03:平屋かすみ
少々短めです。
季節は初夏。もうすぐ世間は夏休みという事で、学生連中は期末試験で胃を痛める季節。俺は常に痛い。既にこちらの世界に帰ってきてから四ヶ月が経とうとしている、そんな昼下がり。父さんの伝手でようやく仕事に就いた俺は、元気にたこ焼きを焼いている。
じゅう、と油をひいた鉄板に並んだ生地を見据えタイミングを計る。
ここだ!
たこ焼き返し二本を使った妙技を見るがいい!
クルンクルンクルンクルンクルン
フハハ!たこ焼き達よ、俺の技で踊るが良い!
ハハハ!器用さには自信があるんだ!
なんてこたないさ!
「あんちゃん、1パック頂戴な」
「はい毎度~。マヨネーズはお付けしますか~?」
ここで渾身のスマイル。笑顔にも自信があるし、嘘言う必要もない素敵な職場だ。商品を渡したおばちゃんが露骨に嫌悪の表情をしていたが気のせいだろう。あれ、なんだろう……油が目に入ったかな。涙が止まらない……。
場所は茅蒲野駅前商店街。人通りもそこそこあるので暇にはならない程度には客が来る。結局、あの後も自力で職に付く事は叶わず、見かねた父さんが昔からの知り合いであるというこの店のオーナーさんに口利きをして、商店街の一角のこのたこ焼き屋で雇われることになった。そのオーナーさんに技を仕込まれる事半月、修行を終えた俺は本日めでたくソロデビューを迎えたのである。
嘘がつけない件に関しては、一応オーナーさんとその奥さんには「事情があって話せない事もある」と曖昧な感じで父さんが話してくれたそうだ。真面目に仕事してくれるなら別に構わない、と納得してくれているらしく太い腹のおじさんである。サイズ的にもね。
「こんにちは、総司さん」
ある程度ストック分を仕込んでいると会計用の小窓からかすみちゃんが顔を出した。夏服の制服に身を包み、ニコニコと笑顔を向けてくれている。
「やぁいらっしゃい。学校帰りかい?」
「はい。ちょっと時間があったから、覗いてみようかなと思って」
学校はどちらかと言うと住宅地の方だ。結構遠いんだけどな。
「たこ焼き食うかい?」
「折角ですし、1つ下さいな。おいくらですか?」
「いいっていいって、記念すべきソロデビューの日だ。俺の奢りだ! 持っていきな!」
困ります、いいからいいからとやっていると、スパーンと頭を新聞紙の一撃に見舞われる。
「何やってんだい。ちゃんと仕事しないかい」
店の奥からオーナー婦人が出てきてデカイ声で怒られた。桜井ミトさん。恰幅の良い体格と豪放な性格のザ・おばちゃんである。ちなみにこの店はオーナー夫婦がきりもりする小さい店なので同僚は居ない。
「す、すいません。すぐお支払いしますので。おいくらですか?」
「あー、いいよいいよ。小さい子に良いトコ見せようって事かい、10年早い。ソレはあたしの奢りだ、持っていきな」
豪快に笑いながら、強引にかすみちゃんに袋を押し付けるミトさん。いつ見ても気風の良い男前だ。
「客足もそろそろ引くだろうし、ちょっと早いけど総司もあがって良いよ。後はあたしがやっとくから」
「でもまだ定時まで30分以上ありますよ?」
時計に目をやると17時20分。9時~18時の店番の約束だ。尚も抗議しようとすると、グイッと肩を抱かれ耳打ちしてくる。
近い近い!ドキッとするんじゃなくて寒気でゾクッとする。
「こんな小さい子放っとくんじゃないよ。誘拐とか物騒なご時勢だ、気を利かせてやったんだから送ってってやんな」
あらやだ男前。別にかすみちゃんは高校生だし、大丈夫だとは思うけど。ここは素直に従っておこう。
「じゃあお言葉に甘えて」
「ははは、そうそう、素直に聞いとけばいいのさ。お嬢ちゃん、今こいつに送らせるからそこの椅子で待ってな」
「え? あ、はい」
勢いに押され店の前に設置された木製ベンチに座らされるかすみちゃん。その様子を確認してから店の奥で着替える。店の方からはミトさんが、何か飲むかい?飴ちゃん食べるかい?とおばちゃん全開で構っている声が聞こえてくる。なんか勘違いしてるみたいだから、ちゃんと伝えておこう。
「ミトさん、かすみちゃんは高校生ですよ?」
「え……こりゃ参ったね。中学生なりたてかと思ったよ」
「あ、いえ。慣れてますので……」
ちょっとションボリしてる声が聞こえてくる。本人が慣れていると言うほどにかすみちゃんは小さい。150cmくらいなので私服で歩けば小学生でも通じるだろう。良く間違われてご機嫌斜めになっているのは昔からだ。
手早く着替えを済ませて外に出ると、たこ焼きの袋にオレンジジュースを持ったかすみちゃんがちょこんとベンチに座っていた。俺に気がつくとパタパタと急いでこちらに向かってくる。正直可愛い。
「はい、お待たせ。あれ、たこ焼き食ってないのか?」
「総司さんと食べようかなと思って。待ってました!」
健気や。ええ子やね。どこかの夕飯のおかずを強奪していくやつと取り替えたい。
「じゃ、食いながら帰ろうか。ミトさん、お先失礼します」
「あいよ。寄り道でどっか連れ込むんじゃないよ!」
「そんな事しませんて。徹の妹ですよ?」
「ほー、平屋のとこのか。似てないねぇ。良い所が全部こっちに取られちまったんだろうね」
あははとでかい声で笑うミトさんに再度お礼を言って店を後にする。バスのロータリーに向かいながら二人でたこ焼きをつつくが、我ながら美味い。
「総司さん、ちょっとお話したいので徒歩で帰りませんか?」
「ん、早めに上がれたし。別に構わないよ」
徒歩でも30分くらいだし。坂がキツイだけだ。ロータリーをそのまま素通りし、家のある方へと移動しながら会話を続ける。
「総司さんのたこ焼き、美味しかったです。ご馳走様でした」
「おやっさん独自の出汁が決め手らしいな。俺は焼いただけだし」
「焼き加減が絶妙だったんですよ!」
「そんなもんかね……?」
かすみちゃんは最近何かとこちらを持ち上げてくる。悪い気はしないが普通の事ですごいすごい言われても結構困り物だ。少々方向がズレ始めたので本題の流れに戻そう。
「そういえば話って何?」
「あ、そうですそうです。聞きたかったんです。あっちの世界への戻る方法とか何か思いついたんですか?」
「いや、今のとここっちから向こうへの手段は判らないね」
徹とかすみちゃんには、今回の顛末のあらましは話してある。真由に話している内容よりは細かい所は多少端折ったが。徹は「うっそだぁ」と笑っていたが、かすみちゃんは真由と一緒にちょいちょい神社に張り込んでくれていたらしく、興味津々に聞いてくれた。
純粋な子だなぁと最初は思っていたが。真由曰く、ちょっと違うとの事。そして俺は今日その事を思い知るハメになった。
「で、でしたらこちらを参考にしてみてはどうでしょう?」
そう言いながら鞄から1冊の本を取り出して俺の方に差し出す。
タイトルは『リベンジ異世界!復讐の闇勇者』。中々に物騒な名前だ。表紙も血塗れの男が剣を構え、邪悪な笑みを浮かべている。
「いや別に世界に復讐とかは考えてない……かな」
「では、こちらとかこちら等はどうでしょうか。どれも異世界へ儀式とかして帰ってます! ご参考にどうぞ!」
ヒョイヒョイと俺の手に更に追加される書籍達。『虐殺騎士リベンジャー』『異世界に報復を!』『憧れの幻想世界にもう一度』。物騒なタイトルが多く、最後のだけが平和そうなタイトルだ。というか戻れたらアリスに一発かます程度しか考えてないけど、世界を滅ぼさないといけないのだろうか。
そんな微妙な反応の俺に対し、どうでしょう?とキラキラ目で訴えてくるかすみちゃん。この時、俺の中でピンときた。こじらせたのか、と。
元から読書好きなのは知っていたけど、異世界転移について調べる参考書としてその手の書籍を読み漁ったのだろう。努力の方向性が違う。最近、やけに持ち上げてくるのはそういう事か。何せ俺は現物の異世界勇者だ。ノンフィクションだ。
「あ、ありがとう、かすみちゃん。でもこういうのはちょっと違うかな……?」
「そうですか……では、こちらの方が」
「いやいやいや! 俺魔法使えないし、魔方陣も描けないし、チート能力も無いから! だいじょーぶ、だいじょーぶ!」
更に色々出て着そうなので両手をバタバタさせて押しとどめる。
落ち着け~、落ち着け~。どうどう。
今まで見たことが無いくらいの押しに流されそうだ。他の本を取り出そうとしていたかすみちゃんがしょんぼりしてしまったので、無難なタイトルの一冊を借りると告げると、また明るい笑顔に戻った。良かった良かった。
「そちらはですね『憧れの幻想世界にもう一度』、略して『あこげん』シリーズの一作目で作者は『ヒグマxカワジャケ』先生です! 内容は、主人公が役目を終えて、神様にこちらの世界に戻されてしまったので、何とかもう1回異世界に行こうと、チートな能力を使って世界各地に散らばるオーパーツを集めて超絶科学者ドンナモンダ博士に次元転移できる装置を作って貰おうって頑張るんです! でも、同じく別の世界に帰りたいのでオーパーツを集める敵役のゴロウ・オブ・ザ・ダークが邪魔をしてくるんですよ。毎回毎回汚い手を使って主人公を苦しめて、さらにドンナモンダ博士も殺されちゃって。でも博士の娘の」
「すとーっぷすとっぷ!」
全然良くなかった。何かスイッチ入ったらしい。長い上に、どう聞いても一巻以上先の話のネタバレも入ってる。ドンナモンダ博士死んじゃうのかよ。
「そこまで!それもう一巻終わってるでしょ!」
「……あ、すいません。ついつい」
お澄まし顔に戻るかすみちゃん。なんか見ないうちに変わっちゃったな……お兄ちゃん的な立場としてはちょっと悲しいよ。
「ま、まぁ今の話聞く限りじゃ読んでも参考にはなら無そうかな」
「そうですか……」
またシューンとしてしまった。アップダウン激しいな。気持ちはありがたいけど方向性が違う。このまま放っとくのも心が痛いので折衷案を出すことにする。
「じゃあ、かすみちゃんには資料作りをお願いしようかな」
「資料ですか?」
「そうそう。かすみちゃんの知る範囲で良いから『異世界に移動するのに用いた方法』を、だーっと網羅してリストにしてくれないかな? さっきのだったら『科学者にオーパーツ集めて機械作ってもらう』とかね」
「なるほど。要点だけ纏めるんですね」
「そういう事。そうすればかすみちゃんの知識も無駄にならないし、俺も一冊ずつ読まなくていいから時間的にも助かる」
「わかりましたお任せ下さい! あ、でも『あこげん』だけは読んで下さい、面白いですから!」
元気が戻ったかすみちゃんに一冊だけ押し込まれてしまったがまぁ良いだろう。その後は平屋家につくまで、『アルテミア』の冒険話を聞かせながら帰った。BLとかに手を出してないかちょっと心配だ。
「あにぃ、何してんの?」
「ドンナモンダ博士が一巻で死んだ事に驚愕してるんだ」
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