14:マユと迷宮 ③
「本当に罠ばっかりだね。ミーララ、そこ踏んじゃダメだよ」
「さっきから全然進んでない気がするんですけど……」
町の宿で寛いで居た所を事情を説明されて連行された二人は、現在迷宮内部の罠掃除をしている。アルマが手早く罠を解除して、危険が無くなった物をミーララがリュックに詰めて行く。今回もベアトラップがガシャンと音を立てて何も無い空間に牙を立てていた。
「こういう罠ならまだ良いですけど、岩とかどうするんですか?」
「それはシェンナに策があるらしい。私は細かいのと、罠として起動しないように解除担当」
五感を研ぎ澄まし、床や壁の変化を観察するアルマの背後で渡されたベアトラップを仕舞い終えたミーララが入口の方を振り返る。
「まだ入ってきた場所見えてますね……」
「ここは転移床かな、埃が何もない。こういうのはマークを付けてと」
「入って早々に転移床とか、本当に殺しにきてますよね……」
「予定とは違ったけど、どの道これじゃ修行にならなかったね」
石灰石で罠の存在をアピールするように大きくバツ印を付け、アルマが立ち上がる。
「近接修行、出来ないかもしれない」
「取りあえず10階までです、頑張りましょう!」
「私もマユの面倒みたいー!」
入口の方からはまだ真由の声が聞こえてきているのを確認して再び奥を目指す。罠解除の人員は交代が効かないので、ある程度の階層が解放されるまで真由はシェンナと魔術戦についての修行をしているのだ。
アルマの絶叫がまだ届く範囲の迷宮の外、シェンナが杖を構え真由と対峙している。
「マナの流れって言うのかな、魔術の発動前に何かが術者に流れ込む力を感じる訳。どんだけフェイントを入れても、実際発動する前には必ず起こる現象ね。魔術相手にする場合はそれを見極めるのがポイントね」
「何となくは判るような判らないような、何かギューンと集まってるなー程度ですね」
「まぁ実際それが判るだけで大したものだけどね。ソウジ君は勘でなんとかしてるって言ってたけど、まぁそれも大概だけどね。じゃ、もう一回見ててね」
「はい!」
「炎熱司りしイグニス様に願い奉る、その信徒に力の片鱗を貸し与え給え。炎は奔流となり、我が敵を討ち滅ぼす! <火炎砲>」」
シェンナの構えた杖から先日も見た炎の帯が放たれる。憂さ晴らしか未だに健在の蔦の館の一角を焼き散らし、上空へと消えていった。
「こっちの感覚で言えば、詠唱が進むに従って力が集まってくる感じなんだけど。何か掴めた?」
「んー、やっぱりハッキリとは見えないですね。ボヤーっと空気が赤くなっていくような風にしか見えないです」
「え、色付きで薄らでも見えるの?」
「昨日は何も見えなかったですけど、今日はなんとか?」
「一日でそんな劇的に変わる訳無いんだけどな……妹ちゃん、メビウスに何かされた?」
「いえ、何も? 見えるのはダメなんですか?」
「いえ、それが正解なんだけど。ちょっと早すぎるのよね。実験してみてもいい?」
「はい!」
再び杖を構えシェンナが詠唱を始める。
「気ままな風を司りしエアリア様に願い奉る、その信徒に力の片鱗を貸し与えたまえ。暴風となりて、我が敵を打ち砕け! <風弾>!」
詠唱が終わり一呼吸開けてから、杖を向けた蔦の館の壁面周辺に突風が巻き起こり砂埃を上げる。
「今のは何色に見えた?」
「え、何も見えなかったです」
「んー? 良く判らないわね……」
「もう一回お願いします! 今度は気合入れてみます!」
「気合でどうこうなる物でも無いんだけどね」
言われるままに再度実演してみせるシェンナ。今度は詠唱中に真由が元気良く声を上げる。
「はい! 薄い緑!」
「え、見えたの?」
「本当にぼんやりですけど見えました!」
「……んー、ちょっと待ってなさい」
真由を一人残し、シェンナが迷宮の方へと向かっていく。大人しく待っている間に自らの持っている剣に問いかける真由。
「フリちゃん、見えるのって珍しいの?」
『珍しくは有りませんが、それなりに時間を掛けて習得する技術ですね。恐らくお兄様の相棒であるマユ様の兄上には見えないかと思います』
「そうなんだ。今度教えてあげようっと」
『教えても無駄だと思いますが』
「そうなの?」
『マユ様は感覚派ですから。言葉で説明しても他人には理解出来ないと思われます』
「何かが流れてるって言うから、それを見ようとこう目にギューっと力入れただけなんだけどな。簡単じゃない?」
『簡単ですね。ただ間違い無くそれで見えるのは限られた方のみです』
「良く判んないや……」
『私の主であるマユ様が優秀なだけです』
「自覚無いな~」
そう言いながら迷宮の方に向き直るとシェンナと一緒にメビウスがやってきた。
「妹ちゃん、今度は別角度で実験ね。今からメビウスが水系の術を使うわ。色は青。今度は最初から気合入れて見てみなさい」
「了解です!」
ギュっと眉間に力を入れてメビウスを睨みつける真由。やり難そうにメビウスが詠唱を始める。
「水の支配者アクエリアに頼む、我に力を貸せ。水は塊となりて、我が敵を討つ。<水弾>」
その言葉に応えるようにメビウスの掌の上に拳くらいの水の玉が現れ、シェンナの顔面に炸裂する。
「……やってくれるじゃない」
「お主が無駄に館を壊すからじゃ。修復にもマナを使うのじゃぞ?」
「あの、見えませんでした……」
「あら、じゃもう一回やりましょう。メビウス次やったら商談破棄よ?」
「それは困るのじゃ。まぁそこらの岩で良いかの。水の支配者アクエリアに頼む、我に力を貸せ。水は凍てつき、我が敵を討つ。<氷塊弾>!」
事前のシェンナとの打ち合わせ通り、同じ系統の詠唱だが先程とは違う魔術を使うメビウス。今度はバスケットボール程の大きさの氷の塊が指定した岩へ炸裂し粉々に砕け散った。岩の方にも多少の痕跡が残る。
「今のはどう?」
「み、見えませんでした。でも違う術ですよね今の?」
「術は違うけど、詠唱の最後までは同じ物として見てた訳よね? さっきの風弾の時は詠唱中には見えた訳だし、これは……何か普通と違うわね」
「何じゃマナの流れを見とるのか。そんな物慣れじゃ、場数を踏めば自ずと身に付くはずじゃ」
「ちょっと待ってね、もしかしたらこれって別物じゃないかしら?」
「別物?」
「メビウス、私が合図したら適当なタイミングで水弾を真由に撃ちなさい。無詠唱でね。真由は何か感じたら避けなさい」
「何がしたいのか判らんが了解した」
「水弾……当っても濡れるだけだよね?」
シェンナの指示で二人が10m程の距離で向き合う形に配置に着く。
「じゃあ、始め!」
メビウスがどこに当てようかとニヤニヤと真由を観察する。それを睨みつけるように目に力を入れて真由が構えている。
「わぁ?!」
「なんじゃと?!」
突然真由が変な声を上げて横に逃げ、メビウスが驚愕の声を上げる。
「どういう事じゃ! 先程見えなかったというのは嘘か!」
「妹ちゃんが嘘を言えないのは昨日知ってるでしょうに。さっきは見えなくて、今回は見えたのよ。それ以外考えられないわ」
「し、しかし、完璧に我がマナを集め出した瞬間に避けおったぞ! そんな速度で感知出来る程の奴、数えるくらいしか知らんわ!」
「一回見た術の発動は完璧に近い形で把握出来る? 何か違う気もするけど、そういう才能なのかしら……妹ちゃん」
「は、はい? わぁ?!」
呼ばれて振り向いたシェンナに集まっていく赤い色に驚いて真由が再び横に避ける。火炎砲の発動準備をキャンセルし、まじまじと真由をシェンナが眺める。
「いや、これは想像以上ね。フリオニルさんの力なの?」
『いいえ、これはマユ様特有の物かと。私にそのような力は有りません』
「となると、これが本当の勇者の才能って訳? ソウジ君には悪いけど、手違いでしたってのも納得出来るわ……」
「え、えっと?」
「妹ちゃん、もし魔術型の魔族と対峙したら必ず様子見しなさい。予想が正しければ一回でも術を見ればこうやって準備段階が見えるようになるわ。術を使うタイミングが判るのは魔術戦でとても有利よ、しかも系統まで判るなら尚更。余裕が有れば味方に大声で報せてあげれば完璧ね」
「りょ、了解です!」
「魔王とは違った意味での魔術師の天敵ね。戦術の先を読まれちゃう訳よ」
「ということはマユの前で術を使えば使う程、不利になるのか」
「そうね、術を使えば使う程……ちょっと、アルマ呼んでくるわね」
何かを思い付いたのか、シェンナが再び迷宮に消えていく。訳も判らず作業中に引っ張ってこられたアルマが真由の目の前に差し出される。
「なにー?」
「実験よ、妹ちゃんと模擬戦なさい。条件はなるべく多彩な技を織り込む事。不意を付くような奴ね」
「近接、訓練!」
「あの、アルマさんの特訓って後回しだったんじゃないんですか?」
「もし……もしもだけど、術以外にも適用されてるのなら。本当にソウジ君が可愛そうだわ……」
「もうやって良い?」
「ええ、勿論傷にならないようには注意してね」
「らじゃー!」
「お手柔らかにお願いします!」
先程までの鬱憤を晴らすが如く準備運動をするアルマ。両手に鞘に入れた状態のナイフを二本構える。対する真由も鞘に納めた神剣を真正面に構えアルマを見据える。
「まずはー、師匠の本気を、見せる!」
「へ?!」
トントンとその場で軽くジャンプをしていたはずのアルマが一瞬で真由の喉下にナイフを当てていた。メビウスの時と同様に10m程離れていたはずだが、着地したと思った次の瞬間にはこの構図になっていた。
「は、速過ぎて何も見えない……」
「むふー。マユも鍛えれば、大丈夫」
「いや、流石に無理でしょ……ほら、もう一回やってみなさい」
再び距離を取ったアルマが先程と同様に跳躍を始める。
「良いー?」
「いつでもこーい!」
「じゃ、もう一回!」
焼き直しの様に着地した瞬間にアルマの姿が消える。次の瞬間、皮製の鞘と金属の鞘が打ち合わされ、ゴツっと重い音をあげる。
「あれ……?」
「な、なんとか間に合った……?」
「アレを見えるとか、マユは化物じゃの……」
「予想はしてたけど、これ本当にソウジ君要らないんじゃないかしら……」
「あの、私完全に理解が追いついて無いんですが。マユちゃんどうしちゃったんですか?」
「多分、妹ちゃん。一回見れば何でも対応しちゃうとかそういう才能持ってるみたいね……」
「そんなの無敵じゃないですか?!」
「どんな困難も必ず克服する、正に勇者よね」
尚も続く模擬戦を眺めるシェンナ達の前で、段々とアルマに肉薄していく真由の姿に総司との苦労の日々を思い出す。何度言っても同じ失敗を繰り返し、ギリギリの所で辛勝を勝ち取る泥臭い姿。ああいう姿を見て当時は苦労を感じながらも仲間意識を強めた物だが、今目の当たりにしている勇者の本来の姿は正に圧巻だった。
「ふっ!」
「あぶなっ!」
先程は見事に決まったはずの水面蹴りを難なくジャンプで回避し、そのまま身を捩ってアルマに神剣を振り下ろす。攻撃体勢の為、回避が間に合わないと判断したアルマが何回か前に使った奥の手である尻尾で神剣を逸らせようと真由の手を絡め取る。
「それ待ってたよ!」
「にあああ?!」
伸びてきた尻尾を持ち手から左手だけ離して力一杯握り締める。その衝撃で全身の毛が逆立ったアルマの頭にコツンと真由の剣が当った。
「やった! 一本取れたよ!」
「み、短い師匠だった……」
地面にグッタリと横たわるアルマ。尻尾も力無く地面に垂れている。
「本当に無敵ね……何本目で勝っちゃったの?」
「十本目……もう免許皆伝」
「安い流派に聞こえちゃうわね、ソウジ君ってまだアルマに勝てないんでしょ?」
「ソウジは遅いからね。詠唱させなければ、面倒な事無い」
「という訳で妹ちゃん、既にソウジ君以上よ。帰ったらリベンジしなさい」
「え、でも途中からアルマさん手抜いてくれてたんじゃ?」
「寧ろ本気全開だった。私の全力を出し切った、もうマユは師匠を越えた、後は任せた……グフッ」
「し、師匠~!」
動かなくなったアルマに駆け寄り、ユサユサと揺する真由。三文芝居を見ながら、シェンナとメビウスが語り合う。
「確かに凄い才能じゃが……ひよっこ、お主は最強と思うかの?」
「最強の一角とは思うわ、ただし万能じゃない」
「うむ、場数を踏ませねばならんというのは変わらんと思うのじゃ。今度の戦いというのは模擬戦では無いのじゃろう?」
「初見に関しては素人同然、危なっかしい力よね」
総司と真由、この二人以外の勇者に関してはシェンナも噂程度にしか知らない。本来はこういう特殊な才能を持った人物が担当しているはずなのではと考えてしまう。歴史上何度も起こった魔王との戦いにおいて、敗北した勇者は一人も居ない。
何の才能の片鱗も見せなかったソウジの顔を思い出し、柄にも無く心配をしてしまう。果たしてあの普通の少年は、勇者として例外に成らずに済むのだろうか。
想像の中の少年はいつも通り、なんとかなるさ、と返すだけだった。
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