。そういえば、そんな物も有ったな。
「人目があるから目立つ様な事は無しにして、参拝と何か無いかチェックだけして帰ろうか」
「ラジャ!」
「了解です」
元気良く返事をする二人を連れ境内に入ってみると、何名かの男の人らが色々と準備をしている姿が見えた。提灯を飾るための骨組みを建てる人や、配線関係のコードを引く人。特にこちらを気にする様子もなく、忙しそうだが楽しそうに動いているので、邪魔にならないように参拝を済ませてから手分けして境内を一回り。再度集合して、本日も収穫無しとなり自宅へ向かう。
今日は四回目の会議の日。徹が若干遅くなるので、かすみちゃんはそのまま俺の家へと着いてきた。夕飯は徹も俺の家で食べるので、もう少し後になるだろう。
「「ただいま~」」
「お邪魔しま~す」
「お帰りなさい、かすみちゃんいらっしゃい。あら徹君は?」
玄関からリビングに入ると母さんが迎えてくれる。今日は父さんが飲み会らしく、帰りは遅いらしい。俺達の帰宅時間を予想して食卓には既に夕餉の支度が整い始めていた。今日は量を稼げる唐揚げらしい。
「あいつはもう少しかかるってさ」
「あらあら、ご飯もう用意しちゃったわ。冷めちゃうかしら」
「いえ、ご馳走になる身ですし、お兄ちゃんにはお気遣い入りません」
「かすみちゃんはお行儀良いわね~、真由ももうちょっと見習いなさい?」
「対外的には大丈夫よ。ちゃんとネコかぶってるし」
「じゃあ大丈夫ね」
ニコニコ微笑む母にそれでいいのか?と思うが、まぁ問題起こさなければ良いのだろうと納得する。着替えなどを済ませて、丁度夕飯の支度が終わる頃に徹もやってきた。ゲストを迎えての夕飯は久しぶりなので母さんも楽しそうだった。
食後のデザートと飲み物を持って俺の部屋へと移動する。本日のデザートはスイカだ。妹組用に小さめに切った皿と兄組用の豪快に四等分されただけの大き目の皿を中央のテーブルへと並べる。
「では、これより第四回定例会議を始めます! 拍手~!」
わー
ぱちぱちぱち
お決まりの議長の挨拶から会議は始まった。会議のタイトルが回を重ねる毎に適当になっていくのはツッコムべきか。まぁ、別にいいんだけどね。
「まずは、各員より現状報告を。あにぃ!」
ズビシッと音が付きそうな勢いで俺が指名される。ノリまでおかしくなってるが、流して前回から今日までの報告をする。
「俺は変わらずに検証を重ねてた。まぁ結果はお察しだな」
用意しておいたメモ帳を参考に淡々と発表していった。こちらからあちらへの転移実験は凍結中なので、召還をメインに実践して全滅。指輪を用いた交信も反応無し。
キャンプ時に気がついた翻訳能力に関しては、字幕の映画や英語を話せる人と会話をした結果、恐らく機能していないだろうと判明した。多分、魔術要素のシステムだったのだろう。俺の報告が終わると、真由・かすみちゃんと続く。
真由もネット方面で自力で調べる要素はもう殆ど無いらしく、かすみちゃんの手伝いでメールのやりとりなどをしていたらしい。そのかすみちゃんも新たに入手した召還陣を数枚だけと、進んでいないようだ。
徹は俺の家の漫画を読みつくしたらしく、パソコンで動画サイトを徘徊している。そのせいで今回はテーブル側に真由が座る羽目になっているのだが、変なサイト開くなよと釘だけは刺しておく。発表を終えた結果、収穫も進展もなし。本当どうすりゃ良いんだろうと途方に暮れていると真由が真剣な表情で呟いた。
「こうなったら、もうアレね」
何か打開策があるのかと期待して言葉の続きを待つ。
「夏祭りの計画を立てましょう」
なんでだよ。前回から何か主旨変わってねぇか?手伝って貰ってる身で言うのもなんだが、ここはそういう場じゃない。前回のキャンプの件は大目にみたが、今回はちょっと悪乗りしすぎてる気がする。
「真由、お前飽きてきただろ……?」
途方に暮れていたイライラも有ってか、若干キツイ口調になってしまった。
「いや、そういう訳じゃないけどさ……潤いが欲しい?」
「前回遊びに行ったばっかりだろうが。確かに進展無いけどもう少しちゃんとして欲しいな。というか、飽きたなら別に手伝わなくても良いんだぞ?」
「や、だからそういうのじゃないって! ちゃんとあにぃの事は手伝うし飽きてないし! ただちょっと……なんていうか、そういうのもしたいから……」
「総司さんそれはちょっと言い過ぎでは……」
真由も俺の雰囲気を察したのか、いつもより歯切れの悪い返答だった。顔を見ると若干泣きそうになっている。かすみちゃんもやや非難の表情で俺を見てくる。確かに、言ってる俺も嫌味な感じになったなとちょっと後悔しているが、泣きたいのはこっちも同じだ。あっちへ渡る手段の見当もつかないし、向こうからも連絡も無しで困っているのだから、もう少し真面目に考えてくれてもいいんじゃないかなと思っていると。
「総司」
ボソリと呟きながら唐突に机へと戻って来た徹がこちらを睨む。
「謝れ。今のは真由ちゃんの三年を見守ってきた俺が納得出来ない。謝れ」
本気で怒ってるのは長年の付き合いで見て取れた。妹組にちょっかいをかけた輩に向けるソレだ。地雷を踏み抜いたと直感する。
「落ち着けって徹、俺だって今のはちょっと言いすぎたと思ったけど、この前遊んだばっかりだろ? だからもうちょっと自重して欲しいと……」
「自重だぁ? 三年心配させて一回だけ遊び行ってチャラってか?! そんなもんで済ませようってか? あの時言ったよな? どんだけヤベェくらい真由ちゃん追い込まれてたか分からなかったのか? ああ?!」
動揺して自分でも飽きれる言い訳をしたらぶん殴られた。当然だ。いつも凄い速さで手を出すが、今回は史上最速だったんじゃないだろうか。
「ちょ、徹さ……」
「真由ちゃんは黙ってろ。総司ぃ、お前なぁ。帰ってきてから自分本位で、よくもまぁデカイ口聞けたもんだな。お前の話聞いてりゃ彼女も出来て、さぞ楽しい思い出の三年間だったんだろうな? こっちにも不本意で戻っただけだ、お前には俺達はどうでもいいって事だ。違うか?!」
「……」
何も言えず、ぐぅの音も出ない。帰ってきてこの方、真由をあんまり構ってないのは自覚はしていたのだが……甘えてしまっていたのだろうか。
「徹さん、もうやめてよ。私が我侭言いすぎたんだよ……」
「だから黙ってろって! ガキが我侭言って何が悪いんだ? 散々心配かけたんだ、それくらい言ってもまだ足りねぇのにコイツは気にもしやがらねぇ。そんなクズな発想は俺の知ってる総司じゃねえ、変わっちまったんだコイツは。かすみ、帰るぞ、二度と手伝うな。俺が許さねぇ。真由ちゃんもこんな奴の面倒なんか見るな。もう散々時間無駄にした分、好きな事しろ」
「ちょっと離して、お兄ちゃん!」
かすみちゃんの腕を強引に引っ張って連れて行こうとする徹の背中を見て思う。兄として頼りになる背中になっていた。正直に甘えてた事を痛感して、同時にこれも俺の事を信頼してくれていたという事の裏返しなんだと悟り、ここで何とかしないと後々までしこりが残る気がしたので素早く行動に移す。
「徹」
「気安く呼ぶな、クズ」
「すまん、俺が甘えてた。真由も言い過ぎた、ごめん」
「あにぃ……」
「……謝る順番が逆だ」
「だってお前、もう出て行く寸前だったじゃねーか」
「そりゃあんだけ啖呵切ったんだ、居辛くてしょうがねぇさ」
「まぁ、そのなんだ。スイカは食ってけ。俺達二人じゃ多すぎる」
「次は無いからな?」
「肝に銘じる、二度としない」
若干バツが悪そうに座りなおす徹を見て、兄スペックで完敗してるなと思った。スイッチのON・OFFしかないような単純な性格だが、内面だけなら非常に男前である。スイカの皿を下げるついでに、階下で心配しているだろう母さんにはフォローを入れておこう。
◆
数日経って夏祭りの夜。仕事が終わるとわき目も振らずに帰宅し、四人で神社へとやってきた。普段は少ない人通りもこの日は賑やかで、行き交う人には浴衣姿の人も多い。勿論妹組も例外では無く、真由は赤とピンク、かすみちゃんは青系統の柄をあしらった浴衣での参戦である。俺と徹は、まぁ普段着なのだが。
ちなみに罪滅ぼしとして、今日の真由の使う費用は全額俺持ち+我侭言い放題の特権が与えられている。その一環として、ニコニコ笑顔の真由と手を繋いで歩いているわけだが、非常に恥ずかしい。平屋兄妹も兄株が上がったのか仲良く手を繋いでいるのだが、こちらは逆に徹がご機嫌で、かすみちゃんがちょっと後悔してる表情なのはご愛嬌か。
鳥居を潜り神社の敷地内に入る。中はそれほど広くは無いのだが、所狭しと夜店が設営されそれなりに賑わっているようだ。
「夜店は全部網羅するとして、あとは何にしようかな~」
目をキラキラさせながら不穏な台詞を吐く妹閣下にジト目を送る。
「お手柔らかに頼むぜ? バーベキュー費用もあって割とピンチだ」
「んふふ~どうしよっかな~……あ、たこ焼き食べようそうしよう」
「いつも食ってんだろうが!? しかもこの量と質で500円だと……」
値段にも辟易するが、見た目もそこまで美味そうには見えない。これが職人目線なのだろうか?その後も定番屋台を網羅していく真由とかすみちゃんに俺の財布は削られ続けた。今までやっぱり無理をしていたのか、容赦無く色々と買わされるが、まぁどれだけ我慢してたかがヒシヒシと伝わってきている。これも自業自得と思って覚悟を決めよう。当然、同行している徹の財布も削られているのは諦めて貰うしかない。
散々回って満足したようなので、デザートのクレープを買ってから本堂の裏手に回って石の土台の上に並んで座り休憩をとる事にした。舞台裏のような穴場なので人も居ないし快適な空間だ。
「あにぃ、あんだけ動けるのに不器用よね」
「不器用ってわけじゃねーよ、金魚掬いは難しいんだよ……」
戦果0の俺に3匹入った袋を見せながら真由が得意がる。バーベキューで上がった兄株は、どうやら暴落したようだ。
「総司、給料日いつだ……?」
反対側から、若干青い顔で徹が耳打ちしてきた。そんなカツカツなのかよ。
まぁ今回徹には頭が上がらないので考慮するのはやぶさかではない。確かに後半の射的・紐くじの二箇所が甚大な被害を与えたのは覚えている。
「25日だな。まぁキツかったら言ってくれ」
「助かるぜ……」
クレープも丁度食い終わったのでそろそろ帰ろうか、と立ち上がると心地良い風が吹いた。
『……』
その風に揺られる木々の音に混ざって唐突に呼ばれた気がした。雑踏に紛れ、全く音としては認識できなかったが、呼ばれた気がした。
「ん?」
キョロキョロ見渡してみるが、当然周囲に人影は無い。
「あにぃどうし……あにぃ!」
急に真由が大声を上げたのでそちらに向き直ると、俺を見て目を大きく見開いる。
「そ、それ!」
「どうした?」
「胸……光ってない?」
言われて確かめると、胸と首の中間点くらいがシャツ越しに分かるくらいに淡く光っていた。すぐにそこに有る物に気がついて慌てて取り出す。チェーンに通したセリスから貰った指輪が光を宿していた。
「な、なんか光ってる……?」
発光というよりは、ヒカリゴケのような淡い光が指輪を包んでいる。それに注意が行っていたせいだろうか、音でようやく周囲の異変に気が付いた。
春一番のような時季外れの風がザワザワと境内の木々を揺らしている。屋台のある方向からは多くの人の慌てるような声が聞こえてくる。強風で軽いパニックになっているようだ。
「な、なんだこれ。突風か?」
「ザワザワ鳴ってて……怖い」
「あにぃ……これって!?」
「俺の後ろに! 早く! 万が一の場合は俺は行く!」
石の土台に腰をかけた状態で、かすみちゃんを庇うように抱え込んだ徹と真由の前に手を広げて立ち塞がる。
パキン
聞いた事のある音が背後からしたのに気付き、迂闊だったと後悔する。毎回あの音は背後からするのだった。慌てて振り向くと、真由達の背後の本堂の壁に夜の暗さより更に濃い黒を湛えた扉状の空間があった。そしてその奥に『手』がハッキリと見えた。
「真由! 徹! 逃げろ!!」
以前の焼き直しのように、二人の間に入って押し分けるように突き飛ばす。『手』はもうすぐ届くだろう。また唐突に来たな、と内心悪態をつく。最後に一言、伝える時間はあるだろうか?『手』はもう目の前。
顔を真由の方に向け、肺の空気を全て吐き出す様に一気に告げる
「じゃあな、ありがとうな。真ぶゅぐうう!?」
「あにぃ!?」
カッコイイ台詞を言い終わる前に、ガツンという物理的衝撃を受けて俺はぶっ飛んだ。綺麗にぶっ飛んで地面に大の字にのされていた。横を向いていたせいでフックを食らったように頬に何かがぶつかった衝撃で頭がクラクラする。
……意味わかんねー……何がどうなった?
どうしてこうなった……というか何が起きた?
体が重い。『手』に殴られたのか?
いや、何かもっと物理的な塊のような……?
え、何。今回はそういうコント的な魔術なの?
混乱する思考を纏め上げ、確認のために体を起こす。件の壁を確認すると普通に木壁だけが目に入った。周囲も風は止んでいて、境内の方向からは人のザワザワとした慌しい声が聞こえてくる。
え、これで終わり……?
あ。三人は無事だろうか?
そこでようやく三人の安否に気が向いたので確認する。かすみちゃんを抱える徹、その横に一人分空けて真由。よし、大丈夫だ。怪我も無さそうだ。だが、目撃した物のせいか全員素っ頓狂な顔で俺を見ている……ん、目線がちょっと手前の、俺の下半身?に向いてる?そういえば腰から下が重い事に気になる。何か乗ってるような……?
目線を少し下げると、何やら大きめの革製の何かが目に入ってくる。更にその下に目を向けると、謎の物体が俺のヘソ辺りに突っ込んでいる。薄暗い照明のせいで定かではないが、頭……のように見える。髪の色も黒ではなく緑系統だろうか。これがぶつかってきたのか……というか、凄く見たことがある気がする。
恐る恐る確認のために、ショートボブのその髪の一部、耳が有るであろう辺りをそっと掻き分けると、予想通りの耳が有った。人間よりやや長い尖がった耳。たまらず髪を掴んで乱暴に引っぺがして顔を確認する。
「お、お前……何やってんだ……ミーララ」
「ほあぁ~~~……」
アルテミアの世界の住人、ミーララ・カーララが目を回して居たのだった。
◆
取りあえず。目を覚ます気配が無いので持って帰る事にした。境内の夜店は突風のせいでそれはまぁパニックになっていて、テントが吹っ飛んだりしたらしく勿論祭りは中止。俺達同様帰路に付く人が多数見て取れた。ミーララ本体は俺が、背負っていたリュックサックは徹が背負って人混みに紛れるように自宅へと向かう。
「あにぃ……その人って?」
「ああ、間違い無い。あっちの元同僚だ」
道すがら簡単に説明だけはしておこうと、歩きながら呟くように語り掛ける。
「この娘の名前はミーララ・カーララ。俗に言うエルフだな。こんな外見だけど120歳だ」
「ひゃく……おいおい、どう見ても10代だろ」
「ご他聞に漏れず、まぁ長生きする種族らしい。うちの料理番だよ」
「エルフなのに弓とか魔法で戦わないのですか?」
「そういう人も居たけどこいつはそっちの才能が無くてな。雑務担当みたいな感じだな」
言いながらよいしょっと背負いなおす。若干背中と両手が幸せ状態で役得を感じる。
「あにぃ?」
真由の目が怖い。気付かれたか。
「本当に耳、尖がってんだな……」
徹が髪からピョンと飛び出た耳をマジマジと見つめながら言う。某有名三部作映画のエルフと同じ感じだ。
「ああ、触るなよ? 顔真っ赤にしてぶっ倒れるから。まぁ今は平気だろうけど」
「お、おう」
「耳が弱点……と」
真由がメモメモと呟きながらエア手帳に記す。こいつの弱点とか調べてどうすんだ。
「というかアレだな……総司の言ってた事が本当だったんだなと信じざるを得ないのか」
「こいつ見て信じないとか言われても俺も困るんだが……」
かすみちゃんも目をキラキラさせてミーララを観察している。いや、これはなんだろう。ギラギラ……?鼻息も荒いし、なんか興奮しすぎな気がする。不意にチョンと耳をつつき始めた。
「あぅん」
肩にもたれるようになっているミーララが艶かしい声を上げる。やめてください、俺がヤバイです。その反応を見てかすみちゃんのテンションが上がったのが分かった。この子恐ろしいな。
何度か触ろうとするかすみちゃんと攻防を繰り返し、自宅に着く。玄関を入り、リビングのソファーにミーララを寝かせていると、父さんと母さんがやってきた。
「…………えーと? どちらさま?」
「ゆ、誘拐か!?」
いつものんびりした感じの母さんが明らかに動揺していた。親父に至ってはパニック状態だ。子供達が祭りから帰ってきたら、外国人の女の子を持って帰ってきた。うん、むしろ大人しい反応かな。誘拐では無いが。
あっちの世界の知り合いという事を説明し、事情が判らないので保護した伝えると一応納得してくれたようで器の大きい両親で助かる。救急車を呼ぶわけにもいかないので、冷やしたタオルを乗せて回復を待つ。外傷もおでこが赤いだけだ。多分俺と衝突したせいだろう。
「う……ん……」
待つこと15分、ようやくミーララの意識が戻った。
「……ここは?」
体を起こし、キョロキョロと周囲を伺うミーララと目が合う。
「あ、ソウジさん。おはようございます」
「お、おう……おはよう?」
大丈夫かこいつ……現状を理解出来ているのだろうか?
俺を判別出来てるから記憶喪失ではないと思うんだが。
「えーっと……他の方たちはどなたでしょう?」
「俺の家族と友人だ。というか大丈夫かお前?」
周囲の面々は俺とミーララのやり取りを固唾を呑んで見守っている。
「はて? 何故ソウジさんのご家族が……? あれ? というかここは?」
「ここは俺の家、そんで俺の世界。アルテミアじゃない」
「アルテミアじゃ……ない?」
何かを確認するようにポツリと呟いた直後。
「あああああああああああああああ!!!!!」
うるせー!!その場に居た全員がその音量に耳を塞いだ。
「うるせえ! 音量下げろ!」
ミーララのほっぺたを両側に力一杯引っ張る。
「ひはいへす! ふぁらひへふらはい! ほへほほほひゃはひんへふ」
俺のせいではあるが、何を言っているのか全く判らん。
「ミーララ、いくつか質問する。正直に答えろ、いいな?」
コクコクと頷いたのでほっぺを解放する。
「加減して下さいよ~……うー、ヒリヒリする」
「お前が大声出すのが悪い。取りあえず質問1、何でここにいる?」
「そうそう、それが言いたかったんですよ! ソウジさん、無事ですか? 魔族に襲われませんでしたか?」
いきなりトンデモ発言しやがった。
「無事も何も普通に暮らしてる。後、こっちの世界に魔族は居ない」
「ちちち違うんですよ! こっちのじゃなくてあっちの魔族が来てないかって聞いてるんです!」
「は? 見たことも聞いた事もないぞ? というか来れるのか?」
「じゃ、じゃあまだ見つかってないんですね。良かった~……」
何やら安堵してるミーララに反して、俺には更に嫌な予感が募る。
「質問2。じゃあ、お前は魔族から俺を守るためにここに一人で来たのか?」
「はい、魔族がセリス様を誘拐してこちらの世界に跳んだと神剣様が仰りまして。慌てて私たち四人だけこちらに特別に転移して頂く手筈でした! セリス様は……居ないですよね?」
もう一度確認するように周囲を見渡しながら尋ねてくる。『頭痛が痛い』という間違った表現が当て嵌まる稀有な事例な気がする。……どこからツッコムべきか。
「確認するぞ?」
「え、あ、はい!」
シュピっと正座の姿勢になるミーララ。相変わらず返事だけは良いな。
「魔族がこの世界に来ている?」
「はい」
「それを倒すためにお前を含め四人、恐らくユリウス、シェンナ、アルマが来た?」
「はいはい、大体合ってます。ただ他の三名の方は待機して貰っているはずです」
「待機? まぁ後で詳しく聞くか。セリスは魔族と一緒にこっちの世界に居る?」
「はい、恐らくは。世界を渡る術は魔族が扱えない物らしいとは神剣様が仰ってました。もしかしたらまだアルテミアに居るかもしれませんが」
「……」
「えーっと……ソウジさん?」
多分、俺の人生で最大の音量だったと思う。
「一大事じゃねぇかあああああああああ!!」
問題だらけのミーララの証言に絶叫するしかなかった。
お読み頂き誠に有難う御座います。
もしお気に召して頂けましたら、ブックマークだけでもして頂けると励みになります。感想も書いて頂ければ舞い上がります。
お時間御座いましたら是非お願い致します。