05:息抜き
ファンタジーなのに日常回しかない展開が続いてます。
申し訳程度のバトル要素です。
物語のコンセプト上、派手なバトルはあまり予定はしていません。
ついに八月に入った。夏真っ盛りといったところで、視界に入る人々も暑さに疲弊している様子がありありと感じ取れる光景が目に飛び込んでくる。ワイシャツ姿の会社員は背中が透けてたり、おばちゃんの脇肉が躍動感たっぷりに踊っている。薄着のお姉さんはあまり見当たら無いので夏の楽しみが少ない。
異世界探求班の面々はといえば、学生組二人は日中の間は夏休みの宿題の消化をしている。二人とも帰宅部なので合宿などといったイベントは無いそうだ。俺と徹はそれぞれ仕事である。
徹は駅前通りの自転車屋で働いているのだが、本人はバイクを扱いたかったらしい。だがバイク専門店はこの町には無いので妥協したそうで、別物のような気がするが本人が納得しているのだし良しとしよう。
そして現在。前回の会議から日を置いて久々に開催の三回目の全体会議は難航していた。アレも駄目コレも駄目と進展も無く、新たな案が出るわけでもなし。正直手詰まり感が否めない。
俺と真由のコンビは、前回かすみちゃんから提供された『魔法陣』が印刷された資料を使った検証をメインに行った。勿論全て空振りだった上に、途中で真由がある懸案事項に気が付いた。
「あにぃ、もしこの中に本物が有って移動出来たとしてさ。あにぃの言ってる世界じゃなかったらどうするの?」
指摘された危険要素に血の気が引き、転移の実験は即刻中止。確かにいきなりドラゴンが闊歩する世界に飛ばされたり、逆にサイバーパンクな世界に出たら何も出来ない気がする。しかも今度こそ帰ってこれる保障が無い。そんな経緯で、こちらから移動するという手段の検証は暫く封印である。
かすみちゃん担当の『帰還者の探索』については、まぁ予想通りだろう。簡単に見つかるわけが無くソレっぽい人にメールを出しているようだが返事が来るのすら稀だそうだ。来たとしてもファンレターの返事のような内容で、中にはフィクションなので真に受けないようにと忠告してくる方も居たとか。至極まともな意見だろう。
「あにぃ、何か無いの~? 『実は最終手段だがこいつがある……!』とか」
「そんなもん有ったらとっくに使ってるわ!」
ぐでーっと机に突っ伏している議長が適当なネタフリをしてくるので切り捨てる。普段着ですらない着の身着のままで送還された身だ、そんなご都合アイテム等持っているわけがない。徹は徹で既にベッドの上で漫画を読んでいて参加する気すらないようだ。薄情者め。
「一応、『帰還者』に関しては進んでませんけど、『召還魔法陣』に関してはまた調べてきました。いくつか資料をお渡ししておきますね」
唯一建設的な結果を提示するかすみちゃんを見習って欲しい。まぁ徹に何が出来るというわけでもないが。受け取った紙に目を通すと、前回同様、個人の方から提供された設定を元にした『召還魔法陣』に混ざって、独自に調べたであろう『精霊との交信の仕方』や『悪魔と契約する方法』などが書かれている。悪魔とか精霊が居るなら魔術が使えてもいいんじゃないかなーとは思うが、実際はあるけど俺が使えないだけかもしれない。
「異世界に限らずに、人智を超えた存在を呼ぶ方法という感じで調べてみてますけど、そういう方向で大丈夫ですか?」
「そうだね、何が役に立つか分からないし、そういう方向でいいと思うよ」
「後、何名かの方が個人的に会わないか? と仰ってますね」
「それは……違う意味で危ない気がするな。ちなみに何て言って連絡してるの?」
「建前で『召還に関して夏休みの自由研究の題材にしたい』としてますね」
「んー、女子高生からそんなメール着たら勘違いしちゃう奴も居るかな」
「女とは言ってませんよ?」
「それはそれで余計危ないから。どうしても会わなくちゃいけないなら徹が同行か、こっち来てもらって全員で会う方がいいな」
「了解です」
「結局今回進展あったのはかすみんだけか~……」
「私もそんなに有益な情報ってわけじゃないよ」
一向に進展しない状況にちょっと疲れが見えている。何か打開策は無いかと頭を捻っていると真由が立ち上がりながら元気良く意味不明な事を言いだした。
「そうだ、良い事思いついた! 海に行きましょう!」
何故、海。
「貴重な青春の1ページの夏休みなのよ? たまには息抜きで遊びたいじゃない」
「そうですね。広い屋外用の参考儀式もありますから、それの実験も出来ますね!」
「それもあるけど、取りあえずどっか遊び行きたい~~~!」
ふむ……言われてみれば、ずっと俺の手伝いして貰ってたしな。たこ焼き屋のバイト代も入ったし、それも悪くないか。根をつめても空気が淀むだけだし。突飛な提案だが乗る事にしよう。
「よし! 今日の会議のお題は遊びに行く場所を探す事に変更にしよう。各人、希望を挙げたまえ!」
「やったー! 海! プール!」
「開けた広い場所があればいいですね。人目に付かないような」
「かすみん……遊びメインで行こうよ」
「仕事が休みの日ならどこでも」
「徹はいつ休みなんだ?」
「俺は水・日かな。総司は?」
「俺は土日は確実にバイトだから、水曜日で会わせようか」
「おっけー。メンツはこの四人でいいのか? なんだったら車出すぞ?」
「おお、それは助かる。じゃちょっと遠出しても大丈夫だな」
「あんまり遠いのは勘弁だぜ? ドライバー俺だけだし」
さっきまでと打って変わって元気になる一同。やっぱりこういう息抜きは大切なようだ。真由が頑なに海を推すが、どちらかと言えば俺は山派なので、かすみちゃんの方を向きながら話を進める。
「具体的な場所はどうしようか。良い場所ある?」
「泳ぎたい!」
「県境のキャンプ場とか良さそうですね。山に入れば大掛かりな仕掛けも目立ちませんし」
「片道一時間くらいで」
「泳げて、山が有って、片道一時間。どっかあるかな」
「というより日帰りだからな? 全部は無理だろ」
時間を気にする徹に、既にネットで検索しはじめていた妹組から提案が入る。
「あ、このキャンプ場良さそうじゃない? 近くに川もあるって」
「だね~。バーベキュー場もあるし。泊まらずとも日帰りで楽しめそうです」
「どれどれ……ここなら片道30分位か。良さそうだな」
「よし。じゃあ来週の水曜日はそこに決定! 予定はバーベキューと川遊び。余裕があったら検証ってことで」
「「はーい」」
「今回は今までのお礼も兼ねて、費用は俺と徹で出そう。おやつは自前で買え」
「俺も出すのかよ!?」
「「ごちそうさまで~す」」
こうして我ら一行は『こうのもりキャンプ場』を行きを決定したのであった。
◆
明けて翌週の水曜日の出発の朝。天気は晴れ、上々である。8時に駅前で待ち合わせてレンタカーを借り、市街地から山間部へ走る事45分。初めて乗る徹の運転は、ちょい悪を気取る外見に反して制限速度を遵守する極めて安全運転だったので大笑いしてやった。何でも家族以外乗せるのは初めてだったらしい。
道中どんな場所かと期待を膨らませて騒ぐ後部座席の妹2名がおやつの補充を所望したせいで、道端の個人商店に寄るハメになり想定より時間がかかってしまった。というか着く前から食い終わるなと言いたい。
『ようこそ こうのもり へ』
そう書かれた若干ボロいアーチを潜り、なだらかな坂を下りる。川の手前に建物と併設してバーベキュー場があり、川遊びする際には徒歩で川まで行くらしい。
「ついた~!」
駐車場に着くと真っ先に車を飛び降りて伸びをする真由。あまりジッとしてるのは性に合わないらしい。お財布担当の俺は手続きの為に受付の場所を探す。徹と妹組は食材や飲料の入ったダンボール等を車から降ろしている。
「なんか、アレよね。毎回思うけど紹介記事の写真より地味?」
「あの手の写真なんてそんなもんだろ」
施設の方を見ながらぼやく真由を嗜める。まぁ、確かに『木漏れ日の下で楽しむバーベキュー!』というよりは『鬱蒼とした薄暗い空間でのバーベキュー』というキャッチの方がしっくりくる。それくらい古く陰気なデザインの建物だ。
「先行って受付してくる」
「あいよ、降ろしたら持って行くさ」
徹に軽く断りを入れてから、建物の中に有った受付へと向かい使用料と燃料類を購入し、それを持って指定されたバーベキュー台へと移動して支度を開始する。せっせと炭を組みながら周囲を観察すると、何組かの子連れファミリーと学生らしい集団が見受けられた。
「あんまり人いねぇんだな。夏休みだってのに」
「夏休みは学生だけだしな。一般人には取ってはただの平日だ」
肉や野菜が入った箱を持ってきた徹も、その光景を見て率直な意見を言ってきた。採算が採れているのか疑問に思う位なのがこういう穴場っぽい施設の常だろう。そんなやりとりをしてると飲み物系を運んできた妹組が合流する。
「やっぱ現地価格だと高いねー。買ってきて正解だわ」
「観光地価格ってやつですね。缶ジュース200円は暴利です」
遅いと思ったが売店の中の物色をしてきたようで、世間の常識に舌を巻いている。ジュースが200円くらい、想定の範囲だ。
「まぁ、どうしても足りなかったら買えばいいさ。知り合いへの土産は自腹で買えよ? 自宅の分は俺が出すけど」
「そんなお土産っぽい物も無かったな~。漬物とか名前キーホルダーとか?」
「また古臭い定番物売ってるなぁ……」
修学旅行で何度か見たが、あんな物に500円なり1000円なり出すのは御免だ。
「もうちょい準備かかるから、先に川の下見でも行っとけ。15分くらい」
「あ、うん。そうする。かすみんいこ」
「はーい」
荷物を置いて小走りに案内板の方へ行く妹組。迷子になるなよーと大声で言うと、なるかバカ!と返ってきた。もうちょっとお淑やかな言葉を使えないものだろうか。
「しかし、普通こういう所のってもっと簡単に出来るんじゃないのか?」
設置されたコンロに炭を入れ終えて、着火剤を撒いて火を付ける。そして持参した団扇でひたすら扇ぐ……正直、面倒臭い。なので徹にもう一本の団扇を渡して手伝わせる事にした。
「ここは結構古いからな。あんまり設備に力も入れてないんだろうよ」
「この利用率じゃそうか」
「土日ならもうちょっとマシなんじゃねーのかな」
兄組でパタパタ扇ぎながらぼやく。これが彼女連れだったらもっと楽しいんだろうな、と遥か昔のセリスの笑顔を思い出しながら作業に従事する。
「しかし、早く来すぎたな。飯食ったら相当時間余るがどうするかな」
「というか、着いた早々に火起こすお前にビックリだ。朝飯で食うつもりか?」
「あ」
「……ノープランか」
盛大にしくじったようだ。
止めてくれよー。なんか流れでやっちゃったよ。
「よくもまぁ、そんなんで世界を救えたもんだ。正直、信じられねぇ」
「それは良く言われた。『もっと頭を使え!』とか」
「だろうな。俺もあんまり考えない方だが、お前は素で気がついて無いからタチが悪い」
「正々堂々、正面から潰せば問題ない!」
「脳筋か! てか、それでいいのか?」
「なんとかなったんだし、問題ない……はず?」
「……なんか俺でも勇者出来る気がしてきたよ」
久々に徹とタイマンで過ごす時間なので、丁度良いと現状について色々と聞いてみることにした。昔と同じ態度ながら、ちょっと違うような雰囲気もこの頃は感じているのだ。
「ぶっちゃけ、お前信じてるの? 俺の話」
「正直半々だな。別に総司を疑ってる訳じゃないけどぶっ飛びすぎてる」
「まぁ普通そうだよな。寧ろ好意的な方だよな」
「お前が居なくなってからの真由ちゃんの様子見てるからな。アレは正直やべぇと思った。鬼気迫るっていうか、憑かれてるというか」
詳しく聞くと、当時の真由はそれはそれは壮絶だったらしい。当初は学校も行かず、大洗神社に常時滞在し、遊びに来た子供達に何か見なかったかと問い詰める始末。神社に怖いお姉ちゃんが居ると噂になったとか。見兼ねた両親と徹がかすみちゃんに頼んで説得してくれたそうだ。
それからは学校には行くようになったものの、快活な性格はなりを潜め、あまり喋らなくなったらしい。イジメの心配もあったが、元が元だっただけに逆に周囲が心配してくれていたそうだ。放課後もそれまで行った事すらなかった図書館やネットを利用して、いわゆる神隠し的な事案を調べる日々。かすみちゃん以外の友達と居る姿は見なかったという。
俺的な主観で言えば、当時と変わりない生意気な妹なので想像も出来ないが、聞く限りでは帰ってきて良かったのかなと思う。
「何にせよ、お前が帰ってきて安心したよ。今の明るいお調子者って感じが真由ちゃんだ」
「すまんな、迷惑かけたみたいで」
「俺にとっても妹みたいなもんだ。気にすんな。まぁ、お陰でかすみがちょっと道踏み外してるのが悩みどころだが……」
帰ってきてからのかすみちゃんを思い浮かべる。ニコニコ笑顔で『悪魔召還大全集』という本を持ってるイメージが出てきた。
「あー……なんというか、重ね重ねすまんな」
「アレはアレで、お前と真由ちゃんの事を考えて行動しただけだしな。ただ方向が斜めに伸びただけなんだが……重症化というかな」
文芸書が多かった本棚が、今ではラノベやファンタジー系の文庫本で埋めつくされているのが悩みの種らしい。最近では召還とか黒魔術とか物騒なタイトルの本も並び始めたとボヤいている。
「本人の意思でやってるからあんまり言いたかないが、変な方向に引っ張らないでくれよ? 嫁の貰い手が無くなって、お前が義弟とか考えたくもねぇ」
「善処します、お義兄さん」
「やめろ! 寒気がする」
そんな兄トークに盛り上がっていると妹組が戻って来た。
ちなみに服装は、真由がデニム生地のショートパンツにスニーカー。白い半そでのTシャツに派手な黄色のパーカーのような上着を羽織る。髪は風通しの良い素材のニット帽のような帽子にポニーにして突っ込んでいるようだ。
対してかすみちゃんは白いレギンスに青いスカートを合わせ、青と黄色の横ラインの入ったフリースのような生地の上着を着ている。身長のせいか、背伸びしたお子ちゃま感が否めないが可愛らしい。
「ただいま~」
「おかえり、もうちょいで準備完了だ。川はどうだった?」
「川自体は良かったんだけどね。近くにキャンプスペースがあったんだけどそこにタチ悪いのが居てさ~」
「お兄ちゃん達と同じくらいの歳の男の人だけの集団で『おぢさんと遊ばない~?』とか気持ち悪かったです」
「この時間なのに酒臭かったし、『間に合ってます』って逃げてきたわよ」
やれやれといった感じで説明する妹組の話を聞いて徹と俺がゆらりと立ち上がる。
「「ちょっと行ってくる」」
「お、お兄ちゃん。直接何かされた訳じゃないから問題起こさないで!」
「そうそう、結構ガタイ良かったし。こことは離れてるから大丈夫だよ! お腹すいたし、ご飯にしよご飯!」
妹愛溢れる兄組は宥められて食事にすることにした。なんかフラグが立った気がするが、まぁ一般人に負ける気は毛ほども無い。絡んできたらご退場願うまでだ。
未成年オンリーなので酒は無いが、俺の復帰パーティの名目でジュースで乾杯してから鉄網の上の食材をつつく。スーパーのセール品の肉だったが味は上々、濃い目の市販のタレで食う。
「こら真由、肉は良く火を通せ! 腹壊すぞ」
「大丈夫だって~。何かあにぃ細かくない?」
「経験者は語る、だ。日本の安全なお肉とは違うのだよ」
「ここ日本だし……というか向こうの食べ物って美味しいの?」
俺の管理していた肉を根こそぎ奪いながら真由が訊ねてくる。新たな肉を俺の陣地に追加しながら答えてやる。
「基本は狩猟と農耕だったからな……米とかは無かったけど。調味料も塩が普及してる程度だから味は単調だったな。不味くはないけどな」
「ふ~ん、そこに文化アタックであにぃがマヨネーズとか醤油とか作って胃袋を掴む!と」
「残念ながらそういった物の知識は無かったから無縁な話だな。途中から料理担当の食いしん坊が入ったから、飯は全部そいつに任せっぱなしだったし。それまでが酷かった……」
ありがちな展開を提示する真由をバッサリ斬り捨てる。あまり思い出したくないが、首都を出てからはロクな物を食べた記憶が無い。豆だけの薄味スープとか噛み切れない肉とか硬いパンとか。ザ・ファンタジーの場末の食事という物のオンパレードだった。
「カレーの再現は頑張ったんだがな~。何入ってるか全く判らなかったし挫折した」
「じゃあ、次回は文化アタック用に料理本とか用意しとかないとね」
「アイツは日本の食事に興味あったからな、喜ぶだろうな。まぁ、こっちの食事持ち込んだらそれこそ王宮専属調理人だな」
「王道ですね! 後は農耕の手引書とか現代工学で文明レベルを上げれば貴族の仲間入りですね!」
かすみちゃんが結構食いついてくる。とても目が輝いていた。そういうのは異世界転移物の定番だしな、文化アタック恐るべし。
「ただ、俺が居た大陸に限って言えば、前任の勇者先輩達が何か残した感じはそんなにしなかったんだよな。明らかにオーバースペックな物はあったけど。他の行ってない大陸は知らんが」
「神様に禁止されてるのかな?」
「かもしれないな。俺は伝授するような知識も暇もなかったからノータッチだったしな」
「行き過ぎた知識で文明を故意に発展させると天罰で滅ぼされるとかでしょうかね?」
「一回神剣に聞いたけど、『やりすぎなきゃ良いジャン?』とか適当だったな」
「毎回思うけど、その神剣って地球の人なんじゃないの……?」
「表現が地球っぽいのは俺のせいだろうな。『勇者召還』のシステムで、なんとなく意思の疎通が出来たらしいから俺が勝手にそういう風に翻訳してたんじゃないかな? 向こうには向こうのニュアンスでこっちの言葉が伝わるらしいし」
「何それ便利。じゃああにぃこっちでも外国人と話せるの?」
「あー、どうだろ?文字とかはさっぱりだけど、会話ならいけるかも?」
「チートじゃん! バイリンガルじゃん! あにぃ通訳で食えるよそれ!」
「おお? 天職発見か! 帰ったら試してみるか」
「きゃんゆーすぱーくいんぐりっしゅ?」
「スパークしてどうすんだ。それにそれぐらい翻訳せんでも判るわ」
脱線した話から予想外な収穫を得た気がする。通訳は儲かるのだろうか?
その後は小さい頃の思い出話や、まだ話してない冒険話をしてゆっくりとした時間を過ごした。粗方食い終わって片付け等を済ませて12時くらい、とりあえず川へと向かってみる事になった。朝方に居たらしい集団は見当たらず、フラグ回避にホっと一息。徹はあからさまに舌打ちして悔しがっていた。
特に深い場所などはない、5mほどの川幅の小さい川だったので水遊び程度だったが童心に返るように遊んだ。スマホが濡れないように水の掛け合いなどは控えめに。しかし、まぁ莫大な時間が潰せる訳もなく他に何かないかと思案が始まる。
「ハイキングコースがあるみたいですね。二時間程で帰ってこれるみたいです」
「時間はたっぷりあるし行ってみようか」
「賛成~。途中に展望台と売店あるみたいだしそこで何か食べよ!」
「まだ食うのか。俺は夕飯まで持ちそうなくらいなんだがな」
「育ち盛りですもの。徹さんとは違うのです」
「ブクブク太らなけりゃいいが……」
「何か言ったあにぃ?」
「イエ、ナニモ」
お約束なやり取りをしてハイキングコースを突き進む。大自然を満喫しつつ、歩く用に平らにならされた山間の道を歩く。木陰で日の光が遮られて、吹き抜ける風が心地良い。
小一時間ほど歩いて案内板にあった小さな売店のある展望スペースに到着した。俺はたいしたことないが、他三名の軟弱者にはきつかったらしい。ほぼ徒歩と馬車で大陸横断した過去は伊達では無いのだよ。
そんな面々が予定通り休憩と軽食を取っていると、反対方面から登山装備の一団がやって来るのが目に入る。冬山登山などのTVで見るような重装備の一団だ。体力作りの一環で低い山とかを登るとか聞いたことあるがそういうのだろうか。珍しい物を見る感じで眺めていると真由も気がついたようで。
「げ、あいつらこんな所で……」
「登山部の方達だったみたいですね……」
フラグ回収のようである。正直面倒くせぇので何事も無い様に祈る。
「おやおやぁ? 朝のお嬢ちゃんじゃないか。そっちの男が連れか? 軟弱な体してるなぁ。そいつらより俺らと楽しいことしなぁい? ギャハハ」
モロに絡んできた。こいつら前世が山賊が何かだろうか……アルテミアの山賊に近い何かを感じながら、近寄って来る間に男達を観察する。
確かに山男という感じのガッシリとした体格の男が四人。顔は正直むさ苦しい部類ばかりで、息がちょっと酒臭い。もう午後の良い時間なのにまだ臭うとかどんだけ飲んだのだろう。腕章を着けていたので見ると『○○大学登山サークル』と書かれている。サークルなのかよ。大学名は聞いた覚えも無く、どっかのマイナー大学なのだろう。
「キャプテン、本当にロリ好きっすね!」
「ロリロリっすね!」
「俺は帽子の子の方でおなしゃっす!」
「サイッテー……」
他三人も同じテンションで煩い。というか、キャプテンって何だよ。そんな四人組の行く手に、俺と徹が立ち塞がる。
「うちの妹様達に手出そうってか?」
「覚悟は良いんだな?」
「何だお前ら兄妹かよ。じゃあ、オニイサマ。妹さんを僕に下さい! 一時間くらい! なんてなぁ、ウヘッヘ」
キャプテンとか呼ばれてたリーダー格が挑発してくる。まだ山賊の方が気の利いた台詞を吐きそうだ。
「そっちのニーチャンはなんだその髪型。リーゼントって。今時ねーわ、ウハハハ。まじウケル」
お供三人も便乗で笑いだす。そこはやめてあげて欲しい……それは身内でも思ってるから。判りやすい挑発なのに徹はもうマジギレ寸前ですし。
「徹、絶対に先に手出すなよ? 後々が面倒だ」
「人のチャームポイントを何だと思ってるんだゴラァ!!」
「落ち着けって、見え透いた挑発だろ。警察沙汰とか勘弁だぞ」
売店のおばちゃんがこちらを見ながら電話をしているのが目に入る。多分警備の人か警察に電話しているのだろう。徹を宥めてる間に、いつの間にかお供三人が俺達の背後の妹組の傍に移動してちょっかいを出し始めていた。
「ねーねーいーじゃんよー。俺らと遊ぼうよー」
「ひと夏の思い出作ろうぜー」
「忘れられない思い出~、最高のやつをさー」
一人がヘラヘラ笑いながら、身を寄せ合う妹組の肩に手を置いた。
「やめて! 触らないでよ!」
真由が肩の手を跳ね除ける。それとほぼ同時に、既に動いていた俺がこっちに背中を見せていたお供Aに思いっきり下段回し蹴りを放って両足を刈ってやる。冗談みたいに綺麗に空中に浮いた後、背中のリュックから地面に落ちてうめき声を上げ動かなくなる。
「うっそ……」
「……凄い」
妹組は真ん丸に目を開いて驚いているようだ。自慢じゃないが刃物持った状態の賊程度なら手玉に取れるくらいには対人経験はある。魔族や魔物は正直、人の常識の範囲で戦闘するもんじゃないから別物だが。
何が起こったのか判らずに呆けている残り二人にそのまま近づき、妹組の肩に置いているそれぞれの手を掴んで捻り上げる。呆気なく完璧に肩が極まり、身動きが取れなくなるお供BとC。
「いたたたた、ちょいタンマタンマ」
「マジ勘弁! 折れる折れる」
別に暴れなければ痛くないはずなんだけどね。動くから痛いんだよ。ついでに倒れてるお供Aの顔を踏んで鎮圧しておく。まさに一瞬の出来事にキャプテンも徹もポカンとしている。
「な、なんだお前……格闘技経験者かよ」
「格闘技……まぁ似たようなもんだな。で、どうするんだいキャプテン?」
「わ、悪かったな……もう手は出さないよ。謝るからそいつら離してやってくれ」
謝罪と同時にお供三人を解放してやる。
「チクショウ、覚えてろよ!」
解放した途端、三下っぽい捨て台詞を吐いて登山部、サークルだっけ?は帰っていった。俺ここの地元民じゃないし、二度と会うかボケ。売店のおばちゃんも何やら拍手してくれている。
「あにぃ凄い!」
「総司さんかっこ良かったです!」
「いつの間にあんなの武術を……」
これは……俺株急騰中?!ハハ~、参ったな~。この程度でこれじゃ、すぐにストップ高まで跳ね上がっちゃうよ。帰ってきてから、この手の実戦技術は見せる機会無かったからか凄い反応だ。正直、剣の型を見せても反応はいまいちだったし、ようやく勇者っぽい動き見せれたかなと天狗になる。
「もっと褒めるが良い。これでもあっちに居た頃よりは身体能力は下がっているのだよ。当時はもっと凄かったんだがなー。あー見せたかったなー」
素直に凄い凄いと持て囃されて調子に乗る。俺は褒められて伸びる子だ。多分。そして、久々の戦闘行為で昂ぶっていたせいだろうか。
『……』
不意に誰かに見られたような、そんな気配を背後から感じた。ゾクリと寒気を覚えるような、良くない視線。素早く振り返って山賊部が立ち去った方向を見ても誰も居ない。大方あいつらが未練たらしく見てたとかかな?と考える。
「あにぃどうしたの?」
俺の表情の変化を察してか、真由が心配そうに訊ねてくる。
「いや、気のせいだったかな? 誰かに見られた気がしたんだが」
「どうせあいつらじゃないの? 小物っぽかったし」
「とは思うけどな。なんか殺気とかに近い寒い気配だったんだよな……」
「何その武芸者?! 『そこだっ!』とか言って何か投げないの?」
「何も居なかったしな。どうもしないよ」
「というか総司、総合格闘技の大会とか出れるんじゃないか?」
「いや~、別に筋力があるわけじゃないし。あくまであの手の素人には通じる程度だよ。マッチョな格闘家に勝てる気はしない」
「そういう物なのか。気がついたら全員ノしてたから出番無かったぜ」
「お前はやりすぎるから、ダメだろ」
違いない、と笑う徹と好感度MAXの妹組に促してハイキングの続きを楽しむ事にする。一応、山賊部が背後から襲ってこないかは確認していたが杞憂で終わったようだ。バーベキュー場まで戻ってきてからチラリとキャンプ場を見たら山賊部は酒を飲んで騒いでいた。顔を合わせる前に退散することにしよう。
帰り道の後部座席では俺の武勇伝が語れている。
頼れるお兄ちゃんの座は磐石な物となったようである。
お読み頂き誠に有難う御座います。
もしお気に召して頂けましたら、ブックマークだけでもして頂けると励みになります。感想も書いて頂ければ舞い上がります。
お時間御座いましたら是非お願い致します。