01:現状とその始まり
扉の向こうからは人々の声が聞こえてくる。細かい会話の内容までは判らないが、部屋に一人待機させられた現状。他にする事も無いのでなんとは無しに聞き耳を立てながら、ただ待つ。
緊張からか喉が渇いて仕方が無い。観察されているかもしれないので気を抜くわけにも行かず、ただ目的の相手がやってくるのを待つばかりである。指定の時間より先に来ていたので、想定の範囲内。大丈夫、俺は何もミスしていない。きっと大丈夫だと言い聞かせる。
それから10分ほど経過して。指定時間ピッタリに部屋の扉が開き、一人の男が入室してきた。
「こんにちは。お待たせしてしまいましたね」
人の良さそうな笑顔で謝罪しながら俺の対面、恐らく彼の所定の席であろう場所に腰を下ろす。
歳の頃は50代後半、白髪混じりだが清潔感ある整えられた髪。眼元は優しげなラインを描いているが、百戦錬磨のツワモノと言った光を宿している。多少萎縮しながらも、挨拶をするべく席を立ち上がる。
「いえ、お時間通りですので。本日はよろしくお願いします」
スッっと、胸に左手を当てて臣下の礼をする。目上の人にはちゃんと礼節をもってあたらないと。習った中で最上位の作法を披露する……が一向に頭を上げる許可が出ないのはキツイ。この角度は腰に来るのだ。値踏みされているのだろうが、もうそろそろ許して欲しい。
「……あー、ら、楽にして良いですよ。そんなに畏まらないで」
1分程その姿勢で堪えいたらようやくお許しが出た。正直辛かった。礼儀作法は習いはしたが、あんまり得意なジャンルではない。それに使う機会もあまり無かったのも事実だ。
ありがとうございます、と元気に返事をしてから椅子へと腰を降ろす。座り終えるのを確認して、「では」と本日の核心へと進むべく男は俺に促した。
「本日面接の担当をさせて頂きます『ランランマート』茅蒲野駅前支店店長のスズキです。早速ですが、お持ち頂いた履歴書を見せて貰っても良いですか?」
さぁ、戦いの始まりだ。俺は持参した鞄から白い封筒を取り出しスズキさんに提出する。後で聞いた話だが封筒から出して渡すのが良いらしい、早くも減点だ。
「お名前は、えーと……苗字がサカガミさん。名前の方はソウジさんでいいのかな?」
「いえ、苗字はサカカミです、濁点の無いほうで。名前はそのままソウジです。改めて宜しくお願いします」
サカカミさんっと、呟きながら渡した履歴書に何かを書き込むスズキさん。早速更にやらかしたようで「ふりがな」を忘れたらしい……死にたい。
「年齢は18歳、お住まいは近いですね。現在は、えーと学生さんではないんですよね?」
指で履歴書に書かれた項目を追いながら、スズキさんが一つ一つ書かれた項目を確認をしていき、予想通り学歴の項目への質問をされる。まぁそりゃそうだ。
「はい。茅蒲野中学校卒業後、少々遠出していまして。高校には通っていません」
「なるほど……差し支えなければ理由を聞いてもいいですか?」
履歴書から目を上げこちらを向いて尋ねてくるスズキさん。現代日本で中卒な上に三年空欄はさすがにスルーされるわけが無い。判ってはいたけど、さてさてどうしたものか。
「やんごとなき事情で、少々外国の方へ」
正直苦しいが、嘘は言ってない。日本の「外」の「国」だから間違いないはずだ。
「やんごとなき事情……と。失礼だけど、犯罪とかではないですよね?」
「犯罪ではないです」
きっぱりと言い切る。
断じてそんな事してないし、する気もない。
「そうですか」
納得してくれたかな?
これ以上は不味い。
想定していた悪いパターンへと話が進みつつあるのが怖い。
「ちなみにどちらの国ですか?」
納得してなかった。これはアカン。
我が参謀の考案した必殺技『黙秘』を発動しよう。
「別に人種差別とか偏見で不採用にはなりませんから、教えて貰えますか?」
押し黙る俺に追撃が加えられる。ダメらしい。
国名だけなら大丈夫かな……実際有りそうだし。
「えーとハイランドって国ですね」
「……聞いたことないですね。因みにそこで何をされてたんですか? 留学でもないようですし」
はい、終了。
詰んだ。
がめおべら。
チェックメイト。
様々な言葉で失敗した事を告げる表現が思い浮かぶ。現代日本でそこらへんの事情をアヤフヤな状態で採用なんかされるわけが無い。
適当な事言えば良い?
残念だ。俺は『嘘が言えない』。
じゃあ正直に言えば良い?
残念だ。それを聞いて俺の正気を疑わない日本人、いや地球人は居ないだろう。
まぁもう流れ的にダメだろうしシャキシャキ行くとしよう。正直に話す前に一応断りは入れておく。
「えー……多分信じてはもらえないでしょうけど」
そう、丁寧に前置きをした上で告げる空白の三年間の真実。
「勇者になって魔王と戦ってました」
「…………は?」
予想通りの反応と表情で固まったスズキさん。今日この面接までで5件中3件、この状態までは体験した。残り2件のうち1件はエントリー式の派遣会社だったが、簡易面接終了後の面接官がエントリーシートの備考欄に「ヤバイ」と書き込んだのは見た、というか見えた。もう1件は完全黙秘を通したら帰された。当たり前だ。
扉の外から「いらっしゃいませ~」と元気な声が聞こえてくる。駅前で品揃えの良いコンビニだったがもう来れないな……。
◆
行きは楽々帰りはしんどい。そんな長い坂の上の住宅地にある我が家へとトボトボ歩いて帰る。バスは通ってはいるが、別に急ぐ用事があるわけでもなし。惨敗の報せを持って帰る身としては足も鈍る。
ふと足を止めて振り返り、市街を一望する。
某県にある茅蒲野町。チカバノチョウと読む。チカバと言うのに大都会までは遠く、何に近いのかと名付けた奴に聞いてみたい。連なった小さな山のような丘陵地帯を開拓した住宅地は坂が多くて住み辛い。特産品等も特に無く、町おこしのB級グルメも空回りしてるパッとしない町だ。
ランクの低いベッドタウンと言えばいいのだろうか。首都圏へのアクセスは電車で片道2時間ほどかかる程度の田舎である。海に面した平野部の一部にあたる駅前周辺には、それなりの商業施設が揃っているので不自由はしないのがせめてもの救いだろうか。
なんとはなしにボケーっと夕暮れの市街を眺めていると、ポケットがプルプル震える。スマホを取り出し、メッセージを確認すると『夕飯は、兄の好物カレーだよ!早く帰ってくるべし!』と妹様から指令が来ていた。
「はぁ……帰るか」
重い足取りで家路を歩く間に、改めて自己紹介をしておこう。
坂上総司、濁点は無くサカカミ。名前はソウジ。健康な18歳男子。好きな食い物はカレー、カツカレーが正義だ。嫌いな物はほぼ無く何でもいける。食えるならOKだ。顔はまぁ平凡くらい、可もなく不可もなく程度だろうか。
経歴としては茅蒲野中学卒業後、異世界『アルテミア』で勇者になって魔王を倒し、最近強制送還されたばかり。特技は『ハイランド騎士直伝の剣術』と『魔術』が少々。尤も平和な日本では型すら怪しい実戦剣術なんか要らないし、魔術もマナが無い地球じゃ使えない。
そして苦手な事、というか弱点が『嘘が言えない呪い』。勇者たるもの公正であれという、神様の指針らしいが正直迷惑すぎる。嘘をついても死にはしないが、孫悟空の輪っか宜しく相手に嘘だったと申告するまで頭を何かに締め付けられて激痛で転げまわる事になる。そういう罰が神様の常套手段なのだろうか。
まぁそんな事なので、俺は『嘘が言えない』。そして今の健康状態はすこぶる良好で頭痛は無い。自己紹介には何ひとつ嘘はないのである。
家に帰る前に少し遠回りして、近所の神社へと足を運ぶ。全ての元凶となった事件の発生現場だ。何か無いかと確認しながら境内を散策し、賽銭箱の前で足を止めるがどこにも変化は無かった。期待はそこまでしてなかったが、実際何も無いと少々残念だ。
俺の主観で、あちらの世界と唯一関連のある場所。そのまま当時の事を思い出すとしよう。
◆
事が起こったのは、忘れもしない春休みの初日。学校の卒業式の時に大体の知り合いとは別れの挨拶は終わっていたのだが、その日は繁華街まで新生活の買出しを兼ねて、小さい頃から仲の良い平屋兄妹と遊んだ帰り道の事だ。
「んじゃな、総司。春夏冬の休みには帰って来いよ?」
「総司さん、絶対帰ってきて下さいね。待ってます!」
軽いノリの兄と、今生の別れのように涙目の妹。
兄の名前は、平屋徹。俺のタメで、昔から近所でも有名な悪タレコンビの相棒。何の映画の影響か10cm程のプチリーゼントがトレードマークのセンス無い男。身長も175cm近辺で俺と一緒だが、割と作りこんだ逞しい体つきをしている。悪ぶるのに憧れているだけで、根は優しく見た目とのギャップが激しい。
その横で、泣きそうにしてるのが徹の妹のかすみちゃん。腰まで届く黒髪に150cmにギリギリ届かないらしいちっちゃい子だ。クリクリお目目で可愛らしく、平屋家の誰にも似ずかすみちゃんだけ美人さんなのはその両親すら納得していないらしい。
「ああ、時間あったらな。でももしかしたらモテモテでカエレナイカモナー」
「お前がモテルとかありえねぇから!」
「お前よりはマシだ」
「駄目です、総司さんはモテなくて帰って来なくちゃ駄目です!」
「え」
「あにぃ、モテモテぇ~?」
真由の頭を鷲づかみにして力を込め、脳を揺らすようにグワングワン回して黙らせる。徹を「お義兄さん」と呼びたくもないし、妹その2という感じなのでどうこうしようという気は無い。恋に恋するお年頃なのだろう。
それぞれの家の方向が分岐するY字路で平屋兄妹とは別れた。新生活がどうなるかは判らないが、小まめに帰ってくるつもりなのですぐ再会出来るだろうと思っていた。
それから暫く歩いていると、そうだ!と真由が声を上げる。
「どした?」
「あにぃ、徹さんとかと昔よく遊んだ神社覚えてる? この先のやつ」
「『オアライさん』か。懐かしいなぁ」
言われて思い出す小学生頃の遊び場。通称『オアライさん』。正式名称は知らないが『洗』という字が入っていたので地元ではそう呼ばれているらしい。かくれんぼ・缶蹴り・おにごっこ等アウトドア派の子供だった俺達の良い遊び場として慣れ親しんだ場所だ。
「そうそう! あそこ行ってお参りしようよ。無病息災・学業成就・交通安全なんでもござれよ!」
「そういうのはちゃんと担当のご利益が決まってるんだろうが。でも確かに遊ばせてもらってたし、挨拶しに行っとくか」
家とはちょっと方向が反れるが、大して手間でも無いので行く事にする。どうせなら徹とかすみちゃんも居る間に思いつけば良かったのに。道中で真由にかすみちゃんの事をからかわれながらすぐに神社についた。
「『オオアライ神社』か。知らなかったけど案外普通の名前だったのね」
「俺も初耳だ。『オアライさん』って概念でしかなかったからな」
入口の石柱に刻まれた「大洗神社」という文字を見ながら会話する。
「『おおあらい』、でいいんだよね? 『だいせん』?」
「オアライサンって言うくらいだし、『おおあらい』だろ」
身の無い会話をしながら鳥居の前で一礼し、お手水を済ませ本堂への道を歩く。夕飯前の時間帯、子供達も帰ったのか境内には誰も居ない。住宅地の奥まった場所にある為、音が極端に少ない境内は神域だという事をこれでもかと主張している。
あの時のかくれんぼ、あそこに隠れてたんだーとか他愛ない会話をしながら参拝所へと到着。賽銭箱にそれぞれ賽銭を投げ込んで、ガランガランと良く響く鈴を鳴らし、目を閉じ、そして合掌。
取りあえず、何のご利益があるか判らないけど学生としては学業成就だろうか。後は健康でありますようにとか、真由が変なのに絡まれませんようにとか。一発大穴で彼女ができますようにも入れておこう。5円の賽銭に対して過剰な祈願を上げていたそんな矢先。
ザザザっと木々を揺らす風が吹き抜けた。
「ひゃっ?! え?」
突然真由が変な声を上げたので顔をそちらに向けると、キョロキョロと辺りを伺っていた。
「どした?」
「あにぃ、今何か言った? もしくはイタズラした?」
「何も言ってないし、自分のお願いに必死だったぜ? さっきの風じゃないか?」
「いや、確かにそうなんだけど。木の音じゃなくて女の人の声? 『ケタ』って」
「おいおい、やめろって。怪談はノーサンキューだ。非科学は敵だ」
大体『ケタ』ってなんだよ、と言おうとした瞬間。さっきより激しい風が吹いた。
いや、吹き続けていた。
春一番のような強風が神社中の木々を揺らし、ザワザワとした喧騒となって境内を包み込んでゆく。
「いやぁああ?!」
突然真由が抱きついて来て、ガタガタ震えている。その様子に俺も慌てながら抱きかかえてやる。
「お、おい。どうした!?」
「聞こえなかったのあにぃ?! はっきり聞いた。間違いない。『ミツケタ』って女の人の声!」
「いや聞いてないぞ? というか何か明らかにやばい、取りあえず神社から」
『オムカエニアガリマス』
逃げるぞ、そう言いたかったのに。はっきりと聞こえてしまった。喉が一瞬で渇いて張り付いて声がもう出せない。
オムカエニアガル。
おむかえにあがる。
お迎えに上がる。
迎えに来る。
そう、迎えに来るんだ。
何が?何かが。
何かって、何?
そんな俺の自問に答えるように。真由の背後、俺の真正面の空間が割れた。パリンとガラスが砕けるように、家の扉くらいの真っ暗な空間が現れる。
そしてその奥に『何か』が見えた。真っ暗な空間の奥から物凄い勢いで『何か』。『光るデカイ手』が近づいてきている。
あれに掴まれたらどうなるんだ。
決まってる。
迎えに来てるんだから迎えられちゃうんだ。どこかに。
体が動いたのは奇跡だっただろう。力いっぱい真由を横に投げ飛ばし、その姿勢のまま割れた空間の方を振り向く。そこはもう眩しいだけだった。
「あにぃ!」
視界は真っ白で。
体ごと凄い力で引っ張られて。
俺はその空間に引きづりこまれた。
チラリと首を回すと、小さくなっていく割れ目から泣きじゃくる真由の顔が見えたような気がした。無事で良かったと安堵した瞬間、俺の意識は途切れる事になる。
◆
その後、あれよあれよと勇者として魔王討伐へ駆り出される事になったのだが。そこらへんの話は長くなるのでまた機会があればということで。
季節は春、とは言っても夜はまだまだ冷える日が多い。
家路を急ぐとしよう。
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