11:悪魔?の誘い
銀髪にチェックの七分丈のズボン、そしてチョッキに帽子の古い西洋系の格好の少年がトコトコと出てくる。違和感丸出しのその風体はどこをどう贔屓目に見ても今正に喧嘩を売った相手本人にしか見えなかった。
「さぁさぁ、そんな所で立ち話も何だし中に入りなよ?」
気さくに社の中に招いてくるが、当然それじゃあと中に入る訳が無い。一歩後ずさりながら軽口を叩いてみる。
「まさか目の前に居るとは思わず啖呵切っちゃったぜ」
「うん、僕もまさか出て行こうとしたら喧嘩を売られるとは思わなかったよ。というか君は僕が誰か知っているのかい?」
「お仲間さんを二人程知ってるな。それともその格好は爺さんの別の姿なのか?」
「爺さん? 僕の中ではこれは幼い子の外見だと思うんだけどね。ここじゃ違うのかい?」
「いや、どう見てもガキだ。でも外見は自由に変えられるんだろ?」
「自由、まぁより取り見取りって所は否定しないよ。まぁ中に入りなよ、寒くないの?」
再度の勧誘にもう一歩下がる。
「生憎とお前らがどういう存在かは知ってるからな、そんな事言われても素直に従える程信用しちゃいないさ」
「うーん、何かこじらせてるね。というか、僕達みたいな存在に会った経験があるってだけで凄い稀なんだけどさ。どうしたら良い物かね」
顎に手を充てて唸る少年。その姿を見て思わず悪態を吐く。
「はっ、そんな人間らしい仕草しても騙されないぜ。俺達の事なんか何とも思ってないんだろ?」
「僕が? 君達の事を? 何でそうなるんだい?」
更に首をひん曲げて、本当に不思議そうに訊ねてくるので答えてやる。
「爺さんで経験済みだ。用済みは切り捨てる、物みたいに捨てやがる。それが本性なんだろ?」
「んー、その爺さんっていうのが良く判らないんだよね。ちょっと失礼」
返事をする間も無く、俺の額に少年の手が触れた。十分に距離を取っていたはずなのに次の瞬間にはこの体勢だった。
「うわっ?!」
「ああ、大丈夫大丈夫。何もとって食おうって訳じゃないよ、記憶を見せて貰ってるだけさ」
「き、記憶?」
神様だから?俺の理解の範疇に居ないだろうとは思っては居たが、当然のように不条理な事をしてくれる。逃げ切れる気もしない。今更喧嘩売った事を少し後悔した。
「ふんふんふん、なるほどね。人間不信ならぬ、神様不信なんだね。それにしてもこれは困った事だね」
本当に記憶を見たのか、納得したような感じで再度首を捻る少年。
「三人居ない理由も判ったし、中でゆっくり話そうか。ささ、入って入って」
「なんでそこは譲らないんだよ……」
「落ち着いて話した方が和むでしょ?」
「だから何度も言うけど神様は信用しないって」
「じゃあ、こういうのはどうだい?」
「え?」
少年がパチンと指を鳴らすと、いきなり少年の前にセリスが現れた。何が起こったのか判らない俺達を他所に、セリスの背後から首を絞めるように拘束した少年が口上を上げる。
「フハハー、姫は預かった! ……ごめん、ちょっとしゃがんで? 届かないんだ。返して欲しくば社の中まで来い!」
言われるがままに俺と少年を交互に見ながら律儀にちょっとしゃがむセリス。
「あの、えと、どういう状況でしょう?」
「俺も判らん……」
「悪役の脅しなら聞いてくれるかな~と?」
何かどっと疲れを感じた。あの爺さんもそうだが、どうしてこう微妙にズレたセンスをしているのか。そんな俺とは裏腹に、少しピリっとした声で少年が言う。
「まぁご招待を兼ねた余興だけどね。神に喧嘩を売っておいて、君は神を侮りすぎている。こういう事が出来るから神なんだよ。敵を知るにも僕の話は聞いておいた方が良いと思うよ?」
このセリスが本物か偽者かも分からない。だが、限りなくソレっぽい存在を突然出現させるという力。俺は大人しく社へと入る事にした。
外枠より圧倒的に広い社の中には掘り炬燵に囲炉裏、熊の毛皮に藁葺き屋根。なんとも純和風なテイストで、西洋の少年が更に異質な存在に見える。
「本当は僕もこういう感じにあった姿のはずだったんだろうけどね。多分君の中のイメージでこうなったんだと思うよ」
見透かすように言いながら、掘り炬燵へ招く少年。セリスの手を引いて並んで座ると、籠の中からみかんを差し出してくるので受け取る。
「あの……本当にどういう状況ですか?」
「判らん」
「この少年は?」
「多分、爺さんの同類かな」
「創造主様のお仲間……」
「まぁ同族とは認めるよ。でも立場は全然違うからね?」
もぐもぐとみかんを食いながら話す少年。良い感じにペースに飲まれてるのが面倒臭い。
「彼は僕の部下。僕は一番上、君達の世界の創造主だ」
「嘘くせぇ……」
「別に信じてくれとは言わないさ。君も関係ないだろうしね」
「で、それとその姿とは関係あるのか?」
「大有りさ。老人姿の神様が子供の姿の人物にペコペコするなんて、君には判り易い表現なんだろう? この子供只者じゃない! みたいな?」
「あー……」
そう言われると少し納得は出来るか。単純にサイズがでかくても納得は出来そうだけど。
「納得してくれたみたいだし、この話は本題じゃないからね。話を進めよう。まずは僕が何で来たか。これは単純に君達の願いを叶えに来た、って訳じゃないね。例の邪神の処分の経過観察に来ていただけだよ。そこに偶々君達の願いが耳に入って、話を聞きたいと思って待っていた訳だ。全然来ないから凄い暇だったよ」
「あの日以来近寄りもしなかったしなぁ……」
「まぁそこの事情は判ったから良いよ。しかし綺麗な願いだったね。不安の中、縋る思いで少年は自分を抜いた他人の幸せな顔を願い、傍らの二人はその少年の幸せを願う。いや本当にそういう願いは美しい」
「いや別に俺は自分を抜いたりはしてないと思ったけど……」
「無意識だろうけどね、自分は十分幸せだからと計算に入れてないだけだよ」
「自覚ねぇなぁ……」
言われた内容が当っていたのかセリスの顔が少し赤い。頭に手をやるともっと赤くなるので癒される。
「で、まぁ問題だったのはここに居ない子の願いだよね。別の世界に行ってしまうのは寂しいけど、今度はちゃんとお別れできるから大丈夫、とかね」
そこで少年の顔が明らかに険しくなった。
「確かに世界を創る神の練習台として生命体の貸与は承認している。だけど、僕は同意の無い連行は認めていない」
次第に鋭くなっていく目は最早外見通りの年齢の子供の物とは違う。俺がその対象でなくて本当に良かったと素直に思える程の怒気を放っていた。
「あの爺は僕の子供達に手を出した。絶対に許さない」
「こ、子供って俺達が……ですか?」
思わず敬語で訊ねるご、雰囲気は一気に穏やかな物に戻った。
「君の神様不信を解く意味でも言っておくけど、僕らも生命体の一種だ。個性もあるし、価値観も違う。判りやすく言えば……そうだね、同じ食用と観点で見ているとしても、義務的に何の感情も無く牛を育てる人と手塩に掛けて愛情込めて育てる人の違いって感じかな、勿論僕は後者だ。自分が作った世界、そこに産まれた者を愛さない訳が無い」
キリっとした顔で少年は断言した。そして自らを語り出す。
「世界が狭いというなら頑張って広げる! 少しでも時間が有れば、辺境だろうが隅々まで声に耳を傾ける! どうしてあげたら喜ぶかな、どうしてしまったら悲しむのだろう。そんな事に注意しながら僕はここまで世界を広げたんだ! この『物理法則科学の世界』、素晴らしい世界だと思わないかい!」
ああ、こういうタイプなのか。ラブ&ピース至上主義、それが俺の感想だった。
「ええ、まぁ良い世界だと思います……よ?」
「だろう! いやぁそう言って貰えると頑張ってきた甲斐があるよ! で、ついでに君達の心が判らないとか言ってたけどそれも否定しよう。僕なりに子供達についてはちゃんと観察して理解しているつもりだ。だから一つだけ助言してあげるよ、君は素直すぎる」
「俺ですか?」
「君以外誰が居るって言うんだい。人の言葉を素直に受けて、立ち止まったり突っ走ったり、ONOFFしか無いのかい? 簡単に騙されるし。なのに神様だけ信じないとか、こっちとしては迷惑すぎるんだよ」
「す、すいません……」
「大体ね、我侭だ傲慢だ言いながら今の君は無謀なだけだ。神という存在がどの程度かも判らないのに後先考えず喧嘩売ってどうするんだい」
「はい、ごもっともで……」
「あの爺さんだって神の端くれ、指先一つで君なんか消し飛ぶだろうに。熱い想いは個人的には好きだけど、履き違えてはいけないよ?」
「はいい……」
何で俺は説教されているのだろう……。
「そもそも、周囲の声に耳を傾ける事は悪い事じゃない。君のお母さんの言葉、仲間を信頼して待つ事も大事ってのは正解だ。だけど、お父さんの自分の生き様を貫く事が大切って言葉も正解だ。少なくとも彼らはそれが正しいと思って君に助言してるはずだ、だからといってその言葉で右往左往する君は正解とは言えない。君は極端すぎるんだよ、良さそうな人だから信じよう、騙されたから二度と信じない。もうちょっと柔軟に対応出来ないのかい?」
ぐうの音も出ないとはこの事か。本当に人間臭い説教をしてくれるものだ。
「とまぁ、これが僕の研究の成果な訳だけど。これでも君達の心が理解出来てないと言うのかい?」
「う、ううむ……」
「まぁそこで信じますって言われても、堂々巡りになるだけだけどね。だから僕は今回神じゃなくて悪魔として接しようと思う」
「悪魔?」
「そう、信仰心を糧に生きる僕らはそっち方面でもOKって事さ。神が信じられないなら悪魔として契約しようじゃないか」
「ど、どういう契約だ」
「今回願いをかなえてあげる代わりに僕の手下になるんだ」
なんとも有り勝ちな契約条件の提示と共に少年が一枚の紙切れを差し出してくる。契約書と銘打たれたその紙を受け取り内容に目を通して思わず声を上げた。
「これは……」
「それが内容だ。どうだい?」
業種:神代行 業務内容:惑星管理業務 期間:死ぬまで
待遇:自宅通勤可、死後希望者は正式採用有り
内容:良く知る世界を管理するお仕事です。特にノルマは有りません。
「お前なめてんのか?」
「え、何か内容に不備があったかい?」
「違うそうじゃない」
「ああ、賞与が無い?」
「そうじゃない」
「休日はちょっとあげられないんだ。そこは本当に済まないと思うよ」
「だーかーらー! そこじゃないって!」
頭痛が痛い。何か久々に使った気がする間違った日本語。それくらい眩暈がする。
「何でお前から俺が職業斡旋されてるのかって話だ! しかも意味不明な職業で」
「神不在になる世界を救う為だね。君無職だし丁度良いでしょ?」
「いや無職だけどさ……って神不在になる?」
「あの爺さんの世界を奪う」
「へ?」
「君らの言うアルテミアって世界を僕の世界に取り込むのさ」
「はぁ?!」
話がとんでもない方向に行った気がする。あれ、でもこれって。
「君の願うハッピーエンド、僕が叶えてあげるよ」
本当に悪魔なんじゃないだろうかというほどの邪悪な笑みを浮かべて、楽しそうに少年がその計画を語り出す。
「まず前提として、君がアルテミアで下準備をする事になる。いくら力量差があるからと言って、僕らという存在は他人が規定したルールの世界に入ると縛られてしまうからね。邪神と定義されたように、その世界の創造主に都合良い存在に書き換えられてしまうんだ」
だ・か・ら、と指でリズムを取って少年は続ける。
「君が僕の尖兵として潜り込む。僕の『物理法則科学の世界』では、あの形のままじゃ耐えられないからね。あの世界の有り様を変えて欲しい」
「済まん、もう理解が追いつかない……」
「私は最初から何もかも理解不能です……」
最早毒気を抜かれる云々ではなく、楽しそうに話す少年の計画をただただ二人で聞くのであった。
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