09:三年ぶりのクリスマス ④
非常にお待たせしました。土曜出勤は厳しい……。
ちなみに作中のプレゼントの行方はあみだくじです。
クリスマスというイベントの食卓、俺にとってはファーストフードの店で買ったフライドチキンとケーキというイメージが有る。食べやすい方を真由が、食べ難いが肉が多そうな方を俺が好んで食ったので喧嘩にはならず仲良く分けていたと記憶する。
そんなイメージなど吹き飛んでしまうような肉肉しい料理の数々。鳥・豚・牛・山羊の他にも良く判らない肉がテーブルには並んでいた。
「うむ、どれも美味いな。最近また腕が上がったんじゃないか?」
「本当に美味しいですね。今度私もコツを教えて頂こうかしら」
「いえいえ~こんなの焼いてあるだけですから。素材が良いんですよ~」
ユリウス夫妻の絶賛の声にミーララが照れながら謙遜しているが、火加減も塩味も肉毎に絶妙な調整がされているので非常に美味い。
「それにサラダ用のドレッシング類も増えてますね。まよねーずだけじゃなくて、これってふれんちドレッシングじゃないですか?」
「あ、うん。でもそれは流石にまだ自作って訳じゃなくてね、お買い物の時に買ってきたやつなんだ。研究用でもあるんだけど、量が多かったし使っちゃえってね」
「そうなんですか。でもミーララさんならすぐに再現しちゃいそうですよね」
鳥のモモ肉に噛り付くクレイ君の面倒を見ながらマリーも参加してくる。確かにスティックサラダの横には何種類かの入れ物が置いてあり、マヨネーズ・フレンチソース・サウザンかシーザーっぽい白ソース・そして黒い和風の様な物まである。
「マヨネーズはもうほぼ完璧なので、後はアンチョビっぽい食材が有ればシーザードレッシングはいけますねー。ニンニクは元から有りますし、アクエリアと交流が進めば塩漬けなら鰯以外でも見つかると思います。ネックはまだ胡椒がそこまでお安く無い事でしょうか~」
「この黒っぽいのは和風?」
「ですです。大豆の育成は順調ですけど、やっぱり醤油の加工まで辿り着くには時間掛かっちゃうかもですね」
「なるほどね、でも順調そうじゃん。頑張れよ」
「頑張りますよ~、えへへ~」
香辛料や米はどうなんだろうと思ったがこの調子なら大丈夫そうだろう。純アルテミア産の食材でカレーが再現される日も遠くないかもしれない。
アルコール席の方も盛り上がっている様で父さんの悲鳴が聞こえたりしてくるし、合コン席の方は新兵共が騒がしい。一番煩いのはワイオミか。ちなみに復活したロクさんはアルコール席に参加しているのだが、まだ飲むつもりなのだろうか。
グルリと周囲を見渡していた丁度その時、入口のドアが開け放たれた。
「ほら! もう始まってんじゃないのよ!」
「仲間外れ。悲しいね」
「あんたが遅刻するからでしょうが、はぁ……本当にもう締まらないわね」
漫才気味のやり取りをしながらシェンナとアルマがこちらにやってくる。
「姉さんもアルマさんもおっそい! 何してたの!」
「ごめんね、妹ちゃん。アルマが狩りに行くから付き合えってさ……」
「狩り?」
良く見れば薄汚れた感じの二人。アルマが背負っていた何かをミーララに差し出す。
「王城前の森に居た怪鳥。料理の足しに」
子犬くらいあるだろうか。色鮮やかな羽の鳥が目の前に差し出される。
「み、見たこと無い鳥ですね……でもアルマさん、折角のご好意ですが料理はご覧の通り豊富でして。初めて見る食材ですし、調理以前に毒見までしてると明日以降になってしまいます」
「バカな!?」
「お前が珍しく気を利かせたのは判ったから。さっさと手洗って来いって。飯無くなるぞ?」
「それは困る。これとそれとあれ、とっておいて」
「はいは~い。シェンナさんはどれにします?」
「適当で良いわよ、飲み物はサッパリ系の何かを頂戴。ああもう泥だらけだわ……」
文句を言いながら調理場の方へ向かう二人。ミーララが適当に料理を取り皿に分け、セッティングが完了した頃に丁度戻ってくる。
「で、シェンナは付き添いしただけなの?」
「そうよ。部屋に居たら暇だろうから付き合えってさ、こんな大遅刻かますとは思わなかったわよ」
「案外すばしっこくて手間取った。中々の強敵だった」
「前もって準備しとけっての」
「食材は鮮度が命?」
「それで時間間に合って無いんじゃ本末転倒でしょうが」
「まぁアルマのそういう所は以前からじゃないか。今更言う事でも無いだろ?」
「前々から思ってたけど、ユリウス。あんた妙に懐が深いような事言うけど、そういうのがアルマを調子に乗せるのよ? ちゃんと叱らなきゃダメよ」
「レオニスにも甘くて困ってます。やっぱりこの人はいつもそうなんですね」
「え、おい。何でそこで俺に矛先が向くんだよ」
「肉も美味いね」
「そうですよ、心込めて作りましたから! 冷めないうちにドンドンいっちゃって下さいね!」
マリエンヌさんとシェンナに追い詰められるユリウス、空になるアルマの皿に次々に足されて行く料理。一瞬で騒がしくなったテーブルを見て若干頬が緩む。それはセリスも同じだったようで。
「何か懐かしいですね。魔王討伐前を思い出します」
「キャンプだったり街中の食堂だったりだったけど、あの頃は大体こんな感じだったよな」
騒がしくも気の置けない仲間との食事の時間。最近ではあまり時間も場所も合わなくなってしまったが、魔王を倒す為に行動していた頃はこれが日常だったのだ。
「そうだ、丁度全員居るし話が有るんだけどちょっと良いかな?」
「協力出来そうな事なら力になろう」
「何よ改まって?」
「どうせロクでも無い話」
「私も関係有りますか?」
「うん、ミーララも有るかな」
一同の視線を集めた所で話を切り出す。
「実はラザリスさんから新年祭と同時にアルテミア再建への陣頭指揮を執る団体を作ろうって話を貰ってるんだ。で、そこの代表にどうかって誘われてね」
「適任じゃないか。現状でも実質そんな様な立場だろう?」
「まぁやることは変わらないだろうけど、ハイランドの勇者って立場じゃなくて各国に認可された国境無き団体みたいな?」
「ああ、そういう事。でも実際ソウジ君にはそっちも有って無いような物じゃない?」
「いやそうなんだけどさ……話の根本はそっちじゃなくて。団体っていうからにはメンバーが必要で、俺とセリスは確定なんだけど他にも信頼出来る人が良いなってね」
ここでグルリと一同を見回す。反応はそれぞれで。
「手伝う事自体は問題無いのだが、あまり遠出ばかりするにはレオニスがまだ小さすぎるな」
「うん、そこらへんは無理しないで大丈夫だよ。ユリウスはハイランド中心に動いて貰う方が土地勘も知名度も有るだろうし、やりやすいだろ?」
「うむ、それなら問題は無いだろう。マリエンヌも大丈夫か?」
「勿論。寧ろ遠出されても立派にレオニスは育てて見せますわ」
「頼んだぞ。というわけでソウジ、俺は大丈夫だ」
「サンキュー! 三人はどう?」
快諾してくれたユリウスとは裏腹に他の三人には少しばかり困惑の表情が見受けられる。
「問題がありそうなら言ってくれよ。出来たらこの面子は押さえたいとこなんだ」
これは俺の本音、どうせならこいつらと一緒にやった方が上手く行くに決まってる。何か問題が有るならどうにかして解決しようとも思うので質問をすると、まずはミーララが手を上げる。
「はい、ミーララは何が心配?」
「お手伝い自体は良いのですが、私が何をするのかなーって思いまして」
「ミーララはこれまで通りだよ。植物や食料関係の知識は多分俺より有るだろうから、農耕とか食料事情の乏しい所にどういうのを持ち込めば良いのかアドバイスして欲しいんだ。現状は俺の見てきた各国のイメージで種とか技術書送ってるから、もしかしたらミーララの方がベストな物を判断出来るかもしれないだろ?」
「そうですね……でもそれをやるとなると私自身が各地を実際に訪れた方が良さそうですね。気候も住んでいる方達の食文化も違うでしょうし」
「そうなるか。遠出はやっぱり嫌?」
「いえ、とんでもない。寧ろ各大陸を巡って料理や文化を見るのは元から考えて居ましたから渡りに船ですね。それが更に世界の為になるのなら、私には文句の付け所も有りません。是非やってみたいです!」
「OK~、まぁ今すぐって訳じゃなくてハイランドでやってる事が落ち着いたらでも良いからさ。農業大臣頼むぜ」
「農業ダイジン……何か凄そうな響きですね」
ミーララが納得した所で今度はアルマが手を上げる。
「私、そういう知識無いけど? 何するか判んない」
「アルマは武力というか、ミーララみたいな人を守る護衛をお願いしようと思うんだ」
「護衛?」
首を傾げるアルマに丁寧に説明をしていく。
「そう、護衛だ。目端の利いてそれなりに戦えるアルマなら適任だろ? 文化人っていうか元魔術師の人もそうだけど、現状のアルテミアには自衛手段が無い人も多い。で、こういった団体に必要なのは職人とか知識人だから、当然活動中の安全を確保しなきゃならないんだ。勿論アルマ以外にも募集するつもりだけど、やっぱそういうの任せるなら信頼出来る奴が頭張ってた方が俺も色々と頼みやすいだろ?」
「という事は、私が隊長?」
「警備部門任せようかなと思ってるんだ。まぁ正直不安だけど……」
「隊長! 長! カシラァ! ムフー」
何やらその響きが琴線に触れたらしい。耳と尻尾が盛大に反応していた。
「カシラじゃ山賊だろうが。で、どうなのよ?」
「任せろ、私が隊長だ!」
ドヤ顔で胸を叩いてアピールしてくるアルマ。
大丈夫?大丈夫だよな?何か凄い人選ミスった感も否めないが、護衛となると他国への出張が多くなるのでユリウスには向かない。万が一の時にはアルマのサバイバル能力なら帰国も可能だろう。適任のはずなのだが、不安でしょうがない。
「その流れだとあたしは……元魔術師系の人材の相手とか学問系なの?」
最後にシェンナが自分の考察を交えながら問いかけてきた。
「半分は当たりかな。学問の分野といってもシェンナ自体も学ぶんだろうし、そこの頭を決めるって言ってもそれからだしね。シェンナは参謀っていうか、全体の纏め役っていうか。率直に言えば相談役に欲しいんだよね。冷静な目線で俺の行動にチクチクとツッコミ入れて欲しい感じ?」
「その言い方だと凄い嫌な奴みたいじゃない。要するにコレとかの面倒を見ろって事でしょ?」
グイっとアルマの襟を摘んで引き上げるシェンナ。
「何をする。隊長に向かって失礼であるぞ」
「ソウジ君、言ってあげなさい」
「アルマ、参謀の方が隊長より上な」
「バカな?!」
出世したと思ったら更に上に同僚が居た。そんな感じでションボリするアルマを置いておいてシェンナと話を続ける。
「まぁこういう感じかな。どう?」
「大体は察したわ。正直、解呪の研究も行き詰ってたし受けても良い……かな」
言葉の最後で珍しく歯切れの悪い返事をするシェンナ。他の三人と同様に「しょうがないわね」とか言いながら快諾してくれると思っていたので少々意外だった。
「その……何か心配事が有る? もし研究とか優先させたいならハッキリ断ってくれても俺は何も言わないぜ? 皆の人生だから、どう使うかは個人で決めて欲しいからさ」
遠慮がちに訊ねてみる。俺の提案に不備が有ったのか、それともシェンナの現在の優先度は他の事が高いのかは判らない。
「ああいえ、提案自体は順当な所よ、何も文句は無いわ。問題が有るとすればそれはあたし個人の話だから、ソウジ君が気にする事じゃないの」
不安な表情の俺に慌ててシェンナが弁解する。さっき口を滑らせて居たが、解呪が上手く行っていないというのがシェンナの問題なのだろうか。そこをツッコムべきなのかは少々悩む。以前までなら解呪というのが指すのはあくまで変な髪形になる呪いの事だ。そこは俺も協力したし、全く問題無く口に出せるのだが。
シェンナはこの前擬似的な不老になる『願い』を引き下げに妖精王の下に向かった。そして帰ってきた後聞いた話から察するに、現在研究しているのはそちらだ。
願いを聞き届ける妖精王、その実叶う願いには種類が有ると言う。
少年神の言葉と妖精王との話を統合して、シェンナとメビウスの推測したその方法とは呪いなのではという事だった。要するにシェンナに掛けられている呪いは二つ。『変な髪形になる呪い』と『長寿になる呪い』なのでは無いか。
そこが起点となり解呪の研究をしていると俺は予想しているのだが、一度は願った内容であり羨ましいとも思える『長寿の呪い』を捨てるというのは俺からしてみれば勿体無いとも思う。
頭の良いシェンナがそれを必要無いと判断しているのだから、それなりの理由があるのだろうが、以前聞いた中身だけ老人になるというのを懸念しているのかもしれないが真相な謎のままだ。よって俺はそこに踏み込むか悩んでしまうのである。
「ほら、そんな辛気臭い顔しないの。そうね、新年際が終わるまでには考えておくわ。勿論前向きにね」
そう言いながら笑うシェンナ。どうか色好い返事を聞きたいものである。
「さぁー! ではではクリスマスのメインイベント、プレゼント交換だよ! 数が多いからグルグルじゃなくてくじ引きね! 自分の引いても恨みっこ無しの一発勝負だー!」
若干変な空気になって静かになった所に真由の威勢の良い声が聞こえてきた。こっちの会話も聞こえない場所でゴソゴソ何かやっていたのだが、本当に良いタイミングだ。
「じゃ今から袋持って回りますからねー、一枚だけ中の紙引いてね!」
アルコール組から回り始める真由。いの一番に引いたダグダ国王が叫んだ。
「ハッハッハ! 食事券とな!」
「ふむ、ワシもそうですな」
「良し、近いうちに二人で食いに行くか!」
「景品はかすみんの方で交換して下さいね~。さ、どんどん引いちゃって~!」
食事券という事は『山羊の蹄亭』のアレだろうか。大笑いしながら受け取りに行くダグダさんとユーベンテさん。コットンさん達ウェイトレス組の方を見ると若干顔色が悪い。店に国王と元宰相が来るのが決定したのだ、そりゃ青くもなる。
面白そうなので引換所に向かうとフィリス女王の頭に草の冠が乗っている。
「あ、それクレイの……」
「良い造形です。工作の才能が有ると思いますよ」
同じく寄ってきたクレイ君が俺の俺のとアピールすると、優しく頭を撫でてやっている。こうしている間は本当に美人で優しい人だなと思う。
「何ですか、この人形は……愛嬌の無い、なんというかやる気の無い表情で……」
眉を顰めているのはアリス。その手には日本で一昔前に流行ったぐったり系のキャラの人形が収まっていた。
「あ、それは私のですね。ダレベアー、可愛くないですか?」
かすみちゃんが説明するがアリスには判らないらしい。
「そういう微妙なのが当たるのがプレゼント交換のウリだ、諦めろ」
「……非常に納得出来ませんわ」
「ソウジ君、これ何て書いてあるんだい?」
四方から人形を観察するアリスの横からラザリスさんがTシャツを広げて訊ねてくる。父さんが持ってきた柄Tシャツだろう。
「『大和魂』ですね……チョイスがおかしい」
「ヤマトダマシーね。意味はあるのかい?」
「日本版の『騎士道精神』みたいな物ですね」
「ああ、なるほどね。そういう心構えを常に抱けという服か。さわり心地も良いし着させて貰うよ」
爽やかな笑顔を浮かべる次期国王様が着用した図を思い浮かべる。何故か似合っているのはイケメン補正なのだろうか。雑誌モデルの様な構図しか想像出来ない。
「私は冠羽ですね。少し加工すればしおりに使えそうです」
シャリーアさんがクルクルと回すのはグリフォンの羽だ。丁度掌サイズで、触ってみると意外とゴワっとしていて丈夫そうだ。
「羽ペンに使う方も多いですからね。良く乾燥させて本の間に挟んでおけば平らになりますよ」
後ろから来たカシアさんが丁寧にシャリーアさんに加工の説明をし始め、シャリーアさんがなるほどと頷いている。戦乙女隊の面々が次々に交換しているが、そのうちの一人が大騒ぎしている。
「どうしたんすか、アレ」
「いや、あいつがアリス様の宝石を当ててな……さっきからあの調子なのだ」
貰った宝石を高々と掲げ自慢している戦乙女隊の一人。周囲の同僚からボコボコにされているのが微笑ましい。
「カシアさんは何引いたんですか?」
「私は食事券だな。もう一人食事券で、二人は冠羽が戻ってきてと散々な結果が多い中アレだ。全く腹立たしい限りだ」
他二名はマリーのハンカチーフとユーベンテさんの羽ペンらしい。そんな和やかなカシアさんとの会話に突然ワイオミと愉快な新兵達が襲撃してくる。
「勇者様! 俺達の分が無いっス!」
「お前らは何も用意して来なかっただろうが」
「この身を一日自由に使える権利を出すっス。参加したいっス!」
「却下。そんな物いらねーし、貰ったら逆に困るだろ」
「酷い言われ様っス……」
「一日店でこき使えるなら良いかもねー。昼番の荷物運びとかね」
会話に割って入ってきたコットンさんの声に振り向くとウェイトレス組が交換してきたようだ。
「コットンさん何が当たったんですか?」
「私は宰相様の小物入れかな。正直入れる物なんか無いけど、高そうよねコレ」
目の前に差し出された小箱、綺麗な流線型の彫り細工がしてあり確かにそこらの店では買え無そうな代物だ。
「そんなに高い物でも無いですよ。金貨1枚程度の代物です。誰に当たるか不安でしたが、貴女の様な女性に当たって良かったと思います。ソウジ君や国王様に当たってしまっては壊れてしまわないかと心配する日々を送るハメになってしまったでしょうからね」
ニョキっと更にそこに割り込んでくるアレンさん。看板娘であり、結構可愛いコットンさんにちょっかいを出しに来たのだろうか。
「僕も食事券を引きましてね、是非今度お店に伺った時には貴女に給仕して欲しい物です」
「あ、じゃあ暗くなってからの方が良いですね。お酒とかオツマミも夜の時間は増えますから」
「なるほど。では夕飯時に伺う事にしましょう。その時は是非」
最後にキラリと歯を光らせてアレンさんはアルコール席に戻っていった。なんて良い笑顔なんだ、真相も知らないのに。
「はぁ……本当男運無いなぁ」
「宰相を袖にするって、理想高すぎ無いっすか?」
「立場じゃなくて中身よ。アレン様って色々とそっちの噂が多くてね。やっぱり勇者様と王女様みたいにお互いを大事にしないとダメだと私は思うのよ。浮気者はお呼びじゃないわ」
何やらこだわりがあるようで。一夫多妻がある世界でも、やはり女心的にはそういうものなのだろう。
「兄ちゃん、兄ちゃん! どう?」
急に引っ張られた裾に振り向くとクレイ君がマフラーを口元まで隠す感じで巻いていわゆる変身ポーズをとっている。奇しくも赤系のマフラーが良い感じだ。
「おー、似合うな。かっちょいいぞ?」
「いえー! かっちょいー!」
変身ポーズを決めながらはしゃぐクレイ君をマリーが複雑な表情で見守っている。
「どしたの? ガルも居ないけど」
一緒に居ると思っていたガルファリオンも見当たらない。部屋を見渡すと少し隅っこで丸くなっている姿が目に入る。
「ガルファリオンは……その。枝が戻ってきてしまって」
「あー……」
「結構頑張って探したみたいなので、落ち込んでます」
あいつの性格からして、貰った人が喜ぶ姿が見たかったのだろう。アルマかミーララ、もしくはロクさんなら活用出来たかもしれないだけに残念だ。というかあいつ、苦労人とか不幸の素質があるな。なんというか報われない善人に見えてしょうがない。
「で、マリーは?」
「私はその……馬が」
「おーう……」
そこに当たったか。日本組に当たらなくて良かったとは思うが、マリーにしても飼う場所が無いだろうに。
「場所とか大丈夫? 何だったらダグダさんに王城で飼育して貰えるように頼むけど?」
「取りあえずお勤め先で飼えないかメイド長に聞いてみます。買い物とかでも馬車が引ける馬が居れば便利ですし」
「ああ、なるほどね。でもそういうのって屋敷の主が決めるんじゃないの? というかお勤め先ってメイドになったの?」
確かにマリーにも生活があるので働き始める事は問題無いのだが、メイドとは初耳だ。
「あ、いえ、はい。新年から正式に決まってまして。ご主人様はお優しいので多分大丈夫かと。メイド長の方が厳しいですから」
「優しい人なんだ、じゃあ良かったと思うけど。何か変な事されたりしたら相談乗るぜ?」
「え、ええ。多分大丈夫ですよー! されても気にしませんし!」
おう……案外タフだな。それともセクハラとかは余り無い感じなのかな?何にせよマリーも信頼している様だし悪い人じゃないのだろう。そこは安心した。
ガルファリオンが心配だからとクレイ君を引っ張って席に戻っていくマリー。気のせいか慌てているようにも見えたがどうしたというのか。
「怪しい」
セリスがポツリと呟く。
「何が?」
「いえ、別に。ちょっとお母様と話して来ますね」
別に断る必要は無いのにと思いつつ、小走りにフィリス女王へと向かうセリスを見送っていると真由がやってきた。
「さ、あにぃ引いちゃって~!」
「おーし! 大当たりは出ちゃったけど俺のヒキをみせてやろう」
意気揚々と抽選箱の中に手を突っ込んでみるが、残り自体少ない。恐らく真由・かすみちゃん・俺だけなのだろう。
「そりゃ!」
三枚の中からこれだと思った物を引っ張り出し、中身を確認する。
「読めん!」
そりゃそうだ。アルテミアの言葉で書かれているので真由に手渡す。
「これは……!」
「何が残ってるか知らんが、どうだ?」
「冠羽~!おめでと~!」
……主人公補正は無いのだろうか。俺もシャリーアさんと同じ様にしおりにするか。羽ペンに加工して貰おう。
「ほう、羽だったか。幸運が舞い降りると良いな」
「うるせーな。そう言うユリウスは何だったんだよ?」
「俺はこれだ」
ユリウスが提示したそれは非常に見覚えの有る物だった。
「それ俺のだ……」
「む、日本組の誰かとは思っていたがよりによってお前か……」
男女平等で便利そうな物、ということで用意したベルトポーチなのだが。ユリウスに当たったとなると鎧が邪魔で付けられない可能性が高い。ピンポイントで外した気分だ。
「あー、アレだ。マリエンヌさんに使って貰ってくれ。買い物の時の財布入れたりさ」
「そうするか……」
「しゃきーん」
「おわぁ?!」
ややドンヨリとした男二人の間に何者かの何かが突っ込んでくる。効果音の通りにやや尖ったそれは綺麗に三色に分かれた頭髪だ。
「何それ? どうなってんの?!」
「シェンナのやつ。わっくす?」
「スーパーハードも良いとこじゃねーか、刺さるぞそれ」
指摘した瞬間にプスリと頬を刺される。案外痛い。
「ジョークのつもりだったんだけどね、当選者が悪かったわ」
「貴重な材料とか言ってたくせに変な物作るな! これもうワックスじゃねーよ?!」
「尖ってるのは隊長の証」
「ちげぇよ! それはツノ有りだ!」
良く判らないツッコミを入れつつアルマの頭突きならぬ髪突きを左右にかわす。段々と速度を上げてくるので非常に鬱陶しい。
「ちなみにあたしは妹ちゃんの香水よ。良い物引いたわ」
「くそっ! 取りあえずっ! アルマ止めろっ!」
最早残像が残るのではという速度になったため、腕でガードするしかない。何をやってるんだ俺は。
「あにぃ笑っておいて私も冠羽かーって、あにぃ何してんの?」
「性質の悪いのに絡まれてんだよっ! こいつ止めてくれっ!」
既にシェンナもミーララもユリウスも席に戻り歓談している。未だに続くアルマのキツツキ攻撃の相手をしているのは俺だけだ。
「何やってんだか。ほら、アルマさん。ストップストップ!」
「うにゃああ?!」
流石雷を見切る目、高速で動くアルマの尻尾をいとも容易く掴み引っぺがしてくれた。
「ちょっと頭クラクラするね」
「自業自得だろうが。ああ、もう無駄に動いて疲れたぜ……」
じっとしていればヒンヤリとしていた室内だが、既に汗だくである。そのまま食事という気分にもなれず、少し離れた場所の椅子を繋げて横になる。
遠巻きに眺めるパーティ会場では新兵達が参加費として一芸を強要されており、そのダダ滑りな芸でそれなりに盛り上がっているようだ。
寝転がりながらその様子を見つめる俺の所にフィリス女王と話が終わったセリスがやって来る。
「どしたの、複雑な顔して?」
「何でもありません。お母様にちょっと文句を言っただけです」
起き上がろうとする俺を制止して、頭側の椅子に座るセリス。そのまま俺の頭を持ち上げて膝に上に固定される。超久しぶりの膝枕に感動してしまう。
「お母様にしては失策としか言い様がありません。もうちょっとまともな人選をして欲しかったです」
「そんな怒るなんて珍しいね。何の人選なの?」
「……そのうち判ります。その時はソウジ様も厳しく対応お願いしますね!」
下から見上げるプンプン状態のセリスの顔、これもまた珍しくて良いな。それに加えてこの膝の感触、これが人をダメにする枕なのか。
「それにしても、魔王討伐の時よりは少人数ですが賑やかで楽しいですね」
「まぁ身内しか居ないからね。変に気を使う必要も無いのもあるんじゃない?」
王族に対しては完全に無礼講出来ない人も居るが、そこはフィリス女王も慣れた物で距離を置いて気を使わせないように配慮している。そういった心遣いは流石だなと思う。
心地よい感触と平和な光景、ちょっと休憩のつもりだったが次第に瞼も重くなってくる。
「あふ……考えてみりゃずっと起きてるし、眠いのも当然か」
「少し寝ます?」
「でも折角のパーティなのに勿体無いんだよな」
「じゃ少しだけしたら起こしますから。ケーキも後で出ますし、その時にでも」
「んー……そうしよっかな。じゃ少しだけ」
セリスの言葉に安堵して、瞼を閉じる。
楽しそうな笑い声と髪を撫でる手の感触。俺の意識はすぐに遠ざかって行った。
◆
「あにぃ~、セリスさ~ん! イチャイチャタイム終わり! ケーキだよー……って」
壁際の離れた場所で二人きりで居るのは知っていた真由だったが、その光景に思わずかすみを呼びに席に戻る。
「かすみん、シャッターチャンス! 後で良いネタになるっぽいよ」
「ふぇ? 何々?」
誘われるままにデジカメを持参して真由に着いて行くかすみの目にもその光景が絶好のカモにしか映らなかった。
「セリスさんも幸せそーな顔だけど、あにぃのあのだらしない顔。ニヤニヤしててちょっとキモイけど」
「二人ともほぼ一日起きてたからねー。ぐっすりだね」
総司の頭を抱えコクリコクリと舟をこぐセリス。その手の中で半笑いで眠る総司。
激写される二人を見ながら真由が呟く。
「あにぃ今幸せ?」
安らかに眠るその顔が何よりもその返事を物語っているのだった。
お読み頂き有難う御座います。
次回更新に関してですが、恐らく日曜か月曜になると思います。
多分今までで一番長くなる一話であり、分割するのもどうかなという感じです。