05:商う者
若干遅刻気味っ。
「この度はご指名、お招き頂きまして誠に有難う御座います。私は七大陸交易商会の代表させて頂いておりますビエリと申します。フィリス女王様におきましては噂通りのご尊顔、いやはや誠に眼福で御座います。斯様に美しき女性を妻に迎えるとは、流石ハイランドにこの人有りとまで歌われたダグダ様、英雄色を好むとは正に的を得た表現ですなぁ。新しき宰相様もお父様に似て精悍な顔付をしていらっしゃる、ユーベンテ様もさぞお喜びでしょう。それに加えて救国の英雄サカカミ様もご同席となれば、一介の商人風情には勿体ない顔触れに御座います。この様な機会を与えて下さったサカカミ様に感謝を!」
ハイランド王城の応接室。そこに朗々と流れる賛美の口上を聞きながらハイランド側のメンバーは顔色一つ変えずに喋り立てる商人を見据えていた。謁見の間では無く個室で対応するという行為、その真意を恐らく踏まえて居ながらも変わらぬ口調。肝がデカいというかマイペースというか、その本質は隠されたままである。
本日のメインイベントと言っても過言では無く、ラザリスさんの部屋を後にした俺が向かったのがここ。午後の来客というのが七商のトップ、ビエリことチョビーとの面会だ。
フィリス女王様の依頼で面会がしたいと打診したのが先週。そして昨日ハイランド入りしたとの報告を受けこうしてその機会を設けたのだが、交易路すら整備されてない現状で10日足らずでガミネラからハイランドまで移動してきたという事実に俺はまず驚いた。
配置が変わって隣国となりそれなりに近いのは判るが、真由の目測によれば二国の首都の距離は直線で2000km程だそうで。逆算すれば真由が諸国訪問時にどれだけ速度を出していたのかツッコミたくなってくる。
風が心地よいなぁとか言いながら、実際は時速300kmは超えていたのではないだろうか。真由の航空力学は空気抵抗も含めて色々とおかしいと再認識したのは余談だ。
そして未だに目の前でお世辞を込めて演説しているチョビーもそんな距離を陸路で移動してきたのだ。日本縦断以上の距離なのだがどうやって来たのか聞いたら「秘密です」とだけ返された。七商の謎は深まるばかりだ。
「社交辞令はそれくらいで構いません、本題に入りましょう」
チョビーの軽快な口調とは対照的なフィリス女王の落ち着いた声が室内に響く。ダグダさんは頬杖を突き退屈そうに、アレンさんは微動だにせずフィリス女王の横でチョビーを見据えている。首脳陣は臨戦態勢の様だ。
そんなハイランド陣営をグルリと見やって、チョビーが口ひげを弄り始める。
「んー……前任者が粗相をしたから、というよりこれは私自身が警戒されておりますでしょうか?」
「大よその人となりはサカカミより聞いておりますが、それだけでも十分に胡散臭い者だと判断致しておりますね」
「おやおや、苦手なお店にご同伴願ったのは失敗でしたなぁ。あれは誓って狙った物では有りませんよ?」
「あくまでも恍けるというのならそれで構いませんが、今回の要件はガミネラの内情を是正したいというのが本気かどうか訊ねる為です。サカカミを上手く使う気だったのでしょうが、私の目で判断させて頂きます」
チョビーの口ひげを弄る手が一瞬止まる。そして今までより強く捻りを入れ、トーンの落ちた声色に変わる。
「やれやれ、大口の商談だからと仰るので大急ぎでやってきたのですがね。探りを入れるも何もいきなり核心の話をされるとは、少々こちらも驚いてしまいますよ」
「本題に入りましょう、と断ったはずですが?」
「左様でしたね。しかし本気も何も、勇者様に申し上げました通りでございますよ。マルコロの負の遺産とでも申しましょうか、ああいった体制は商いを行う上で無用な経費と他国への流通が滞る物で御座います。ですから現宰相ゴドヘルには退いて頂きたい、反面大得意様ですから財力まで失ってしまわれるのは困り所。此度各国の勇者を纏め上げ邪神なる物を討伐し、その信頼も厚いサカカミ様ならとご相談したわけです」
どうでしょうか?と言わんばかりに両手を広げるチョビー。以前俺が聞いてフィリス女王に伝えた通りの内容である。だが、その申し開きにフィリス女王が言葉を重ねる。
「我が国を始め他六国では交易路の建設に反対しているのにガミネラでは七商主体で整備を進めているのはなぜです?」
「そこは……まぁ私達は商人で御座いますれば、利潤と業務の安定化の為にと正直に申しましょう。流通の要を抑えるのは浮島時代からの七商の鉄則で御座います」
チョビーの言葉をフィリス女王が吟味する。
かつての浮遊大陸時代、『渡りの孤島』は誰でも利用は出来た。ただ、各大陸の接岸する周辺の開拓や集落の設営は全て七商が行ったというのは聞いている。ハイランド北部のフォレスティアからの玄関口となる商業都市もその一つで、ハイランド大陸の七商の本部もそこにあるのだ。
勿論その都市と首都であるハイランド城下への交易路も七商と国の共同作業によるもので、維持の為の整備や巡回の警備兵なども折半、その返礼として町中での商売に対しそれなりの免税がされているそうだ。
「確かに七商の方針というのはそれらしい理由ですが、でしたら反対では無く共同施工で納得して頂けるのですね?」
「……一応代表では有りますが、部下も癖の強い者が多いので私の一存では。良いでしょう、各支部に通達は出しておきますがすぐに効果があるとは思わないで頂きたい」
「やけに素直ですね、寧ろこういった交渉があるのが前提だったと」
「これを交渉と仰いますか。寄って集って囲い込んで、私等いじめて楽しいですか? 本来ならそこをネタに色々と便宜を図る要望を取り付けるべき案件でしたのに」
参った参ったと両手を上げるチョビー。どこまでが本気なのか俺には判らないのだが、フィリス女王は未だに更に奥を見据えるべく冷ややかな視線を向けている。
「では、これにて本題は終了で御座いましょうか? 得る物の無い商談など、二度と御免被りたい物ですが」
「いえ、商談は寧ろこれからです。今のは挨拶程度、世界全体を見据えた上での当たり前の事です」
「……ふむ、当たり前ですか。随分と勇者様に肩入れしておられますね?」
「利害抜きで困難に協力するのは当たり前、それが人としての道。貫くのは困難でも崇高な思想だと私は思います」
訝しげなチョビーの言葉に凛として答えるフィリス女王。一切の迷いも無くそう言い切った。
「ではそのようなお考えをお持ちの聡明な女王様が敢えて『商談』と表現するという事は、それなりに難題なのでしょうな。条件を伺いましょう」
そんな女王の態度に合わせる様にチョビーも居住まいを正す。飄々とした空気が薄れ、ガミネラでも見たことの無い締まった表情に切り替わる。その変化を確かめてからフィリス女王が本題を切り出した。
「ガミネラ宰相ゴドヘルを失権させる情報の提供、つまり反宰相陣営への加担を要求します」
「そんな情報を私が持っているとでも?」
「貴方が持っていれば重畳、持っていなければ当事者であろう前任者に聞けという事です。ガミネラに関しては一向に喋ろうとはしませんので」
「マルコロの生命線ですからなぁ……そこが切れると後ろ盾が無くなり本当のただの豚になってしまいますから必死なのでしょう。外の情報は与えておりますかな?」
「何も。恐らく未だに自分が七商の長だと思っているでしょう」
「商人から情報を取り上げるとは、酷な事をなさいますな。つまり身内の失態をこちらで処理せよと?」
「七商として望まぬ展開ならば、自ずと解決出来る好機なのでは?」
「耳の痛い事ですなぁ。そちらが提示される物は『マルコロ』、こちらが差し出すのは『ゴドヘルの情報』、こういう事で宜しいでしょうか?」
「内部の不備を正す機会を与えたのです、上手く行けば他国へのガミネラ製品の輸出が再開され七商自体も潤うでしょう」
フィリス女王の発言を受けて今度はチョビーが黙り込む。大得意を失い減る利益と将来の展望を秤にかけているのだろうか。それともそんな刹那的な利潤ではなく、もっと別な物も見据えているのだろうか。
一分程の沈黙の後、チョビーが口を開いた。
「独自に調べてはおりますが、残念なら私の耳には失権まで追い込める情報はありません。恐らくマルコロに口を割らせる事は可能でしょうから、そちらに頼る事になると思います。ですので身柄を引き渡して頂いても?」
「構わないでしょう。国として拘留している現状では詰問にも限界がありますので、そちらの方がすんなりと行くはずです」
「……畏まりました、手段については問わずと?」
「そちらに身柄を返すのですから、言うに及びません」
明言してはいないが、フィリス女王の声のトーンにゾクリとする。最近は温厚な感じの発言が多かったが、こっちが本質なのだと思い出させられた。
「些かこちらに分が悪い様に思えますが、将来を見据えての投資としておきましょう。こんな事でハイランドとの関係を悪くさせたくないですからね。最後に納期等の細かい事は御座いますでしょうか?」
「出来れば新年初月中にお願いしたいですね。そうして頂ければ色々と好都合です」
「およそ一か月ですか。では裏取りも出来ましょう、畏まりました。では契約書を作成しますので暫しお待ちを」
逡巡の後は素直なもので、ポンポンと進んでいく『商談』。ゴソゴソと持参した鞄から書面を出すチョビーにハイランド陣営には戸惑いの色が隠せない。
何故なら俺がここに居る理由がフィリス女王がチョビーの本質を見せると言っていたからであって、もっとこう浅ましい本性が出るような事を言っていたからである。それが蓋を開けてみれば多少の沈黙はあった物のほぼ要求を呑むチョビー。俺が「もう終わり?」という顔をしている事に加えて当のフィリス女王も拍子抜けした顔をしている。
「やけに素直に従いますね、ここまでも想定通りだったとでも?」
テーブルの上に羊皮紙を広げ、インク壺にペンを浸すチョビーにフィリス女王が問う。その言葉に手を止め、顔を上げたチョビーは平然とした顔で告げた。
「想定していた中では短期的利益の少ない展開ですね。手間も掛かる上に私の在任期間に利益が上がる展望は少なく、正に貧乏くじでしょう。後任がその利益だけを掻っ攫うというのが目に見えていますので。出来れば避けたかった事態ですな」
そこまで言ってから契約書の作成に戻るチョビー。ペンを走らせながら尚もグチを零す。
「今までの情報を考慮して、今後の世界全体の舵取りをしていくのは間違いなくサカカミ様を擁するハイランドです。そこに強いパイプを持つのが今回の私の狙い、それはまぁこうして実現した訳ですが……なんとも利益の薄い話です」
「じゃあ俺に接触してきたのは、あわよくばこういう場に呼ばれると?」
「まぁ、本来はこうして引き合わせる前に私の人となりをご自分で観察されてからと思ってましたがね。今回呼び出された時点でもしやと急いで参りましたが、ガミネラを抜けるのにも骨なんですよ。ゴドヘルが私を軽んじていたので難無きを得ましたが、これでは態々ウピヤエ様と密会している意味が御座いません。反旗を翻しますよと宣言しているような物です。公文書で呼び出すのはこれきりにして頂きたいのが本音です」
「う、すいません……」
戦乙女便の試験運用も兼ねて七商ビエリを指名して封書を託したのだが、ご当人には大迷惑だったようだ。書き終えた書面の内容をフィリス女王が確認しながらチョビーに問いかける。
「先程情報を考慮してハイランドに着くと言ってましたが、どれ程の情報でしょうか? 現状世間に流れている風聞ではサカカミも他の勇者も変わらぬ立場のはずですが?」
「そこにどんな真実が隠れているか、それは身の安全の為に聞きませんが各国を回られたサカカミ様の情報が根底ですな。各国勇者と確実に信頼関係が有り、一目置かれている存在であろうと。どことは申しませんがある国以外では王族の受けも良いとか。イグニスにおいては影の国王との噂もございますれば、現状のアルテミアでそんな人物サカカミ様以外におりませんよ?」
ある国、恐らくフォレスティアとガミネラだろう。イグニスのその噂はちょっと不安だが、俺の意見はある程度聞くザハルが王なのだから強ち間違いでは無いのが恐ろしい。
「だから我が国に着くと?」
「長いものに巻かれるのは商人の性ですので。その長い物を見極めるのは個人の資質ですが、間違えればマルコロの二の舞ですな」
あくまで打算、チョビーはそう言い切った。
世界がこんな状況だから、こんな状況にしてしまったからと動く俺。そこが今後の世界情勢の中心地だからと擦り寄って来ただけ。
フィリス女王の言っていたタイミングとは違うが、図らずもチョビーの本質は明らかにされた。そしてそれは少し寂しい物だった。
目の前で交わされていく契約、戦乙女隊の人らのとは違いただの紙切れだ。だがそれでも商人としては同じ意味を持つのだろう。商いの契約を反故にして生き残れる訳がない。お互いに内容を確認して調印、二枚の羊皮紙をそれぞれが持ちこれで契約完了のようだ。
「ではすぐにでも豚は引き取りましょう。この度は我が商社の恥部がご迷惑をお掛けしました」
「いえ、最近はやっと静かになってきてましたので。尤も世話役のメイド達の評判は悪いままでしたが」
「躾が悪くて申し訳ありませんです、はい。では今後共、七商をご贔屓にお願い致します。勇者様に置かれましても何かご入用な物があれば是非。ハイランドの支部長には伝えておきますので、そちらをご利用下さい」
「ああ……そうさせて貰うよ。態々遠くから有難うな、ビエリさん」
「別に私のような小物などチョビーで結構ですよ。ではまたいずれ」
小太りな体を優雅に折って、チョビーが退室していく。
これでフィリス女王がガミネラに行ってゴドヘルを追い込む下準備は整った。ダロス少年王とウピヤエさんが仕切るようになればガミネラの態度も軟化するだろう。そうしたらあの国の技術で作れそうな物を提示して各国に広める段階だ。
また一段階進む段取りは出来たのだ、良しとしなくてはならない。ビエリさんが打算で動いてる人というのが何だというのか。そういう人だって居るってのは判ってるはずだ。日本にだってそんな人は腐る程居るだろうに。
複雑な表情をしていたのだろうか、俺の肩をダグダさんがポンと叩く。
「アレはまだ善良な方だ、打算ですと自分で言っているしな。ソウジも少しずつで構わない、ああいう輩に慣れておけ。そのうちもっとタチの悪いのに出会うぞ」
「……はい」
これから俺の出会う人は益々増えるだろう。勿論その中には善良な人もいるだろうが、同時に純粋にそうではない人も多いだろう。
相手を見極める眼力を養わなければと、今後の為に切にそう思った。
◆
ハイランド王城の自室、入口脇に控えたメイドさんがセリスが居る事を教えてくれたので帰宅の挨拶をしながら扉を開ける。
「ただいま」
「お帰りなさいませ、ソウジ様」
作業の手を止め、満面の笑みで出迎えてくれるセリスを見てアリスの言葉が思い出された。目が寂しがっている、俺の前ではとてもそうは見えない程に生き生きとしているのだが、それは俺が居るからだろう。
「商人の方は上手く行きましたか? お母様が乗り込んだ後面倒事になって長期不在になるのは困りますからね」
「うん、結構順調に行ったよ。結果を出してくれればフィリス女王ならきっと上手くあしらってすぐに帰ってくるさ」
「お姉さまとアレンだけでは不安ですからね。ユーベンテが気苦労で倒れてしまいますわ」
「はは、違いない。セリスはずっと添削してたの?」
「いえ、午後まではカスミ様と一緒に居ましたわ。夕飯を『山羊の蹄亭』でとるとの事でそこからこっちに戻ってきてました」
「あそこ行ったのかよ。真由も一緒?」
「シェンナ様にアルマも一緒ですね。さて、私達も食事にしましょうか」
「そだね、頼むよ」
「では準備して参ります。その間ゆっくりなさってて下さいね」
既に広がっていた書類は机の片隅に追いやられ、急ぎ足で部屋を出ていくセリス。その背中を見送りながら頭の中を整理する。
ラザリスさんの提案、これは受けるべきじゃないだろうか。俺が撒いた種の後処理なのだ、俺が表に立たないでどうするというのか。
だがアリスの言い分も判る。最近でもこんな感じなのだから、夕飯時と日本でしかセリスとは過ごせていないのは事実だ。セリスと一緒にと願った願いの後始末の為に離れる事になるというのは本末転倒だろう。だとしたらどうするべきか。
頭を過ったある提案、本当にそれで良いのかと暫しの間思考の中に沈み込み、自問自答を繰り返す。どちらを優先すべきか、そしてその選択は正しいのか、後悔はしないか。
ともすれば堂々巡りになる思考の中、意識は次第に眠りへと落ちていく。セリスに優しく起こされるまで、夢うつつの問答を繰り返すのだった。
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